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彫刻と余興14

 警邏している部隊がこちらへと急行しているのが確認出来るが、まだ少し時間を要しそうだな。
 その間の警戒を行いつつ、プラタとの会話を続ける。

『東の森に暴走している魔物達を纏められるような存在は居ないの?』
『各支配者達が裏で協力しているようで、その為の魔物を送り込んでいる様ではありますが、まだ上手くいってはいないようです』
『そっか。東の森の中が安定してくれないと、ここの平原が大変なんだよねぇ』
『では、私が掃除致しましょうか?』
『大丈夫だよ。まだ何とかなるでしょう。見回りに時間が掛かるだけだから』

 このままプラタに任せた場合、東の森の中を綺麗にしてしまいそうだからな。もしかしたら暴走している魔物だけを殲滅するのかもしれないが。

『そうで御座いますか』
『他の生徒や兵士達は結構限界が近い気もするけれど、平原での魔物の勢いだけなら、そんなに長続きもしないでしょう』
『そうで御座いますね・・・森での戦いの方がまだ終わりそうもないので、それの勢いが衰えない限りは継続するかと』
『そっか。うーん、改めて人間は弱いな』
『はい。一般的な人間の強さを勘案しますと、森の中までが限界でしょう。それも北か西辺りまででしょうが』
『そうだね。特に今は両方ともに疲弊しきっているから、楽かもしれないね』

 西のエルフは数を減らした影響で勢力を縮小しているし、北も似たようなモノで、未だに身を隠しているとプラタが話していた。
 北側は元々人間とそこまで実力差がなかったので、今では森の生き物の数が減ったことで、人間の方が上回ったことだろう。
 西側のエルフは人間よりも実力が上ではあったが、それは絶対的なものではなく、森の中で精霊の力を借りた場合の時の話であった。しかしそれも、今は数が、特に戦闘面を担っていたエルフの数が減っているので、森の中でも人間側が敗けるとは限らないだろう。

『はい。北側は特に勢力を伸ばす好機でしょう』
『そういえば、東側以外の平原は今どうなっているの?』
『北側は静かなもので、ご主人様が最初に北側を訪れた時同様か、それよりも静かな状態です』
『それはある意味大変だね』
『西側も静かなものではありますが、エルフの勢力圏が縮小した事で、魔物をはじめとした他の生物の勢力圏が拡大してきているので、平原に出てきている存在の種類が変わってきていまして、数も徐々に増えている感じです』
『そうなんだ。西側の時はあまり平原には出なかったからな』
『南側は特に変化はありません。件の侵略もエルフが止めましたし、被害もほぼエルフのみでしたので。それでいて、エルフの勢力は維持されていますので、南側全体としては特に変化が無かったようです』
『そっか、やはり南のエルフは強いね。東も支配者の一角が崩れなければ、変わらなかっただろうけれど』
『そうで御座いますね』

 そんな話をしている内に到着した部隊が、壊された大結界を修復していく。それを見届けながら、もう少しプラタと会話を続けている内に、大結界の修復が終わった。
 それが終わり見回りを再開させるも、時刻は既に昼。次の詰め所で休憩する為に移動していくも、詰め所が見えてきたところでまた魔物と遭遇した。本当に忙しないな。
 今回は警邏している部隊が少し離れたところに居るので、そこまで時間は掛からないだろうが、それでも距離があるので、大結界はまた破壊されるだろう。その後の修復まで考慮すれば夕方にはならないだろうが、昼は確実に過ぎる。それでも、邪魔するのも気づかれないようにするのは疲れるから、あまり気が進まないしやめておこう。
 その予想通りに、大結界を破ってきた魔物達を迎撃して、応援で駆けつけてきた部隊が大結界を修復したのを見届け終えたのが昼過ぎ。そのまま見えている詰め所の中に入り昼休憩を取るが、既に夕方も近いので、そのままこの詰め所で夜を過ごすらしい。
 全然進めなかったが、今はこんなものなのだろう。
 昼食を兼ねた夕食を摂り、窓の方へと目を向ける。まだ夕方になりだした頃なので、外は明るい。
 周囲に眼を向けてみると、魔物が大量に居る。そして、大結界を観察してみると、継ぎ接ぎだらけで、いかに攻撃を受けているのかが分かる。大結界の地力修復が全く追い付いていない。
 そうなると、大結界を張っている素体の劣化が急激に進んでいそうだな。
 それに、今も別の場所で魔物が大結界を攻撃しているので、負担が一気に増えていた。大結界周辺の警邏も頑張ってはいるが、同時多発的に発生しているので、追いつかなくなってきている。
 平原に建つ砦の方に眼を向けると、兵士達だけではなく生徒達も一緒に応戦していた。おかげでまだ確認出来る範囲の砦は落ちていないが、その分平原に出ている生徒の数が減少していた。これは夕方になってきたからかな? もしかして、これの影響で大結界にやってくる魔物の数が増えているのだろうか?
 もう少し大丈夫そうだとは思ったが、これは思った以上に危ういかもしれないな。
 しかし、ボクに出来る事は限られているからな・・・とりあえず今夜独りになったら、置物の作業の前に広範囲結界の魔法道具でも創ってみるか。


 それから時間が経って夜中になり、周囲に人の気配が無くなったところで、魔法道具の製作に入る。
 組み込む結界は、最低でも現在人間界に張っている大結界と同程度の規模でなくてはならない。それに加えて自己修復は勿論のこと、発現位置を設定出来たり、結界の維持には基本的に外側の魔力から補充するなど色々考えなければならない。
 組み込みたい魔法をすべて組み込むとそれなりの大きさになるので、装身具という訳にもいかないだろう。不可能ではないが、稼働年数が長くなる物なので、十分過ぎるほどの余裕をもって作製したい。では、何に組み込むかだが。

「うーん・・・武具類は飾りの見栄えは良いが、嵩張る。なら、置物? それなりの大きさのなら、これも置き場所に困るな。それに自作の置物を飾られるというのは、たとえ目にする機会が無くとも、何か恥ずかしい。彫らずに創造するのであれば、どんな形も思い通りではあるが・・・うーん」

 色々と頭の中に候補を思い浮かべては消していく。現在の大結界の素体は大きめの指輪だから、やはり同じように装身具がいいのだろうか? うーん、それだとやっぱり容量が心許ないよな。
 やはりここは武器や防具辺りが無難か? まぁ、それで支障はないんだよな。でも、ここは意外性というか、見るからにこれだろう。というのではない方がいいような気がするんだよね。盗難防止的にも。

「そうだな・・・」

 創る場合、あの腕輪程とは言わないまでも、糸を編んで創るのがいいかもしれない。となれば、服・・・いや、絨毯なんてどうだろうか? 踏みつけているのが大結界を発生させているとは思わないのではないか? 発動中は魔力を誤魔化す魔法も組み込めばいいし、更に洗濯も出来るようにすれば、汚しても安心だ。

「・・・いや、うーん・・・・・・創ってみるか」

 という訳で、創造した糸で絨毯を編んでいく。使用する糸はそこらで簡単に目に出来る麻の糸だが、麻の糸でも編み方さえ工夫すれば割と容量を得られる事が、この前創った際に分かった。それに創る麻の糸にも少し工夫を施せば尚いい。
 それは、精製していない魔力を混ぜて糸を創るという方法。何故かまでは完全には解らないが、これで周囲の魔力を僅かではあるが使えるようになるようだ。
 糸を創造した端から絨毯へと編み込んでいく。大きさはそこまでなくてもいいので、大体一人が寝るには十分ぐらいの大きさにする。
 そうして、もの凄い勢いで絨毯を編んでいき、一時間強でなんとか編み上げる。集中して一気に編み上げたおかげで、かなり疲れた。
 足元に折り重なる絨毯の端を手に取ると、様々な魔法をそれに組み込んでいく。容量は十分に確保出来ているので、余裕をもって魔法を組み込めた。
 それが終わると、染色する。色はそうだな・・・地味めにする為に、少し濃い茶色。それでいて、(ささ)やかながらに存在感を持たせる為に、白に近い薄い黄色で縁取りをする。柄は・・・無地のままでいいか。

「こんなものかな?」

 端から端まで手元で巻きながら確認し終えると、情報体に変換して収納する。

「本当に便利なものだ」

 一瞬で収納を終えると、外に目を向ける。まだ朝になるには少しあるか。

「腕輪に時間を設定してっと」

 置物と小刀を構築して、作業を開始する。時間は長くは取れないので、さっさと作業を始める。
 顔の部分は、ぼんやりと顔の各部位を彫ったので、あとはそれらを更に彫って完成させるだけだ。
 先程絨毯を創るのに集中したばかりではあるが、作業の内容が違うので、集中力が途切れるという事はない。
 頭を空っぽにして、ひたすらに目の前の作業に集中しているが、周囲の警戒は自動で行えるようにしている。防壁上だし、この程度で問題ない。
 静かな室内に串刺しウサギの角を削る小さな音が響く。
 それから地平が白みだした頃に、腕輪が振動する。それに気がつき手を止めると、小刀と置物を手に持ったまま情報体に変換してから、腕輪を操作する。

「ふぅ。何とか間に合ったか」

 電流が走る前に腕輪の計測を止めると、一息吐く。
 それから掃除を行い、周囲に何も落ちていないのを確認してから、伸びをする。そこで部隊長達が全員で起きてきたのを捉える。どうやら今日も昨日と同じように、全員で朝食を取って広間にやって来るらしい。
 皆が起きてきたのを捉えて少しして、朝食を持った四人が広間に顔を出す。
 昨日同様に部隊長から朝食を受け取ると、さっさと朝食を食べた。
 休憩もそこそこに詰め所を出ると、本日の見回りが始まった。今日はどれだけ進めるのだろうか。
 そう思っていると、直ぐに足止めをくらっている部隊を見つける。
 しかし、ボク達の部隊はそれを素通りして先へ進んでいく。
 途中で何度も足止めをくらっている部隊を目撃するが、幸いボク達はまだそれに当たっていないので、今日はいつも通りに進めている。
 昼になり詰め所で休むと、見回りを再開させる。今日はこのまま境界近くの詰め所まで到着出来ればいいが、残念ながらそう上手くはいかないらしい。
 その魔物達を発見した時には、離れた場所から突撃してくるどころか、既に大結界へと攻撃しようとしていた。
 それに部隊長が急いで報告を行ったが、確実に間に合わないだろう。直ぐに迎撃準備を整えると、緊張した空気が漂い出す。そして、とうとう大結界が破られた。
 大結界が破られると同時に雪崩れ込む魔物達。
 それを防壁上から迎撃していく。どれだけ数が居ようと問題ないが、一度に発現する魔法の数は他の部隊員達に合わせる。
 数を減らした分、連続して魔法を発現させては射出させ、尚且つ自分のだけではなく、他の部隊員が放つ魔法も誘導して全弾確実に命中させていくことで、魔物達が防壁に到達する前に殲滅出来た。
 それから迎撃態勢のまま、破られた大結界を監視しながら応援が駆けてつけてくるのを待つ。
 少し離れたところを魔物が通るが、幸いこちらにはやってこなかった。そのまま少し待つと、応援の部隊が駆けつけてきて、大結界の修復作業に入る。応急処置ではあるが、もしかしたら今の大結界よりも頑丈かもしれない。
 その作業を見届けてから見回りを再開するが、周囲はすっかり赤く染まっている。少し進むと次の詰め所に到着したので、中へと入っていく。
 詰め所内には先に二部隊が居たが、全員疲れた顔をして座っている。既に眠っている者も居るようだ。
 ボク達は適当に空いている席に腰掛けると、夕食にする。
 ボクの所属している部隊の部隊員達も疲れているようで、早々に眠りについていき、他の部隊も含めて全員が早くに眠りについた。
 やはりこうも連戦が続くと、普通は疲れるらしい。ボクは足止めをくらってただ面倒なだけだったが。
 そういう訳で、期せずして少し長めに一人の時間が出来たので、彫刻の続きを行うことにする。
 顔の部分を彫っている途中だったので、腕輪に時間を設定すると、小刀と置物を手に作業を始めた。





「で? 先日の戯れは結局どうだったの? 詳細は聞かされていないんだけれども?」

 常闇の世界に、太陽の様に明るい声が響く。

「全て予定通りか、それ以下のつまらない結果でしたよ。脅威となり得る存在も・・・居ませんでしたし」
「何かあったの?」

 少し言い淀んだ女性に、明るい声の主は気になって問い掛ける。

「・・・いえ、一つ懸念事項がありまして」
「懸念事項? 君には珍しいね」
「将来的なものですよ。もしも今あれに気がつかれた場合、もしかしたら私は超えられてしまうかもしれませんね」
「君を、超える!? そんな事が可能なのか!?」

 あまりにも衝撃的な話に、明るい声の主は暗い世界に響き渡るほどの大声を出した。

「ええ。先日気がついたのですがね。忌々しい事に」

 僅かに憎悪の籠った言葉に、それが冗談ではなく、真実である事が窺える。

「どうやって? というか、誰が!? まさか、あの役立たずか!?」
「単独であり、単独ではありませんよ。幾つかの手順と多大な時間をかけなければなりませんが、彼我の予測成長速度を考慮して、今それを見つけられてしまいますと、私を追い抜くことが可能でしょう。ただ、成長限界の差もありますから、私がある程度まで成長しますと、もう追いつけなくなりますが・・・それでも念のために消しておいた方がいいのか・・・面倒ですね。腐っても栄光に浴した身、という事ですか」
「それで? その手順とかもだが、誰がその可能性があるんだい?」

 明るい声の主の問いに、もう一つの声の主は少し沈黙を挿むと、どこか呆れたような声で答える。

「・・・・・・答える訳がないでしょう?」
「教えてくれてもいいじゃないか」
「教えませんよ。私は貴方を信じていないのですから」
「留守番を任せといて?」
「ここは私の弱点ではありませんもの。それに、たとえここが私の弱点だったとしても、それを貴方は行わない」
「・・・分からないじゃないか」
「私は貴方を信用してはいません。ですが、その想いだけは疑いませんよ」
「・・・それは卑怯な答えだね」
「そうですか?」
「なら、教えてくれてもいいじゃないか。それを知っているのであれば、ぼくが君を滅するような事はしないと理解出来ていると思うけれど?」
「ええ。そうですね」
「じゃあ教えてよ」
「それとこれは別でしょう? 手遅れになったら教えますよ」
「むぅ。まあいいよ。ちょっと訊いてくるから」
「・・・貴方のそれは羨ましいものですね」
「ふふん! ぼくだけ! に許された特権だからね!」
「・・・そう強調されますと、殺意を抱きそうになりますね」
「でも、君はぼくを殺さない」
「不適格であれば殺しますよ?」
「不適格かい?」
「・・・いいえ。残念ですね」
「ならばそういう事さ。ぼくと君の関係は」
「嫌ですね。ある程度は敵と慣れ合わなければならないなんて」
「はは。それはこちらの台詞だよ。それに加えて、こちらは敵の方が勝っているという救いのない話なんだから」

 そう言うと、明るい声の主は暗き世界を何処かへ移動していく。

「救いのない話、ね。それは単に、貴方があれから生み出されたからなだけではありませんか。運が無かったとはいえ、有り難くも尊き施しは受けたのです、それ以上望むものではありませんよ」

 薄く笑うような声音で、女性は明るい声の主が消えた闇へと呟いた。

「さて、次は南ですか。いえ、東と西もまだ残っていましたね。本当に世界は広い。こんな大きな玩具箱を貰えるとは、私は恵まれていますね。ふふふ」

 闇の中に楽しげな笑い声が響くも、それは直ぐに止み、思案するような声音に変わる。

「しかし、あれは本当に目障りですね。あちらはまだ手が出せませんが、あのスライム、確か名前はシトリーと言いましたか。あちらは先に片づけておいた方がいいでしょうか?」

 声の主が考える間の静寂が暗い世界を支配する。

「・・・要観察として、現状ではやめておきますか。今戦力が減っては、後の演劇に響いてしまいますからね。それでも、あれに気がついた場合は容赦なく消しますが。死は何よりも強くなくてはならないのですから」





 翌朝、誰かが起きて来る前に片付けを済ませる。今回の作業で顔の部分はほぼ彫り終わったが、まだ髪や耳などが残っているので終わりではない。それでもかなり完成に近づいている。
 窓の外はまだ薄暗いが、そろそろ誰かが起きてくる頃だろう。
 今日は特に何も言われなかったし、もう境界近くの詰め所に寄って折り返すだけだが、それでもまだ外側だ。少なくとも、今日までは同じぐらいに起きてくると思う。
 その予想は当たり、奥の仮眠室から起きてくる気配を複数察知する。どうやら他の部隊の人間も一緒らしい。
 途中で食糧庫から朝食を回収して広間にやってきたので、挨拶を交わして自分の部隊の部隊長から自分の分の朝食を受け取る。
 全員が揃った部隊から朝食を食べていき、短い食休みを挿んで、見回りの為に順次外に出ていく。
 まだ少し暗さが残る中、ボクの所属している部隊が進発する順番が回ってきたので、見回りを開始する。
 境界近くの詰め所までそう遠くはないが、先日詰め所を出てすぐに魔物と遭遇したからな。油断は出来ない。
 そう思っていたのだが、魔物は先に出た部隊が捕捉してくれたようで、ボク達は足を止める事無く、境界近くの詰め所に到着した。
 そこで早めの昼休憩を取る。その間に部隊長は駐在の兵士達となにやら情報交換をしていたが、現状は色々大変そうだもんな。ここの詰め所内も慌ただしいし。
 部隊長が情報交換を終えると、詰め所を出発する。
 平原が忙しくとも、防壁の内側は変わらずのんびりしたものだ。それでも、そこに居る兵士達は少々忙しそうだし、見回りしている兵士の数が若干減っている。その分平原に回されているのだろう。
 しかし、見回りの前半が前半だっただけに、後半は本当に平和だ。行きはあれだけ大変だったというのに、帰りは一度も立ち止まることなく進んでいき、北側から東門への道のりの半分ほどを進めたのだから。
 それから詰め所で一夜を過ごして翌朝には詰め所を発つ。こちらの朝は今まで通りだった。
 昨夜も皆早くに寝た為に彫刻の作業も進み、髪の部分をかなり彫り進められた。あと一二回作業すれば彫るのは終わりそうだ。長かったが、まだその後にプラタとシトリーの置物も彫っていくので、終わりという訳ではない。それに着色もする予定なのだから、もう少し掛かるな。まだ気を抜かないようにしよう。
 今日の見回りは、昼休憩を途中で挿んだが、何事もなく昼過ぎには東門に到着した。
 東門前で解散後に宿舎に戻ると、夕方に自室に帰り着いたので、そのままお風呂に入って、その後に就寝準備を済ませる。
 まだ夜になったばかりの早い時間ではあるが、誰も居ないので彫刻の準備をしていく。今日は寝たいので、腕輪の設定は日付が変わって少し経ったぐらいでいいだろう。
 それらの準備が済むと、早速作業に取り掛かった。





「・・・ああ、そろそろ繋がるのか」

 幾千の夜を集めたよりも尚暗い完全なる闇の中、オーガストは何処か遠くを眺めながらそう呟いた。

「遅かった・・・早かった? あちらの超越者が既に大分入り込んでいる以上、遅かったで合っているか。さて、一体どういう者がやってくるのだろうか」

 オーガストはボーっとしているような表情で、何も見えない闇の世界を眺め続ける。

「まだあれは完成していないか。それにしても、こちらは役に立たないな。まったく、わざわざ手札が揃うように誘導したというのに、気がつかないか・・・なら、別の方法でも試すか? いっそこちらで同じことをするとか? 同じことは出来るからな・・・ふむ」

 オーガストが何やらぶつぶつ独り言を呟きながら考えを纏めていると、どこからともなく小さな光が現れて、オーガストの周囲を飛び回る。

「おや、どうかした?」
「――――――」
「ふむ。なるほどね。そちらが先に気がついたか」
「――――――」
「勿論。その為に揃えた訳だし」
「――――――」
「簡単な話さ。彼の魔力には、成長させる力があるのだよ」
「――――――」
「・・・ま、元は僕が創った力ではあるがね」
「――――――」
「それは半分正解だね。一応与えたつもりだよ。目的の為にも。でも、無駄だったみたいだね。彼に肉体を与える時には返してもらうおうかな? 餞別は魔力だけで十分だろうからね。流石にいきなり本来の凡人に戻しては、可哀そうだろうし。彼も、その周囲も」
「――――――」
「そうかい? ああでも、彼にも才能があったね」
「――――――」
「ああ。それはね、奪う事さ」
「――――――」
「そう。こればかりは僕ではなく、彼が本来持っていた能力。盤をひっくり返す可能性を秘めた、反則級の力。まぁ、彼は気がついていないようだけれども」
「――――――」
「いや、今の僕ならそれ以上の事も出来るよ。奪われたモノを返してもらう事も容易い」
「――――――」
「その方が何か解るかもと思っただけだよ。でも、何も変わらなかった。結局、まずは感情を取り返さなければ、理解は出来ないらしい」
「――――――」
「ああ。少しずつだがね。だが、これはまた注意が必要なようだ」
「――――――」
「少し、本当に僅かだけ感情を戻しただけで、どうしようもない破壊衝動に駆られそうになる。これがおそらくだが、怒りというやつなのだろうな。中々に興味深い」
「――――――」
「そんな事はしないさ。今の興味はそれよりも、感情を理解する事なのだから。その為にも、感情の制御も身に付けなければな」

 オーガストは遠くを眺めながら、変わらぬ平坦な声で光にそう答えた。





 北の見回りが終われば、次は南の方への見回りに就く。それが現在ボクの東門での任務形態だ。なので、今日から東門から南へと防壁上からの見回りを行っている。
 南だからといって平原が平和。なんてことはなく、北側と変わらず騒々しい。
 大結界に近づいてくる魔物の数も北側と変わらず多く、少し進めば足止めを受けている部隊が目に留まる。
 ボクが今回配属された部隊もその一つで、視線の先では、大結界を攻撃している魔物の姿があった。
 魔物達が攻撃している部分は、補修されて日が浅い部分で、大結界の中でも兵士が張った障壁部分だ。
 そのおかげで僅かにだが、壊れるまで猶予がある。それでも、東側全域で多発している魔物の攻撃に手が回っていないので、到着はもう少し掛かりそうだ。つまり、間に合わないということ。

「迎撃用意!」

 そろそろ障壁が壊れそうなので、部隊長がそう号令をかける。しかし、元々全員迎撃準備は出来ていたので、もうすぐ放つという事前の合図だろう。部隊長のその言葉で、全員がより緊張したのが分かった。
 程なくして、魔物が障壁を破って突撃してくる。

「放て!!」

 部隊長の号令と共に、大結界内部に入ってきた魔物めがけて全員が魔法を放っていく。
 命中率は悪くないが威力が少し足りないので、そちらも密かに補いつつ、魔物が防壁に攻撃を行う前に殲滅する。まだ防壁まで破られたという話は届いていないので、どうにか瀬戸際で防げているようだ。
 もしも防壁まで破られた場合、内側に居るのは魔法が使えない市民が大半である。この辺りの魔法使いの兵士は、現在多くが平原に居るようなので、内側に居る魔法使いは、まだ未熟な生徒の割合が多い。
 そうなった場合、被害は甚大だろうな。防壁からそう離れていない場所に町があるし。
 他人事の様にそう考えながら、応援が駆けつけてくるのを待つ。しかし、各方面へと応援に駆け回る兵士達も大変だよな。
 そうこうしている内に応援の兵士達が到着する。
 魔物は殲滅したので、駆けつけた兵士達が行うのは大結界の修復だけだ。それでも少し時間が掛かる。
 大結界の修復を見届けると、報告して見回りを再開するが、既に時刻は夕方。
 真っ赤な世界の中、防壁の上を進んでいくも、詰め所を出て間もないので、近くに詰め所は無い。このまま進めば、進行方向に在る最寄りの詰め所に到着できるのは夜だろう。
 とはいえ、それは問題ない。一人の時間が減るのは残念ではあるが。
 その予想通りに夜になって詰め所に入ると、夕食を手早く済ませて、皆身体の力を抜いて休憩する。暫くすると、一人また一人と睡眠を取る為に奥へと消えていく。
 まだ見回り一日目だが、どこに行ってもこう忙しいと、疲れがたまるのだろう。そう思えば、駐屯地で見かける人たちも疲れた顔をした人達が多かった気がするな。
 人手不足が深刻化してきたという事だろう。まだ崩れるほどではないが、これからどうなるのか。
 まぁ、そんな事はどうでもいいので、腕輪に時間を設定してから、彫刻の続きを始める。
 彫る作業も大分終わりが見えたきたが、手を抜かずに作業を続けていく。そして、髪の部分が粗方終わった辺りで腕輪が振動した。
 腕輪の設定を止めて、掃除や片付けを済ませると、一息吐く。今回もいつもより朝が早い。これは平原が騒々しい間はずっとなんだろうな。
 ぼんやり窓の外を眺めながらそう考えていると、皆が起きてくる。
 北側の時同様に、皆は途中で朝食を回収して広間にやってくると、ボクは部隊長から朝食を受け取り、その朝食を食べる。
 短い休憩を挿んで見回りを開始するが、今回は付いていないようで、詰め所から十数歩進んだだけで魔物と遭遇した。
 部隊長が報告を済ませるも、応援の部隊は少し遠い。それでも、今までであれば間に合うぐらいの距離ではあるのだが・・・。

「なんて数だ!」

 隣からの呟きに、他が頷いた気配がする。
 今までは、せいぜいが十いくかいかないか程度の数であったのだが、今回はその倍ぐらい居た。
 そんな数が大結界に殺到している為に、被害の範囲が広い。このままでは、広域に破壊されて一気に雪崩れ込んでくる。
 ボク一人であればそれも問題ないのだが、今までなんとかそれなりに目立たないようにしていたというのに、流石にこれでは目立ってしまう。周囲に合わせていたら間に合わないだろうし。
 それとは別に、もしも警邏の兵士達が間に合ったとしても、この数を相手に出来るのだろうか? その時は大結界越しに援護するから大丈夫だと思うので、個人的にはそちらを歓迎したい。それであれば、どさくさに紛れて密かに援護できるから。
 しかしながら、現実というものはそう上手くいかないもので、視界に捉えているこちらに急行している部隊の速度と大結界までの距離、魔物達が攻撃している大結界の耐久性などをどれだけ都合よく考慮しても、間に合いそうもない。
 その為、大結界が壊されて魔物が雪崩れ込んでくるまでの数秒もない短い間に、どうしようか急いで考えるが、中々思いつかない。そうこうしている内に、大結界が壊されてしまった。

しおり