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第二百七十六話

 闘技場は、クァーレでも北西にある。
 比較的大きなオアシスに隣接していて、ホテルも立ち並んでいる。観光リゾートのような様相だ。それだけでどれだけ儲かっているのかが良く分かるな。
 通りには武器屋や道具屋があって、生活感はほとんどない。

 道行く連中のガラが悪いのは、この闘技場で、年に一回だけ行われる最強を決める大会があるからだ。

 普段から悪いらしいがな。
 けどそんなもん、今の俺にはどうでも良い。

 全員ぶっ飛ばす。それだけだ。

「おい聞いたか、今年の副賞、奴隷が三人もつくらしいぜ」
「マジかよ」
「しかも超可愛いってよ。一人はガキンチョで、一人は貴族、一人は戦士っぽいんだと」
「ひょお、そそられんな、これは」

 もうそこまで噂が流れてんのか。それだけ盛り上げたいってことなんだろうけど。
 それが拉致ってきた女ってあたりがゲスいけどな。
 正直なところ、闘技場に参加じゃなくて直接殴り込みにいってやろうかとも考えたが、そうなると別の問題が発生するんだとか。メイたちを取り返すには、闘技場で優勝するしかない。
 その後、優勝者は主催であり管理者でもあるギラと面会できるらしいから、その時にぶちのめせば良い。そこは口八丁で煽ってタイマンにでも持ち込めば好きにして良いって(ほむら)からも許可が出てる。

 俺は騒がしい道を通り抜け、闘技場の前に来た。
 確か、ここら辺にあるって聞いたんだけど……。

「闘技場の受付はこちらでーす!」

 周囲を見渡すと、猫耳の女性が手を振りながら声をあげていた。簡単な机と丸太椅子という簡素な作りの受付だ。
 俺は仮面をつけてから受付前に立って、参加権利である木札を渡した。

「はい、この木札は三等級なので、一次予選からですね」

 む。木札に等級あるのか。
 疑問が顔に出たのか、猫耳の女性は笑顔で紙を一枚見せてきた。硬い羊皮紙だ。

「闘技場は予選会から始まります。一次予選、そして二次予選を経て、本選が始まります。あなたのは三等級なので、一番下からスタートです。頑張って予選を勝ち残ってくださいね!」

 なるほど。
 二等級なら二次予選からで、一等級なら本選からスタートってことか。色々な条件があって決めていそうだけど、まぁ高い等級のなんて簡単に手に入らないだろうから、別に良いか。
 それと、一次、二次とあるってことは、予選会はバトルロワイアル形式かな? 後、この感じからして、闘技場は特殊な魔道具のようだ。たぶん、古代遺産だ。アレンの地下訓練場と同じ効果があるのだろう。殺しても回復魔法をかければ復活するシステムだ。
 これなら、遠慮はいらないよな?

「分かりました」
「あ、お名前はどうなさいますか?」

 おっと、登録名が必要なのか。本名でやるのはマズいよな、色々と。

「……狼で」
「承知しました。狼様ですね。それではもうすぐ予選が始まりますので、闘技場の中へ入って右手側の待合エリアへ向かってください。武器とかは大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう」

 俺は頷いてから、女性からバッヂを受け取った。これが参加証明なのだろう。
 さっさと始まってくれるのは有難い。俺も怒りを我慢し続けるのは苦労するからな。

 ――待ってろよ、メイ。アリアス、セリナ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――アリアス――

 どうして、こんなことになったんだろう。
 私はカビ臭い牢屋の中で、自問自答する。いくら拳を握っても、苛立ちを壁にぶつけても、叫んでも、答えは出てこない。うん、やってくるわけがないよね。
 分かってても、悔しかった。
 私が、私がもっと強くて、もっと何とかしてあげられていたら。

 思わず唇を噛んでしまって、少しだけ切ってしまった。

「アリアスさん。お気持ちは分かりますけど、いけませんねぇ」
「あ、ごめん」

 慌てて私は口元を拭う。
 メイに負けた私たちは、メイに攫われてこの牢屋に投げ込まれた。ロクに治療を受けられないまま。ほとんど意識が飛んでしまっていたから、うろ覚えだけど。
 厄介なことに、ここは魔力を強く妨害するようになっていて、自然に回復が出来ない。そのせいで私たちは無駄に魔力を使うことが出来ず、傷を塞ぐ程度の回復魔法を施して、後は自己治癒能力に頼るしかなかった。
 おかげでボロボロだし髪もボサボサ。目覚めてから丸一日くらい経過したけど、たぶんお風呂だって入れてもらえないはずね。正直言って気持ちが悪い。

 それに、生きている限り少しずつ魔力は消費されていく。

 今の魔力量だと、残り持って三日ってところかしら。
 状況から考えて、私たちの魔力枯渇を待っているんだろうけれど。

「おそらく、奴隷紋を施すのが目的なんでしょうねぇ」

 粗悪な毛布にくるまって寝ているメイの頭を撫でながら、セリナは言う。

「どういうこと?」
「メイちゃんは奴隷紋に感応させられて暴走しました。つまり、この牢屋に入れてくれた方々は奴隷紋に深い知識を持っているということになります」
「ってことは、奴隷商人か何かってこと? いや、違うわね。……まさか、闘技場?」

 私はクァーレの情報から答えを導き出す。
 セリナは確信しているようで、強く頷いた。

「闘技場では、何人もの奴隷が賞品として出ている、と記録がありますからねぇ」

 ちなみにこの野蛮極まりない行為は獣人の品位を下げていて、帝国が獣人が人ではないと主張する理由の一つになっていたりする。

「なるほど。闘技場を纏め上げている長は相当な実力者、とも聞いてるし……そもそもクァーレを纏めているのが神獣なんだから、その眷属って可能性もあるものね」
「それだったら、こういうことが出来ても不思議はありませんねぇ」
「納得は行くわね……」

 それだったら、なんとかして脱出する手段を考えないといけない。
 奴隷にさせられるなんてたまったもんじゃないわ。

「セリナ、あんたのテイムしたモンスターは?」
「分かりません。妨害のせいで感知も不可能ですねぇ。ギリギリまでフェロモンを僅かですが漏出させていたので、近くまでは来ていると思いますが」

 じゃあ、突入してもらうのは不可能、か。
 となると、なんとか隙をついて逃げるしかないんだけど……。
 私は苦い表情になって、すうすうと寝息の立てるメイを見下ろす。その無邪気で無垢な寝顔に、私は胸が締め付けられそうになった。

「む、うぅ……」

 むにゃむにゃと寝返りを打って、メイはゆっくりと目を覚ました。
 腫れぼったい目をこすりながら起き上がり、メイは私とセリナを見る。そしてきょとん、と首を傾げてから微笑んだ。いつものメイの笑顔じゃない。

 どこか気遣うというよりも、距離を取るような、壁を作ったかのような、笑顔。

 セリナも表情を曇らせていた。

「あ、えっと、おはよう、おねえちゃん」

 たどたどしい言葉づかいは、とても幼い。
 私は苦笑しながらメイの頭を撫でた。

「ごめんね、ずっと寝てた? 毛布、一つしかないのに」
「構わないわよ。大丈夫だから」
「そうですねぇ。私も平気ですから、気になさらないでください」

 私もセリナも、ついつい言葉と態度が固くなってしまう。
 いや、戸惑ってしまうのよ。いつものメイの感じじゃあないから。

 ぐぎゅう。

 と、メイのお腹が鳴った。
 慌ててメイが困ったようにお腹をさする。たぶん、農奴だった時代の反応かしら。

「お腹空きましたねぇ」
「確かに、ロクに食事も支給されてませんからねぇ」

 あやすようにセリナが言いつつ、柔らかくメイを抱きしめる。
 その光景を見て、私は小さくため息を漏らす。

 そう。

 たった数回のやり取りで思い知らされた。
 今のメイには――記憶が、ない。
 きっと、私たちを攻撃したことによって、心が耐えられなくなったんだと思う。それで、何もかも忘れようとして、そうなった。きっと奴隷紋が暴走させられたのも手伝ってる。

 自責の念に、私は顔をしかめる。

 もっと、もっと私に力があったら……メイにも悲しい思いをさせなかったのかな。

「アリアスさん」
「え、あ、ごめん」

 咎められて、私は慌てて笑顔を作る。

 ――早く。

 ――早く来てよ、グラナダ。お願い、助けて……っ!

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