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12.君をのせて

 クライアントとの打ち合わせは無事に終了した。
時刻は正午少し前だ。
「先輩、昼飯はなんにしましょうか? ここだと近所に土佐屋っていうカツオのうまい店があるんですよ」
吉岡は痩せているのだが結構グルメだ。
こいつのおすすめの店ならまず間違いはない。
だけど今日の俺には時間がなかった。
「悪い。今日は買い物があって、これから東横ハンズに行かなきゃならないんだよ」
研磨剤、砥石、スノーシャベル等を購入予定だ。
吉岡と途中で別れ日用雑貨を売るデパート「東横ハンズ」へむかった。
大抵のものはここで揃うはずだ。
急ぎ足で必要なものを購入していく。
スノーシャベルを二本、砥石も荒砥から仕上げ研ぎまで4本そろえた。
ユッタさんたちへのおみやげにしようと思っていた「あったか下着」やゾットへのナイフもここで買えたのはありがたかった。
エゴンさんにはMサイズを、ユッタさんには男物のXLサイズを購入した。
多分これでジャストフィットのはずだ。
昼休みいっぱいを使って何とか買い物を間に合わせる。
今日の昼食は駅のホームでゼリー飲料を飲んだだけだった。

 夕方、さすがに定時で上がることはできなかったが、かなり急いで書類をまとめて18時前に職場をでた。
けっこう奇跡的だ。
これから俺は秋葉原だ。
駅のホームで中央線を待っていると吉岡に声をかけられた。
「あれ? 先輩は地下鉄じゃなかったですか?」
「これからアキバに買い物だ」
「おお! いいっすねぇ」
東横ハンズにまったく反応しなかった吉岡だが、アキバには素直に反応している。
さすがはオタクだ。
「何買うんですか? それともお気に入りのメイドさんがいるとか?」
「悪いけど吉岡の興味をひくような店じゃないと思うぞ」
プリントアウトした防犯グッズ専門店のホームページを見せる。
「先輩……南アの工場に島流しですか?」
「いや、2月に短期出張はあるけどな」
まあ、そういう発想になるよな。
工場のあるところは非常に治安が悪いから。
「ボディーアーマーはレベルが6個あるんですけど、どうせ買うならレベルⅢかその上のレベルⅣを買うべきですよ」
そうなの!? 
これ大丈夫かな? 
しかし、さすがは吉岡だ。
こういう知識だけは無駄に豊富なんだよ。
一緒に来てくれると助かるな。
「吉岡ぁ……」
「そんなウルウルした目で見なくても付き合ってあげますよ。俺も先輩が死んだらペットロス症候群になりそうだし」
「俺は愛玩犬か!」
こいつも俺が犬みたいに見えるらしい。
「ほらほら、電車が来ましたよ」
まあいいか。
付き合ってくれるみたいだしね。
「わんわん」
喜びを犬っぽく表現しておいた。

 店について、少しだけ困ったことが起きた。
防弾ベストを買うのはいいのだが、さすがに軍用ヘルメットやクロスボウは言い訳が難しかったのだ。
「先輩って実はミリオタ?」
「いや……なんというか……」
吉岡には正直に全てを打ち明けてもいいと思う。
だけど信じてもらえるかどうかは微妙なところでもある。
「実はな……」
俺は思い切って異世界で召喚獣になってしまったことを吉岡に話して聞かせた。
その結果……。
「よくわかりました。つまり……患ってしまったんですね」
「患った?」
「というよりもこじらせたのかな?」
「こじらせた……何を?」
「中二病」
「違う!」
そこで俺はリアたちと映した記念撮影を吉岡に見せた。
リア、ゾット、ノエルと俺が並んで写っている。
他にもスマートフォンをスライドさせ向こうの世界で撮った写真を次々と見せた。
「………………」
なんか固まってるぞ。
「この写真……CGじゃないですよね」
「俺が自分も写ってる写真を合成するような面倒なことをすると思うか?」
「しないっす。先輩にそんなスキルはないです」
事実なんだけどバカにされた気がする。
「それからこれはどうだ?」
店の隅で空間収納のスキルも披露する。
「……手品?」
忘年会の出し物にしては手が込んでいるね。
「空間収納」
「……やべえ」
吉岡は深く何かを考えていたようだが、やおら軍用ヘルメットと防弾ベストをもうワンセット持ってくるではないか。
「なにしてるの?」
「俺も行きます!!」
やっぱりそうなる?
「ほら、何してるんですか。早くクロスボウも選びましょう。時間がないんでしょう?」
いいけどさ。
俺が吉岡をおんぶしていたとしても一緒に召喚されるとは限らないんだぜ。
こいつすっかり自分も行ける気になってるよ……。
 クロスボウと防具を購入し終えた俺は吉岡と二手に分かれた。
昼に、なじみのバイク屋に電話をしてチェーンとグリップヒーターを用意しておいてもらってある。
遅くならない内に取りに行かなくてはならない。
吉岡には主に食料の買い出しを頼んだ。
こうして俺はなんとかすべての買い物を終わらせたのだった。
「じゃあ明日の6時に家に来てください」
「了解。荷物を頼むな」
翌朝は吉岡の家に集合だ。
クロスボウの箱は大きすぎて空間収納には入らないので、吉岡がタクシーで運んでくれた。
これで絵美がいる家にクロスボウや防弾ベストを持って帰らなくて済んだ。
だいぶありがたい。
それに家で召喚の準備をしていたら絵美に見られてしまうかもしれない。
防弾ベストに軍用ヘルメットをかぶり、クロスボウを持った状態で吉岡をおんぶしている姿は晒したくなかった。

 帰宅は夜の9時過ぎだった。
あちこち回ったので少し疲れたな。
でも、予定していたものはすべて購入できたぞ。
絵美はまだ帰っていない。
今夜も遅いのだろう。
風呂に入り、買ってきたサバイバル関係の本を読んでいるうちに眠ってしまった。

 次の日は早くから吉岡のマンションへ行った。
独身の一人住まいだが、いつ行っても綺麗だ。
会社の同僚で家に行き来するのはこいつだけなんだよね。
絵美より一緒にいる時間は長いかもしれない。
ちなみに吉岡の恋人は脳内に住んでいる二次元キャラだそうだ。
外見は身長こそ高くはないがイケメン眼鏡草食系男子なのにリアルな恋人はずっといない。
中性的な感じなのがいけないのかな? 
それとも性格の問題か。
「おはよう。準備はできてるか?」
「おはようございます! もうバッチリですよ。食料もありったけ買っときました!」
すぐ横にパンパンに膨らんだリュックサックが置いてあった。
「それじゃあ防弾ベストとヘルメットを着用しとこう」
二人でワイワイと装備をつけていく。
食料など入れられるものは空間収納に押し込んだ。
「こんなもんか」
「どうします?」
「どうしますって何が?」
「どうやって自分を運びますか? おんぶ? それとも……お姫様抱っこ?」
勘弁してくれ。
「おんぶで頼む」
「ういっす。じゃあリュックは自分が背負うんでクロスボウは先輩が持ってください。ちょっと練習しましょうよ」
クロスボウは全部で4丁ある。
2丁が小型のピストルクロスボウで、もう2丁が大型のタイプだ。
値段は結構高かったが先行投資だ。
向こうの世界で稼ぐことだってできるかもしれないもんね。
今は日給600円だけどさ。
「先輩の背中ひろ~い」
「キモイこと行ってないで早く乗れ」
腰をかがめると吉岡が背中に乗ってきた。
体重プラス荷物だからそれなりに重い。
でもバイクを運んだ時に比べれば余裕だな。
そうこうする内に召喚の時間を知らせるアラームがなった。
「いよいよだぞ」
「はい……」
さっきまでおチャラけていた吉岡の顔にも緊張の色が滲んでいる。
さあ、五回目のダイブだ。

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