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10.君が要るもの 俺の要るもの

 再び馬上の人となったクララは困惑していた。
先程は切羽詰まっていたとはいえ何故あんなことを考えてしまったのだろう。
コウタを殺して私も死ぬ? 
バカバカしい!
それどころか、コウタをアンスバッハ家の婿に迎えるだと?
まったくもって噴飯(ふんぱん)ものだ! 
だいたいコウタは妻帯者で異世界に妻を残してきていると聞いている。
そのような者を婿になどできるわけがない。
そもそも自分とコウタは主従の関係だ。
「……ふう」
クララは大きくため息をついた。
これではまるで15か16の小娘のようではないか。
実際は20歳の行き遅れだというのに。

 この世界の成人は15歳。
婚姻もそれに合わせて執り行われるのが一般的だ。
だがクララはこの年になっても結婚相手が決まっていなかった。
それはクララが一人娘であったことや、父親が長らく戦争に行ったままであったことなどが原因である。
母親もクララが幼いころに鬼籍に入っているのも問題だった。
クララはいずれ婿か養子をとってアンスバッハ家を存続させていかなければならない。
だが、だからと言ってコウタと結婚を考えるなどバカげている。
もし婿をとるならこのザクセンス王国のしかるべき貴族の子弟から選ばなくては周囲が納得しないだろう。
クララはもう一度大きなため息をついた。

 ブリッツの上から大きなため息が聞こえた。
さすがのクララ様も雪の中での狩りに少し疲れたかな? 
積雪は10センチ程度だけど、鎧をつけての移動は大変だもんな。
寒いから雪質はさらさらしていて、森の中はとても歩きにくかっただろう。
 それにしてもでかい鹿だ。
改めてソリの上に横たわる鹿を観察する。
俺の知っている日本鹿とは種類が違うようだ。
体長は3メートル以上あるんじゃないか。
肩の高さでも178センチある俺よりでかい。
角も平べったく広がっていて、北米や北欧にいるヘラジカという種類に近い感じだ。
「これ、美味しいんですか?」
クララ様に聞いてみる。
「鹿肉は癖がなくて食べやすいぞ。この辺りではそのまま焼いたり、煮込みにして食べることが多い。今晩はユッタに鹿料理を作らせるからコウタも味わってみればいい」
ユッタさんはエゴンさんの奥さんだ。
エゴンさんは痩せて小柄だが、ユッタさんは酒樽のように太っていて大柄だ。
性格も豪快でおおらかな人だった。
「若い人はたくさん食べなさい」が口癖でいつもご飯を大盛りにしてくれる。
「それでは頑張って解体しないといけませんね」
「うん。しかしコウタに獲物の解体の経験がないとは思わなかった」
「すいません」
あいにくそんなスキルは取っていない。
種まきは得意なんだけどね。
森の小川で、ある程度解体をするように言われたんだけど、魚を捌いたこともない俺にできるはずもない。
俺の評価が下がっちゃったかな? 
本当はすぐに内臓を出さないと肉の味に影響するそうだ。
なるべく急いで帰ることにしよう。
獲物の解体か……。
狩猟関係の本を本屋で見かけたことがあったな。
解体のやり方とかも載っている本があったような……。
他にも釣りのやり方とか、ブッシュクラフトとか、こちらの生活に役立ちそうな情報を仕入れておいた方がいいかもしれない。
電子書籍で売っているならスマートフォンに落としておけば便利そうだ。
向こうへ帰ったら忘れずに調べてみよう。

 クララ様が言ってた通り夕食は鹿肉の煮込みになった。
ユッタさんがいつも通り大盛りの煮込み料理をよそってくれる。
「さあ、若い人はたくさん食べなきゃだめだよ」
「はい。とっても美味そうだ」
雪の中をたくさん歩いたのでとてもお腹が減っていた。
今日ならユッタさんの大盛り攻撃も余裕で受け止められそうだ。
夕飯は大抵エゴンさん、ユッタさん、俺の3人で同じテーブルを囲む。
クララ様はご当主なので使用人と一緒に食事をすることなく一人で食べている。
給仕は俺とエゴンさんが交代でしてるけど、寂しくないのかな? 
たとえ寂しかったとしても、そんな態度を表に出す人ではないとは思うけどね。
 鹿肉の煮込みは聞いていた通り癖がなく食べやすかった。
あらかじめ知らなければ臭みのない牛肉の赤身を食べてる感じかな。
肉はビールと玉ねぎなどを使って煮込んであるのでむしろビールの香りと苦み、それに酸味の方を強く感じた。
まあビールといっても日本のビールとはちょっと違う。
もっと粘り気があるというか、トロっとした感じなのだ。
炭酸の量も少ない。
しかも古くなってきたビールを料理に使うので酸っぱいのだ。
でも独特な風味が美味しくもある。
「どうだい味は?」
「まろやかぁ~」
「おかしなことを言う子だね。気に入ったんなら何よりだよ。おかわりはたくさんあるからしっかり食べるんだよ」
この世界にきて初めて出された肉料理だ。
ユッタさんに言われた通りたくさん食べた。
だけど単調な味なので途中で飽きてきてしまったぞ。
ちょっと味にアクセントが欲しいな。
「ユッタさん。胡椒(こしょう)とかないですか?」
「胡椒!? そんなもん使うのは王様か法王様だけだよ。バカなことを言ってないでさっさと食べちまいな!」
あらら。
香辛料はないのか。
こんど向こうに戻ったらスパイス一式買ってくるかな。
より良い食事のためにはそうすべきだろう。

 午後から降り始めた雪は、夜半に吹雪になり朝まで降り続いた。
粉砂糖をふるったような一面のパウダースノーを見ながらつくづく思う。
「気象予測」のスキルは決してゴミスキルじゃない。
もしも昨日、あのまま狩りを続けていたら結構やばかったんじゃないか? 
森の奥地へ入っていれば帰るのは大変だったし、下手をすればビバーク(緊急野営)することになっていたかもしれない。
地球にいる時よりも自然に近い生活だから、その分天候が生活に密接に関わってくるのだ。
スキルによれば今日も明日も天気は晴れだ。
出発の日に雪に振られるのは災難だから本当に良かった。
でも、こんな雪でバイクは大丈夫だろうか。
一応オフロード仕様のタイヤは履いているが心配だ。
明日は一度向こう側に帰るから、バイク用のチェーンを買っておくか。
それから、かなり寒そうなのでバイクのハンドルを温かくしてくれるグリップヒーターもあった方がいい気がする。
もう一度バイクを抱えての往復はいやだから取り付けは自分ですることになるな。
日給600円だから、持ち出し分で結構自腹を切っているぞ。
楽しいし、スキルが増えるからいいけどさ。

「おういコウタ。雪かきを始めるぞ」
他に必要なものを考えていたらエゴンさんに呼ばれた。
朝食の前に雪かきを済ませておくそうだ。
棒に板を打ち付けただけの道具を渡される。
これで雪かきするの? 
ものすごく使いにくそうだ。
「ほれ、さっさと始めるぞい」
……プラスチック製のスノーシャベルも買ってくることにしよう。

 雪かきを終えると今度は防具の整備だ。
「まずはこの甲冑をピカピカに磨き上げるんじゃ。甲冑は騎士のステータスであり象徴だからの。手を抜くことは許されん」
この作業は見栄えをよくするだけでなく錆を落とすためでもあるそうだ。
こちらでは鉄製品の価値がものすごく高い。
泥棒が真っ先に狙うのが鍋・釜・包丁というくらいだ。
だからプレートメールは非常に高価であり、騎士のステータスの象徴でもある。
「エゴンさん。プレートアーマーっていくらくらいするものなんですか?」
「そうさな。オーダーメードで一式頼むと500万マルケス以上はすると聞いたぞ」
高級車みたいなものだな。
中には数千万マルケスもするような鎧もあるそうだ。
だから大抵の騎士は鎧を新調することはなく、先祖代々受け継いでいくそうだ。
クララ様も家督を継ぐときに戦死した父親の甲冑を相続したそうだ。
お父さんのアーマーを再調整して何とか使っていると聞いた。
 部分ごとに分担してエゴンさんと鎧を磨いた。
……だけど、なんか粗い粒子の磨き粉だな。
あんまり綺麗にならないぞ。
……仕方がない研磨剤も購入してくるか。

 鎧を磨き終えたら今度は武器の整備だ。
「今からブロードソードの研ぎ方を教えるからついておいで」
わざわざ部屋を変えないでも、ここに砥石を持ってくればいいのにとか思いながらエゴンさんに付いていった。
「さあ、研いでいくぞ」
「……」
なるほど部屋を変えるわけだ。
小さな物置の片隅に大きな機械が置いてあり、直径40センチはある円形の砥石が据え付けられている。
エゴンさんが足踏み機を押すとグラインダーのように砥石が回りだした。
こんな大掛かりな機械で研いでるのね。
しかも見た感じ目の粗い砥石だ。
もっと細かい粒子じゃないと完璧には仕上がりそうにないな。
……砥石も一式買ってくるか。
「うー、寒さが身に染みるわい。腰が痛いのう!」
「……」
あったか下着を追加と……。
あとは何を買ってこよう?

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