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第二百七十四話

「おい小僧。誰に向かってアホ呼ばわりしてくれてんだ?」
「そこの神獣だよ」

 憶することなく言ってやる。とたん、殺気が膨れ上がるが、俺も対抗してやった。
 戦いになればもちろん勝てない。だから、そうなるまえに勝つ!

「少し考えてもみろよ。あんたがさっきバカにしたことだけど、コイツらは確かに負けた連中の寄り集まりかもしれねぇ。けど、土地を追い出されて、流れ着いた場所で、身を寄せ合って、やっと国家として呼べるようになるまで頑張ったんだぞ」
「あぁ?」
「それは、間違いなく強さじゃねぇのか? だって、今まで獣人が出来なかったことをやってのけたんだろう?」

 不機嫌そうに返す(ほむら)に重ねると、目が見開かれた。
 よし、今がチャンス!
 俺は少し前のめりになって、即座に畳みかける。

「一度は負けて、でも再起を誓って、誰も出来なかったことを成し遂げながら互いに認め合う。これは強い証拠だ。一人じゃない、みんなで戦うことで、強さを得たってことだ。そして、慣れない中で人間と交流することで、集団としての強さを学び、吸収し、より確かな強さを手にした。個の強さじゃなくて、全としての強さだ」

 単純に運が良いから、で国家の基盤など出来るはずがない。
 様々な文化から知識を吸収し、己のものとして、時としてぶつかって争って、そして一つになる。
 ブリタブルたちはかなり苦労をしてきたはずだ。困難も幾多あっただろう。そして全て乗り越えて来た。

 それを強さと呼ばないで、なんと呼ぶんだ。

 俺は矢継ぎ早に言葉を重ねていく。

「本来の獣人として見れば変かもしれねぇけど、俺たち人間からすれば全然変でもなんでもない。むしろ、可能性を見せつけられた感じだ。獣人と人間は手を取り合える。分かり合える。協力していける。これがどれだけ凄いことか、あんた分かるか?」
「……!」
「種族の枠を超えて手を取り合う。これがどれだけ凄いことかってことだよ! 訊くけど、あんたが纏めてる獣人は、集落ごとで交流はあるのか?」
「……部族同士としての交流は、あまりないな。簡単な交易くらいはするが、そこに感情はない。ただのやり取りだけだ。たまに個人同士でくっつく場合はあるが……」

 それは極めて稀だ。
 だからこそ、互いの血が入った子を追い払って、ブリタブルの国が出来上がったのだから。

「同じ獣人でもそうなんだろ? けど、ブリタブルたちはその垣根を超えて、そして、人との垣根も超えてきた。それって、とんでもないことだと思わねぇのか?」

 ズバり言ってのけると、(ほむら)が少しのけ反った。

「ブリタブルたちは、獣人の国は考える強さを、寄り添い合う強さを、認め合う強さを知っているし持っている。ただ肉体が強いことだけが強さじゃねぇはずだ」
「……そうだ。オジキ。我らは強い。立派に国としてやっていける。それだけの強さがある! だから、だからどうか、獣人としたまま、我らを認めてはくれないだろうか」

 ぐ、と、(ほむら)の喉が鳴った。
 そこを突いて、ブリタブルが頭を下げる。それこそテーブルにぶつける勢いで。

「頼むっ……!」
「……ちっ、コイツらを同席させたのは失敗だったかもな。随分と頭が回るヤツだ。生意気だがな」

 俺を睨みながら、(ほむら)は舌打ちした。
 よし、これは認めると言ったようなもんだな。ちょっと不安だったけど、上手くいったみたいだ。

「けど、俺はやっぱり納得がいかん。だから、貴様らの力を示してもらおう」
「何を求めるおつもりだ?」
「分かっているように、クァーレは獣人の部族の寄せ集めだ。俺がいることで他国からの干渉はねぇが、部族内は今、少し荒れて来てる」

 指先から炎を灯し、(ほむら)はクァーレの地図を描く。

「東南地区と、北西地区。東南地区は単なる荒くれものばっかりでガタガタしてるだけだ。俺が出張ればすぐに鎮圧出来る。けど、北西はそうもいかん」
「この辺りは、闘技場がある辺りでは?」
「そうだ。闘技場はクァーレの中でも莫大な利益を出している。その統治を俺の眷属に任せてるんだが、最近勘違いしてきてるみたいでな。ちょっと煩いんだ。具体的に言うと、その眷属が可愛がってる連中がそこそこ強いらしくてな、ここ最近、闘技場の優勝はそいつらが競って勝ち取ってるんだ」

 なんだそりゃ。ガタガタじゃねぇか。
 この人、本気で統治するつもりないだろ。好き放題させて、ちょっとオイタしたらしばくようなことしかしてないな。

「けど、俺がその眷属を消してしまえば、俺の信頼が落ちる。眷属一人まともに統制出来ないのかってな」
「そうなれば、ますます内乱が起こる、と?」
「そうだ。だから、お前らで闘技場の優勝をかっさらって、ちょっと痛い目に遭わせてこい。ちょうど札持ってるんだろ? 気配で分かる」

 それって、体の良いお使いじゃん。超断りたい。けど、許される感じじゃないな。
 気が進まないけど、仕方ないか。
 思っていると、いきなり目の前に炎が現れた。同時に(ほむら)の表情が真剣なものに変わる。

「どうした」
『タイヘンデス。オキャクジンガ……』

 オキャクジン? お客人? まさか!?
 俺は嫌な予感に突き動かされるまま、席を立った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――アリアス――

 グラナダたちの姿が、消える。
 僅かに残った残滓は、グラナダたちの匂い。それが、悔しかった。私は、私たちは選ばれなかった。
 SSR(エスエスレア)でありながら、神獣の突如与えて来た試練を乗り越えられなかったから。それがたまらなく、悔しい。
 兄さまだったら、きっと涼しい顔でクリアしているだろう。現に、グラナダはクリアした。ルナリーだって。すごい差を見せつけられてるようだわ。

 でも、そんな私よりもっと悔しそうなのが、メイね。

 ずっとグラナダの傍にいて、ずっと修行していたはずの彼女も、乗り越えられなかった。
 誰よりもグラナダを思っているのに、隣に立っていられない屈辱はきっと想像を絶するわ。でも、それでもメイは泣かないし、気丈に立っている。

「大丈夫ですか、メイちゃん」
「大丈夫です。ご主人さまは、きっと無事ですし、ルナリーちゃんとオルカナさんもいますし。ブリタブルさんはちょっとどころじゃなく不安ですけど」

 セリナの励ましを受け止め、メイは笑った。
 強がってるわね。でも、そういうところがメイらしい。

「もっと、もっと強くなれば良いんですよね。私、頑張ります」

 ぐ、と握りこぶしを作ったタイミングで、異変はやってきた。
 一瞬だけ、自分の中を探られるような感触。魔力による干渉だと、すぐに気付いた。
 気持悪さに振り払うと、セリナも同じ仕草を見せていて――メイだけが、違った。

「……あぁっ……!?」

 苦痛、いや、違う。
 顔が歪み、メイの全身から黒い煙が迸る。この嫌な感じ、臭いと魔力……まさか!?

「奴隷紋が発動してる!?」
「いけませんねぇ。すぐに抑えないと危険です」

 セリナが深刻の顔で言い、水の精霊を呼び起こす。
 金魚にしか見えない精霊は、セリナの意思に呼応して空中を跳ねる。ぽちゃん、と、あるはずのない水の音がして、水の波紋が広がった。
 それは鎮静化の効果がある。メイはその波紋を受け、一瞬だけ落ち着く。そう、一瞬だけ。

 これじゃあ、無理ね。

 私は即座に剣を抜く。
 直後、メイもまた黒い煙を迸らせて大剣を抜いた。対峙すると同時に、鳥肌が立つような威圧がやってきた。

 これは……っ! これほどとは!

 メイはずっとグラナダと一緒にいた。だから、その強さは同年代のSSR(エスエスレア)の中でもかなりのものよ。そう、私たちに匹敵するくらいに。
 けど、対峙して分かった。匹敵なんてどころじゃない。
 同等か、それ以上か!

「に、逃げて、逃げてくださ……!」
「メイちゃん! しっかりしてください!」
「そうよ、何が起こったの!」

 声をかけると、メイは身をよじらせる。

「だめ、いきなり、変な、何かが……! 私、制御がっ……できなっ……い!」
「メイちゃんっ!? きゃあっ!」
「危ないっ!」

 地面が荒々しく蹴られ、メイはセリナに斬りかかる!
 《超感応》で私はセリナに飛びつき、メイの剣が上段からくるより早く首根っこを掴んで引き寄せた。

 耳が圧迫されるような唸る風圧。

 その破壊力は、あっさりと地面を打ち砕いた。
 瓦礫が飛ぶ中で、私はさらに距離を取る。
 瞬間、メイが追撃の気配を見せた。これは、このままじゃマズいわね!

「《エアロ》っ!」

 強風の魔法を放ち、私はメイの追撃を牽制する。
 ごう、と風がメイを押さえつける。でも、メイは全身から魔力を走らせて風を弾く。なんて力技!

「だめ、だめですっ……! 私っ……ううううう、あ、ああ、ああああああっ!!」

 悲鳴。同時に炎が駆け巡り、メイの威圧が更に上昇した。

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