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第二百七十三話

 グラン。
 砂漠地方、クァーレの中枢都市。その位置は地図上でも明記されていない。それは、どこにあるか分からないから、というのが理由だが、まさに納得がいく。
 何せ、神獣が隠していたのだ。見つかるはずがない。
 そして、その街並みは、隠すのに相応しい美しさがあった。というか、マジで綺麗だ。
 オアシスの湖は大きいし、水質も見事だ。周囲には豊かな緑だけでなく、畑もある。質素に暮らせば、自給自足も可能なくらいの規模だ。
 後、結界だな、これは。空気が澄んでる。全然砂っぽくないな。

「さて、と」

 空気を撫でるように腕を動かして、(ほむら)は隠蔽魔法を何重にも展開する。ちょっと待てこれ。
 背筋が思わず凍るぐらいの技術だぞ。
 顔を青くさせていると、(ほむら)はニヤリと笑う。

「コイツの凄さが分かるだけ十分だ。それじゃあ──……選定をしようか」
「選定?」

 おうむ返しに聞き返した刹那だ。

 ──ずんっ! と、全身を重圧が襲った。

 これは、威圧!? くそっ、やばい!
 俺は即座に《天吼狼(ヴォルフ・エルガー)》を展開し、全身から魔力を迸らせて抵抗する。オルカナも同様に魔力を全力にして放ち、ルナリーを保護した。
 だが、残りのみんなは漏れなく膝を折って屈した。息さえ出来ていないのだろう、あっという間に顔色が変化していく。

「ほい、終わり」

 ぱちん、と指を鳴らすと、威圧が一気に消えた。

「「「ぶはぁっ!」」」

 一斉に膝を折ったみんなが息を吐き、忙しなく呼吸する。
 この威圧、まともに食らってたら肺が潰れたような感覚になるんだよな。だから、呼吸が一瞬で苦しくなるんだ。
 抵抗してなかったら、俺もヤバかった。っていうかいきなり何してくれやがんだ!
 抗議の目線を送ると、(ほむら)は肩を竦めた。

「悪いな。不意を打たないとこういうのは分からないもんだからさ」
『悪びれる様子ぐらいせめて見せろ。彼らは等しく我が友人だぞ』

 ポチも咎める。

「それは失礼した。非礼は詫びる。けど、こっから先はお引き取り願うぜ?」

 少し頭を下げてから、(ほむら)は不敵に笑う。

「盟主としてブリタブルは連れていくとして、今のに抵抗出来なかった他の連中はお留守番ってことだ。俺様は基本的に強いヤツとしか話したくないんだ」
「……なるほど、それが今の選定か」
「そうだ。同盟交渉のテーブルは用意するし座ってもやる。だが、相手は選ばせて貰う。話してる途中で死なれても困るからな。砂嵐の時に実感したろ? 俺様はそこに存在しているだけで威圧を放つんだ」

 思い出させられて、俺は苦る。

「もちろんある程度は抑えるさ。けど、必要以上に抑えるのも神経使うんだ。そんな弱いヤツに気を遣う理由が分からん。まして、真剣に話をしなければならない上に、そいつらは直接の交渉相手でもないんだ」

 ある意味で、筋が通っている。
 少なくとも、表立って反論が出来ないくらいには。

「ということだ。選ばれなかったお前らは、終わるまでこの町でくつろいでてくれ。案内役を後でつけるから。そうだな、そこのカフェなら味も保証するぜ」

 親指を向けた先には、オープンテラスの喫茶店があった。
 それなりに値段のはりそうな店でもあるが、案内役をつけるなら支払いも負担してくれるのだろう。

「……分かりました。グラナダ様、ルナリーさん、お願いしますねぇ」
「ここで駄々をこねても仕方ないものね」

 セリナとアリアスが諦めたように言う。そして、メイは今にも泣きそうな表情を一瞬だけ見せつつも、柔らかく微笑んだ。

「ご主人さま、お気をつけて。ルナリーちゃんとオルカナさんもね」
「おう、任せておけ」
「ルナリー、がんばる」
『任された』

 俺たちが頷くと、また奇妙な感覚がやってきた。
 うげ、予告なしの空間転移かよ!?
 内容物が胃からせりあがってきそうな感覚に耐えつつ、俺はまた一変した空間に着地する。
 ここは、会議室か?

 珍しい一面ガラス張りの窓からは、町が見下ろせる。どうやら高い場所にあるらしい。町中ではそんなの見つけられなかったから、存在そのものを秘匿された場所なのだろう。高度な隠蔽魔法がかけられている感じがする。
 ガラスの窓からは砂漠地帯ならではの明るい陽射しが入り込んできていて、円卓を照らしていた。

「おい、客人だ。茶の支度をしろ」
『承知ツカマツリマシタ』

 不意に現れた赤い球体に、(ほむら)はイスに荒々しく腰掛けながら指示を出す。
 ぐ、と赤い球体が消えた。あの感じ……精霊か。

「すぐに茶と菓子が来るから、お前らも座ってくれ。ま、大したもんは出てこないけどな」

 と、豪快に笑いながら言う。
 促されるがまま、俺たちはブリタブルを中心にして座った。一応護衛の体ではあるが、(ほむら)がその気になれば俺たちなんて秒で焼かれる。
 それなのに俺たちまで招き入れたってことは、ブリタブルのブレーンとしての役割を求められているのか、それとも単純に認めただけなのか。俺の予想としては両方だな。

「それじゃあ、早速話し合いと行こうか。本題は分かってる。ブリタブル。お前の一族を王族とした獣人どもが治める地域を国家として認めた上で、協定を含めた同盟を結びたいんだろう?」
「そうだ」
「それに関しちゃあ、俺が何か言える義理はねぇ。元々お前らは集落からつまはじきにされた連中の寄せ集めだからな。それがたまたま良い土地に恵まれて、良い人間どもに恵まれて、国家としての基盤が出来た。だから独立してやっていきたい。それも理解する」

 ちり、と空間が揺れる。 

「そして、国家としての基盤と、やっていけるだけの実績として人間どもとの同盟を見事に結んで見せた。この功績も俺は認める。だから、このテーブルは用意した。だがな」

 (ほむら)の目が鋭く見開かれる。

「ケジメとして、俺はお前らの親でもあるんだ。そこはつけないといけねぇ、そこは理解出来るな?」

 射抜かれたブリタブルが、ぐっと喉を詰まらせた。
 そうか。(ほむら)からすれば、顔に泥を塗られたの同然か。いくらつまはじきにされて寄り集まった彼らとはいえ、(ほむら)を頼ることなく自立し、その道を突き進んでいる。獣人たちを取りまとめる(ほむら)からすれば、裏切られたようにも見える。
 ポチによれば、そもそも(ほむら)は獣人たちの祖先でもあるらしいからな。
 けど、それならこっちにも言い分はある。

「そのケジメが何なのか知らないけどさ、獣人の国はずっと帝国の脅威に晒されてたんだ。そこから身を守るためって意味でも、王国やチェールタとの同盟を結んだ背景もあるんだ。あんたが最初からちゃんと守っていれば、こうならなかったんじゃねぇの?」

 俺は敢えて口調を崩して言ってやる。立場としては対等なのだと主張するために。

「知ったことじゃねぇな。俺の血を僅かでも引くのであれば、自分の身くらい自分で守れってことだ」
「弱肉強食。それがオジキの理だったな」
「そうだ。集落から追い出された弱いヤツらが集まって、己を鍛え、集落に反撃するならいざ知らず、中途半端に人間風情を真似るようなことしやがって。闘争の本能の中で生きる獣人としての誇りはどこへやったのか!」

 めら、と(ほむら)の全身から火が迸る。一気に室内の温度が急上昇した。
 同時に俺とオルカナが冷気の魔法を展開し、温度を調整する。

「戦いに生きて戦いで死ね。それがお前ら獣人の唯一にして絶対の理であろう!」
「オジキ……」
「それに反した以上、無条件で俺はお前らの独立を認めない。つまり、お前らに与えているなけなしの加護を全て取っ払う。それが、お前らの独立を認める条件だ。それと、協定とか同盟とか、そんなものは必要ない。お前らが我らの領域を侵せば戦う。侵さなければ何もしない。これは獣人の不文律だ。それで充分だろうが?」

 明らかにブリタブルの表情が変わった。

『加護を外す、か。(ほむら)よ。お前の加護は確か、炎の耐性と身体能力向上、そして獣人化だったな?』
「そうだ」
『それをすれば、彼らはどうなる?』
「年単位での時間がかかるだろうが、ただの獣に成り下がる。言葉を忘れ、獣人としての記憶を忘れる。子をなせば、生まれるのはただの獣だ。人の形ですらないだろう」

 って待て。

「それは、獣人を辞めろってことじゃねぇのか?」
「そう言ってるんだが?」

 平然と言い返されて、俺は目を細めた。かちん、ってきたぞ、おい。

「あんた、アホか」

 迷いなく、隠すことなく。真正面から睨みながら言ってやった。

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