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第二百七十一話

 ジャックオランタンたちが隠れ場所として使っている洞穴。
 そこが、俺たちの落ち合う場所だ。

 全てを終えた俺が到着すると、もうみんな焚き火を囲んで待っていた。表情からして上手くいったらしい。

 ほっと安堵していると、メイが駆け寄って来た。

「お疲れ様です。どうでしたか?」
「遅くなってごめんな。魔物の巣は撃退した。けど、ちょっとした問題があって」
「呪いのことかしら?」

 なんだ、気付いていたのか。
 アリアスの一言で、俺は察した。オルカナがいるんだから、当然と言えば当然か。俺は肯定の意味で息を吐く。

「その通りだ。まぁ、結論から言うと、帝国が派遣した魔法使いだった」
「帝国から?」

 ブリタブルが前かがみになりながら訊いてくる。

「ああ。あの村は周辺じゃあ唯一の人里なんだって。それを無惨に葬り去ることで、獣人の仕業に仕立てあげ、獣人と人間は相容れない存在だってネガティブキャンペーンを展開するつもりだったみたいだ」
『それで呪いか? ずいぶんと遠回りだな』
「……ジャックオランタンさんたちをまず排除するため、ですか」
「だな。外から攻めるより内側から崩す方が、今回は楽だ」

 ジャックオランタンは村人たちに手を出せないから、ああなっていたわけで、魔物たちの襲撃を迎撃するだけの能力はある。
 排除した後は、付近の獣人たちをけしかける算段だったんだろう。もちろん全部ぶっ潰したけど。
 魔法使いは倒した後、魔法袋を活用して王都へ送り込んだ。これも立派な証拠になるしな。準備が整えば、すぐにでも尋問が始まるだろう。

「それにしても、ここまでやって帝国は何がしたいんだか……理解に苦しむわね」
「戦略的に見ても、労働力や兵力的に見ても獣人の国は魅力的ですからねぇ」

 ドライな分析に俺も同意した。
 獣人の国は大陸の東部と南部の境目にある。地殻変動によって水が湧きだしたことで土地が沈み、そう変化したのだ。
 そして大陸東部は王国を中心とした同盟国家が多い。

 つまり、ここを押さえれば王国をはじめとした諸国を挟めるわけだ。チェールタをなんとかしておけば、海で往き来も簡単だしな。

 だから、帝国が執拗に狙うのも分からないでもないが……些かしつこすぎる。
 チェールタの一件で、帝国へは更に厳しい目と批判が集まるだろうし、緊張関係もかなり高まるはずだ。下手したら戦争になるかもしれない。

「とにかく、今後も要注意ってことだな」
「このことも書状にしたためて、お伝えしておきますね」

 セリナの言葉に、俺は頷いた。
 書状は魔法袋を経由させて王様へ届く。これが最速だ。本当に便利だよな、これ。
 早速羊皮紙を広げ、ペンを走らせるセリナをしり目に、俺はたき火の前に座る。串焼きがあった。

 ぐぎゅる。と、お腹が鳴る。

 うーん、腹が減ったな。
 すかさずメイが焼けたばかりだろう串を一本取って俺に渡してくれた。

「ご主人さま、どうぞ」
「ありがとう」

 お礼を言ってから、俺は串焼きを見る。
 肉汁したたるばら肉と、分厚いキノコのコンボだ。うん、まずは肉だな。美味そうだ!
 かぶりつくと、じゅくっ、と音がするくらい肉汁が口の中に広がった。旨い、んで甘い。
 味付けは少しだけの塩コショウと、甘めの味噌だな。美味い。

 肉を堪能してから、次はキノコにかぶりつく。

 じっくりと火を通された上に、肉汁を吸ったキノコはしっとりとしていて、中はホクホクだ。それだけでなく香ばしくて、キノコの風味が良く広がって来る。
 ああ、これは美味しい。
 ちょっと濃いめの味付けも、俺が疲れてることを見越してのものなんだろうな。

「うん、美味しい」
「良かったです」

 素直に言うと、メイは顔を明るくさせて喜んでくれた。
 一頻り串焼きを楽しんでいると、気配がやってきた。ジャックオランタンだ。

『おお、グラナダ殿。戻っておられたか』
「無事に終わったみたいだな」
『うむ。本当に今回は助かった。無事に村人たちは元のカボチャを彫り物にした祭りに戻してくれるらしい。我らへ謝罪と感謝を何回も言ってくれたよ』

 それなら良かった。
 呪いの期間が長そうだったから後遺症が出るかもと思ってたけど、オルカナが上手く排除してくれたか。

「それじゃあ、依頼は完遂だな」
『本当に助かった。少なくて申し訳ないが、報酬として受け取ってくれ』

 ジャックオランタンは懐から幾つかの宝石と、木札を渡してきた。
 宝石は言わずもがな高級品だ。鑑定するまでもない。問題は、木札の方だ。
 分からないで裏表を交互に見ていると、ブリタブルが覗き込んできた。

「おお、これは闘技場の参戦チケットじゃないか。やったなアニキ」
「闘技場?」

 おうむ返しに訊くと、ブリタブルは大きく頷く。

「クァーレの名物だよ。大きいコロシアムで決闘するのさ。毎日何かしらのイベントをやってるんだが、一年に一回、最強を決める大会がある。これはその参戦チケットだ」

 何やら物騒だな。
 思わずジト目になっていると、ブリタブルは少し興奮した様子で続ける。

「いっておくけど貴重だぞ。参戦権利を手にするだけでも金貨一千枚はいるからな。基本的に闘技場のイベントで実績を積んでるか、パトロンとして同等の価値の資金提供をしているか、ぐらいしか手に入らないからな」

 い、一千枚って……相当なプレミアだな。
 それをなんでジャックオランタンが持っているのか謎だけど。

『今年ジャックオランタンになったばかりのやつが、生前持っていたものだ。あっさりと浄化されてくれたがな』
「良いのか? 形見みたいなもんだろ、これ」
『むしろ天に召されたのだから、逆に喜ぶべきことだが』

 しれっと返されて、俺はある意味で納得した。
 ちょっともやっとするが、そういうことなら頂こう。俺自身は闘技場に興味なんてないけど。

『それで、これからどうするのだ?』
「ああ、クータも回復したし、このまま南下してクァーレに向かうつもりだけど」
『だったら参戦してみたらどうだ? ちょうどこの時期と聞く。グラナダ殿なら優勝をかっさらえるだろう』
「いやー……まぁ、考えておくよ」

 俺は苦笑して受け流す。
 そんな物騒なの勘弁だ、マジで。まぁ、血気盛んなブリタブルがいるし、希望するならブリタブルにあげて参加させてみるか?
 なんて考えていると、ジャックオランタンがくすりと微笑むような声を漏らす。

『不思議なものだ。それだけの実力があれば、力で名声を得ようとするものなのだがな』
「ご主人さまは、そういう欲がないですから」
「学園の時もそうでしたねぇ」

 メイが当然のように言い、セリナも苦笑する。
 なんだよ、そんなに変なことか?
 俺の目的はあくまで田舎村を復興させることだ。そこは絶対にブレない。闘技場で優勝かっさらったところで、それに近づくとは思えないし。むしろ遠くなる。
 俺は世界を救うなんて大それたことするつもりはない。

「ま、そこが良いトコでもあるんだけどね」

 アリアスにまで言われる始末だ。
 褒められてるのか、これ?

『そうか。慕われているのだな』
「そこは否定しないけどな」

 否定したらみんなに失礼だ。

「お待たせしました。書状が出来上がりましたねぇ」
「そっか。それじゃあ、そろそろ行くよ。あんまり長居しても悪いし、俺たちにはやることがあるからさ」
『分かった。また出会えると嬉しいな』
「ああ、いつかな」

 差し出された手を、俺は握り返した。
 それから見送られて、俺たちはクータに乗って南下を始める。結局、こんなところにも帝国の手が伸びてたってことが分かったけど、何とかなったし。とにかく村とジャックオランタンが平和になって良かった。

 けど、この安堵はいつまでも続けてはいられない。

 俺たちはこれから神獣と会談するんだからな。ああ、気が重い。
 密かにどう話し出したものかと小一時間悩んでいると、急にブリタブルが目を凝らしだした。

「ん、あれって……砂漠か?」
「もう見えたのかよ」

 呆れるくらいの視力だな。
 一応地図で確認すると、クータの速度や、太陽の位置などから導き出した位置から砂漠までは、まだ十キロ以上も距離がある。
 ジト目で見ていると、ブリタブルは豪快に笑った。

「砂漠そのものではないぞ、アニキ。余が見たのは、大規模なものと思われる砂嵐の発生だ」
「ほー、そうなのか……っておい!?」
「それって、危ないんじゃないですか?」

 思わずツッコミを入れると、メイも目を白黒させて言う。だが、ブリタブルは笑うだけだ。

「はっはっは、まぁクァーレの名物みたいなものだからなぁ」
「「「そういう問題を言ってるんじゃない!!」」」

 全員からツッコミ(物理)を叩き込まれ、ブリタブルは沈黙した。
 っていうか、確かに見える。
 なんていうか、砂の壁が。あれ、数百メートルくらいあるんじゃねぇか? 迫って来てるな。

「どうしますか?」
「とりあえず降下して様子見しよう。あの中に突っ込むつもりにはなれん」

 そう言うと、みんな頷いた。

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