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第二百六十七話

 式典ともいえる行事が終わると、後は血祭りだ。
 今回、国民たちのヘイト値はかなり高く、公開処刑は避けられなかった。処刑されるのは主に魔獣たちだ。
 メインディッシュはもちろんアザミである。

 だが、公開処刑されるアザミは、影武者だ。

 死刑囚の一人を、クイーンの魔法で変身させただけの。
 こんな手の込んだことをしたのには、理由があった。
 俺たちも代用員と交代してその場を後にする。隠密移動で向かったのは港だった。
 黒鉄で覆われた軍用船だ。小型なのは、必要最低限の人員にセーブしたからである。

「くっくっく、はっはっはっは!」

 そんな船の牢に、アザミは拘束されていた。
 魔力源であった紅魔石は回収され、様々な道具によって魔力を抑制されているせいで、生命維持に必要な必要最低限ギリギリしか残されていない。
 にも関わらず、アザミは俺たちを見つけるなり嘲笑をあげていた。

「吠えるな、また酸欠を起こすぞ」

 蔑みの視線を送りながら、クイーンは冷たく言い放った。
 事実だ。
 今のアザミの魔力量で激しい運動なんてまず不可能だ。

「くっくっく、笑いたくもなるさ。処刑は上手くいったか? メンツを守るためだけの茶番劇と言えば良いかな?」
「ああ、上手くいったよ。散々と情けなく泣き叫びながら死んでいった。あれは後世に語り継がれるレベルの酷さだ。良かったな、この上ない不名誉がついて。といっても、貴様には関係ないか。元から不名誉の塊だからな」
「……言ってくれるね、女狐」

 皮肉を更なる皮肉で返され、アザミは睨んできた。だが、クイーンはそれをあっさりと受け流して鼻で嗤う。

「女と口でやりあうには修行が足りないな。色々と経験が足りないんじゃないか?」

 そしてぴしゃりとやっつけた。
 アザミが押し黙ったタイミングで、クイーンは壁に身を預けてため息をつく。

「今すぐ殺せるなら殺してやりたいところだがな……」

 ぎり、と歯を鳴らす。
 俺たちも同意だった。
 大罪人であるアザミの公開処刑を、わざわざ影武者まで用意させられたのには理由がある。殺せないのだ。アザミを。

 アザミは不機嫌そうにしていたが、またすぐにニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。

 アザミには、一つの呪いがかけられていた。
 見破れたのは、ポチとオルカナのおかげだ。魔法の感知と呪いに関して右に出るものはいないからこそ、のレベルの呪いだとか。

 それは、アザミが死んだ場合、魂を糧に破壊の神獣──デッドが復活するというもの。

 アザミは、反応からして知っている。たぶん加護を受ける際の見返りとして、そういう呪いを受け入れたんだろう。
 神獣の呪いで、且つ本人に解呪する気が更々ないせいもあって呪いを何とかするのは不可能らしい。

『私が全快であればまだ別だったのだが……唯一、相性が悪くないからな』

 とはポチの弁だ。
 ちなみに他の神獣とデッドは絶対的に相性が悪いらしい。ポチにしても悪くない程度らしいが。

「僕を殺したら、世界が半分なくなるよ」

 何故か自信満々にアザミが言う。
 あながち嘘とは言えない辺りたちが悪い。何せデッドの使う《ブリューナク》はあの程度の威力ではないらしい(それでも都市を一つ消し飛ばしたけど……)。
 デッドの復活は世界にとって最悪に近いシナリオだ。

「あははは、貧乏くじだね? この牢だって維持費は莫大なものだろう? 殺したいのに殺せず、むしろ生かすために金を浪費しないといけない! なんとも情けない話じゃないか!」

 ……これは自棄になったのか、なんなのか。

「黙れ」

 嘲笑うアザミへ、クイーンがまた冷たい声をぶつける。

「その牢は一時的なものだ。すぐに解放してやるさ」
「……へぇ?」
「それと、貴様の最期の願いを叶えてやる」

 クイーンは腰に手をあてながら顎を少ししゃくった。
 興味深そうに、アザミは眉を吊り上げる。

「会わせてやると言ったんだ。パンドラにな」

 挑戦的な調子で言い放たれた言葉に、アザミは目を見開いた。
 数秒間呆けてから、あがったのは大笑いだった。うるせぇ。
 耳を塞いでいると、アザミはそれこそ酸欠一歩手前まで笑い続け、忙しない呼吸のせいでようやく止まった。

「……はぁ、はぁ、ははは、正気か、世界を僕に明け渡すというのか?」
「そうだな、気が変わったんだ。制御できるものならば、やってみせるが良い」
「その目は無理だと思っているだろう。僕のスキルを舐めすぎだよ。公開するが良い」

 そう言うと、アザミは笑みを深くさせた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 丸一日かけて、船は海岸に到着した。港、とはとても言えない状況だったからだ。
 チェールタ諸島でも、もっとも帝国に近い小島、ヴァルハン。
 元々は人口も少ない平らな島で、哨戒用の駐留軍基地と小さな町がある程度だったらしいが、今は何もない、真っ白な島に変化していた。
 地面は枯渇し、至るところに亀裂が走っている。試しに触れてみると、完全に乾ききった紙粘土のような感じだ。かなり脆い。

『完全に退廃している……魔力を吸いとられた上に、瘴気で大地そのものが殺されてしまったのか』
『そのようであるな。いったいどのような実験を繰り返せば、このように大地の恵みを完全に奪いきれるのか……』

 ポチとオルカナは深刻な様子で、退廃の景色を見渡す。
 何があったかは俺も知らない。
 ただ分かっているのは、アザミをはじめとした連中が魔族と結託して島を占領し、こんな有り様にしてしまったということだ。

 本当に魔力の欠片も感じない。

 俺たちは牢から連れ出した両手両足を縛ったアザミをその島に捨てて、船の甲板に戻る。遠隔操作で拘束を解除すると、アザミはゆっくりと起き上がった。
 フラフラなのは仕方がない。ずっと動くことさえ許されてなかったからな。
 合わせて、甲板に棺が立てられた状態で出て来た。
 訝しく眉根を寄せている中、クイーンが棺の蓋を開けた。

「さぁ、ご対面だ」

 粛々と言い放ち、出てきたのは少女だった。
 ただし。
 セミロングの髪は真っ白で、厳重に目隠しをされた上で猿轡を噛まされている。さらに両手、両足はがんじがらめに拘束されていた。っていうか、鼻もなんかカバーかけられてるし。
 何があってこうなった、と言いたいが、彼女の持つ異常な気配が口を噤ませた。

 分かる。明らかに、ヤバい。

 思わず唾を呑み込むと、クイーンが静かに口を開く。

「事前の通達は覚えているな? 片目と口だけだ。それ以上は出来ない。良いな」

 険しい口調で言い含めると、少女は頷いた。
 クイーンはゆっくりと眼帯を外し、片目だけ解放してから猿轡も外す、というか緩める。

「りょーかい、ますたー」

 放たれたのは、蠱惑的とも言えるほど可愛い声だった。
 露わになった少女らしく大きめな瞳は虹色だ。とんでもなく魅力的で、思わず――。

 メイに袖を引っ張られて、俺は気付く。否、我に返ったというべきか。あれ、今、俺は――?

「グラナダ殿。あまり見るな。奪われるぞ」
「う、奪われるって……」

 言いかけて、俺は自覚した。
 そうか。俺は今、奪われかけたのか、何かを。
 具体的にそれを表現できないが、俺は恐怖に憑りつかれた。コイツ、ヤバい。

「おいパンドラ」
「はいはい。分かってるわよーん。ちょっと気になっただけじゃない。すぐ怒るんだから……って、あら、あらら、あららららら?」

 パンドラは目を凝らしてから、ルナリーに顔を近づける。ルナリーは真っ向から見返している。どうやら平気らしい。オルカナが魔力的に対抗しているからかもしれないが。

「あなた、ルナリーヴァティアじゃない?」

 衝撃的だった。
 いや、なんで? なんでコイツ、ルナリーの名前を知っている?
 混乱がやってきて、俺は動揺する。メイたちも同じだ。

「おい、パンドラ」
「運よく目覚めたのかしら? まぁいいけど。こんなところで会うとは思わなかったわ、妹に」
「妹?」

 おうむ返しに訊くと、パンドラは頷く。

「ええ。元が同じだから。私の方が生まれるの早かったからお姉さんなの」
「それってどういう?」
「悪いけれど、それ以上は私にも分からないの。興味が無かったからねー」

 嘯くように言ってから、パンドラは笑う。

「ただ、真実が知りたいなら、大森林の図書館にいきなさい? そうしたら、答えは見つかると思うから」

 大森林の……図書館?
 聞いたこともないな。意見を求めてセリナとアリアスを見るが、二人も首を傾げるばかりだ。

「パンドラ。そこまでだ」
「はいはい。分かったわよ。口うるさいわねー」

 口を尖らせながら不満を零しつつ、パンドラは島にいるアザミを見た。
 って、おい。
 俺は顔を引きつらせかけた。
 アザミが泣いている。いや、それだけじゃあない。涙と鼻水とヨダレと、あらゆる汁を垂らしてガタガタと震えてる。っていうか、あれって……。

「おいおいションベンまで垂らしてんじゃねぇか、あれ、汚ねぇな」

 半ば呆れる表情で、ブリタブルは言ってしまった。
 けど、事実だと思う。地面が濡れてるし。
 とはいえ、どうしてあんな状態になったんだ?

「ふふ。とっても美味しそうだからちょっと味見しただけよ。そうしたらああなっちゃったのー」

 ちょっと言ってる意味が分からない。どういうことだ?

「白い島も悪くはないわねぇ。ふふ」

 疑問をよそに、パンドラは独り言ちてから、小さく微笑んだ。


「ねえ、それ、ちょうだい?」










 ――ぶつんっ。









 一瞬、訳がわからなかった。
 世界が黒に包まれ、ノイズが走る。理解が追い付く前に世界は戻ってきて──。

 そこにはアザミも、島さえ存在していなかった。

 背筋がゾッとした。
 身体が痺れたように動けない中、クイーンだけがパンドラに眼帯を装着して猿轡を噛ませ、棺に押し入れる。
 がちゃん、と音を立てて棺の蓋が閉まったタイミングで、クイーンが崩れ落ちる。

「クイーン!」

 我に返り、俺はクイーンに駆け寄った。
 棺にしがみつく形で倒れこむクイーンは、魔力枯渇を起こしていた。かなりの虚脱が見られる。
 すぐに魔力水を差し出して回復させるが、効率が悪い。

「もう一本飲みますか?」
「いや、構わない。これ以上は回復しないからな、今は。心配かけてすまない」

 柔らかく断りながら、クイーンは細い呼吸を繰り返す。

『なるほど、超越者(アポロイーター)か』

 ポチの声がやってくる。
 疑問の意思を送ると、ポチは頷いた。

『空間を超越するものの呼称だ。一つ異なる次元に自分の精神と世界を保有していて、この世界の理から半分外れているものだ』

 な、なんだそれ。反則も甚だしいレベルじゃねぇか。
 ってことはあれか。今のも、島とアザミを自分の世界へ送り込んだってことか。もう意味わかんねぇな。

 それで島とアザミがどうなったかは知らんが……。

『言うまでもなく、世界が異なるということは理も異なる。──アザミと島は存在から粉砕されているだろう。デッドとの呪いも履行されまい』
「ふ、粉砕って……」
『まぁ、あの娘の気質からして、強引に再構築させているだろうがな。そんなことをすれば、地獄の苦痛を味わうことになる。それも、魂が完全になくなるまで、永遠に』

 それって、想像を絶する苦痛ってことですか。
 いかにもアザミらしい最期ではある。今回、やらかしたことがあまりに大きいからな。どれだけの犠牲を出したことか。

「しかし、とんでもないものを隠していたのですね、クイーン」

 冷や汗を拭いながらアリアスが訊ねる。
 戦力的として見るならば、確かにパンドラは手がつけられない。おそらくも何も、俺たちというか、王都が抱える冒険者たちを全員差し向けても敵わないだろう。
 どれだけの広さの空間を持っていけるか分からないが、片目と口を解放されただけで島一つ軽く消せるのだ。もし兵器として使われたらどうなるか。推して知るべし。

 っていうか、うちはそれを知ってるから同盟結んでるのか?

「ああ。だが同時に世界を滅ぼしかねない存在だ。むしろ消炭にしたいところだな。元首盟約でコイツは制御できるが、それでも今の一回で精一杯だ」

 つまり兵器としては使えないってことか。ちょっと安心だな。

「故に、申し訳ないが今回の件は完全に秘密だ。墓場まで持っていって欲しい。パンドラを使ったのは、アザミが危険なことと、島を放置していたら悪影響が確実に出ると判断したからだし、君たちに見せたのはそのあたりを理解してもらいたかったからだ」
「承知しました。秘密にしておきますねぇ」

 口に人差し指を当てながら、セリナが答える。
 まぁ、バレたら色々と問題だもんな。

「とにかく、今は休んでもらおうぜ。かなり体調が悪そうだ」

 俺が促すと、全員が頷いた。

「ああ、そうだな、そうさせてもらおう。近々、帝国に対する措置を協議せねばならんからな」

 クイーンは青白い顔で苦笑した。
 そうだ。今回は帝国が糸を引いていることは明らかで、証拠も上がっている。帝国への対応をどうするか、もちろん厳しいものになるだろう。
 さてさて、どうなることか……。
 俺は空を見上げて、ため息をついた。

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