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第二百六十話

 夜の王。吸血鬼(ヴァンパイア)

 それは上級魔族でさえまともに手を出せない相手だ。幾つかの種族があり、個体によって弱点が違う。オルカナも吸血鬼(ヴァンパイア)だが、死淵吸血鬼(マッドヴァンパイア)という種で日光には強いしな。ニンニクにはバカみたいに弱いけど。
 つまるところ、一切余裕が出来ない相手ってことだ。

 それに、コイツはオルカナよりも感じる力が強い。

 油断なく構えると、そいつは嗤った。

『くくく、この我を前にして戦意を失わぬとは……蛮勇だな』
「は?」
『我は吸血鬼(ヴァンパイア)の中でも純血種(プライド)だ。正しく夜の王ぞ。人間風情が――』
「《クリエイション・ミスリル》」
『立ち塞がることそのものが――って、いたっ!? いだだだだだっ!?』

 俺が生み出した魔導銀ミスリルの弾丸を何発も受けて、吸血鬼ヴァンパイアは情けない悲鳴を上げた。
 こんな距離で余裕で御託を並べるからだ。

『ちょ、ちょっと待って!? ねぇヒドくない!? 我の口上の間に奇襲仕掛けるとか!』
「うるせぇ! そんなのいちいち待ってやる必要がどこにあるんだ!」
『君は雰囲気とか空気とかノリとかそういうの無いの!? っていうか今のどうやって生み出した!?』
「敵にそんなもんいちいち読んでやる義理はないし企業秘密だ」

 俺は即答しつつ更に空中に魔導銀(ミスリル)を出現させ、次々と放つ!
 だがさすがに二回目は通じないようで、吸血鬼(ヴァンパイア)は身を躍らせて回避した。
 ちなみにこの魔導銀(ミスリル)はまがい物である。これだけの街中なら、純度は低いだろうが銀食器くらいはある。それを集めて俺の魔力を注ぎ込み、なんちゃって魔導銀(ミスリル)に仕立て上げたのだ。

『舐めてくれやがって……! 夜の社交界はそんな無礼者はおらんぞ!』
「知らんな。ここは昼の世界だ」

 俺は冷たく言い返しつつ、魔力を高める。
 コイツを相手に手加減なんて一切出来ないな。
 気配を読んで、ポチが駆け寄ってくる。

「《天吼狼ヴォルフ・エルガー》」

 ばちっ、と体内で稲妻が弾け、俺の全身に宿る。
 そこへハンドガンにアルテミスとアテナを宿らせた。

「《フル・バースト》!!」

 地面を蹴り砕きながら、一気に間合いを詰める!

『ほう、言うだけのことはあるか。だが、それでもまだ我には届か――』
「《バフ・オール》」

 俺は自分にバフをかけて全体的に強化し、さらに加速。

『ほうっ! 奇妙なっ!』
「《デバフ》」

 好戦的に笑みながらまだ油断しまくる吸血鬼(ヴァンパイア)に、俺は容赦なく魔法を放つ。
 がく、と、目に見えて吸血鬼(ヴァンパイア)が膝を折る。
 目が驚愕に見開かれ、息を呑むのが手に取って分かった。

『なっ……!?』
「ついでに分かってるぞ。お前が本体じゃないってこともな! 《フレアアロー》っ!」

 俺の放ったマグマ色の矢は過たず吸血鬼(ヴァンパイア)の胴体を貫く。
 さらに火の魔法を籠めたハンドガンを連射し、その全身をどろどろに溶かした。

『――なんだ、気付いておったのか』

 直後、地面が何か所も沸騰したように音を立てて水泡を生み出し、そして吸血鬼(ヴァンパイア)を生み出していく。どれもこれも、偽物だな。
 俺は即座に空中に展開していた刃を向け、その人形どもを始末する。散っていく魔力が、本当に極々一部だけどこかへ戻っていく。俺はそれを逃さない。

「そこっ!」

 吼えると同時にハンドガンから電撃の弾丸を何発も放つ。
 虚空、何もないように見える空間が歪み、弾丸が弾かれた。瞬間、本物の吸血鬼(ヴァンパイア)が姿を見せた。

『――気付くかっ!』
「《ベフィモナス》っ!」

 俺は地面を踏み抜き、大地を変形させる!
 吸血鬼(ヴァンパイア)は素早く跳躍して回避するが、それが狙いだ。

「《デバフ》!」

 仕掛けていた魔法を発動させ、俺は吸血鬼(ヴァンパイア)の動きを鈍らせる!
 聞こえてくる舌打ち。
 俺は即座に刃を差し向け、全方位から切り刻む! そこに電撃の弾丸を解き放ち、穿ち抜く。

『なめるなと言った!』

 鬱陶しそうにマントをはためかせる。たったそれだけで黒い波動が広がり、弾丸は弾かれ、刃の動きが止まる。
 マジか!
 っていうか、《デバフ》まで解除してねぇか!?

『小賢しい真似だな。我に能力制限をかけるなど! その程度の呪い、いともたやすく解除できるわ!』
「だったら、真正面から叩く!」
『この我に挑むとは、愚かな!』

 俺はハンドガンから電撃を放つが、マントに防がれる。 
 どうもあれは魔法を弾く効果があるっぽいな。そういう系は俺の天敵だ。でも、言い換えれば本体は魔法が通用するってことだ。

「愚かかどうか、確かめてみろよ」

 俺は展開していた刃を向ける。
 だが、それは吸血鬼(ヴァンパイア)から放たれる黒い波動で妨害された。
 うげ。そうくるのか。だったら。

「《フレアアロー》」

 俺は魔力を伝播させ、全方位から魔法をけしかける。
 吸血鬼(ヴァンパイア)は舌打ちしながらも黒い波動を放って魔法を散らす。更に反撃とばかりに黒い波戸の球が襲ってきた。

『無駄だと言った!』
「これだけ強いってことは……あんた、親玉か?」

 俺は敵の攻撃を回避しつつ話しかける。

『その通りだ。此度の進軍、我らの悲願を達成するため!』
「……悲願? 魔族と協力してまでか?」

 魔族とこいつらは相容れない存在だ。というか、魔族と相容れる存在なんていない。

『我が悲願は夜界の拡大よ! 我ら紅蓮の一族にとって夜界は手狭なのでな! それで魔族どもが願ってきたものだから手を貸してやったまでのこと!』

 吸血鬼ヴァンパイアは自信満々に言う。
 ってことは、今回の襲撃の主力は間違いなくこいつらだ。たぶん、魔族にハッパかけられたんだろ。んでもってコイツらは夜界での争いだか何だかに負けた連中か何かか。
 魔族(というか帝国)からすれば、チェールタの妨害がなければ良いのだから、別に連中へくれてやっても良いわけだろう。
 当然、ベリアルが一枚かんでるな。

 とにかく理解出来た。

 こいつらは、連中にとっての戦力ではないってことだ。
 そして、本当の狙いは別にある。それが何かは分からないけど。

「ふーん、負けたお山の大将がわざわざ出張って来てるってことは、てっきり魔族に脅されてやってきてると思ってたんだけどな?」
『……貴様っ!』
「知ってるぞ。今回の一件にベリアルが噛んでるってこと。いくらお前らでも、ベリアルとまともに戦うことなんて出来ないはずだからな」
『き、きききさん何をいっちゃられるんとよ!?』
「いや動揺しすぎかな!?」

 あからさまな動揺に、俺もツッコミを叩き入れる。
 イマイチしまらないな。っていうか吸血鬼(ヴァンパイア)ってこんなんなのか? オルカナもそうだし。

『とにかくっ! とっとと死ねぇ!』

 吸血鬼(ヴァンパイア)は吠えると、全身に黒い炎を宿した。伝わってくる熱風から、明らかにヤバいのが良く分かる。

『我が紅蓮と呼ばれる理由、とくと思い知るが良い!』

 轟、と音を立てて黒い炎が放たれる。それはまるで竜のように姿を変え、大きな顎を見せつけながら襲ってきた。
 俺は即座に魔法を放つ。

「《アイシクルエッジ》!」

 解放した氷は、一瞬だけ炎を氷漬けにしたが、すぐに溶けて消えた。
 素早く俺はバックステップして距離を取る。

『はっはっはっはっはっ! この地獄の炎、その程度のちゃちな魔法でなんとかなると思ったか!』

 炎が拡大していく。同時に、吸血鬼ヴァンパイアの数も《増えた》。
 って、おい!?
 焦りを殺しつつ魔力探知すると、その増えたどれもが《本物》だった。
 これって、あれか。魔族と同じ原理か?

『しっておるぞ。貴様は刹那にして敵を両断する技を持っているのだろう?』

 《神撃》のことだ。
 倒した灰色のヒトガタから情報を抜き取ったか、それともベリアルからの入れ知恵か。
 どちらにしても、それを使わせまいとする手段だな。
 一直線の軌道に全員を捉えることが出来れば、纏めて始末できるけど、たぶんそんなことはさせてくれないだろう。狙うとしたら《神威》だな。
 あの炎を宿している時点で《神破》は無理だ。っていうか《神破》も対単体のスキルだし。

 けど、その《神威》にしても、何かしら対策は取られてる、か?

 俺は《ソウルソナー》を撃つ。
 すると、後方に反応があった。たぶん、あれも本体。自分を分裂させてまだ生存していられるのはさすがに夜の王だし、実に夜の王らしい仕掛けだ。

 ――さて、どうするか。

「《クリエイション・ダガー》」

 俺は周囲に展開している刃を収納しつつ、生み出したダガーで周囲に展開させた。その数、一〇。
 極限にまで魔力を高め、俺はハンドガンを構える。
 エネルギーを収束させ、再び迫って来る炎にレーザービームを撃った。

『温いわっ!』

 かなりの威力を籠めたはずだが、あっさりと弾き飛ばされる。
 くそ、散らすことさえできねぇか!
 次々とやってくる炎から、俺は全力で回避する。
 右、左、上。
 横に宙返りしたり、飛び跳ねたり、とにかくアクロバットな回避を強制させられた。

 ――このままじゃあマズいな。

 冷静に俺は分析する。後、どれくらい回避し続けられるか。

『あっははははは! ほれ、ほれ! 踊れ踊れ踊れぇ!』

 嘲笑いながら、吸血鬼(ヴァンパイア)たちは容赦なく炎を向けてくる。

「《ベフィモナス》!」

 地面を爆発的に盛り上がらせ、盾を作る。だが、それも刹那にして炎によって溶かされる。

 ――一瞬だけ。けど、それで十分すぎる。

 俺の動きに釣られて吸血鬼(ヴァンパイア)が追いかけてきていて、――間合いに入っている。全員だ。
 素早く俺はハンドガンから腰に差していたダガーに持ち変える。これも魔法道具(マジックアイテム)だ。
 ハンドガンのスイッチを切り、ダガーに切り替える。
 あわせて、吸血鬼(ヴァンパイア)本体たちに狙いをつけた。

「――《真・神撃》」

 神の力が、周囲に展開する刃に伝播し、一気に加速する。
 それは瞬く間に、前方にいる吸血鬼ヴァンパイアと、後方で隠れていた本体の一部をも切り裂いた。

『なっにぃっ!?』

 真っ二つに両断され、傷口から炭化を始める吸血鬼(ヴァンパイア)
 その驚愕と絶望に染まった表情で俺を睨んでくる。
 俺はがっくりと膝を折り、その場に崩れかける。いや、久しぶりに使ったけどこれキッツイな。
 オリジナルの魔法道具(マジックアイテム)がボロボロと砕けて散る中、俺は浅い呼吸を繰り返していた。

「悪いな。俺にはこういう技もあるんだ」
『ぬ、き、きさまっ……! 卑怯だぞっ! 騙しおってからに!』
「知らねぇよ」

 俺は疲労と戦いながら言い返す。この技だって一か八かだったんだ。
 実際に動けないし。非常用だった武器も失ったしな。

『こんな、こんなっ……!』

 消えていく吸血鬼(ヴァンパイア)を見送りつつ、俺は分析する。
 たぶん、コイツはオルカナよりも弱いな。力そのものは上だろうけど、戦い方が稚拙だった。ってことは、夜界の中でもはねっかえりだったのか? というか、そういう集団のリーダーだったのかもな。

『主。南の方角の反応は消えていないぞ』
「だろうな」

 南の方角から攻めてきているのは、たぶん本体だ。
 おそらく、魔族の集団。
 予想以上に吸血鬼(ヴァンパイア)の軍団が苦戦していたから出張ってきたんだろう。
 その行為に、俺は強い違和感を覚える。
 今まで帝国の工作の影に隠れてこそこそやっていたくせに、なんで今になってこんな派手に動くんだ?

 このチェールタ、きっと何かがあるな。

 俺は確信しつつ、ゆっくりと息を吸う。とにかく今は回復させることに専念だ。

しおり