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第二百五十話

 島は、本当に二時間で一周出来た。
 観察して分かったのは、森と海岸線がある程度で、しかもその森には食べ物を実らせるような種ではなかったことだ。水源だって乏しい泉がある程度。つまり、絶望的なまでに人が住む環境ではない。
 民家があったのは本当に不思議だったが、もしかしたら隠れ家的な存在なのかもしれない。

 だとしても怪しいんだよなー、なんかにおう。

 考えながら首を捻っていると、頭上高くを鳴きながら過ぎていく鳥たち。──……鳥たち、の、鳴き声?
 反射的に見上げると、見えた鳥は渡り鳥の一種だった。

「なぁメイ。この島、何回か探索してるんだよな」
「はい。おかしいんです」

 俺の違和感を貫くように、メイは同意を示した。

「この島、ホーンラビットこそいますが、他の動物たちはほとんど見かけないんです。虫とかはいますけど。でも、小動物さえいません。ネズミでさえ、です」

 それって生態系的に異常だろ。

「ポチも気配で色々と探ったはずだよな?」
『うむ。だからブリタブルを野放しにしておったぞ』

 念のために確認すると、ポチは肯定した。
 ってことは……──この無人島、実は無人島じゃねぇな。海岸線を一周したけど、一部を除けばほぼ砂浜で、海の深さは大したことがない。
 海の透明度がそこそこ高いおかげで、余計に分かる。
 ちなみにそこまで離れていないところに島も見えた。ってことは、地下じゃあ繋がってる可能性が高いな。

「どうした兄貴。いきなり難しい顔で腕なんて組んで。腹でも痛いのか? トイレなら森へ行けば幾らでも出来るぞ! 良ければ余のお気に入りを案内しようか!」
「考えてるんだよ! それとそんなもん要らないから!」
「何故だ! 大事なことだと思うぞ!」
「今は一切合切関係ないだろうが!」
「そんなことはない! 常に己の身の回りを考えられる余裕は必要だと思うぞ!」
「そんな真理で突いてこないで!? っていうかなんでおかしいのコト言ってるのにマトモなところに帰結してくるんだ!」
「つまりそれは余が最初からマトモなことを言っているからだ!」
「そうなのか!?」
「いやご主人さま騙されないでください!?」

 はっ! しまった。錯乱してた。
 メイの指摘で俺は我に返る。本気でヤバかったぞ、今のは、うん。
 俺は首を左右に振って意識を切り替える。

「とにかく、だ。ポチ。この島の地下を調べてくれないか」
『地下? それならもう何度も探査しているぞ。まるで何かの妨害でもされているかのように、何も感じることがない。それはこの島全域に言える。唯一あるとすれば、主の寝ていたベッドの下に何か違和感があるぐらいだな』
「それって……妨害されてるんじゃ……? それと、そこが地下への入り口では?」
『…………はっ』
「ちょいちょい駄犬になるの本気でやめてくんない?」
『……くぅーん』

 真顔で詰め寄ると、ポチは耳をぺたんと倒しながら腹這いになった。
 思わず小一時間くらい説教したくなったが、今はそんなことしている暇はない。とにかく、ここは単なる無人島じゃなくて、かなりヤバい気がする場所だってことが判明したんだ。すぐにでも脱出すべきだ。

「とりあえずここから出るぞ」
「何故だ? 地下に何かあるのだろう? 探らないのか?」

 当然のように首を傾げるブリタブル。言うと思ったけどさ。本来の目的忘れてねぇか?
 即座に俺は咎めの視線を送る。
 それだけでブリタブルは怯むが、諦めてはいない様子だ。

「あのな。明らかに危険がいっぱいな感じしかしない地下に、なんで今の状態で飛び込まなきゃいかんのだ?」

 俺の戦力低下具合は甚だしいし、メイもステータス制限を受けている。ポチだって能力に影響を受けているはずだ。
 はっきりと圧倒的不利状況である。
 俺たちは罠に引っ掛かって、そこで魔族の奇襲を受けたのだ。最悪の可能性は常に考えておくべきだ。この地下に魔族がいないとは限らないのである。

「だが、それ以外に他の島へ行ける可能性はないんじゃないか? この程度の規模の島に、島全域に及ぶ地下があるなんて異常だし、他の島と繋がってる可能性が高いではないか」
「何言ってんだ、海に出れば良いだろうが」

 森はあるのだから、いかだでも何でも作れるだろう。
 だが、ブリタブルは訝るばかりだ。俺も怪訝になると、メイがおずおずと言ってきた。

「あの、ご主人さま。実は海に出たことがあるんです。でも、潮流がかなり早くて、それに囚われると、この辺りの海岸線に押し戻されてしまうんです」
「な、なんだそれ、そんな潮流……!」

 明らかに人為的な罠だろ、それ。
 海の流れにまで強い影響を与えるなんて、相当な魔力が必要だ。おそらく、古代の魔法道具(マジックアイテム)が使われてるんじゃないだろうか。
 だとしたら、ますますこの島そのものが危険じゃねぇか。

「ききゅうっ」

 耳に入ってきたのは、そんな愉快極まりない鳴き声だった。
 一体なんのものだ、これは。
 思いながら振り返ると、そこにはホーンラビットがいた。言うまでもなく、ただのホーンラビットではない。そこらの木々よりも大きいサイズだった。

 って。おい。

 俺は思いっきり顔をひきつらせた。
 メイも気付いて引き付けを起こす。それが合図かのように、ホーンラビットの大きく円らな目は、戦闘的な気配を見せた。

「もきゅううううっ!」
「「「うどわああああああああ――――――――っ!?」」」

 突如始まった突進に、俺たちは悲鳴を上げながら左右へ跳び退く!
 ちょっと待て待て待て待て待って本気で待って!? なんでこんなヤツがここにいるの!?
 脳裏に浮かぶのは、あの謎の動物愛護団体もどきの犯罪集団だ。だが、そこは俺の手で壊滅させたはず。なのに、なんだって!? 自然で大きくなったとか言うなよ!? どんな進化論でもびっくりだ!
 混乱しながらも、俺は臨戦態勢を取る。
 ホーンラビットはすさまじい勢いで砂浜の砂を巻き上げながら急ブレーキし、俺の方を睨んだ。

「がっはっはっは! なんだこのでっかいホーンラビットは! 楽しそうだなぁ!」
「喜んでる場合じゃねぇぞ!」

 ピリピリと伝わってくる、刺激的に乾いた魔力に俺は焦燥しつつ、全力で後退する。反対側に跳んだメイとポチも同じ気配だ。
 そう。俺の記憶が正しければ、コイツは――っ!

「きゅうううううううっ!!」

 ――稲妻を操る!
 予測は的中する。凄まじい勢いで、視界が白に染め上げられた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――アリアス――

 雨。それも、ただの雨じゃない。傘があったとしても外へ出るのが億劫なくらいの大雨だ。まるで嵐にでも晒されているかのような風も吹き荒れていて、視界の確保でさえ難しいわ。
 私はその中で、ずぶ濡れになりながらも三角屋根の上に立っていた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 暴風と雨のせいですっかり冷え込んだ空気に、白い吐息が漏れる。
 本来であれば全然息が上がるような運動量ではないのだけれど、雨のせいで呼吸が浅くなっているせいか、私は肩で忙しない呼吸を繰り返していた。
 ぎゅ、と、濡れて滑りやすくなったグリップを握りしめ、剣を構える。

 ――気配が動いた。

 昼前にも関わらず、灰色に暗い世界の中、そいつは圧倒的な黒を放っていた。
 数は一匹じゃあない。前後左右から、全部で七匹。
 獰猛な牙の臭いを携えて、それは口を開いた。けど、遅い。私は《超感応》を発動させていて、既に攻撃態勢を整えている。

「空の秘剣――《連空(レンクウ)》」

 猛威を振るう雨の雫の中、私はぽつりと言う。
 弾けるように腕が唸り、私はその場に一回転した。
 たったそれだけで、周囲に無数の斬撃が飛び交う。雨の中で余計に追うのが難しい軌跡は、一瞬で黒い敵を細切れにしていた。

「まだくる」

 私に一息つく暇はない。
 第二波としてやってきたのは、上からの奇襲。
 私はちらりと見上げ、落下してくる黒い塊を睨みつけて突きの構えを取る。

「空の秘剣――《穿啼(ウガチナキ)》」

 また風が唸り、無数の突きはまるで剣山のようになって、落下してくる黒い敵どもを迎え撃つ。 
 切り刻む生々しい肉の音。けど、血が降ってくることはない。
 破壊された黒い不定形の敵は、あっという間に雨の中へ消えた。

 気配は、ようやく消えた。
 すると、誰かが屋根を伝ってやってきた。セリナだ。

「アリアスさん、ルナリーさんが倒しました。残党ももうこの辺りにはいないようですねぇ」

 一応カッパを被っているけれど、もはやほとんど用途を為していない。

「そうみたいね。次の地点に移動するわよ」
「ええ、そうしましょう。早くしないといけませんねぇ」

 私が言うと、セリナも真剣な表情で頷いた。
 この街――船が破壊され、いきなり始まった魔族との戦い。辛うじて撃退したは良いけれど、天候は荒れに荒れて、私達は非常用の船で脱出するしかなかった。
 そして辿り着いたのがこの港町――ブリュレット。

 ここは今、魔族が降らす雨のせいで、水没の危機にあった。

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