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第二百四十九話

 ──。

 ────。

 ────────。

 意識が浮上する。

「ぐっ……」

 独特の浮遊感と、頭が締め付けられるような苦痛に俺は顔をしかめつつ目をゆっくり開けた。
 入ってきたのは、そこまで眩しくない光。室内か、日陰か。ぼんやりした意識で考えつつ、俺は視界が定まるのを待った。

『目を覚ましたか、主』

 ようやく視界の色が分かるようになったタイミングで声がかけられた。ポチだ。

「ここ、は……?」
『民家だ。とはいえ、今は使われていないようだがな』
「……どういうことだ?」

 ようやく視界が定まってきた。確かに天井が見える。とはいえ、藁の天井で、かなり朽ちてきている様子だ。とりあえず、起き上がるか。
 ……ってぇ!?
 身体を起こそうとしたら、ズキン、と全身が痛んで軋んだ。思わず顔を歪めてしまう。
 やば、これ無理。即座に俺は起き上がるのを止めた。代わりに意識を集中させるが、自動回復スキルが発動しない。

『まだ動かない方がいい。かなり無理をしたからな』

 ゆっくり頭だけを動かすと、ポチが座っていた。その身体は純白ではなく、かなり汚れている。……──おそらくも何も、血で。

『案ずるな。私の血でもないし、主やメイの血でもない』

 表情が強張ったせいか、思考が読まれたか。
 ポチは相好を崩すように息を吐いた。

「ってことは、返り血か」
『そうなるな。魔物どもと激しい戦闘をした』
「魔物と?」

 おうむ返しに問うたところで、俺は記憶のフラッシュバックが起こった。断片的に浮かんでくる記憶の画像から、記憶を揺り起こしていく。
 ──そうだ。船がいきなり両断されて……ベリアルだ。あいつが仕掛けてきて、で、とんでもない水をぶちまけながら消えて。それから、俺はどうしたんだっけ?
 そこから先が、ぽっかりと穴が開いたように思い出せない。

『大量の水が迫る中、主は私と一体化してから全ての魔力を強制的に解放し、風を集めるだけ集めて空気を確保し、メイを抱き寄せてから意識を失ったんだ。だから私が一時的に主の身体を預かった』

 ……なるほど、そうだったのか。

『単なる海水を浴びせられただけなら良かったんだが、悪辣なことに、ベリアルは瘴気を膨大に含ませた海水を浴びせて来ていてな。さらに潮流が乱れに乱れていたから、翻弄されるがままだったのだ』

 忌々しそうにポチは言う。

『そしてここに行き着いた。チェールタの島の一つであることは分かっている』
「……! そうか。なんとか辿り着いたんだな」

 安堵するが、ポチは逆に険しい様子を見せた。

『だが代償は大きい。アリアスたちとも離ればなれのままであるし、私が一体化し過ぎたせいか、今の主はスキルがほとんど使えない状態だ。ステータスもただの《R+(レアプラス)》でしかない。私との絆は生きているが、加護を受けられる状態ではなさそうだ』
「それで自動回復やら何やらが発動してないんだな……」
『メイも瘴気の影響を受けているようでな。調子が悪いというか、ステータスに影響を受けている』
「メイも? っていうか、メイは?」
『外だ』

 短く答えると同時に、ギィ、と軋む音が響いた。

「ご主人さま! 目が覚めましたんですね!」

 視界に入ってきたのは、メイだった。
 だが、その右半身は包帯だらけになっていて、顔にもガーゼがあてられていた。俺はぞっと背筋を凍らせる。

「メイ、お前それ……!」
「あ、大丈夫です。ケガをしたってワケじゃあなくて……その」

 言いにくそうにメイは微苦笑するが、やがて覚悟を決めたようにガーゼをゆっくり剥がした。
 露になったのは、黒い模様。それだけで分かる。奴隷紋だ。

 ──って、なんで?

 俺は目を見開く。驚きを隠せなかった。

「メイにも分かりません……けど」
『おそらく瘴気の影響だろう。奴隷紋と瘴気は構造的に似ている部分があるからな。だから相互干渉したのかもしれん』
「まさか、それでステータスにも?」

 ポチは小さく頷く。

『呪いの類いだからな……オルカナであれば何か分かったのかもしれんが。私では進行を止めるぐらいしか出来ん』
「……いや、それでも助かる」

 なるほど。これは随分と厳しい代償を背負わされたもんだ。
 俺はしばらく動けないし、メイもステータスダウン。ポチもボロボロだし。残っているとすれば──……。

「おう! 兄貴! みんな! 飯を取ってきたぞ飯を! はっはっはっはっは!」

 思考を中断させるように、ドアが蹴破られる勢いで開かれた。っていうか蹴破られてないか? 今の。
 呆れていると、視界に元気きわまりないブリタブルが入ってきた。手にはホーンラビットがぶら下がっている。
 つか何してんだあんたは。

『じっとしてろと言っているのだが、きかんのだ』

 ため息を漏らしてポチは項垂れる。
 どうやら散々やり取りした後らしい。思わず咎めの目線をぶつけるが、ブリタブルに気にする様子はない。あーそうだ。ハリセンでしばかないと意味ないんだ、コイツは。

『一応、私が周囲を探索して危険はないと判断した上で自由にさせてはいるが……船が襲われた時のようなこともある。本来は大人しくしていて欲しいんだがな』
「魔法の袋を取り出そうとすると、ものすごく警戒するようになっちゃってまして……」

 メイも困り果てた表情で言いつつ、腰にぶら下げている袋に手をやると、ブリタブルからは死角だったはずなのに思いっきり後ろに跳び退った。
 うわぁ、何だ今の超反応。本能か、本能で察したのか、今。
 辟易しつつも、俺は質問をすることにした。まずは情報整理だ。

「とにかくここはチェールタの群島のどこかってコトか。大きさは?」
『二時間もあれば一周できる程度だな。ついでに、ここに辿り着いてから三日目だが、人影はない』

 つまり俺は三日間寝ていて、んでもって無人島ってことか。それにしても住居があるってことは、昔は済んでたってことだよな?
 どういうことか。ああもう嫌な予感しかしねぇな、ホント。
 けど、ポチが何も感じてないってことは、問題ないのか? とにかく、何にせよ動けるようにならないと埒が明かないな。
 俺は覚悟を決める。

「……メイ、あれをくれ」
「あれ? ってご主人さま?」
「作り置きしてたはずだからな」

 メイがすぐに心配そうな表情を浮かべるが、俺は強硬に言う。すると、メイは一瞬だけ目を座らせた。あ、これ、後で怒られるパターンだ。
 明らかに不機嫌なオーラを出しつつも、メイは従って俺に黒い手のひらサイズの箱を手渡してくる。
 俺はそれに魔力を流し込む。

「ってぇっ……!?」

 瞬間、全身に激痛が駆け抜け――痛みが消えた。
 身体が一気に軽くなる。スキルも次々と回復していくのが分かる。だが、全部ではなさそうだ。特に自動回復や加護関連は全滅である。
 ってことは、俺も瘴気の影響を受けてるのか?
 とはいえ、これで身体は動くようになった。
 俺は身体を起こし、すっかり重くなってしまった手足の感覚を確かめる。もちろんこれが本来のステータスなんだが……久しぶりにやると身体が重くて仕方がない。慣れるまで少し時間が掛かるな。

「とりあえず、これからどうするか、だな」
『同盟を結ぶための任務を継続するのだろう?』
「最終的にはそうなる。とにかく人が住んでる島に移動して、情報を集めるのが先だな。確実にチェールタでは何かが起きてると思うんだ」

 チェールタは王都と親しい間柄だ。同盟の斡旋が出来る程度には。
 だが、その割にチェールタの情報は驚くほど少ない。首都がある本島の情報はある程度あるが、それ以外の島に関してはほとんど知らない。
 一応、有人島から代表を出して、議会を開くことで政治をしているらしいことは分かっている。

 だからこそ、色々な派閥の考えがある可能性が高い。

 ――例えば、帝国に準じようとする勢力とか。
 それは十分にあり得る話で、今回の妨害行動もその一つの可能性が高い。
 そんなのに注力するぐらいなら、もっと他にするべきことがあるんじゃないかと俺は思うんだけど。

『回復するまで、ここで待つという選択肢は?』
「いつ回復するかの算段も立ってないのに、動かないってのは悪手だと思うんだよ。確かに弱体化したけど、フツーの魔物相手ならなんとか対抗できる」
『なるほど、な』

 それにこの先、これで躓いてたら行けないからな。

「とにかく移動しよう。推察は歩いてでも出来るしな」
「そうですね、いきましょう!」

 メイは張り切って声を出すと、俺の裾を掴んだ。

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