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第二百四十八話

 意識が瞬時に戦闘モードに切り替わる。中へ飛び込んできたのは、三人。
 全員がプロの暗殺者と思わせる動きだ。機敏に部屋の端へ走り、ダガーを構えながら鋭角に曲がって跳びかかって来る。だが、それでも遅い。

「はっ!」

 固有アビリティ《超感応》を発動させ、アリアスは相手より素早く動いて剣を抜き、側頭部を殴りつけて床に叩きつけた。
 俺の方へやってきた二人は挟撃を仕掛けてきているが、既に俺は魔力を練り上げている。

「《エアロ》」

 両手から魔法を放ち、暗殺者の真上から風の塊を落下、こっちも床にへばりつかせる。

「かはっ……!」
「動きがっ……!」

 苦悶しつつ暗殺者は抵抗しようとするが、身動き一つ取れない。当然だ。風の塊は重いからな。
 アリアスはそんな一人に近寄り、冷然とした目つきで見下ろす。

「このタイミングで仕掛けてくるとか、盗み聞きしてたのね。それで気付かれたから始末しようって魂胆? 随分と浅い考えね」
「盗み聞きっていうか、盗聴だろ、これは。もうこの船全体が敵なんだ。筒抜けだ」
「……サイテーね。ってことは、チケットの発売の時から狙われてたってこと?」
「たぶんな」

 これは間違いなく帝国側の差し金と思って良い。
 おそらくも何も、獣人の国がチェールタと同盟を結びたがるのは考えるまでもなく分かるだろうからな。それでルートを厳選したか、幾つもの網を張っていたか……。とにかくその一つに引っ掛かったってワケだ。
 でもそんな詮索は後だ。
 今はこの場を切り抜けることだ。

 俺はアリアスにアイコンタクトを送って廊下に出る。魔力反応からして、メイたちの方にも奇襲があったみたいだな。あっさり駆逐してるっぽいけど。
 残るは一人寝室にぶちこんでいたブリタブルのことだが、問題はない。万が一を考えて、魔力袋にぶちこんでおいたからな。
 戦闘中に確保しようと探したはずだが、見付かるはずがない。

「いたぞ! 連中だ! 倒せ!」

 メイ達の方へ向かっていると、乗組員の一人が叫んだ。
 おーおー、本気で全員敵だな。
 でも、役不足過ぎる。持ってる得物がデッキブラシな時点でもうお察しというか、どうやって倒すつもりだ? っていうか、魔物を撃退したって知ってるよな?

「心配するな、連中はあれだけの魔物を相手にしてたんだ、絶対に疲れてヘトヘトだ! 畳み掛けろ!」

 戦闘の乗組員がデッキブラシを掲げながら言う。
 あー、なるほど。そういう思考ですか。確かに間違ってはいないんだけどな。
 だからって、そんなんで埋まる実力差じゃないぞ。

「あんたら……」

 狭い廊下、音を立てて走ってくる連中を前に、アリアスはゆっくりと剣を構える。

「さっき、よくも嘘の証言かましてくれたわね! 許さないんだから! 覚悟しなさいよねっ!」

 吼えると同時に地面を蹴り、一瞬でアリアスは間合いを詰める。
 相手が怯む暇さえ与えず、アリアスは横薙ぎの一撃で三人の乗組員をまとめて天井に叩きつけた。木製の天井は穴が開き、首あたりまで突っ込ませる。

 おお、容赦がない。

 アリアスはまだ怒りさめやらぬ様子だが、これ以上追撃しても無意味だと知っているようで、大きくため息をつくに留めていた。

「ご主人さま!」

 振り返ると、メイたちがやってきていた。

「メイ。そっちも襲撃されたか?」
「はい。撃退しちゃいましたけど……やっぱり、この船全体が罠だったんですね?」

 メイも気付いていたようだ。
 俺は肯定で頷くと、メイは険しい表情を見せてから、申し訳なさそうに俯いた。何かを言い出す前に俺はメイの頭をぽんと撫でた。

「気にするな。今は切り抜けることを考えていこう。なんとかなれば、それで良いから」
「ご主人さまっ……」
「王子は袋の中よね? じゃあ、とっとと船長室、というか、ブリッジに乗り込んで制圧しようよ」

 アリアスの暴言は、だが最短での解決法だ。
 いちいち乗組員やらを相手にしてる暇も時間もないし、付き合ってやる義理もない。もちろんブリッジには見張りとかたくさんいるだろうが、魔力反応からして大したものはない。

「そうだな。じゃあとっとと向かうとするか」
「よし。行くわよ」
「あらあら、血気盛んですねぇ」

 同意を示すと、アリアスは早速踵を返す。セリナは一歩ひいたような感想を口にするが、ノリノリだ。船の中はもう把握しているので問題はない。
 はりきりまくっている様子を見て、ルナリーは首を傾げた。

「悪いひと、幸せを吸うひと、倒す?」
「ん、まぁそうだな」
「ルナリー、がんばる」

 おう、何故かやる気出したぞこの娘。刺激されてオルカナも戦意高めてるし。メイも汚名返上のつもりなのだろう、密かに気合を入れているのが伝わってくる。
 この様子なら俺の出番は果てしなくなさそうだ。
 まぁ、とにかく船を制圧して、相手の素性をキッチリ聞き出しておかないとな。もちろん帝国の意思が働いているのは間違いないから、その辺りを証拠にしておけば、チェールタにも悪影響を与えている存在だと提示出来るし、同盟がしやすいはずだ。

 尋問や取り調べは、オルカナが得意そうなので任せるか。あ、セリナも出来るだろうな。

 後は、チェールタに着いた後、正式に書面で来訪を通知して、謁見の手筈を取らないとな。一応、極秘の書面で事前に来訪すると伝えてあるし、同意を得ているから、手続きそのものは簡単なはずだ。
 脳裏でそう色々と考えていた、矢先だった。

 ――言い様のない、気配が生まれた。

 否。歪んだ。
 直後、全身が総毛立ち、ビリビリと脳髄から痺れる。この、異常なまでの反応は!

 空白の時間と、空虚の思考。
 それは刹那だったはずだが、途方もなく長い気がした。

『――主っ!』
「来るぞっ!」

 ポチの警告と共に俺は魔力を全開にしつつ言い放つ。瞬時に全員が敵意を漲らせた。メイが俺の隣で大剣を構え、アリアスが魔力を高める。ルナリーも目を細め、オルカナが影から手を出現させた。セリナも魔物を出現させる。

 ――が。

 まるで嘲るように、光線にも見えた何かが、俺の前を通過した。
 ぴっ、と飛んできたのは、水だ。
 理解が遅れ、怪訝になる。音が遅れてやってきて、足元や壁、天井に直線の亀裂が走っていた。
 これは、水のレーザー? まさか、船がやられた!?

『なんという憎悪! これは、魔族か! しかしこれは……!』
『上級魔族……いや、それ以上か! となると、魔神……!?』
「水の精霊が、危険を告げてますねぇ」

 オルカナとポチの驚愕に、セリナの焦燥が重なる。
 直後、視界が歪む程の衝撃が船体を襲ってきた! って、やばっ!?
 俺は咄嗟にメイを抱き寄せて身体を丸めた直後、壁に背中を叩きつけられた。

 本能だった。

 俺は不安定な状態にも拘わらずその場から左へ跳ぶ。直後、水のレーザーがまた襲撃してきて、さっきまで俺がいた場所を貫いた。
 嫌な軋音が耳に障り、船体がいきなり傾き始める。

「こ、これはっ――!?」

 凄まじい破砕音がそこら中で起こり、船は崩壊しつつ、真っ二つに割れていく!
 あっという間に溝が生まれ、俺とメイとポチ、アリアスとルナリー、オルカナにセリナと分断された。

 俺は合流を狙うが、溝からとてつもない勢いで水が飛び上がって来た。くそ、突っ切るのは無理だ。

 つか、間違いない。魔族の攻撃だ!
 それも、とびっきりヤバいヤツだぞ、これ!

「オルカナァァァ! みんなを頼む!」

 俺はポケットから取り出した魔石を投げ渡しつつ叫ぶ。ルナリーの魔力だけではオルカナは全力が出せない。もし魔族に襲われても耐久出来るよう、対処が必要だ。
 キャッチ出来たのかは確認できないが、大丈夫だろう。次いで、俺は魔力を更に高めてポチと同化しつつ、メイを抱き寄せる。

「メイ、しっかり捕まってろよ!」
「ご主人さま、何をっ……!?」

 嫌な音を立てて床が抜けるのに合わせて、俺は飛行魔法を発動させて上に飛び上がる。
 風の魔法で結界を展開しつつ一気に天井を突破し、甲板に出た。

 大きく揺らぐ甲板に着地すると、すぐに黒い風と水が集まって収斂、ヒトを象る。

『ほう、自ら囮として出てくるとは、見上げた根性だ』

 何重にも重なったように聞こえる声。嫌にガリガリと記憶を抉るようなそれは、俺としてはもう二度と聞きたくないものだった。
 否応なしに全身が強張る。

「まったく。大人しく引き下がってくれてたんじゃないのかよ。――ベリアル」

 そう。かつて帝国に巣食い、猛威をふるった水の魔神──ベリアル。
 かつて戦い、辛うじて撃退した相手ではあるが、今、戦っても勝てる気がしない。

『フフフ。私としてもそのつもりだったんだが、そうも言ってられなくてね。とはいえ、残念だが、君に受けた傷はまだ大きくてね。もうこの姿を維持していられることさえ難しい』
「……何?」

 だったら、なんでわざわざ――って、まさか!?
 行き至った可能性に、俺は背筋を凍らせる。

『我が臣下を、分断した方に向かわせた。生き残る確率は、私の計算じゃあ五分五分だな』

 俺は踵を返そうとしたが、すでに船は大きく切り離されていて、海はこれでもかというくらい荒れている。何より、駆け付けることは叶わないだろう。絶対にコイツが阻止してくる。
 姿の維持には苦労している様子だが、何も出来ないとは言ってないからな。
 水の魔神――ベリアルがどこまで悪辣なヤツか、俺は良く知っている。

 ここは、信じるしかない。魔石は渡せたからな。

 俺の隣で、メイが剣を抜き構える。戦意を昂らせてはいるが、明らかに気圧されていた。

『そう気を張るな、小娘。何、すぐに終わる』

 何か仕掛けてくる!
 俺は地面を蹴ろうと足に力を込め――全方位から水が飛び出してくるのを感知した。って、オイ!?
 驚くと、ベリアルの哄笑が響いた。

『言ったろう。維持をするのもやっとであると。我の妨害もここまでだ。故に、仕掛けさせてもらう』
「テメェっ……!」
『水の奔流、味わえ』

 言い残して、ベリアルが消える。
 直後、とてつもない量の水が上から覆いかぶさって来た。

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