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第二百四十五話

 ヴォーガル港。
 ここは、王都の南部、三大港の一つだ。

 交易で賑わっている港で、獣人たちの姿も多い。街の規模こそ王都の半分程度だが、賑やかさでは上だな。それと、ごちゃごちゃ具合も。
 本当に活気は凄いって感じだ。
 露店の数も豊富で、種類は海鮮類に偏っているけど美味しい匂いを漂わせてくれている。おかげでルナリーが全店制覇しようとする、便乗して(というか勝手に対抗意識を燃やした)ブリタブルが頑張ってぶっ倒れるまで食べて、看病する羽目になったり。
 思わず魔法袋に叩き込んでしまおうかと思ったが、何故かカンで察知したキリアから手紙で『それだけはやめてください』と抗議されたり。

 うん、考えるだけでメンドクセェ。

 思いつつ、俺たちは定期船の運航を待っていた。
 行先は、昔から王都とも国交のある、チェールタ諸島国家だ。ヴォーガル海に浮かぶ群島で、全部で一〇〇近い島々を纏めている。様々な種族がいるその特性状、王国ではなく、各島の代表たちが議会を開く形で政治を行っている。
 俺たちはそのチェールタの中枢、チェールタ島への定期船に乗る予定をしていた。

 この国家は、王国からは南部、帝国からは南東部、獣人の国からは南西部に位置するため、獣人の国からすると、帝国の海からの脅威から守ってくれる強力な防波堤になる。
 だからこそ、王国と同じくらい重要な同盟候補の相手だ。

 彼らが味方する、しないでは、帝国からの脅威度が桁違いになる。

 現状、獣人の国にやってくる帝国の連中は大半が海を経由してやってくるからだ。

「つまり、今回同盟が組めるかどうかで国の趨勢が決まるって言っても過言じゃあないんだろ? それなのに腹壊して寝込むって、アホ過ぎるだろ!」

 港にほど近い宿の一室。
 俺たちはそこに宿泊していた。大通りに面していないのは、目立たないためだ。港だけあって、帝国の手が入って来ても不思議はないからな。今回、非公式のように動いているのは帝国からの脅威を少しでも抑えるためだ。

「はっはっはっは! 旅にトラブルはつきものだからな!」
「人為的なトラブルは是非にでも避けていただきたいモノですねェ!?」

 ベッドの上で何故か自慢げに言うブリタブルに、俺は思いっきりツッコミを入れた。病人じゃなかったら迷わず殴り飛ばしているところだ。
 っていうか大人しくするって脳みそないのか? ないよな、うん。ない。

「しかし仕方ないではないか、腹は減るし、美味しそうなものは並んでいるし。余らは基本的に狩ってきたり採集してきたものを焼くか煮るかくらいしかしないからな。それに、余よりも小さいルナリーが全店制覇など始めたら、便乗するしかあるまい!」
「最後だけホントに理解できない」

 ルナリーは規格外だっつうの。
 ホムンクルスであるルナリーは、食べ物から直接栄養を摂取するというより、食べ物に籠められた感情を食べている感じだ。もちろん肉体的活動に必要な栄養素も必要だから食べているのもあるのだろうが、その感情によって腹が満たされるまで無限に食べられる。
 故に、規格外の食事量になるのだ。食べたものがどこに行くのかは分からない。

 ちなみにここの露天店は愛情がたっぷり込められた料理が多かったせいか、全店制覇は出来なかった。
 すっかり満たされたルナリーは別室でぐっすり睡眠中である。

「あらあら。ブリタブルさん? まさか、《また》グラナダ様に迷惑をかけるおつもりですか?」

 一切懲りる様子のないブリタブルに、冷気の声を浴びせたのはセリナだった。
 揺るがない笑顔だが、その背中からは真っ黒なオーラが見えている。ブリタブルはそれだけで全身を硬直させた。

「え、あ、いえ、その、そのだなっ!?」
「どうか大人しくしていてくださいねぇ? そのうち、何かしても回復魔法かけなくなるかもしれません」
「は、はい」

 笑顔に圧倒され、ブリタブルはしおらしくなった。
 ううむ。凄まじい効果だ。
 感心していると、扉が開かれた。

「次の定期船のチケット、取れました」

 入ってきたのはメイとアリアスだった。
 ブリタブルの看病をしないといけなくなったので、二人に手配を頼んでおいたのだ。

「思ったよりも時間かかったみたいだな。何かあったのか?」
「チケットの手配、というか、チケットが発行されるまでが凄い時間かかったのよ。色々と調べられたって感じね。最後は私の名前と、セリナが貰って来た王国からの助力要請書を出してやっと納得してもらった感じね」

 疲れたようにアリアスは腰に手を当てながら項垂れる。大きく口を開けて出したのはため息だ。
 助力要請書とは、王様が発行した書類だ。これがあれば、大抵のことは解決すると持たされている。まさかいきなり使うことになるとは思わなかったけど。
 前途多難とは思ってたけど、別の意味でも前途多難か?

「かなり説明したんだから。感謝しなさいよねっ」
「おう、ありがとう」
「きゃっ……わ、わわわわわわわかったら良いのよ、分かったら!」

 ……ほんと、なんでいきなり怒り出すんだ、アリアスは。

「出航は夜です」
「え、マジか」

 俺は思わず聞き返した。
 夜は海の魔物が活発的になる。故に、夜に海を船で航行することは、武装した船団でもない限り有り得ない。
 それでもクラーケンとかデスロブスターあたりに襲われたら被害でるっていうのに。

「チェールタの船は魔物に襲われないそうです」
「ど、どういう理屈だよ……」
「加護、ですねぇ」

 眉唾物の妄言かと思ったが、セリナの言葉で打ち消された。

「チェールタの島々はヴァータ様の加護を受けてますから。おそらく、それで魔物を寄せ付けないのだと思いますよ。ヴァータ様の手にかかれば、クラーケンなんて小指で触れるだけで済みますからねぇ」
「それちょっと強すぎねぇか?」
『そんなものだと思うぞ。水のは水系統の魔物に対しては無敵に近いからな。私も雷系の魔物には無敵の強さを誇っているし』

 なるほど、そういうものなのか。確かに、神獣はそもそも自然の超存在だし、納得はできる。

「ってことは、その加護がある限り、チェールタの船は大丈夫ってか」
「正確に言えば、加護の証を持つ者が乗っていたら、ですけどねぇ。でも、チェールタの方々はほぼ持っていると聞いてますから、そういう認識でもよろしいかと。より強い加護を持つものは海の魔物と意思疎通し、協力を得ることも出来るそうです」

 なんか、それって大丈夫なんだろうか?
 っていうか、よくヴァータが許したな。それ。何か特別な関係でもあるのか?

「そう考えると不思議ね。神獣の加護なんて、そう簡単に貰えるとは思えないんだけど」
「チェールタの国民は、みなヴァータ様の子ですからねぇ」

 なるほど、そういうことか。
 そしてそのヴァータは今、王都の湖に居を構えているから、王国とチェールタは仲が良いんだな。永世同盟関係を結んでいるぐらいだし。
 今回の獣人の国とチェールタの国の同盟も、王国の意思が働いている。

「この加護のおかげで、チェールタの国は諸島国家として繁栄したのと同時に、天然の要害を手に入れたのよね。大国――帝国でさえ手が出せないレベルの」
「……海の魔物の住まう海域に囲まれてるからな」

 もちろん帝国が本気を出せば侵攻出来るのだろうが、軍がチェールタに到達するまでに、どれだけの被害を出すか分からない。
 まして魔物をけしかけられたら、瓦解する恐れさえあるからな。

 だからこそ、チェールタを味方につければ、この南部の海域では絶対的な抑止力になる。
 加えて交易も出来るから、経済的にも潤う。

「それじゃあ、夜まで一休みしよう。船旅は辛いって聞くし、今のうちに体力温存しておこう」
「ええ、それには賛成ですねぇ。では、私は移動しますねぇ」

 セリナがあっさりと引き下がるくらい、船旅は辛いらしい。なんか怖くなってくるな。
 ついでに部屋は男が一部屋と女が二部屋で分けた。女はメイとルナリー、セリナとアリアスの二人部屋だ。俺はブリタブルと同じ部屋である。
 王子だから一人部屋が良いとか言い出すかな、と思ったが、ブリタブルは本当に気にしない性格のようだ。実際、この港に来る道中で野宿しても文句ひとつ言わなかった。というか、喜々とさえしていた。たぶん、自然が好きなんだろう。

「ということだから、ブリタブルも大人しく寝とけ」
「む。分かった! 夜になったら遊ぶのだな! 余はワクワクするぞ!」
「おう、暴れたら海に落としてやるからな」
「ひでぇ!?」

 ブリタブルの抗議は無視して、俺はベッドに入った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……なぁ」

 期待していたさざめく波の音はなく、ただ波は船を荒々しく打ち据えてくる。
 故に揺れる船の甲板の上で、俺は船酔いと戦いながらも声を放つ。
 すぐ隣にはメイとルナリーがいる。

「この船には、チェールタの人、乗ってないのか?」
「どうなんでしょうね……」
「分からない。けど、これ、現実」

 じゃき、と大剣を構えるメイと、影から手を何本も出しながらオルカナを抱きしめたルナリーは言う。
 そう。
 俺たちの乗った船は、海の魔物の襲撃に遭っていた。

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