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第二百四十四話

 間合いが詰まる。
 だが、その時には既に俺は《鑑定》を終えていた。なるほど、確かに接近戦特化だ。スキルでは圧倒的に不利だろう。

 ──……と、いうわけで。

 俺は魔力を高める。

「《エアロ》」
「ぶぎゃあっ!?」

 面白い悲鳴をあげながら、ブリタブル王子は地面にひっついた。バタバタともがくが、起き上がることは出来ない。
 発動させた魔法は、風の塊で押し潰すものだ。加減を間違えるとミンチにしかならないので注意が必要だが、ブリタブル王子はかなり頑丈っぽいし大丈夫だろう。

「なっ、なんだ、これはっ……!? 動けないっ……!?」

 辛うじて顔だけはあげて(あげられるようにしてるんだけど)ブリタブル王子は俺を睨んでくる。
 その視線は明らかに非難してくる様子だ。大方、俺と殴り合いでもしたかったのだろう。もうね、アホかと。
 勝負において、正々堂々戦うことは、何も相手の有利なフィールドで戦うことではない。お互いの力を発揮できる状況で戦うことこそが正々堂々戦うということだ。

「ぐっ……面妖な魔法を……っ! 卑怯な……だがしかし、それを突破してこそ獣人の王子というものっ!」

 ……突破?
 嫌な予感が駆け抜けた直後、ブリタブル王子の全身から魔力が迸り、全身を一段階肥大化させる!

 そうか、やっぱりコイツ、魔力で筋肉を増加させられるのか。

 一度見ているだけに動揺はしない。
 おそらく固有のアビリティか何かだろう。ブリタブル王子のレアリティはSSR(エスエスレア)だ。それぐらい持っていても不思議はない。

「はぁぁぁぁっ! 万事一切筋肉で解決っ!」
「なんだその脳筋思考な掛声はっ!?」
「はっはっはっはっは!」

 ツッコミを入れた瞬間、魔力がはじけ飛んだ。ブリタブル王子は笑い声をあげながら仁王立ちし、自慢げにアピールしてくる。
 わりと無茶苦茶だぞ、今の。強引に魔力だけで弾き飛ばしやがった。

「軟弱なり!」

 もはや言葉もないな。
 そんなこと言う暇があるなら、攻撃の一つでも仕掛けて来いって話だ。俺は呆れながら魔力を解放する。

「《ベフィモナス》」
「ぐはぁっ!?」

 地面から出現した土の拳は、容赦なくブリタブル王子の顎をぶち上げた。

「《エアロ》」

 浮き上がったところへ、俺は追撃の魔法を放つ。打ちあがったところを風の魔力で上から殴りつけ、今度こそ地面に叩き伏せる。大きくバウンドしたタイミングで、俺は更に魔力を解放する。

「《エアロ》」

 追撃がまた叩き込まれ、ブリタブル王子は悲鳴を上げながら地面に沈んだ。
 それっきり、ブリタブル王子は動かなくなる。どうやら気絶したらしい。まぁ、強烈なのを三連続で貰ったら、意識も刈り取られるか。頑張った方とは思う。

「あっさりと……さすがグラナダね」
「ていうか、猪突猛進過ぎるだろ。フェイント一つ入れずに直進してきたら、そら簡単にカウンター取れるってもんだ」

 俺の容赦ない指摘に、アリアスは苦笑した。

「とりあえずどうなさいますか?」

 訊ねてきたのはキリアだ。このまま外に放り出さんとする勢いだ。気持ちは分かる。あわや屋敷が吹き飛ばされそうだったからな。
 でもさすがにそれは出来ないしな。一国の王子だし。

 そうなると俺の行為も不敬になるのか? でも自分から戦いを挑んで来たしセーフか。

 思いながらも、俺はキリアの方を振り向いた。

「とりあえず客人用の部屋に突っ込んでおいたら良いんじゃねぇか?」
「承知しました」

 その後、文字通りブリタブル王子は部屋に突っ込まれた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌々日。
 つまり、出立の日だ。
 準備を終えた俺たち――メイ、オルカナ、ルナリーは王都の正門前にいた。後はセリナとアリアス、護衛の対象であるブリタブル王子の到着を待つばかりだ。
 本来ならブリタブル王子の国の護衛もいるはずなのだが、王都へ辿り着く前に全滅したらしい。帝国からの刺客というのが名目だが、もしかしたらブリタブル王子の駄々(という名の爆発で)で全滅した可能性がある。
 まぁ、深くはつっこまないけど。

 行き交う人々を眺めていると、全身を分厚い麻のローブで覆った誰かが屋根伝いに飛び跳ねながらやってきた。って、オイ。
 そしてそのままソイツは俺の目の前に着地した。ズドン、と音を立てて。

 一気に集まる耳目。

「アニキ!」
「目立つなって言われてその恰好してきてんのに目立つ方法でやってきてんじゃねぇっ!」

 フードからキラキラと輝かせる目を見せながら笑顔を見せるブリタブルに、俺は思いっきりツッコミを叩き込んだ。すかさず懐から取り出したハリセンで頭をしばく。
 景気の良い音がすると同時に、俺は隠蔽魔法を展開しながらブリタブルの首根っこを掴んで物陰に逃げ込んだ。メイたちも慌ててついてくる。

「ってぇ……いきなり何をするのであるか、アニキ!」
「それはこっちのセリフな?」

 頭をさすりながら抗議を上げてくるブリタブルに、俺は詰め寄りながら切り返した。

「あのさ、言ったよな。ブリタブルは重要人物だから目立っちゃいけないって。だからその恰好をしてるんだよな?」
「おう、そうだな!」
「だったら、なんで人様の建物の上を飛び跳ねてくるの!? あまつさえ人通り多い通りで跳躍しながら俺の前に着地するの!?」
「少しでも早くアニキにあいたかったからである!」
「自慢げに言うんじゃねぇぇぇぇぇえええ――――っ!」

 俺は思いっきりハリセンをまた顔面に叩きつけた。

「あ、アニキィィ……い、痛いっ……」

 両手で顔面を覆いながら座り込むブリタブルに、俺はため息を吐いた。
 あの時以来、ブリタブルは俺のことをアニキ呼ばわりするようになった。なんでも、あそこまで手も足も出ないでぶっ飛ばされたのは初めてだったらしい。
 それでアニキ呼ばわりとか意味分からないんだが。なんだ、子供のケンカか何かか?

 まぁ、強きものは尊敬する! という家訓らしいので、仕方ないのかもしれないが。

「とにかく目立つようなことをするな。メイ、悪いけど集合場所にいって、アリアスとセリナと合流して、こっちに案内してくれないか?」
「分かりました」

 メイは頷いてからすぐに行動を開始した。
 っていうか、このアホ王子の護衛としてアリアスとセリナが王城にいたはずなのに、どうやって潜り抜けてきたんだ。まったく。

「よし復活! アニキ、早速だ、稽古をつけてくれ! 全力で!」
「なぁ、今さっきまでの俺の言ってた説教耳に残ってる?」
「アニキ。頼むから真顔で詰め寄ってこないでくれないだろうか? 余は泣きそうになる」
「泣くな。ぶっちゃけてすっげぇメンドーだから」
「アニキ、本当に遠慮がないな!?」
「遠慮できるような性格になってくれ?」

 俺はぴしゃりとやっつけて、ブリタブルを黙らせる。
 冗談抜きで王子に対する扱いではないが、本人がそう望むのだから仕方がない。というか、王子のわがまま行動に付き合ってたらとんでもないことになるのは容易に想像できるし。
 っていうか、そうなったから俺の屋敷に侵入してきたわけだしな。

 拗ねるブリタブルを無視しながら待っていると、気配がやってきた。

「あ、あの、ご主人さま」

 姿を見せたのはメイとセリナだ。何故かメイは困ったように、セリナは呆れ果てて顔を逸らしている。ああもう、それだけですっげぇ嫌な予感しかしないんですけど。
 早くもジト目になっていると、その後ろからアリアスが姿を見せた。

 背負っていうのがやっとってくらいの荷物で。

 なんじゃこりゃ。
 横幅は三人分くらいはあるし、高さだってアリアスの倍近い。何百キロあるんだこれ。身体能力強化魔法フィジカリング使ってないと絶対に持ち上げることさえ出来ねぇぞ。

「あのさ、アリアス」
「な、なによ! 言っとくけど、今回は長旅になるんだから、これくらいの荷物でも文句は出ないはずなんだからねっ!」
「出まくるわぁあああああああああ――――――――っ!」

 俺は噴火しながら大声をぶちまけた。

「何考えてんの! そんなでっかい荷物持って来て何がしたいの? 戦闘になったらどうすんだ、信じられないくらい邪魔にしかならないだろ! っていうかそもそもそんな荷物だったら目立つ! ひったすらに目立つ! そうなったらがっつり狙われまくるだろうが!」
「……あ。い、いや、でもでも! 必要だから持って来てるだけよ!」
「指摘されて気付くなよ……」

 思わず頭を抱えそうになった。
 忘れてた、アリアスは戦闘以外のことは基本的にぽんこつだったんだ。

「そ、そそそそそんなこと! 言われなきゃ気付くはずないじゃない!」
「いや、気付きますねぇ、それは」

 セリナがすかさず言い返す。

「うむ。余でも分かるぞ、それくらい」
「ルナリー、分かる」

 その上でブリタブルとルナリーに便乗され、アリアスは完全に撃沈した。

 結局、アリアスの荷物は俺の魔力袋に収納することで解決させた。念のために確保していたスペースがあっさり埋まってしまったので、俺としては頭が痛いばかりだ。
 果たして大丈夫なのか?

 前途多難すぎる出発である。

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