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第二百四十三話

 即答の拒絶に、沈黙が落ちる。

「ばかっ!」

 だが、その沈黙は即座に破られた。切迫したアリアスの声で。
 振り返ると、アリアスは狼狽した様子を見せている。

「そんな断り方したらダメっ! 意外とメンタル貧弱なのよ!」
「なんだそれメンドクセータイプか!」
「早くなんとか訂正してっ! そうじゃないと──……」

 アリアスは俺に飛びかかる勢いで抗議をしてくる。

「な、何故じゃあああああああああ────────っ!」

 だがそれは、雄叫びで中断させられた。
 ブリタブル王子は思いっきり半べそかきながら、俺を見てくる。え、え? なに、なにこれ。
 困惑している間にも、ブリタブル王子はぷるぷる震えながら涙をいっぱい溜め込んで(一応下唇を噛み締めて子供みたいに我慢しているようだが)から、ぽろりと決壊した。

「た、たたか、たたかってくれ、て、も、よい、では、ないかぁぁぁあああっ!」

 うわ、マジで泣いた! え、ええええ? これ、俺が悪いの!?
 慌てふためきながら周囲を見渡すと、同情的な視線がやってくる。だよね、そうだよね、俺、悪くない!
 みんなは思いっきり泣き喚くブリタブル王子に引いている。

「危ない! みんな逃げるのよ!」

 その中で、唯一アリアスだけが叫ぶ。
 なんだ、まさか泣いたらひたすらに暴れまわるとかそういうのか? だとしたら本気でめんどくせぇぞ。

「王子は、泣いたら爆発するんだから!」
「オイ待てなんだその別の次元の面倒くささは! っていうかどういうことだそれ!」
「知らないわよ! とにかく感情が爆発したら魔力が制御出来なくなって暴走して爆発っ……」

 って言う間に王子が発光を始めましたけど!?
 直後、伝わってくるのはとんでもなく不安定な魔力だった。うわ、本気で暴走してやがるぞ!

『主! 暴発するぞ!』
「なんて魔力……! こんなところで爆発されたら、屋敷が吹き飛びます!」

 ポチが焦燥を口にし、キリアも叫ぶ。
 どれくらいの規模で爆発しそうか、ぐらいは俺にも見当がつく。こんなの、街中で炸裂させて良いもんじゃねぇぞ! なんて厄介な!

 俺は内心で毒づきつつ、全力で魔力を練り上げる。

 間一髪、間に合う!
 俺は地面を踏み抜いて魔法陣を展開した。

「《クリエイション・ベフィモナス》!」

 王子の周囲の地面が盛り上がり、球状に包み込む。同時にその土が変化し、鉄になる。
 俺は更に魔法を重ね掛けする。

「《クラフト》っ!」

 最大限まで裏技ミキシングで強化した防御魔法を展開した刹那、地面が震えた。
 爆発だ。
 渦巻く魔力は凄まじい破壊力を持って球体と化した鉄を攻撃し、亀裂を走らせる。マジか!

「――《クリエイション・ベフィモナス》」

 俺は即座に修繕の魔法をかける。新しい土が重なり、鉄に変化させる。
 また衝撃音が響き、球体が浮き上がる。
 だが、そこで魔力が鎮静化していくのを俺は感じ取った。ずしん、と重い音を立て、鉄の球体は地面に落ちた。

「ちょ、ちょっと、そんなことして王子は大丈夫なの!?」
「魔力の感じですと、たぶん自分自身を守るための結界は展開していたようでした。とはいえ、あれだけの破壊力、どれだけ耐えられたか……魔力反応が消えていませんので、存命はしていると思いますが」
「すぐに回復魔法をかける必要はありそうだな」

 咄嗟のこととは言え、もう少し配慮するべきだったろうか?
 けど、街中で炸裂させるわけにはいかないし、上空に打ち上げたら、それはそれで大騒ぎになる。特に帝国関連で敏感だしな。故に、これしか方法はなかった。

 俺は魔力を当てて魔法を解除する。

 球体はただの土塊となり、どさりと形状崩壊して地面に沈む。そこから出てきたのは、こんがりと焦げたブリタブル王子だった。

「仕方ありませんねぇ」

 趨勢を見守っているだけだったセリナが、ため息をつきつつピクピクしてる王子に近寄り、そっと両手を添えた。淡い光が宿る。

「《ヒート・リザレクト」

 その光は柱になりながら王子を包み込み、火傷を通り越して黒焦げになった皮膚を一瞬で再生させていく。ってこれ、上級の回復魔法じゃねぇか! その回復量は当然すさまじく、王子はあっという間に元通りになった。
 さすがセリナだ。
 学園では《ビーストマスター》の能力を磨きながら、水魔法を究めようと努力してたからな。
 卒業する時には学園で一番の癒し手になっていた。

 とはいえ、回復魔法は消費魔力が大きい。セリナは疲れたように息を吐いた。
 懐から取り出したハンカチでうっすらと額に浮かんだ汗を拭ったタイミングで、王子が目を覚ます。

「ぬ……ぐう……? な、何故、余は無事なのだ……?」
「感謝しろよ。セリナが回復魔法をかけてくれたんだからな」

 分からずに顔を左右にやるブリタブル王子へ、俺は教えてやる。本来なら敬語を使うべきなんだろうけど、正直にそんなことをする気にはなれない。不敬だと言われたら直すが、そんなことを言うようにも見えないし。
 ブリタブル王子はきょとん、としてからセリナを見る。セリナが愛想笑いを浮かべた瞬間だった。

「あ、あなたが余に回復魔法を……?」
「ええ、そうですが? どうかしましたかねぇ?」
「な、なんという奇跡っ……!」
「……え?」

 ブリタブル王子は目をキラキラ輝かせながら、セリナの手を取った。しかも両手で。がっしりと。
 困惑したセリナに、ブリタブル王子はその眩いばかりの目でしっかりとセリナを捉える。

「なんと美しい! そなたのような美しさ、わが国には一人として敵うものはいないであろう!」
「あら、お上手ですねぇ」
「故に余は見惚れた! 見とれた! 撃ち抜かれた射抜かれた! これは間違いない、一目惚れだ!」

 思いっきり力説しながら、ブリタブル王子はセリナに迫る。
 お、おお、コイツ、感情的というより、感情に素直なヤツなんだな? そしてアホだ。

「これを恋煩いと言うのだな! こんな経験、初めてだっ! 今まで女子(おなご)をこんな短時間で好きになってしまうなど、ただの一度としてなかったのに!」
「え、あ、はぁ……」

 大きな独り言を放ちまくるブリタブル王子に、セリナは戸惑いの様子を見せていた。
 まぁそりゃそうだわな。
 っていうか、なんか既視感デジャヴ凄いんだけど。これは――そうだ、あれだ。ライゴウだ。ライゴウがメイのことを孫と思い、それを恋だと勘違いした時とそっくりだ。

 違うのは、アホの方向性が違うってだけだ。

「知っている、余は知っているぞ! こういう時、いきなり告白したら負けなのだ! 故に余は少しずつそなたと距離を縮めていくことにするぞ!」

 フツー、そういうことは口に出して言いません。まして本人を前にして。
 ツッコミを内心で押し殺しつつ、俺は呆れる。アリアスに至っては口を開けてあんぐりしていた。何故か微妙に顔を赤らめてるけど。

「あ、あの……?」
「我が名はブリタブル! 獣人の国、ベトルーティアの王子である!」
「は、はぁ」
「今日よりそなたは我が愛の標的だ! 世界で一番の愛情を注ぐと誓おう!」

 ねぇ王子。それ、告白。いきなり告白したらアカンとか自分で言っときながらなんですんねん。
 あれか、三秒で忘れるとっても不可解な頭脳の持ち主か?

「故に、まずは友達から始めようではないか! 夜な夜な襲いかかったりするかもしれぬが、構わぬな!? 何、安心せよ! 余はこういうこともあろうかと色々と訓練しているから腕の方はあがががががが」

 ブリタブル王子の願望垂れ流しの言葉は、ガイナスコブラに全身を締め上げられることで途中で遮られた。あー、あれは痛そう。首とか腕とか脚とか、あれ、関節極まってる。
 誰も助けようとしないのは、ブリタブル王子がアホだからというのもあるが、セリナが背中から黒いオーラを放ちながら笑顔で怒りを浮かべているからだ。

「あのですねぇ? どこの女子に初っ端からそんなふしだらな言葉を聞いて受け入れると思ってらっしゃるのですか? 破廉恥ですよ」
「お前が言うな、お前が」

 俺は思わずツッコミを叩き込んでいた。
 すっげぇ盛大なブーメラン見たぞ、今。
 だが、セリナは思いっきり無視した。

「私は思い人ありの淑女です。そも、私の見てくれだけに惚れたような薄っぺらい殿方と付き合うつもりはありませんしねぇ」

 冷たくセリナはやっつける。

「な、なな、なぜっ……!」
「ハッキリ申し上げます。私はあなたに興味がありません。私はそこにおわすグラナダ様のものですから」
「いやそんなことないんだけど」

 一体いつ俺がセリナをものにしたよ?

「なんとっ……! お、おのれ、そこの! やはり余と勝負しろ! どっちが強いかハッキリさせてくれようではないか!」

 え。超嫌なんですけど。
 と、答えようとして俺は口を噤んだ。いかん、ここでそんなこと言ったらまた振り出しだ。
 とはいえ、王子と戦うっていうのはな……。

 俺はちらりとアリアスを見る。すると、アリアスは困ったように腕を組みながらも、肯定として頷いた。

「仕方ないわ。この先のことを考えると、グラナダ、あんたの力を示しておく必要があるし。大丈夫、王子は自分より強い人にはそんなに文句言わないし抵抗しないから」
「そんなにって何だそんなにって」
「いいから! ここは戦ってどっちが上かハッキリさせないと、いつまでも終わらないわよ?」

 アリアスに正論を説かれ、俺は唸った。
 仕方ない、か。
 俺は大きく息を吐いてから、ブリタブル王子を見た。空気を呼んだセリナがガイナスコブラに指示を出してブリタブル王子を解放する。
 自由になった王子は、腕をぶんぶん振り回しながら不敵に笑う。

「よおし! 正々堂々と勝負だ!」

 俺は頷いてから、ゆっくりと構えを取る。合わせて王子も構えた。

「お主の力、余に見せてみよ!」
「分かった」

 言った瞬間、ブリタブル王子は地面を蹴った。

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