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癒し潺①

ヨナの関門前で一夜を明かし、テントや寝袋を片付ける。朝食は完全に陽が昇ったころにすることになっている。
初の計画に遅れを取らぬよう、頭の中で「次の予定」を常に意識し、動きの無駄を減らす。
規律じみたものは嫌う性分ではあるが、自分で言い出したことだ。途中で投げ出すほど、つまらない者ではない。
ササっと支度を終え、馬に跨る。関門は未だ開かず、とは言っても特に外で待つような商人もいない。道が混む前に、全速で峠の麓を目指し駆けていく。

今日の空は半分が雲に覆われている。陽の光は辛うじて、雲の隙間を縫い見えるが、若干雲行きが怪しいようにも感じる。峠の天気は変わりやすいと書物で知識を得ていたが、ここは生憎峠ではない。
予想の着かない少し先の未来に一抹の不安を感じながらも、僕はひたすらに馬を走らせる。

1刻も走らせれば、周りは打って変わって藪に囲まれていた。陽も上がり、計画ではそろそろ朝食の時間になる予定だったが、こんな場所では落ち着いて食えない。
良き場所を求め、僕はさらに馬を進める。
道を覆い尽くすほどに成長しきった藪は、近くを走り抜けると風に煽られ、ザザァという音を後ろに残していく。そして、僕の足をくすぐる。
慣れない感覚に、そのくすぐったさに、恥じらいを覚えながらも実際は噴き出すのを堪えている。
この感覚から抜け出すためにも、早く抜け出さなければならない。
ペースの落ちた馬を奮い立たせ、あの感覚を我慢して、もう一度全速に戻す。草木の爽快な音と風を切る心地よさが増していく。

□■□■□■□

「しぃ、お腹空いた?」

藪も引き、閑散とした森の中。馬に跨りながらも、走ることはさせずゆっくりと歩かせている。
背中を優しくさすりながら問いかけ、馬なりのレスポンスを待つ。しかし待つとは言っても、ほんの一瞬で、馬はすぐに首を縦にふった。肯定の合図だ。
もう周りの藪も薄いため、道からすこし外れた場所で食事をとるのも良いが、今回は計画といい、趣向を変えて旅をしている。
いつも通りに木にもたれかかったり、道端で食事をするのはつまらない。どうせなら今まで食事をしたことのないような場所で取りたい。

なにか良き場所はないかと道を進んでいると、遠くから潺が聞こえ始めた。音からして、川自体は大きくはなさそうだ。
道から外れ、音のする方向へと向かっていく。
少しばかり歩けば、周りを森に囲まれた静穏な川岸へとたどり着いた。もちろん人など、僕以外にいない。
鳥の囀る音と木々の交わる音、それに潺。どれも形は違えども、その混声は不思議と心を落ち着かせる。馬もそう感じているのか、目を細め、周囲の音に耳をすませているようだ。

混声を乱さぬよう、静かに遅めの朝食の準備を始める。袋からあらかじめ用意しておいた餌を取り出し、それを馬の前へと置く。
行儀よく、しかし一心不乱に食していく。
それを見てから、火を起こし、調理を開始していく。幾許かの青物を切り、食せる野草も同じく切る。容量のあるコップの中に川の水、青物、野草をいれ、火にかける。
沸騰しないように火からの距離を適宜変え、十分に温めていく。
火が通ったことを確認し、そこに濃い出汁を加える。温度調整と味付けを兼ねている。
そして火から取り出し、一口啜る。

「……んっ、おいしい」

出来上がった汁物を飲みながら、次の料理を作り始める。馬はすでに腹を満たしたようで、目を閉じ、ジッと出発を待っている。
そんな馬にかかる袋から取り出したのはルロ肉とネギだ。
どちらも一口大のサイズに切り分け、それを交互に串にさしていく。そしてその串を火を囲むように差し、炙っていく。
完成した串料理は、ルロ肉は噛むごとに肉汁が溢れだし口を幸せで包み、ネギは甘く柔らかくなっていた。余分に作った串料理は皮の袋に綺麗に入れ、昼用に保存する。

そうして食事に満足し、片づけをしていると、しとしとと雨が降り出した。本降りではないため、そう焦ることはない。しかしなるべく早く僕は片づけを済まそうと荷物を雑にまとめ、馬に跨りすぐ道へと引き返した。

道に戻った頃には本降りになり始め、濡れないよう頭に藁の傘を被り、上半身には皮の掛物、下半身は皮の履物で覆った。幸い荷物は全て防水できる袋に入っている。その上、濡れて困るようなものは持ち歩いていない。
本当なら全速で飛ばして雨宿りできる場所を探したい所だが、飛ばしては全身がずぶ濡れになるだけだろう。計画も押し、少しの焦りを感じてはいるものの、ゆっくりと着実に前へ進むしかない自分を、僕はどこかもどかしく感じていた。

「やっぱ、計画は性に合わないか……」

独り言としてつぶやいたつもりだったが、馬には聞こえたようだ。軽く首を縦にふり、肯定を示していた。

「……こういう時は否定してよ、しぃ」

それに対しては首を横にふる。
なんとも面白い馬だ。

そっと口角をあげ、前を向く。
今日この日、僕は計画の意味に「計画とは乱れるものだ」を追加することになった。
でも乱れる計画も、また一興かもしれない。

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