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第二百四十話

 詰まる間合い。
 機を見計らって俺は前へ飛び出して魔法を放つ。

「《デバフ・アジリティ》」

 放った魔法は即座に即座に効果を示し、ホーンラビットは急激に動きが悪くなった。
 一気にホーンラビットが隙だらけになる。
 俺はすかさず回り込みながら、次の魔法を撃つ。【スターライト】が機能し、魔力の練りが早く済む。

「《アクア・ブレード》」

 じゅっ、と音を立てて、極限にまで圧縮された上で回転放出された水は、レーザーの刃と化してホーンラビットの角を削り取った。
 思ったより反動強いな! しっかりフィードバックさせないと狙いがブレるな。それに魔力消費強い。

「――!?」

 角を根本から切り離され、ホーンラビットは途端に怯えだして檻の端へ向かって走り出し、ガクガクと震え出した。
 ホーンラビットは、角を失うと途端に弱気になる。
 ずしん、と地面に落ちた角を見て、俺は安堵する。うん、切り口もきれいだな。

 これで二つ目の素材は手に入れた、と。

 俺一人じゃあさすがに持ち歩くのは大変なので、後で運んでもらうことにしよう。
 手をぱんぱんとはたいていると、シーナが駆け寄って来た。

「凄いな! 一撃で角を切り取るとはっ……!」
「上手くいって良かった。これで大人しくなるだろうから、少しは楽になると思うけど」
「うむ。これで捜査も捗ることだろう。色々と調べられるからな。あの組織だが、かなり危険な研究をしているようだったからな」
「そうなのか?」

 シーナは真剣な表情で頷く。

「色々と魔術的に禁忌研究を行っていたようだ。今、解析班が総出で頑張っているが、相当進んでいるらしい。頭を悩ませている様子だった」

 進んでいる、か……。
 何か不穏なものを感じるが、これは王都に任せておけば良いだろう。いずれ解析も終わるはずだ。

「また何かあったら報せよう」
「分かった、ありがとう。それじゃあ、角は貰うな。悪いんだけど、屋敷に送ってもらえると嬉しいんだけど」
「問題ない。すぐにでも届けさせよう。どうせ急いでいるのだろう?」
「うん。実は。頼んだ」

 俺は肯定してからその場を後にする。
 これで二つ目ゲット、と。残りは風と水の結晶と、紅魔石、巨蛇の抜け殻と毒、ファイズ霊薬か。

 霊薬に関してはウルムガルトに頼むしかない。後は紅魔石、だな。こっちは普通の魔石よりも性能が良いせいで滅多に出回らない。ウルムガルトもかなり手に入りにくいとか言ってたんだよな。
 と、なると、頼りになるのはアリシアだけだな。
 俺は早速アリアスの屋敷へと向かった。どうせ旅立つから挨拶しておかないといけないしな。

 アリアスとは縁戚でもあるので、そこまで手続きしなくても会うことは出来る。一応手土産はいるけど。
 立派な門構えで見張りをしている警備に声をかけ、俺はあっさりと中へ入れて貰う。
 いつものように大量の本棚が並ぶ部屋に俺は通された。ちょうどティータイムだったらしく、アリシアはクッキーを齧っていた。

「あら、グラナダくん。お久しぶりね。ルナリーちゃんとメイちゃんは元気? そろそろルナリーちゃんを養子にくれる決心はついた? それともメイちゃんを二晩くらい添い寝させてくれる覚悟はついた?」
「のっけから意味のわからないこと言わないでください……」
「何言ってるの。割と本気に決まってるじゃない」
「本気に聞こえるからそう言ってるんです!」

 俺は即座に抗議を申し立てる。
 だが、アリシアは食えない態度で微笑むばかりだ。相変わらず考えが読めない。とりあえずカワイイものには目が無いことは分かるんだけど。
 さすがフィルニーアの縁戚、というところだろうか?

「それで? わざわざ来たってことは、何かお願いごとがあってきたんでしょう?」

 当然のように看破されている。
 アリシアは王都でも裏方を担当しているようで、情報網が本当に凄まじい。それ以前にずっと付き合いをしてきたっていうのも大きいのだけど。

「はい。紅魔石が欲しくて」

 俺は即答する。すると、アリシアは少し険しい表情を浮かべた。というか、どこかピリついている。
 不穏さを感じ取って気配を引き締めると、小さいため息が漏れた。

「……キミのことだから、変なことに使うことはないと思うけれど」
「何かあったんですか?」
「今、紅魔石は取引がかなり厳しいんだ。先日から君が暗躍してる事件たちで、次々と紅魔石が使われているっていうことが判明したからね」

 ――なるほど、そういうことか。
 っていうか暗躍ってなんだ暗躍って、俺、悪いことしてねぇし!
 ともあれ、アリシアがピリついたのは理解出来た。悪事に使われているとなれば、流通量にもかなりの制限が掛けられていることだろう。

「その辺り、何かあったら協力してくれるってことなら、融通きかせても良いけど?」
「分かりました。そういうことなら」

 頷くと、アリシアは微笑みながら小さく頷いた。

「さすがグラナダくん。即答してくれると思った。良いわよ。夕方くらいまでには運べると思うわ」
「ありがとうございます。それと、報告がもう一つありまして。俺、アリアスの請け負った任務に同行することになりました」
「あら、そうなるかな、と思ってけど、やっぱり? 仕方ないわね。数か国巡回することになる長旅になると思うから、気を付けるのよ」

 やっぱり情報を把握されていたらしい。
 俺は頷いてから、最後に事務的なやり取りを済ませて屋敷を後にする。

 よし、これで残りは水と風の結晶と、抜け殻と毒、だな。
 これはもう一つしか方法はない。

 とはいえ、用事があるらしく、どこかに出かけてるんだよなぁ。

 行先は敢えて聞かなかったのが裏目に出たか。
 王都のどこかにいるのは分かってるが、さすがに探すのは困難だ。
 何か良い方法は――……あー。いや、でも、まさか、な? 有り得ない有り得ない。でも試す価値は、あるか?

 俺はしばらく考えてから、両手で口を覆ってからぼそっと言うことにした。

「……セリナ、ちょっと街を一緒に歩こうか」

 ま、なーんてな。有り得ない有り得ない。
 ……ん? ……なんだろう、あれ。土煙……?

 どどどどどど、と地鳴りにも聞こえるような勢いで走ってくるのは──……セリナだった。
 って、え、ええー…………?
 セリナは人混みを華麗にすり抜けてから急ブレーキ、俺の目の前で停止した。そして息一つ乱してないし、髪型一つ乱れていない。なんなんだ、本当に。

「是非ともに一緒しましょうねぇ、グラナダ様」

 思いっきり艶やかな笑顔でセリナは言う。

「……聴こえてたの?」
「いえ、何故だか急に馳せ参じなければならない使命感に全身を支配されてしまいまして。普段なら出せない速度で走って参りました次第ですねぇ」

 ……普段なら出せない速度?
 もはや完全に理解の範疇を越えている。なんだか有り得ないものを召喚してしまった気さえした。
 だが、これも素材を手に入れるためだ。

「それで、どうされたのですか? いよいよ決心されたのですか? それなら近くのモーテルを探しますねぇ」
「早い早い早い早い。主に五段階くらい早い。いや、そうじゃなくて、お願いがあったんだよ」
「子供が出来る準備なら万端ですけれどねぇ」
「そこから離れような? いや、実は風の結晶と水の結晶と巨蛇の抜け殻と毒が欲しくて」
「用意はもちろん可能ですけどねぇ、そんなものをどうなされるおつもりなんですか?」

 さすがにセリナはこの辺り線を引いてくる、と思ったが気のせいだった。明らかに興味本位だ。目がキラキラしてるし。何を作るのか、という期待の眼差しだ、これは。

「うん、オルカナが新しいアイテムを作るみたいで、それに必要なんだ」
「そうなんですか。そういうことなら、協力は惜しみませんねぇ」

 言いつつセリナはカバンをまさぐり、水色と黄緑の結晶を取り出す。水と風の結晶だ。
 セリナには水の精霊とウィンドフォックスという魔物をテイムしている。故に持っていると踏んでいたのだ。ウィンドフォックスは特に結晶を作る魔物でもあるしな。

「後は抜け殻と毒ですねぇ、ガイナスコブラちゃんを使えばどうにかなると思いますので、屋敷へ向かいましょうか。あそこの広い敷地なら大丈夫かと」
「そうだな、頼む」
「それじゃあ早速参りましょうねぇ」
「あ、セリナ」

 スタスタと歩き出したセリナを、俺は呼び止めた。

「はい?」
「このまま直で向かうのもなんだし、露店街へいってなんか買って食べていかないか?」

 せっかく協力してもらうんだから、それぐらいはお礼しないとな。

「いきます。今すぐにいきます。そしてお腹が膨れたら眠くなりますよね? そうしたらモーテルで休憩しましょう、割とすぐに、今すぐにでも」
「だからそういう所に持って行こうとするんじゃねぇよっ!」

 ピンク色思考まっしぐらなセリナへ、俺は容赦なくツッコミを叩き入れた。
 とにかく、これで素材は揃った。後はどういうものが出来上がるのか、だな。

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