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第二百二十八話

 相手は、全身黒ずくめのいかにもな暗殺者スタイルだ。となると、色々と暗殺技術を持っていると思って良い。前衛を担うメイが一番の危険に晒されるわけで、俺は即座にメイのカバーに入った。
 そのメイが大剣を抜き、剣に風を宿らせる。

「はぁぁぁっ! 風神剣っ!」

 轟、と風が唸り、破壊の意思が暗殺者へ向かう。
 刹那、暗殺者はこちらに届くか届かないかといった具合の小声で何かを呟きながら、手のひらに何かを乗せる。
 ぱきん、と、小さい破砕音。
 呼応するように、メイが生み出した風が消えた。

「――なっ!?」

 残滓だけが水路の中に漂い、メイが驚愕に目を見開く。
 生まれた隙を逃さず、暗殺者が二人がかりでメイに襲い掛かる。

「はっ!」

 素早くメイが我に返り、繰り出されたダガーを大剣で防ぐ。だが、完全に間合いが暗殺者たちのものだ。
 メイは嫌がって距離を取ろうとするが、相手の連携の方が上手い。
 けど、そんなメイの危機を、放っておくはずがない。

 俺は素早く刃を展開し、暗殺者の足元から刃を繰り出す。

 一瞬の煌きの直後、刃は暗殺者の腿を深々と切り裂いた。

「「ぐああっ!?」」
「風神剣っ!」

 すかさずメイが反撃に出る。今度こそ風が唸り、二人をまともに吹き飛ばした。
 二人は壁に叩きつけられ、あっさりと気絶した。
 ずるずると地面に落ちる。完全に魔力反応が消えるのを確認して、俺は二人を縛り上げる。一応《鑑定》すると、二人ともSR(エスレア)だった。
 さて、どうしておこうか。俺たちは散策しないといけないが、こいつらを連れ回すワケにもいかないし。かといって放置して目覚められて、逃げられても鬱陶しい。

『グラナダ殿、吾が輩に。メイ殿、影を借りるぞ』

 思案していると、オルカナが進言してきた。
 任せる意味で一歩下がると、メイの影から二つの黒い手が生まれ、縛り上げたエージェントの頭をわし掴んだ。

『眠りの呪いをかけた。これで少なくとも半日は起きない』

 ……実に便利な呪いだ。オルカナならではなんだろうけど。
 オルカナは雑に二人を通路に投げ捨て、手を元に戻した。

『主、この先にも反応があるぞ、金眼銀眼に近い』
「急ぐか」

 ポチの報告に、俺は即座に反応する。
 常に《ソウル・ソナー》を撃っているが、複雑な構造の上に妨害が厳しく、うまく把握が出来ない。だが、確かに何かがいる。それも酷く歪だ。

 ポチのナビに従い、俺たちは水路の中をひた走る。

 角を曲がるたびに印と、何回目の角を曲がったのかという数字を刻む。これをすれば数字を逆に辿っていくだけで道を戻れるからな。
 そんなことをずっと繰り返していると、声が聞こえてきた。

 素早く足を止めて俺は声に意識を集中する。

「……。…………ぁ…………さね……。だ………………」

 びりり、と、衝撃が走った。まさに電撃にでも打たれたかのように。否、衝撃的過ぎて頭が真っ白になった。
 だって──ちょっと待て。だって、今の。

 嘘だろ? いやでも、俺が聞き間違えるはずがない。
 あの声は、あの口調は。

 やばい、頭が混乱してる。でも、でも!

「フィルニーア……?」

 声が掠れた。
 しん、と深い沈黙が落ちて、静寂がやってきて、また声がやってくる。ほとんど無声音に近い。けど、その響きだけで十分だった。
 俺は確信を持って地面を蹴る。後ろから制止が来るが、止まれなかった。

 まさか、ありえない。でも、まさか。

 そんな思いで混乱したまま、俺は導かれるように水路を突き進み、角を曲がる。瞬間、誰かとぶつかった──気がした。
 正確には、ちょっと痺れるような衝撃だけだ。

「うわぁっ!」

 弾き飛ばされたのは、メイよりも小さい男の子だ。
 豪華ではないが、高級な生地だと一目で分かる、少しゆったりとした服に、明らかに大きい黒の魔女帽子。

 べたっと尻もちをついた少年は、腰あたりをさすりながら起き上がる。

「いてて、誰だお前!」

 強い抗議に晒されて、俺は確信する。
 この子、幽霊だ。こんなところで、子供が? 浮遊霊の可能性も無きにしも非ずかもしれないが、それだったらもっと脆弱な魔力しかない。

「お前……まさかクランブールの王子か?」

 訊いた瞬間、少年が驚愕に目を見開き、やがて敵意を露わにした。

「! なんで俺の名前を……!? まさか帝国の新手かっ! ちくしょう!」
「落ち着け、俺は敵じゃない。キリアとシシリーに頼まれて、お前を探しにきたんだ」
「キリアとシシリー……!? 本当か!」

 両手を上げながら説明すると、少年――王子は強い反応を示した。
 うん。この二人の名前はやっぱり効果的だったな。じゃあ、後は説得すれば、連れて帰れる。
 そう思った矢先だった。少年の被る黒の魔女帽子から、敵意が漲った。

「ちょっと! 知った人間の名前が出て来たからって、すぐ信用するんじゃないさね!」

 響いた叱責は、俺の全身に電流を走らせた。
 ああ、その声、その叱り方! そしてその魔力! 間違いない。フィルニーアだ!

「その声、やっぱりフィルニーアか! フィルニーアだよな!?」
「……なんだい、アンタ。どうして私の声の主を知ってるんだい?」

 警戒を剥き出しにしながら問われ、俺は言葉に詰まった。
 胸に去来する、この寂しさ。
 この帽子がフィルニーアの一部(というのが正確かどうかわからないが)としても、そのフィルニーアは俺と出会う前のフィルニーアだ。俺を知っているはずがない。 

「俺は……フィルニーアの最後の息子だよ」

 短く説明すると、今度は黒の魔女帽子が絶句したように息を呑んだ。

「最後? っていうことは、私の本体は……いや、今はどうでも良いさね。それよりもこの子に何の用さね。ことによっちゃあ消炭にするよ?」

 鋭くも圧倒的な殺意は、身震いするほどだった。けど、それ以上に、フィルニーアだった。
 分かりにくい優しさ、愛情。温もり。間違いなく、フィルニーアだ。

 ああ、フィルニーアだ。

 じんわりした理解がやってくると、景色が霞んだ。

「って、なんで泣きそうな顔をしてるんだい!?」
「いや、だって……」

 なんて返事をしたら良いか分からない。
 つい、ずっと前に、ずっと使っていた言葉が出て来た。俺は、いつでもフィルニーアの前じゃ子供だ。

『主!』

 そんな感傷を切り崩したのは、ポチの鋭い声だった。
 同時に迫ってきたのは、歪な敵意。瞬時に俺は全身を臨戦態勢に高め、振り返る。

 ぱしゃ、ぱしゃ、と、音を立てて水路の中を進んでくるのは、辛うじて人型を保っている異形だ。その皮膚はナメクジの皮膚のようにぬるぬるしているが、顔に凹凸はない。
 だが、纏っている雰囲気は明らかに異常だ。

 俺はそんな異形に向けて、怒りをぶつける。

「コイツか? コイツが。お前とフィルニーアを追いかけていたのか?」
「……そうさね。厄介な相手だよ。魔法をぶつけても再生するし、どんだけ撒いても必ず追いついてくる。これ以上魔力を消費させちゃあ、この子も危うい……」
「分かった」

 俺は一歩踏み出す。明確で濃厚な敵意と殺意を抱いて。
 その気配は刃にも伝わって、刃たちが俺の周囲を荒ぶって飛び回る。

 刹那。

 刃が閃き、軌跡が消えるより早く異形が切り裂かれる。だが、その場から再生が始まった。
 ――なるほど。こいつ、急所がないな。
 斬っても血が飛び散るわけでもないし、どこかに重要な臓器があるわけでもない。

 だが、活動している以上はどこかに核があるはずだ。俺は即座に《ソウル・ソナー》をぶつける。
 返って来た反応に、俺は舌打ちした。
 コイツ、核が常に移動してやがる!

『主、気を付けろ』
「分かってる」

 返事をした直後、異形が腕を伸ばしてくる。だが狙いはバレバレだ。俺じゃなく、背後にいる王子。
 そんなもん、させるかよ!
 俺はハンドガンを構え、容赦なく連射して伸ばしてきた腕を弾き散らす。更に刃を展開し、異形の周囲を囲んだ。

「《フレアアロー》っ!」

 最大限の裏技ミキシングを施し、全方位からマグマ色の火矢を放つ。ごっそり魔力を削って放った一撃は、凄まじい蒸発音を立てて異形を蒸発させる。
 ――が。
 足元から――水に浸って溶けるのを紛れた細胞の破片から再生が始まる。

「ちっ!」

 俺は少しだけ距離を取って思索を巡らせる。
 だったら、《白樹》で!

 俺はすぐさまに《クリア・フィール》を発動して周囲を浄化し、発動させる。

「《クリエイション・ブレード・フォルテシモ》っ!」

 魔力をたっぷりと練りこまれた白い大剣が、再生の終えたばかりの突き刺して天井付近まで吊り上げて磔にする。同時に無数の刃が生え、身体の隅々まで貫いた。
 俺は自分の魔力を全部失う勢いで注ぎ込む。

「《フレアアロー》っ!」

 ただ破壊力だけを突き詰めて発動させると、《白樹》は深紅に染まり、膨大な熱を隅々まで伝える。それだけに終わらず、周囲を飛びまわっていた刃からも火矢が吐き出され、追い打ちをかける。

 ――ばぢゅっ!

 と、何重にも蒸発音が重なり、耳に障った。
 膨大な熱が解き放たれ、周囲に熱風を撒き散らすぐらいだ。だが、確かに異形は消し飛んだ。

 あー、疲れた。
 立ってるのもやっとなぐらいに疲労した俺は、思わずその場に座り込んだ。いくら通路とはいえ、水にぬれていたが、背に腹は代えられない。

「な、なんつー力技さね……」

 壁に背を預けて一息つくと、黒の魔女帽子――フィルニーアが唖然と呟く。

「デタラメな魔力に、確かな技術。その術式といい、ミキシングといい、確かに私の技術さね。なるほど、息子っていうのも納得がいったよ」
「なんだ、あっさりと認めたんだな」

 ひん曲がりのフィルニーアらしくない納得の早さだ。
 ジト目で見ながら茶化すと、帽子は拗ねたように鼻を鳴らした。

「そんだけデタラメってことさね」

 あ、今のフィルニーアっぽい。俺は思わず相好を崩した。

「まぁいいさね。その異形を、そこまでになるまで潰してくれたんだ。信用に値するには十分さね」
「そのひねくれ具合は本気でそれだな。まぁいい。そう言ってくれてありがとな」
「それじゃあ早速で悪いんだけど」
「ん?」
「もうこの子が持たない。魔力を補給してやってくれないさね?」

 フィルニーアが言った瞬間、少年は力尽きたように倒れた。
 って、ええええええええ!?

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