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第5話 悪魔の加護を持つ者 (前編)

 荷馬車の中でイザベルは必死に吐き気をこらえていた。吐いたら目が覚めている事が知られてしまう。

 イザベルは情けないことに両手足を縄でしばらた上に麻袋に詰め込まれ荷物のように運ばれている。さっきからがらごろと鳴っているのは他の盗品だろうか。

 これからどうなるのだろう。いつもの魔剣はデイヴィスの元に残して来てしまった。エイリング一味にただの武器として処理されないため、というのもある。それでもやはりイザベルは一瞬だけ願ってしまったのだ。これを持って彼に助けに来てほしい、と。

 口から皮肉げな笑いが漏れる。『デイビッド』が『ディアブリーノ』を助けてくれるはずがない。あの焦った声はきっと演技だろう。今頃、彼は邪魔者がいなくなって喜んでいるのだろうか。

 それにしても揺れすぎだ。荷馬車というものはこんなに揺れる物なのだろうか。先ほど、休憩の時に、下っ端が水を飲ませてくれなければもう吐いていただろう。あの下っ端に交渉して逃がしてもらえないだろうか。

 そんな事を考えているうちに荷馬車は目的地に着いたようだ。

 エイリング一味の一人が麻袋ごとイザベルを肩に担ぐ。ものすごく苦しい。持ち上げ方が悪いのだ。

「お頭、今回の収穫です」

 じゃらじゃらと大量の金属が床に落ちる音がする。

 最後に、男は麻袋の中身(イザベル)を乱暴にあけた。

「痛っ……!」

 床に叩き付けられ、イザベルはつい声をあげてしまった。男達の視線が彼女に集まる。にやにやと笑っている男が大半だ。下品な笑い方だ、とイザベルは思った。

 それにしても先ほどから何と、いや、誰と比べているのだろう、と心の中だけで苦笑する。

「お前がデイビッドの愛人だな」

 何やら偉そうにふんぞり返っている男が尋ねて来る。

「違います」

 つい馬鹿正直に答えてしまった。男達が驚いた顔をする。

「愛人じゃなかったら何だ」

 愛人しか選択肢がないのか、と呆れる。こんな男達に見下されるのは嫌だ。だから貴族令嬢らしく振る舞おうと頭を毅然と上げる。

「『ライバル』です。新聞にもそう書いてあるはずですが」
「新聞だと? お上品ぶりやがって」
「え? 新聞を読まないのですか?」
「読まねえよ、そんなもん」

 わけが分からない。新聞は故郷でもティーズベリーでも発行されている。それを読まないなんて事はない。最低でもイシアル語版アトミス・セミットくらいは誰でも購読しているだろう。

 実はイシアルの識字率はあんまり高くないのだが、『貴族令嬢』であるイザベルには知らない事だった。

 目を丸くしているイザベルに男達が憤った顔をしているが、何故怒っているのかさっぱりわからないイザベルはさらに首をかしげる。

「ガキがお高くとまりやがって!」
「ちょっと綺麗だからといって調子に乗ってるんじゃねえぞ!」
「落ち着け、お前ら!」

 次々と暴言を投げかけて来る男達を偉そうな男が諌める。その隣にいる『者』が目にとまった。その『者』とエイリングの首元にある『物』を見て、イザベルは彼に容赦しないことにした。

「お嬢さん、あまりこいつらの機嫌をそこねないでくれ」

 こんな男に宥められたくない、とイザベルは思う。

「それよりお嬢さん、お名前は?」
「あら。人に名を聞くときは自分から名乗るのが礼儀ですわ。それすらも分からないのですか?」

 イザベルの挑発に男の目に怒りが浮かぶ。しかし部下達に『落ち着け』といった手前怒れないのだろう。必死に冷静さを装う姿が可笑しい。

「ああ、自己紹介がまだだったな。おれはJ・S・エイリングだ。で、お嬢さんは」
「『ディアブリーノ』です」
「そうじゃない」

 彼ならそう言えば分かるだろうと思って名乗ったのに分からなかったらしい。そのかわり彼の隣にいる『者』が息を飲んだ。

 この『者』は何とかしなればいけないな、と考える。

「お嬢さん。おれも名乗ったんだ。答えてもらおう」
「他に名乗る名前がありますか?」

 あなたなんかに、という意味をあからさまに込める。エイリングがイザベルを睨んだ。

「お嬢さん、『人に名を聞くときは自分から名乗るのが礼儀』と言ったな? それでおれは名乗った。あんたも名乗ってもらおう」
「イニシャルで名乗っているあなたにそんな事を言う資格はありません。私はしっかりと名乗りました。それを全く理解してないあなたが無学なだけです」
「何だと!」
「お頭」

 先ほどイザベルを攫った男が、エイリングに声をかける。

「何だ?」
「多分『ディアナ』か『リディア』かと。デイビッドに『ディア』と呼ばれておりましたから。多分焦って聞こえずらかったかと……」
「どっちだ?」
「さあ、どちらでしょうね」

 どちらも違うがすっとぼける事にする。

「生意気なお嬢さんだ。今の状況が分からないのか」
「分かっているからこそ言っているのですが。それと……」

 ずいぶん怒っているのを見てイザベルは満足そうに唇を上げた。あとは。

「ずいぶんとこんな場所に似つかわしくない者がいるのですね」

 止めを刺すだけだ。

 イザベルはくすくすと笑いながらエイリングの隣にいる『者』をじっと見つめる。意味が分かったのだろう。エイリングの顔が怒りで真っ赤になっている。

「このアマ! 大人しくしてりゃ調子に乗りやがって! その言葉、後で後悔させてやる! お前ら、さっさと財宝とこの生意気な女を宝物庫に片付けろ!」

 エイリングの言葉に男達がさっさと従いはじめた。イザベルはその一人に荷物のように持ち上げられる。おまけに宝物庫に着くと床に投げ捨てられる。屈辱的だ。

「そこで大人しくしてろよ。後でたっぷりかわいがってやるからな」

 そんな捨て台詞を残し、男達は宝物庫を去っていく。外に気配がするという事は見張っているのだろう。

「姉様!?」

 聞き慣れた声がする。イザベルが驚いてそちらを見ると、一匹の黒豹が目を見開いてこちらを見ていた。

「おまえ、どうしたの!?」

 思わず聞いてしまう。
 そこにいたのはイザベルの可愛い弟だった。つい、おいで、と呼んでしまう。弟は素直にこちらに来て頬をすり寄せて来た。手が自由なら可愛い可愛いとなで回したいのだが、あいにく手が使えない。

「オレはこの間言った『お仕事』だけど、姉様はどうしたの? さっきかわいがるとか言われてたよね」
「私は残念ながら人質状態なのよね」

 苦笑する。こんな情けない状態を弟に見られるのは恥ずかしかった。ナイジェルは何とも言えない顔をする。

「姉様、能力にぶった? ちょっと人間化した?」

 さらりと痛いところをつかれる。間違ってはいない。それでも失礼だ。イザベルは拗ねるように横をむいた。ナイジェルは慌てて謝る。

 それにしてもデイビッドの言っていた『盗賊団エイリング』の首領と、弟の大切な者を捕らえている『エイリング』が同一人物だったとは、何という偶然だろう。

 その時、足音が聞こえた。ナイジェルは先ほどの場所に大人しく寝そべる。すぐにドアが開き、先ほどとは違う男が入ってくる。

「話し声が聞こえたが、誰と話している?」
「この豹がかわいくて話しかけていましたが、何か?」

 そう答えると、男は何とも言えない顔をする。どうせ子供だとか、頭の中がお花畑だとでも思っているのだろう。

「見張りを立てておく。大人しくしてろ」

 そう言って隙間を一人分開ける。そこに来た『少女』にイザベルたち姉弟は目を見開くのを押さえなければいけなかった。

「きちんと見張ってろよ。でないとお頭の厳しい罰が待っているからな!」

 男はそれだけ言って扉を閉める。

「シャーリーン!?」
「ナイジェル! しー!」

 ナイジェルが叫ぶので慌てて止める。だが、小さな反抗として手を甘噛みされる。これでは完全に猫だ。

「姉様うるさい。オレはシャーリーンに話してるの。姉様には話してないの」
「わかった。わかったから私の手を噛むのはやめなさい。それするくらいなら縄を噛みちぎって頂戴」
「やだ! 姉様、さっきオレの事ペット呼ばわりしたから」
「ちょっと。そんな事してないからね!」
「あのー」

 姉弟喧嘩をしていると、シャーリーンがおずおずと話しかけてくる。

「何? シャーリーン」
「どうして『ディアブロ』と『ディアブリーノ』がそろってここにいらっしゃるのですか?」
「オレはシャーリーンを助けに来たんだよ。もうすぐ君の『本当の』主もここに来るからね。姉様は間抜けな事に捕まってるんだけど」
「誰が間抜けよ!」
「……どう見ても間抜けでしょ、姉様」

 そう言われると何も言えない。何故か頭の中にデイヴィスの笑い声まで聞こえてくる。

「それでどうする? 逃げちゃう?」
「でも外には恐ろしい見張りがたくさんいるんです。私もあの男の奴隷のような体になってしまいましたし」
「血で操られてるってこと?」

 シャーリーンは悲しそうにうなずく。

 つまり、その支配を解かなければ何も解決しないのだろう。簡単な事はエイリングを殺す事だが、彼には仲間がいる。大人数対三人。おまけに一人は支配されていて、一人は魔力を制限されている。

 どうしたものか、と考え込む。

 その時、突然扉の外の気配が消えた。どうしたのだろう。あの様子では彼らは気配を消せるほど手慣れではないはずだ。

 イザベルが気配を探り損ねたわけではないだろう。その証拠にナイジェルも緊張を強めたのだから。

 その次の瞬間、イザベルの側を冷たい魔力が通る。気づいた時には、縛られていた手足が自由になっていた。
 これは『風のかまいたち』の魔術だろうか。

 慌てて扉の方を見る。イザベルが待ち望んで、でも半分会うのを諦めていた人物が、いつもの不敵な笑みを携えてそこに立っていた。

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