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第二百二十三話

 襲撃は真っ昼間からだ。
 後始末を終え、俺たちはクータに乗ってアジトへ向かった。場所はフィフニーの峠。一人目の白装束が言っていたゴルドの丘とは真逆の方角だ。
 まったく、あの状況でよくぞあんな嘘が吐けたもんだ。

 ちなみにそいつは殺していない。

 ただ岩で囲んだ後、失神するまで思いっきりくすぐり倒しただけだ。
 殺さずに全員捕まえる、が俺の任務だからな。キッチリそういうのはこなすぞ。

「さて……と、あそこだな」

 峠の半ば、道なき道の先。針葉樹林に囲まれた場所にアジトはあった。
 白いテントが幾つもあって、ちょっとした集落になっている。そこに《アクティブ・ソナー》を撃つと、確かに多くの魔力反応が返って来た。

 人……だけじゃないな、これは。

 ひと際大きいのが三つ。
 恐らく、アレンと同じく実験体になっている獣人だろうか。酷く歪な感じがして、それだけで不安になる。

「どうみる?」
『間違いなく改造されているな。魂が一つなのが幸いだろうが』
『私も同じ感想だ。とはいえ、あれだけメチャクチャにされて、どうして生きていられるのか……。何か強靭な核でもないと不可能な芸当だぞ』
『そうだな』

 オルカナの分析に、ポチが同意する。
 ってことは、色々と危ない研究をしてるってことだよな、やっぱり。

「シーナ、やっぱり特殊な研究してるっぽいぞ」
「報告にあった獣人に対する非道な研究か。だとしたら、気になるのは金の流れだな」

 俺の隣で、シーナは顎をさすりながら唸る。

「どういうレベルのものか知らないが、どうであれ、かなりの資金が必要なのは間違いない」
「だろうな。じゃあその流れを追うのか?」
「それこそ我々の仕事の領分だが、そうなるな。巨額の金が流れているのであれば、その源泉を突き詰めなければ同じことが起こる」

 言われて俺は納得した。
 そりゃそうだ。
 ってことは、今回もしっかり全員拿捕するんだな。

「厳しいことを頼むようだが……」
「分かってる」

 シーナは俯いてすまんと謝った。
 騎士団の面々は王都の護衛と俺が朝に拿捕した連中の尋問でもう手がなくなっている。実質動けるのは俺たちだけだった。まぁその方が良いんだけど。俺としても好きに動けるし。

 俺は意識を切り替える。
 テントの数からして、おそらく一〇〇人いるかいないか。その内、戦闘要員なんて獣人を含めても十人いないか、くらいなものだ。
 よって、戦闘そのものに問題は何一つとしてない。
 だが、これだけの針葉樹林のど真ん中、クモの子散らすように逃げられたら、全員の拿捕は非常に難しいと言わざるを得ない。

 俺はもう少し近寄りつつ、《アクティブ・ソナー》を何度も撃って調べる。
 違和感だ。これは、違和感だ。

「ポチ」
『うむ。どうやらあのテントはブラフ、だな』

 不思議になって訊くと、ポチは首肯しながら答えた。

『おそらく、地下にいるぞ』
「遺跡か何かか?」
「確かに、この辺りに遺跡があったはずだ。といっても良くある地下迷宮で、調査の末になんの価値もないと判断されたもののはずだが」

 シーナが記憶を手繰り寄せるようにして言う。
 ってことは、そこで決まりだな。うん。

「出入り口は確か一つしかないタイプだ。そこを根城にしているのであれば、罠もかなり作られているだろう」
「まぁ、そうだろうな」
「どうするつもりだ? いちいち戦闘になったらそれこそ……」
「大丈夫。考えはあるから」

 俺は何度も頷いてから答え、クータに高度を落とすよう頼んだ。事前に察知されたら意味がないからな。
 針葉樹林の中に降り立った俺たちは、すぐに行動を開始する。

 ポチとオルカナにも協力してもらい、周囲の地下調査だ。

 入念に調べ、簡単な見取り図も作る。さすがに細かい部分までは無理だが、制圧するべき場所の推定は出来た。
 まず襲うべきなのは、アジトの中枢部、つまり組織の上層部がいる場所だ。護衛も配置しているだろうとの推察で、ある程度魔力反応の強い連中がいるエリアを狙う。
 次に押さえるべきなのは、研究室だ。
 強化された獣人たちを保護、そして無力化。さらに研究者たちの捕縛による、研究の中身を知るためだ。どこまで進んでいるかで、事態は変わってくるからな。

「じゃあ、予定通りに。メイ、ルナリー、頼んだぞ」
「はい」

 メイが真剣な表情で頷き、ルナリーもこくりと首を縦に振る。一応シーナも付いていくので、戦力的な不足は一切ない。
 俺にはポチがついてくる。

 二手に分かれたのは、同時制圧するためだ。

 俺は地面に両手をついて魔力を高める。

「《ベフィモナス》」

 ぼこん、と、音を立てて地面が窪み、石の壁を露出させた。俺はそれにも触れて《ベフィモナス》をもう一度発動させる。
 慎重な魔力配分と裏技ミキシングのおかげで、今度はほとんど音を立てずに穴を開けた。

 俺たちはさっとそこへ忍び込む。

 ここは迷宮の中でもかなり端の方で、人の手入れがない。
 侵入するにはもってこいの場所だ。

 しばらく道なりに進んで、俺たちは二手に分かれる。俺が担当するのは研究室の制圧だ。もし獣人たちが暴れた場合を想定しての担当だ。
 俺はそこで全員に隠蔽魔法をかける。

「じゃあ、頼んだ」

 そう言い残して、俺は迷宮の奥へ進んだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ──メイ──

 私たちが担当するのは、上層部がいるエリア、組織の中枢の制圧です。気配探知でも頼りになるご主人さまとは離れてしまいましたが、オルカナさんが担ってくださるので安心です。
 オルカナさんは夜の王、吸血鬼ヴァンパイアですから。

『……こちらだ』

 ルナリーちゃんに抱かれたまま、オルカナさんは方角を指示してくれます。
 私は気配を殺しつつ、ゆっくりと進みます。ご主人さまの隠蔽魔法がかかっているとはいえ、真正面から相対したら見つかりますからね。
 戦闘は私、そしてルナリーちゃん、最後尾はシーナさんです。

 呼吸にさえ気を配りながら進むこと、しばし。

 石壁に包まれた迷宮の中なのに、ひと際豪勢な扉を見つけました。建付けも新しく、そこだけ妙に浮いているように感じます。見張りがいるので、私はさっと物陰に潜みました。
 すかさずルナリーちゃんとオルカナさんを見ると、オルカナさんが頷きました。

『間違いない。ここだ。愚かで下卑た魔力を感じる』
「そこまで分かるんですね」
『分からいでか。奴らは基本的に臭いからな』

 私には一生感知できない感覚でしょうね。とはいえ、なんとなく言わんとすることは分かります。
 密かに脳裏をよぎった、幼い頃の嫌な思い出。
 あの人も、確かに嫌な感じでしたから。

 記憶を振り払うように頭を振って、私は扉を様子見します。

 見張りは二人。奇襲を仕掛ければ難なく仕留められるでしょう。所詮、チンピラ程度の強さです。

『良い。私が仕留めよう』

 私とシーナさんがいざ飛びかかろうとしたタイミングで、オルカナさんが制してきました。
 そして、すっとルナリーちゃんの影から二本の黒い手が出現し、壁にそって見張りの背後から近寄り、いきなり襲いかかります。
 巨大化した手が見張りを唐突に鷲掴み。そのままギリギリと締め上げ、悲鳴を上げさせないように喉を丁寧に潰してから沈黙させます。

 な、なんともえげつない……。というか、手際が良い。

 これ、絶対に初めてやる所業じゃない気がします。

『まぁ、これまでも屋敷に侵入してきたアホ共を締め上げていたからな。力加減は任せろ』

 そういう理由ですか。
 気を取り直して、私は倒れた見張りをどかして扉を開けます。ぎ、と音を立てて開かれたそこは、かなり高価な(そして趣味の悪い)調度品が並んでいて、そのど真ん中で肥えた方々がテーブルを囲んでいました。

「誰だ、貴様っ!」

 中にもやはりいた見張りの一人が、ダガーを抜きながら私を威嚇してきます。
 でも、構えがまるでなっていません。片手でひねりあげられますね。
 敵意を持って睨むと、見張りが縛られたように動きを止めます。この程度は察知できますか。

 しかし、それを理解していない上層部だろう連中の一人が、値踏みするように見てきます。

「なんでこんな可愛らしいお嬢ちゃんがここにいるんだ?」
「迷い込んだか何かしたのだろう?」
「フン、ちょうど良い。ワシの新しい道具にしてやろうか。飽きて来たところだったんだ」

 舌なめずりしながら言う壮年の太った男に、私は虫酸が走りました。
 気持ち悪い。
 ご主人さまなら絶対に向けてこないだろう、本気で下卑た目線です。

「好きものだな、貴様も」
「「はっはっはっはっは」」

 一頻り笑いが起きたタイミングで、私は背中の大剣を抜き放ちます。
 沈黙が落ちました。

「下らない話はそこまでで良いでしょう。人生最後の談笑にしては、出来たものです」
「なんだ? 何をワケの分からないことを――」

 男の言葉を遮るように、私は大剣を振り下ろします。
 ゴォン! と鈍い炸裂音を立てて地面を砕き、衝撃波で近くまで来ていた見張りと調度品を吹き飛ばしてやりました。

「なっ……!?」
「もう、終わりにしましょう」

 私は一気に一人の男へ跳びかかります。
 相手が反応するより早く、私は痛烈なビンタを見舞いました。ごき、と首の骨が折れるかのような勢いで顔がひん曲がりますが、構わず返すビンタで反対方向へ弾きます。

「あぶっ!」

 悲鳴があがる中、私はくるりと回転しながら蹴りを叩きつけ、壁に激突させて沈黙させます。

「「ひ、ひいいいいいっ!?」」

 残った二人は悲鳴を上げますが、ルナリーの影から黒い手が出現し、あっさりと掴み上げました。

「や、やめっ!」
「い、いたいっ! 痛い痛い痛い痛い痛いっ!!」

 顔を真っ青にさせながら二人は懇願しますが、オルカナさんがそんなことを聞くはずがありません。
 容赦なくギリギリと締め上げられていきます。
 たちまちに上がる悲鳴の中、私は笑顔を向けます。

「大丈夫ですよ。今、あまり痛めつけると、後々の尋問に響いてはいけませんから」
「じ、尋問っ!?」
「その通りだ。貴様らがどれだけ非道なことをしてきたのか、それを聞き出すためにな?」

 私の言葉の後を引き継いだのは、シーナさんです。足元を見ると、簀巻き状態にされた見張りがいました。しっかりと縛り上げてくれていたのですね。
 シーナさんは挑むような笑顔で言い放ちつつ、二人に近寄っていきます。

「これまでしてきた非道、心の底から詫びるが良い。とはいえ、だからって恩赦があると思っても困るがな」
「なっ……!」
「我ら王国にとって、獣人は等しく扱うべき仲間であり、国家的にも友好国だ。そんな彼らに対する非道な仕打ち、万死に値すると思え」

 そう言って、シーナさんは近衛騎士の証たるマントを見せつけました。

「なっ……そ、そんなっ……」
「どうして王国の犬がこんなところにっ!」
「むしろどうして今まで手を出されないと思っていたのか気になるところだが……まぁ良い」

 シーナさんは無遠慮に拳を鳴らします。

「それと、女と見ればすぐに道具だの慰みものだの、下らんことを言いおって……」
「なっにっ……あぎゃふっ!」
「その口、少し閉じてろ」

 顔面を叩き潰す勢いで拳を叩き入れ、シーナさんは怒りをあらわにします。

「な、なんてことをっ! 貴様、我らをなんだとっ」
「国家にとって邪魔でしかない犯罪者だこのアホウどもめっ!」

 反駁しようとした男の一人に、シーナさんは見事な後ろ回し蹴りを頭部に食らわせ、最後の一人を昏倒させます。ついでに、カツラも吹き飛ばしました。
 っていうか、カツラだったんですね。
 キラキラと室内の眩しいくらいの明かりを、男の人のぴかぴかな頭は反射していました。

しおり