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第二百二十二話

 ――明朝。
 ヅィルマの言った通り、アリスの連中はそそくさとアジトから出かけていった。見つからないように追跡していくと、町の一番上――丘に辿り着いた。

 どうやらここで取引が行われるようだ。

 この辺りは荒々しい岩場で、隠れる場所に事欠かない。朝日を浴びながら、俺はそわそわしている連中を背後から観察する。
 やはり大きい取引、らしく、かなり緊張している様子だ。無駄に周囲を気にしているので、思うように近寄れない。隠蔽魔法をかけているとはいえ、絶対ではない。

「そ、そろそろ時間だな」
「ああ、そうだな。得体のしれない連中に頭がもってかれて……ほとんど一からやり直して……やっとここまできた」
「ああ。俺たちの苦労が報われる時がきたっ……」

 おいおいと泣きながら一人が語り、一人がしみじみと頷く。
 なんだかとっても感動的なくだりではあるが、やってることが犯罪まっしぐらなので報われてはいけない努力である。騙されるな、俺。
 それにしても眠い。当然だ。ヅィルマと激闘を繰り広げた後、俺はすぐに反転して王都へ戻り、シーナへ報告、対策を簡単に協議してここまで戻ってきたのだ。一睡もしていない。
 出た結論はたった一つだ。
 取引は潰す。相手は、拿捕する。

 冷静に観察していると、気配が生まれた。

 やってきたのは、丘の向こうから。
 全員白装束に身を包んでいるが、かなりの胡散臭さと犯罪者臭が漂っている。それだけじゃない。連中の数は全員で二〇といったところだが、鎖で厳重に封印している檻には、バケモノが潜んでいる。
 魔力だけで分かる。あれは、合成獣キメラだ。

 なるほど。連中が魂を結合させる技術を研究している集団なのだろう。

「……アズマ」
「……ノース」

 黒いスーツの男と、代表と思しき白装束の男が歩み寄り、互いに言葉を交わす。合言葉だろう。
 まず黒いスーツの男が、手にしていた麻袋を手渡す。
 受け取った白装束は中身を検分し、近くに歩み寄ってきていた鑑定役だろう白装束に渡した。中身は言うまでもなく、麻薬だろう。

「……確かに」

 鑑定役の言葉を聞いて、代表らしき白装束は大きく頷いてから、あちらも麻袋を手渡す。
 今度は黒いスーツの男が中身を検分し、頷いた。
 あっちは大金と言ってたから、金貨か、それ以上の黒金貨か。

 どちらにせよ、現場はしっかりと見た。

「ふ。お互い良い取引だった」
「ああ、そうだな」

 二人が笑んだ、その瞬間だ。

「――《ベフィモナス》」

 俺は魔法を発動させ、大地をうねらせる! 裏技ミキシングで最大限効果を発揮させ、代表であろう二人をまず大地のツタで拘束する。
 言い換えれば岩の拘束だ。一般人に開放出来るはずがない。

「「なんだっ!?」」

 二人が驚愕したのと同時に、俺は次の魔法を放つ。

「《エアロ》」

 上から叩きつける強風。
 それは容赦なく黒いスーツ姿の数人を地面に叩きつけ、衝撃で意識を奪った。
 短い悲鳴を聞きながら、俺は飛び出してその倒れる連中を縫っていく。

「敵襲だっ!?」
「ちっ、アレンを解放しろ!」
「戦闘態勢だ!」

 白装束の連中が吼える。
 前衛役だろう何人かが偃月刀を構えて出てくる。構えからしてそれなりに鍛えている、という程度。俺からすれば相手にもならない。だが、もれなく殺さずに拘束しなければならない制約がある。
 後でこいつらは全員王都で厳しい尋問される運命だからな!

「《クリエイション・ブレード》」

 俺は岩から二本の剣を生み出す。切断能力は求めていない。ただ強度だけで良い。
 ずっしりと重みのある剣を握り、双剣の構えで突撃する。

「ボウガン兵、構え!」

 人で遮られた視界の奥で、誰かが叫んでいる。
 まったく、そういうのは手信号だけで送るもんだ。まだまだ訓練が足りていない。いや、実戦不足か。
 内心で蔑みながら、俺は偃月刀の連中に突っ込む。

「いやあっ!」

 リーチの長さを活かして、連中が先制攻撃を仕掛けてくる。その切っ先を縫うようにして俺は滑り込み、懐へ潜り込みながら剣を下からすくい上げて手首を叩き折る。

 ゴキ、と生々しい骨折音を響かせ、一人があっさりと武器を手放した。

 その刹那を狙って俺は回転、脇腹に剣を叩き込んで吹き飛ばす。
 更に回転した勢いを利用し、俺は横目で二人目にロックオン。回転終わりと同時に方向転換して正面から特攻。相手は慌てて反応するが、遅い!

 突きの構えを見せた刀を下からかいくぐって接近、相手の目の前で伸びあがるように跳びながら剣を振り下ろし、相手の手首をまた折る。さらにもう片方の剣で頭を殴り抜いた。

「な、なんだっ!?」
「早いっ! うぎゃっ!」

 頭を殴り抜いた相手の鎖骨辺りを足場に蹴り飛ばし、俺はもう一人に跳びかかり、双剣を振り下ろして両肩に叩きつける。聞くに堪えないような鈍い音。俺は相手の顔面を蹴ってその場でバク宙。
 残った最後に一人を睨みつける。

 俺がここまで派手に立ち回っているのは、もちろん理由がある。

「いやああああああっ!」

 全員が俺に集中した矢先、メイが物陰から飛び出して大剣を振るい、一撃で三人を殴り上げて空へ舞わせた。
 横手からの奇襲。蜂の巣をつつかれたように連中は恐慌を起こし、ボウガン兵が次々と薙ぎ払われていく。

 仕掛けてきたのが一人だからって、単独行動と思わないことだ。

 メイは次々と鞘付きの大剣で殴り飛ばしては殴り飛ばし、一〇人近い白装束を沈黙させた。
 これで残るは、奴等の切り札だけだ。

「ア、アレンッ!」

 がちゃ、と、鎖が解かれ、檻が解放される。 
 のっそりと姿を見せたのは、首に重そうな首輪をつけられた、薄汚い獣人だった。よっぽど酷い虐待でも受けていたのだろうか、全身の毛に血がこびりついている。

 ――否。

 あれは、ツギハギだ。
 何人もの、下手したら二桁もの獣人がツギハギされているんじゃないか?

 ぞ、と俺は背筋に戦慄を走らせて悟った。
 まさか、肉体を強制的にツギハギさせて、生み出したってのか……!? 胸クソの悪い!

「グ、ル、グルルルルルゥゥゥゥアアアアアアッ!」

 吼える。血が飛び散る。
 結合も不完全なのだろうか。魔力からして悲鳴を上げているのを感じる。

「なんてことを……てめぇらっ!」

 俺が声に魔力を乗せて怒号を上げると、檻の近くにいた数人が竦みあがる。

「は、ははっ! これは犠牲だ、必要犠牲なんだよ! 我らが組織のためにな!」
「いきなりトチ狂ったことほざいてんじゃねぇぞ!」
「ぎゃあっ!」

 俺が投げつけた剣は、過たず男の顔面に激突し、撃沈させる。

「はっ、何を怒っているのか。獣人など人に非ず。何をどうしようが問題なかろうに!」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ! 獣人たちは主権国家を持ってるんだぞ! 人だ!」
「お気楽思考だな。奴等の野蛮な思考も知らずに……おい、アレン、やれ」

 一人が臆することなく(それだけあのアレンという改造された獣人に自信があるのか)俺に言い返し、アレンに指示を下す。
 嫌がるようなそぶりを見せながらも、アレンは咆哮を上げ、俺と対峙した。

「が、がが、が……殺せ、殺してくれ、痛い、熱い、辛い、ニクイ、クルシイ……」

 口から血の泡を吹きながら、アレンは訴えてくる。切実に。左右で違う顔で、泣きながら。
 もう己という姿の原型を留めていないからか、動きはぎこちなく、それを強引に動かしてくる。ただ殺傷能力だけを求められた爪、牙。肉体。
 その全てが、俺には痛かった。

「お前っ……」
「カゾク、ナカマ、コドモ……タスケ、テ……」

 ドン、と、岩の地面を砕いてアレンが飛び出してくる。
 その加速はすさまじく、同時に筋肉が悲鳴を上げているようにも思えた。
 俺は応じるように地面を蹴り、上から叩きつけてくるような爪を剣で受け止める。ズシン、と重い一撃。踏ん張ると地面が割れ、膝が僅かに曲がる。

「話せ。どういうことだ」
「俺の……集落……襲って……俺、実験台になる代わり……カゾク、コドモ、ナカマ……助けて、もらう、ヤクソク」

 瞬間的に、俺は頭に血が昇ったのを自覚した。
 つまりコイツらは獣人の村を襲い、捕まえて助命懇願させて、良いようにしてたってことか!

「わかる……俺に、つけられたの、死んだ、ナカマ」

 ぼとり、と、大粒の涙が落ちてくる。

「でも、俺、タエル……実験で……俺……シンダラ……別のナカマ……犠牲に……ナル」
「もういい、喋るな」

 耐えられなくなって、俺は口を挟んだ。

「でも、俺がお前を倒して、俺が組織を潰したら、みんな助かる。そう思ってるんだな? そうして、欲しいんだな?」

 アレンは黙って頷く。それが、悲しい。
 俺はぐっと唇を噛んで、アレンの爪を弾き飛ばした。

「分かった。任せろ」

 アレンがまた打ちかかってくるが、俺はステータス任せに弾き飛ばす。こうする方が、アレンに対して行ったことが、いかに愚かなことか分かるからだ。

「ッガッ……!」
「せめて安らかに眠れ……──《ヴォルフ・ヤクト》」

 俺は魔法道具を発動させ、背中に忍ばせていたアストラル結晶の刃を展開し、アレンを囲う。

「《フレアアロー》」

 魔力が伝播し、四方から炎の矢が放たれ、アレンは一瞬で蒸発した。
 魂は合成されていないので復活はない。
 死体もないが、アレンはそれを望んでいたのだと思う。もう、どこが自分でどこが誰なのか分からないくらい、ツギハギだったからな。

 これで残ったのは、数人。

 明確な敵意をもって睨むと、連中は引き付けを起こして黙る。
 さぁ、こいつらを捕獲してとっとと終わらせるか。

「お兄ちゃん」

 一歩踏み出したタイミングで声をかけてきたのは、ルナリーだった。オルカナを抱きながら、ゆっくりと歩いてくる。

「このひとたち、幸せうばうひと」

 無感動な調子で言いつつ、ルナリーは密かに怒りをたたえている様子だった。
 どこか抗いがたい調子があって、俺は黙って続きを促す。

「……てき」
「倒すのは良いけど、殺すなよ」
「ぜんしょする」
「どこでそんな政治家的な答弁を覚えた。いや、でも本当に殺すなよ。大事な証言者だ」

 敢えて含みを持たせて言うと、ルナリーは頷いてから前に出る。

「ガキ……?」
「おねがい、オルカナ」

 相手が訝るように眉根を寄せた瞬間、ルナリーの足元──影から黒い手が何本も出現する。

「「げぇっ!?」」

 驚いた瞬間、黒い手は容赦なく伸び、巨大化しながら即座に相手を拘束した。今にも握り潰しそうな勢いだが、一応手加減はされているらしい。
 まぁ、カエルが潰れたような声が出たけど。

「あなたたち、幸せ、食べるわけじゃないのに、どうして幸せをうばうの」
「っが……ぐ、ぎぎっ……」

 黒い手によって白装束どもは鷲掴みにされ、締め上げれる。

「ゆるさない、よ?」
「や、めっ……がっ……!」

 ミシミシと音が鳴る。いよいよ骨が限界を迎えようかというレベルで、黒い手はただ連中を握る。

「お兄ちゃんがいうから、たおさない。でも……──」

 ぞわ、と、ルナリーの全身から黒いオーラが出る。
 そのおぞましい敵意をぶつけられ、白装束はあっさりと泡をふいて気絶した。あ、あれ、漏らしたな。

「次やったら、ゆるさない」

 言い残すように言葉を紡いで、ルナリーは連中を解放した。
 どさどさと地面に落ちた連中を見て、俺はため息をつく。

「ご主人さま」

 どこかへいっていたメイが、ずるずると数人の白装束を引き摺ってくる。なるほど、見張りというか、伝令役か。何かあった時に備えていたのだろう。
 メイはしっかりと見付けて捕獲してきてくれたようだ。

 同時に俺は悟っていた。
 これは、スピード勝負になるな。この白装束の組織は、かなり警戒心が強い。おそらく、時間までに戻ってこなかったら何らかのアクションを起こすだろう。
 そうなったら、遅い。

「ポチ、とりあえずアイツとアイツ、んでそいつ……だな」

 俺が選んだのは、取引の時、先頭に立っていたヤツと、アレンに命令していた奴、そしてメイが連れてきた伝令役だろう白装束。
 ポチは一度だけ頷くと、稲妻を迸らせ、連中を撃って強制的に目を醒まさせる。

「うぐっ……! な、なんだ……」
「単刀直入に訊く」

 痛みと痺れで目を醒ましたはずの連中に向け、俺は冷たく言う。しっかり魔力を放って威圧を出すのも忘れない。

「お前らのアジトの場所を吐け。素直に言えば、痛みは楽だぞ」
「はっ、そんなちゃちい脅しで俺が屈するとでも思っ」
「《アイシクルエッジ》」
「たはああああああああっ!?」

 言い終わるより早く、俺は魔法を放ち、白装束の下半身を凍り漬けにした。放っておけばそのまま酷い凍傷になるだろう。
 俺はゆっくりと接近する。
 小さい悲鳴が上がるが、無視してダガーを抜いた。

「立場弁えてくれたら嬉しいな。俺はこういうの実は苦手でさ。手加減とかあまり分からないんだよ」
「なっ、な……!?」
「でもまぁ、良いよな」

 俺は笑顔でダガーの切っ先を相手の首に引っ付ける。

「あんた、死んでも代わりいるもんな?」
「あ、あひいいいいいいいっ!?」
「じゃあとっとと吐け。アジトの場所はどこだ」

 涙を流しながら情けなく叫ぶ白装束に、俺は容赦なく言う。

「ご、ゴルド、ゴルドの丘だっ!」
「もっと詳しく」

 詰問しつつ、俺は他の白装束の反応を見る。

「ゴルドの丘の中腹部、セドリーの谷間!」

 叫んだと同時に、周囲の白装束がピクリと反応する。
 ──……なるほど、この期に及んで嘘か。
 俺は鋭く目を細める。

「俺、嘘は嫌いなんだ」
「はひっ!?」
「《ベフィモナス》」

 魔法が発動し、地面の岩が卵状に白装束の一人を包みこんだ。

「え、ちょ、な、なに、なににっ!? あひっ、ひひっ、ぎゃああああああああ────っ!?」

 たちまちにあがる悲鳴に、残った二人が縮みあがる。
 その長すぎる悲鳴がようやく沈黙を迎えた頃、二人の顔面は完全に凍りついていた。
 奴等からすれば、苦しみを与えられて殺されたと思ってるんだろう。だからもう少し脅しておくか。

「次はあんたらなんだけど……ああ、無理して答えなくても良いよ、もし嘘だったら同じ目に遭わせれば良いだけだし」

 それに、と俺は一拍おく。

「まだまだたくさんいるしな?」
「「ひ、ひいいいいいいい────────っ!?」」

 その飛びっきりの笑顔は、残りの二人の悲鳴を呼び込んだ。
 そしてあっさりと二人はアジトの場所を吐いた。

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