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第4話

……ザザザーンッ!

波の音が響く。
「……ひとの声がしませんね」
と、成行(しげゆき)。これだけ広いのにひとの気配がまったくなかった。
「上の階にみんないます。夏目くんと正岡くん、でしたか……ふたりも」
林太郎はマスク越しにモゴモゴと答える––––と、
「ウッギャァァァァァァァァァァァ!」
階上から絶叫が届いた。

「「……!」」
成行と林太郎は顔を見合わせ、そのまま後ろに立つ元次郎(もとじろう)へ視線を流す。
「……」
彼はしばらく無言のまま天井を見ていた。そして腰の剣を押さえ、駆け出す。
成行と林太郎も続く。
三人は廊下を走り、階段を駆けあがる。
「どうしたッ!」
悲鳴がした部屋を突き止め、元次郎は叫けぶ。九州なまりの野太い声であった。

「……え?」
高さも幅もある元次郎の背中から顔を出した成行は驚いた。
白い病衣姿の金之助(きんのすけ)(のぼる)が殴りあっていた。
義姉(ねえ)さんと、義姉さんとォォォォォォ!」
「うるせぇ、俺の、俺の、俺の楽園(パラダイス)をォォォォォォ!」
そしていままさに互いの(パンチ)が同時に相手の頬を打つ。
「……これから」
「いいところだったのに!」
おのれの頰に右拳を突きこまれたまま、相手の頰に右腕をつき刺したまま金之助と升は、渾身の一撃を相手に叩きこむべく、同時に左手を放つ。

––––パンッ! パンッ!

しかし、ふたりの正拳は途中で(さえぎ)られた。
金之助と升の間に立った、ひとりの看護婦が左右の(てのひら)で受け止めたのだ。
「はいはい、そこまで」
三十代ぐらいのその看護婦は、二十代のふたりの拳をとらえると流れる動作で手首をつかんで吊るしあげる。
「……くっ!」
「いたたたたたっ!」
金之助と升は苦鳴(くめい)する。
「どんな夢を見ていたか知らないけど起きたら静かにしてね、ここ病室だから」
看護婦は両の手を離す。
「……ッ!」
「たたたたた、なんだよ!」
青年ふたりは解放された己の腕をさする。
「ずいぶん、いい夢を見たようで」
目も口も大きな看護婦は腰に手をあて「がっはっはっは」と快活(かいかつ)に笑う。

––––と、その部屋のあちらこちら鈴の()のような笑い声があがった。
 
その部屋には十を超えるベッドが並んでいる。そこに下は十歳、上は十五、六歳の子どもたちがのっていた。みな上半身を起こして声をあげて笑う。
「ま、ふたりでひとつのベッドにしたのが悪かったかね。あんたたち、ずっと抱きあってたからさ」
看護婦はカラカラ大笑する。病室の子どもたちも弾けるように笑い声をあげた。

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