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第二百二十一話

 景色が風になる。
 その中で、俺は七本の刃の全てを繰り出した。左右から叩きつけるように、下から抉るように、上から強襲を仕掛けるように。
 だが、合わせてヅィルマもダガーと手首の剣を持って迎撃する。

 重なる鈍い金属音。

 予測していた俺はすぐに新しいイメージを叩き込み、波状攻撃を仕掛ける。更にハンドガンを撃ち、最接近を拒んだ。

『ちっ』

 舌打ちし、ヅィルマは腕で弾丸を次々と弾きながら、僅かに下がった。
 出来た僅かな隙間。
 俺は即座に地面を踏み抜いた。

「《ベフィモナス》っ!」

 大地に魔力が干渉し、地面を大きくうねらせ、次々と大小様々な槍が出現する。即座に悟ったヅィルマは、大きくバックステップした。
 刹那を狙い、槍衾の狭間を縫って刃がヅィルマを足元から狙う!
 俺は注意を逸らすために軽く跳躍し、ハンドガンで狙い撃つ。

『姑息な搦め手を使えるようになった!』

 評しながら、ヅィルマは全身から赤黒い炎を生み出すと、蠢く盾を形成、弾丸の全てを受け止め、さらにダガーを幾つも生み出して俺の繰り出す刃を迎撃した。
 同時に、空いている腕を拡張させ、まるでクレーンのように伸ばしてくる。

 防御しつつ反撃か!

 本当に能力を容赦なく使ってくる!
 さっきまで嫌がっていたはずなのに、俺に嘘がバレて矜持プライドを捨てたか。いや、そんなものを振りかざす必要がなくなったんだ。俺と、決着をつけたいために。

 俺は上から覆うように襲ってくる腕をハンドガンで撃ち抜き、次の魔法を仕掛ける。
 さっきからヅィルマの瘴気が膨れ上がって仕方がない。いずれ瘴気だけで攻撃してくるだろう。

『俺の腕はまだあるぞ!』

 ズタボロになった腕を引き上げつつ、ヅィルマは次の腕を繰り出してくる。今後はクモの脚のように細長い。それだけに貫通力は高く、障害物と化していた土の槍をボコボコと貫いてやってくる。

 言い換えれば軌道が分かりやすいのだが、明らかに罠臭い。

 裏の裏をかいて、ということも考えられるが、直感が否定してる。
 俺は視野を広く持ちながら、ダガーを回収して迎撃に向かわせる。呼応するように、ズタボロにさせた腕が急速再生、黒い炎を纏いながら接近してきた。

 たぶん、これもブラフ。

 俺は魔力の流れを強く感知して判断する。
 呪文を唱えながら、俺はまた迫りくる腕にハンドガンを向けて連射した。
 風と氷の弾丸が炸裂し、炎を纏う腕を蜂の巣に。
 息つく暇はない。

『はっはっはぁ──っ!』

 ヅィルマは地面を踏み抜き、その場から瘴気を溢れさせて腐らせ、どろどろとした炎を生み出していく。
 記憶がフラッシュバックする。
 これを喰らったらマズい!

「《クリア・フィール》っ!」

 気合いで間に合わせた魔法を発動させ、俺は周囲を浄化させる。光の波紋が、瘴気の全てを打ち消していく。
 これで条件は整った。
 すかさず俺は魔力を吸い込むように集め、放つ。

「《クリエイション・ブレード・フォルテシモ》!」
『がはっ!?』

 壮麗たる白の大樹を模した剣が出現し、ヅィルマを貫く!
 いっそ冷たささえ感じる白の中、剣はその身から更に枝葉となる剣を生やし、ヅィルマを襲う。

『やってくれるっ!』

 その僅か前、ヅィルマは怨嗟を吼えながら、上半身を自ら切り離して剣の攻撃を回避した。
 ムチャクチャだな! 相変わらずコイツは!
 苦痛の声と内臓と血を撒き散らしながら、ヅィルマは急速に再生も開始して迫ってくる。まるで蜘蛛のように手で這いながら。

「《フレアアロー》!」

 そこへ素早く火矢を射ち放つ。
 ぢゅっ! と激しい蒸発音を立てて、ヅィルマの顔面が溶ける。だが、再生がすぐに始まった。

 ──やっぱり魂をなんとかしないと!

 俺はバックステップで距離を取りながら判断する。
 これだけ浄化したのだから、魂を繋ぎ止めている瘴気は消し飛んでいるはずだ。それなのに維持されているってことは、ヅィルマ自身の制御能力で魂を一つにしているのか。
 だとしたら厄介この上ない。

「ポチ!」
『あい分かった』

 俺の呼び掛けに、ポチが素早く反応して跳んでくる。
 素早く俺はポチと同調する。

「──《天吼狼(ヴォルフ・エドガー)》!」

 全身に雷が迸り、視界がクリアになる中で、俺はやや回り込むようにしてヅィルマへ迫る。
 相手が身構えた瞬間を狙って、俺は加速する。

『!』

 一瞬で肉薄し、俺はヅィルマの胸目がけて拳を突き出す。放つのは――

「《神破》っ!」

 がりがりとスタミナが削られ、目眩がやってくる。同時に局所集中された一撃が炸裂し、ヅィルマの胴体のほとんどを消し飛ばす。だが、その場から再生が始まった。
 空白の衝撃音が響く中で俺は魔力を直接ヅィルマの魔力経絡に流し込む。俺が出せる最大出力で。身体を吹き飛ばされたことで抵抗力の失った魔力経絡は、あっさりと俺の魔力の侵入を許し。ズタズタに切り裂かれていく。

『あっがああああああああっ!?』

 当然のようにあがる悲鳴。俺はそれを無視して、更に魔力を迸らせる。

「見つけた。これで、魂を結合させてるのか!」

 俺は更に魔力を流し込み、大量の魂を結合させている核――魔石を砕いた。
 瞬間だった。
 魂の拡散が始まり、急激にヅィルマが弱体化していく。これで、勝敗は決した。

『は、ははっ……!』
「ヅィルマ。話せ」

 よたよたと数歩ふらついて、ヅィルマは膝から崩れ落ちる。魔力の漏出は止まらない。ヅィルマはなんとか魔力をかき集めているが、魂そのものが拡散しているせいで、うまくいっていない。
 ヅィルマは、もう助からない。

『……くく、良いだろう。俺が目覚めたのは、クァッドブルーという町だ』

 クァッドブルー?
 確か、王国の南東、獣人の国に程近い、辺境の町だったはずだ。アルクールという領主が統治している地域でもある。王国でも特に穏やかで、治安が優れているはずだ。
 そんなこところで、ヅィルマが?

『俺は俺を生んだ主の顔さえ知らない。ただ、予め植え付けられた記憶だけが俺の使命だった』
「……記憶?」
『一つ。復讐を果たせ。一つ。アリスという組織の護衛を果たせ。一つ。報せが来たら集合せよ』

 俺は訝しんだ。
 復讐? 報せ? どういうことだ。

『俺にとって、復讐の相手は、お前さんだからな』
「しれっと怖いコト言ってくれんな」
『言わせろ。実際、アリスの護衛をしていたらお前さんが現れたんだからな。そして、残りの一つは良く分からん。もしかしたら、俺を戦力として使えるかどうかを見極めていたのかもしれんしな』

 ヅィルマの言葉は、一応納得の行くものではある。
 だが、何かがひっかかる。

『ああ、そうだ。良いことを押しえてやろう。アリスは明朝、大きな取引を行うようだ』
「大きな取引?」
『そうだ。もしそれに成功したのであれば、潤沢な資金を手にし、より大々的に動けるようになる、と、ボスが豪語していたぞ』

 ここまでペラペラ話すあたり、ヅィルマは組織に何一つ思い入れがないようだ。いや、まぁ元からそんなヤツだけど、こいつ。
 ともあれ、この情報は大きい。

「潤沢な資金?」
『麻薬さ。人を壊し、意のままに操る。それは記憶や魔力経絡にさえ至り、例えばうだつの上がらない、そこらの有象無象どもでさえ、脅威的な怪物に仕上げることも可能な麻薬』
「それって……」
『魔物に施す狂気薬とは次元が違う。あれは知能指数の低い魔物にしか効果がないからな。それに肉体的タガを外す程度の効果はあるが、能力そのものを上昇させるものでもない』

 俺がまさに言おうとしたことを、ヅィルマは羅列して否定した。
 俺は背筋が凍るのを今まさに感じた。

 まさか、今、出回ろうとしている麻薬は、この世界のシステムそのものを根底から覆す?

『さすがに麻薬だけではレアリティの壁はぶち破れないが――これまでの技術を結集すれば、それもまた可能になるのかもな』

 ヅィルマは嬉しそうに嗤う。

『そうなれば、世界は未曽有の危機に至る。一時はそれで構わないのかもな? うまく行けば、魔族を撃ち滅ぼせる。だが――その後に待っているのは、人と人とが殺し合う、無尽蔵の殺戮劇だ』

 ぞっと真っ黒な言葉をぶつけられて、俺は表情を険しくさせた。

『くっくっく、残念だ。そんな世界に生き残れないことを。だが、同時に嬉しくもあるな?』
「何?」
『そんな壊れゆく世界で、光たるお前さんはどうやって生き残るのか……くっく』
「ヅィルマ……」
『さぁ、そろそろ殺せ。俺はもう残りッカスでいるのは嫌なんだ。もう、終わりにしてくれ』
「……分かった」

 俺は《クリエイション・ブレード》で一振りの剣を生み出す。

「けどな、ヅィルマ」

 俺は剣を構えて言う。

「そんな世界にはさせねぇよ。そんな世界になったら、俺は田舎で隠遁生活出来ないからな」
『くっく、かっかっか! 面白い、面白い! だったらやってみせろ! この腐敗していく世界で!』
「上等だ。――《神撃》」

 一瞬の加速。斬撃。
 それは、ヅィルマを過たず両断し、あっという間に焦がし尽くした。断末魔はない。代わりに、不気味なくらいに乾いた哄笑だけが、嫌に耳へ残された。

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