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第二百十八話

「も、燃えてる―――――――――っ!?」

 俺はたまらず叫んでいた。
 以前にもあった。あの時は幻影だったけど。だが、今回は違う。しっかりギャラリーもいるし、何より消火作業に勤しんでいる魔法使いたちもいる。

 そう、燃えている。間違いなく、燃えている!

 って待てまだ本格的に暮らしてない新居だぞ! なんでいきなり燃えてんの!? 家財搬入さえまだですよ!? とりあえず倉庫に運び出しただけだったんだぞ――――っ!

 完全に混乱していると、裾が掴まれた。メイだ。

「ご、ご主人さまっ」
「消火は手伝わない方がいい。あれは結構特殊な魔法だから」

 狼狽するメイの目線だけで察した俺は、辛うじて自制心をかき集めて制止する。
 と、とにかく今は被害の確認だ。
 俺は記憶を手繰り寄せて新居の状態を確認する。賃貸契約はもう済ませてあって、来月分までの家賃も支払ってある。家財道具はほとんど倉庫に預けてあって、搬入作業はまだだから、そっちの被害はない。ただ、キッチンやトイレといった水回りはしっかりとリフォームはした……。

 あれ、結構な金額損害出てるぞ!?

 リフォームは全額俺持ちだ。バカにできない金額をかけてある。それが、一回も使えないうちにパーかよ!?

 愕然としていると、後ろから気配が生まれた。
 振り返ると、そこには明らかに異様な雰囲気を纏った男が一人。ふらり、と揺らいだ瞬間、いきなり指を差して高笑いを上げた。

「あはははははあ、ははは、あははははははああああはっはっはは!!」

 その笑いは、明らかに奇声だった。
 まるで壊れた人形のように叫びまくり、男は涙さえ流す。その異常さに人ごみが逃げ、代わりに警備でやってきた騎士たちが駆け付けて抑え込んだ。

「燃えろ、燃えろ! もっと燃えろ! 全部燃えろ! ひゃはあっひゃはっ、ひゃひゃひゃひゃっ!」

 二人がかりで腕を抑え込まれ、地面に叩きつけられたにも関わらず、男は笑うのを止めない。
 いや、やめられないのか?
 疑問に思いつつ、俺は《ソウル・ソナー》を撃った。返って来た反応は、ズタズタにされた魔力経絡だった。異常なまでの魔力で全身をかき乱されたかのようだ。
 こんなに酷い荒らされ方をしたら、精神をまともに保っていられるはずがない。

「いい加減に、黙れ!」
「お前が放火の犯人か!」

 抑え込み、背中に乗りかかりながら騎士たちが詰問する。

「あはははあはっ! そうだ、そうだよ! 燃やした、俺が燃やした! きれいだろう、あの炎きれいだろう、きれいだろうっ!! あっひゃはあああはやはひゃひゃひゃっ!」
「こいつ、どうかしてやがる!」
「くそ、暴れるな!」

 騎士はさらに力を入れているようだが、男が暴れ、背中を反らせるたびに何度もフルプレートの騎士が弾かれそうになっている。タガが完全に外れているせいだろう。
 ともあれ、完全に振りほどくことは出来ないだろうから放っておいて構わない。

 問題は、どうしてこんな精神が逝ったヤツが火を放ったのか、である。

 取り調べは後で行われるだろうが、おおよそまともな情報は出てこないだろうからな。
 俺はため息を漏らしながら考えを巡らせる。

 考えられるのは二つだ。
 誰かが何かの目的でもって、狂わせた男に放火をさせた。これはアシが付きにくいように、だ。
 もう一つは、本当にこの男がおかしくなって放火した、だが――。

「これで何件目だ……?」
「わかんねぇけど、とうとうこの地区にも出たか……」
「冒険者たちも調査に出てるらしいが」
「あんなおかしくなった奴等からじゃあ、無理だろ」

 口々にひそひそと話をする野次馬からの情報で、俺は前者だと断定する。
 願わくば、俺に無関係なことでありますように。ではある。

「グラナダ殿!」

 声はまた後ろからかけられて、つまりそれは火事の方角からだ。振り返ると、そこにはシーナがいた。

「シーナ!」
「久しいな。ここにいる、ということは、野次馬……じゃあなさそうだな?」
「ああ。燃えてるの、あれ、俺の家だ」
「! なんと……これはまた、大変なことになったな」

 ようやく火の勢いが弱くなった家を指さして言うと、シーナは沈痛の表情を浮かべてくれた。
 こうして素直に同情してくれる辺り、篤実さを感じる。
 おそらく、火事と聞いて現場の指揮のために駆け付けてきたのだろう。シーナは近衛騎士だから、騎士を統率する立場だからな。

「ちょっと王都から離れてる間に、何があったんだ。いったい」

 俺が離れていたのはほんの数日である。

「うむ。ここ最近、王都で放火事件が立て続けに起こっていてな。実行犯はそのたびに確保しているのだが、その、誰もがあんな感じでな。情報らしい情報が手に入れられないんだ」
「まぁそこは察した」
「話が早くて助かる。そのせいで、騎士団の警備を強化していたんだが、何分突拍子もなく来るのでな」

 困り顔でシーナは三つ編みの髪を触る。かなり悔しそうである。

「じゃあ、実質捜査は何も進展してないってことか?」
「いや……極秘情報ではあるのだが、どうも組織が関わっているようなんだ」
「組織?」
「ああ。覚えているか、以前、君が検挙した犯罪組織の……」

 促されて、思い出す。そうだ。限界突破するために奔走した時だ。ほとんど勢いで組織の頭を捕まえたんだった。結果、組織は壊滅的ダメージを受け、今じゃ風前の灯火だとか。
 っていうか、相変わらず極秘情報とか言いながらペラペラ話してくれるな、この人は。

「覚えてるぞ」
「その組織が関係しているようなんだ。中々尻尾が捕まえられないんだがな」
「ってことは、捜査線上にはあがってるけど、決定的な何かは捕まえてないってことか?」

 俺の確認に、シーナが頷く。

「グラナダ殿。ここでこういうことになったのも何かの縁だ。操作に協力してくれないか?」
「えっ」
「もちろん報酬はあるぞ」

 力の限り嫌そうな顔をして拒否を口にしようとした瞬間、シーナのインターセプトが入って来た。
 ぬう。やる。

「君たちは今住む場所がないのだろう? だったらそれを提供しようじゃないか」

 しかもここにきて、足元まで見れる交渉力まで身に着けたか! やるなシーナ!
 内心で褒めつつ、俺は唸る。
 正直に言って、この条件は今の俺たちにとってはこれ以上とない申し出である。裏を返せば、それだけ依頼の難易度が高いことを意味しているのだが、そこはシーナである。そこまでではないだろう。
 俺はちらりとメイを見る。メイはただ頷く。次いでルナリーを見ると、ただじっと見つめてくるだけだ。反論は出ないな。よし。

「分かった。それで良いなら、協力するよ」
「おお、そうか! それは助かる!」

 シーナは手を叩いて喜んだ。

「よし、それじゃあ依頼を出さねばなるまい。ここをすぐに消火して収拾を図るから、少しだけ待っていてくれ」
「分かった」

 腕をぶんぶん振り回してシーナは火事の現場へ向かうのを、俺は見送った。
 おそらく、騎士団からの依頼という形で、俺に依頼がやってくるのだろう。騎士団の警備に穴があいた時、冒険者に指名して依頼を行う、ということも良くあるので、別に目立つことじゃあない。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それから、俺たちは城へ招かれた。
 シーナは近衛騎士でもあるが、王族でもあるからだ。それに俺は国賓の証持ってるし。城の中なら秘匿性も高いので、話し合うにはうってつけってことでもある。

「それで、潰れかけの組織が関わってるって、なんで捜査線上に浮かんだんだよ?」

 案内された小さな会議室に入るなり、俺は口火を切った。

「うむ。それがな……」

 シーナは懐から小さな袋を取り出すと、テーブルに中身を出した。
 こぼれて来たのは、赤い粉末だ。見るからに怪しい。

「これは?」
「簡単に言えば、麻薬だな。強い幻覚、精神錯乱の作用がある」

 この世界にもあるのか、麻薬。いやまぁ、あって当然かもだけど。

「この麻薬を裏でこそこそ流しているのが、例の組織らしい。巧妙にやっているようで、噂をようやく聞きかじれる程度ではあるのだがな」
「なるほど、それであのおかしくなった放火犯、か」

 俺の言葉に、シーナは頷く。

「ということで、だ。申し訳ないんだが、潜入捜査をしてもらえないだろうか。君なら顔バレしていないだろう?」

 そうか。当時の連中は全員拿捕されてるし、俺の存在そのものはそこまで目立つものじゃあないしな。
 特に、今年の新人冒険者はフィリオたちが有名で、俺なんて誰も覚えられていないだろう。

「分かった。そういうことなら。けど、報酬のことなんだけど」
「ああ、分かっている。前払いにさせてもらう。もう家の手配はかけているから。数日間はかかるだろうから、それまでは宿を手配しよう。費用はこちらが持つ」
「助かる」

 俺が訊きたいことを全部一度に言ってくれて、俺は安堵した。

 さてさて。
 俺は意識を切り替える。
 人様の新居を燃やしてくれる原因になったんだ。キッチリとオトシマエはつけないとな。
 俺は内心で怒りを燃やしていた。

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