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第二百十四話

 マデ・ツラックーコス。
 それは肉として最高級の代物でありながら、強力過ぎる特性から上級の魔物に認定されている存在。群れる習性があり、時として大群になる。
 そうなったら厄介この上なく、町なんてひとつくらい簡単に更地へ変えてしまうだろう。だから、緊急クエストが発生してもなんら不思議はない。

「けど、このタイミングで来るか!? ひどい偶然だな!」

 俺は愚痴を声に乗せる。
 ある意味チャンスではある。マデ・ツラックーコスの肉なら間違いなくこのウサギを連れ出せるだろう。しかし、いくらなんでも、である。

「いえ、偶然じゃあありませんわ」

 緊迫感の強い声で言ったのは、少女だ。表情にも強い緊張が浮かんでいる。

「たぶん、キキーラティアナンダマラちゃんが狙われてるんです」
「すっごいどーでも良いけどよく噛まないな?」
「ホントにすっごいどーでも良いことですね!?」

 すかさずツッコミが飛んでくる。

「そんなことで話の腰を折らないでください! とにかく今すぐクィンプオウラティエラーナちゃんを保護しないと!」
「どういうことだ?」
『マデ・ツラックーコスの主食は一角ウサギであるぞ』

 怪訝になって訊くと、ポチが答えてくれた。
 あ、なるほど。そういうことか。
 あれだけ巨大化しても、一角ウサギは一角ウサギ。マデ・ツラックーコスからすれば餌なのか。
 ちらりと見ると、ウサギは確かに怯えているようだ。まぁ、あの大群に加えて、マデ・ツラックーコスには上級魔法でさえ通用しないからな。それでいて分厚い皮膚と脂肪は物理攻撃を吸収する。弱点は喉しかないという鬼畜っぷりだ。
 ハッキリと言って、ほとんどの魔物は歯も立たないだろううな。

「まぁつまり、このウサギは狙われていて、それでマデ・ツラックーコスがやってきてるってことか。ってことは、このウサギを犠牲にすれば解決するんじゃ?」
「そんなこと許しませんよっ!?」
「んなこと言われても、このウサギも町にとって十分な脅威なんだぞ?」

 というか、実際、旧市街破壊しまくってるしな。
 人が住んでたら大損害だぞ。
 咎めの視線も含めて送るが、当然少女が聞く耳など持つはずがない。むしろ俺につかみかかる勢いで迫って来た。

「そんなことありません。ケセラッティラプープルルスちゃんは無害です! ちょっと身体が大きくてやんちゃで良く家出してラランタールを半壊させちゃったりもしましたけど!」
「それ、立派に災害」
「そんな正論耳にしませんっ!」
「正論って理解してんじゃねぇかっ!」
「今はそんなこと言ってる場合じゃありませんっ! コヴレウェイガンナちゃんは怯えてしまうともう動きません! もしそうなったら、直線状の町は……!」

 ひとたまりもないってことか。
 俺はおもわず唸る。さすがにそれは頂けないし、俺たちだけじゃあこのウサギを動かすのは無理だ。
 ってことは、迎撃するしかないってことか。宿場町は俺たち冒険者にとって重要な場所だ。無益に壊させるワケにはいかない。

「どうしますか、ご主人さま?」
「マデ・ツラックーコスの迎撃は緊急クエストだ。俺たちが請け負っても問題はない」

 獲得ポイント関係ないからな、緊急クエストは。

「仕方ない。迎撃する」

 相手はあのマデ・ツラックーコスだ。本気で挑まないとヤバい。何せ相手は上級魔法さえ拒絶する上に、弱点以外の部位は物理攻撃さえ弾き、挙句防御力貫通まで持っているのだ。
 故にその突進力はとてつもない。
 問答無用で上級危険指定の魔物であり、冒険者たちでも手練れでもなければ戦えない。

「とにかく相手の進軍ルートを何とかしないとな。行くぞ」

 俺が言うと、全員が頷いた。
 さっさと町の外へ出ると、まだ冒険者たちは布陣していなかった。おそらくまだミーティングしているんだろうな。
 その間にさっさと終わらせるとするか。

「さて、と。やりますか」

 俺はコキコキと首を鳴らし、魔力を高める。今日は比較的調子が良いからな。全力出せるぞ。
 手早く魔法道具に魔力を流し込んで発動させる。

「《ヴォルフ・ヤクト》」

 俺を中心として、一定範囲内に魔力が濃厚に宿る。俺はその範囲限界いっぱいまで、地面に魔力を注ぎ込んで魔法陣を刻み込んだ。

「《クリエイション・ダガー》」

 ぼこり、と地面が泡だつように膨らみ、次々と大小様々なダガーを生み出す。これでいい。このダガーに切れ味も何も期待してないからな。ただ一度だけ、魔力を伝播出来ればいいんだ。
 俺は大量に生まれたダガーに、魔力を宿らせていく。

「《ベフィモナス》」

 魔力が一気に持っていかれる。一瞬だけ目眩がするが、何とか耐えてダガーに魔法を与えた。
 よし、これで、いける!
 俺は即座に魔法を放つ。

「《エアロ》っ!」

 轟、と足元で暴風が放たれ、ダガーが飛ばされていく。もちろんただ飛ばしただけじゃない。ちゃんと狙いはつけてある。
 飛ばしたダガーは次々と地面に突き刺さり、魔法を発動させる。
 爆発的に地面が膨れ上がり、生まれたのは分厚い土の壁だった。

「これはっ……!?」

 背後で少女の驚愕する声が聞こえた。
 まぁ、そりゃそうだわな。傍から見れば、いきなり広範囲に壁が生まれたように見えるんだから。
 これぞ、一夜城ならぬ、即席壁だ!
 とはいえマデ・ツラックーコスの破壊力の前ではそう何度も耐えられないが、重要なのは相手に嫌だと思わせることだ。それにちゃんと進軍ルートも作っている。それは、あのウサギへのルートだ。

 こうすれば、簡単につられてくれるはず。

 俺は疲労に一息つきつつ、意識を集中させる。まだやることはあるからな。

「こんな魔法、見たこともありませんよっ……!?」
「当然です。これはご主人さまのオリジナル魔法ですからね」
「オリジナル!?」

 この異世界でオリジナルの魔法を開発するのは相当に大変だ。何せオーパーツである魔法陣を解析して組み立てていく必要があるからな。

「はい。ご主人さまですから」
「なんだかすっごい便利にその単語使ってるようなんだけど!?」
「だってご主人さまですもの」
「なんだろう、色々とご主人さまって言葉がゲシュタルト崩壊起こしそうだわ」

 頭痛でも覚えたか、沈んだ表情で頭を撫で、少女は項垂れた。

「おい、あんまりダベってるなよ。来るぞ」

 俺は素早く指示を下す。
 直後、見計らったように地鳴りが響いた。

「「「「うるぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ――――っ!!」」」」

 怒号のような雄叫びが響き、マデ・ツラックーコスの進軍が始まった。

 さぁて。いっちょやりますかね。

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