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第二百十三話

「な、なんじゃありゃ……」

 俺は顔をひきつらせて、ぽつりと溢した。
 白の一角ウサギ。普段であれば、攻撃性が高いだけのとるに足らない魔物なのだが……──。

 ただ、あまりにも大きすぎる。

 なんだあれ、ちょっとしたドラゴンよりでっけぇぞ。
 呆然としていると、ウサギはまた跳躍してどこかへ向かう。あっちは確か──旧宿場町じゃないだろうか。廃棄されて久しいけど、まだ建物は残っている。

「ど、どうしますか、ご主人さま」
「放っておくのもなぁ……」

 とはいえ、あんなデカブツどうすればいいんだ? いや、《神威》とか使えばなんとかなるかもだけど。
 一番危惧するべきなのは、あのウサギがこっちへまたやってきた時だ。暴れられたら町なんてひとたまりもない。

「とにかく行くか。町に被害が出てるなら討伐しても良いだろうし」
「そうですね」

 ルナリーをポチに乗せて、俺たちはウサギの方へ走った。
 あれだけの巨躯を見逃すはずがなく、俺たちはすぐに旧宿場町でウサギを見つけた。

 餌でも探しているのだろうか、しきりに周囲を嗅ぎ回っている。

 無策でいきなり攻撃を仕掛けるのは愚かだな。ここはしっかりとどう立ち回るかを考えて──……あ。
 気配を隠しながら接近していると、騒ぎを聞き付けたのだろうか、冒険者たちが雄叫びをあげながら突っ込んでいく。感じからしてR(レア)のパーティだろう。

 ばか。それは蛮勇だ。

 瞬間、ウサギは激烈な反応をしめして反転、後ろ足で文字通り地面をめくりあげながら蹴り飛ばす!
 まるで爆発魔法でも炸裂したかのような音と暴風を撒き散らし、冒険者たちは巻き込まれて吹っ飛んでいく。ああ、哀れ。
 悲鳴は間違いなく上がっていただろうが、爆風で何も届いてこない。

 それにしても、なんつー威力だよ。

 俺は小さくため息をつきつつ、ウサギの破壊力に唸る。
 めくれあがった地面はかなり抉られていて、近くにあった建物は根こそぎ押し倒されている。直撃を喰らったら、防御力をフルにしててもダメージ受けそうだな。
 考えつつ、俺は少しずつ間合いを詰める。

「遠距離から狙いますか?」
「だな。魔法の攻撃範囲ギリギリから……──」

 メイの提案に頷きかけて、俺は空気の異変を感じ取った。
 ぱりっ、と、弾ける。
 刹那、俺はメイを抱えて全力で後ろに跳び、ポチも同じように跳び下がった。

 ──ごががぁぁあああああんっ!

 雷鳴が轟いたのは、本当に直後のことだった。
 周囲を白に照らす雷轟は建物を容赦なく破砕し、地面を抉り、周囲に焦げて胸焼けのしそうな臭いを充満させる。

 や、やべー! 危なかった、超危なかった!

 俺は内心の動揺を抑えつつ着地する。もし後、半瞬でも反応が遅れてたら直撃だった。下手したら死んでたぞ、今の!
 まだ心臓がバクバク訴えてくる中、俺は少し距離を取る。

『なるほど、雷属性か』
「一角ウサギってそうなのか?」
『聞いたこともないな。おそらく変異種だと思うが』

 ポチも少し首をひねりながら答える。
 まぁ、一角ウサギは基本的に魔法が使えるだけの知能なんてないからな。

「問題はどう戦うか、か」

 雷の攻撃範囲はかなり広く、俺の魔法だとギリギリ効果範囲外だ。もちろん工夫すればやりようはありそうだが、雷を発動させられたら迎撃されておしまいだな。
 くそ、結構厄介だな。
 手をこまねいていると、気配が後ろからした。

「み、見つけた、アブルネルヴァータちゃんっ!」

 振り返ると、手を祈るように重ねて目を潤ませる、全身真っ白なシスター服の少女がいた。覗く深緑の髪はかなりのくせっ毛だ。
 少女はやたら演技がかった仕草でウサギに両手を掲げる。

「心配していたのですよ! さぁ、おうちに戻りましょう、ドドリアルネースタちゃん!」
「おいちょっと待って今盛大に名前間違えなかったか!?」

 反射的に俺はツッコミを叩き入れたから、しまった、と後悔した。
 あれだ。絶対に関わってはいけない人種の香りだ。それなのにどうしてっ……!
 少女はゆっくりと、ウサギから俺へと視線を移す。呼応して俺は目を逸らす。むしろ顔を逸らす。

「あの、私は名前など間違えていませんよ? あのウサギさんは間違いなく私のパートナー、スウェルデンハウルークちゃんです」
「いやほんの少し前の名前とニアミスさえしてませんけどっ!?」
「カルナダヴァリオルちゃんは千の名前を持つのです! だから色んな名前で呼んであげないといけないんですっ! ちっとも反応してくれませんけど!」
「それ絶対向こうも混乱してる。絶対に混乱してる」

 真顔で正論をぶつけるが、少女は愕然としてから、背景を崩れ落ちさせながらよろめく。

「そんな、どうして、どうして、初対面の人にそんなことを言われないといけないんですかっ!」
「いやそれはそれで正論なんだけどむしろそんなことを言わせるあんたのボケ属性が問題だっ!」

 やってきた抗議を俺は叩きつけるように弾き返す。

「と、とにかく! ピュアレミレースちゃんを連れて帰らないと……さぁ、帰りましょう!」
「ぴぎゅっ。」
「あきゃああああああああ――――――――っ!」

 少女は駆けだして近寄るが、ウサギが後ろ脚キックを炸裂させてぶっ飛ばす。
 一応手加減はされているのか、そんなに土は巻き上げられていない。とはいえ、少女は悲しくも放物線を描きながら飛び、俺の近くに顔面ダイブでランディングした。

 うわ、あれは痛い。

 思わず顔をしかめると、少女はめげずに起き上がった。少しすりむいているが、ダメージはなさそうだ。
 ってどんな耐久力してんだ!?

「や、やんちゃですね、イースウェルエレレちゃん!」

 たらり、と出て来た鼻血を拭いながら、少女は野性的に笑う。
 中々表情豊かだし、あれだけ噛まないのも中々に凄いのだが、こう、色々と残念な感じしかしない。どうしよう。放っておくべきなんだろうか?

 本能は力の限り関わるなと言っている。
 だが、ここで放置して、あのウサギが暴れて宿場町を襲ったら、と思うと、どうしても後ろ髪を引かれる。

「あのさ」
「むぎゅっ」

 尚も挑もうとして駆けだした少女の首根っこを掴み、俺は強引に停止させた。不意打ちだったせいか、ちょっと面白い声が聞こえたけど気のせいだ。きっと。

「い、いきなり何をするんですかっ!?」
「いや。さっきので分かったでしょ。接近しても蹴られてぶっ飛ばされるのがオチだ」
「それはそうですけど! でも愛があれば大丈夫です! いつも七千回くらい蹴られたぐらいで、ウーブガルナハララーナちゃんは説得に応じて私が近寄るのを許してくれるんです!」

 それ、疲れて諦めただけだと思う。っていうか七千回も蹴られてなんで平気なんだ?
 力の限り気になるのだが、訊いてもたぶんまともな返事はやってこない。

「で、許してもらえたとして、そっからどうするんだよ」
「それから三日三晩休まずに一生懸命語り掛け続ければやがて眠ります」

 …………。いや、うん。

「そ、それで?」
「眠ったら一週間くらい動かなくなるのですが、目覚めたらすっごくお腹が空いているので、餌で誘導してやれば家に連れて帰ることができます」
「アホか」

 俺は思わず少女にチョップをかましていた。

「三日三晩とか一週間とか、どんだけ根気がいるんだよ。その間に討伐隊組まれるぞ」
「そ、そうならないようにちゃんと手を回しますから! 裏金工作という名の神のご加護で!」
「ずいぶんと真っ黒な神のご加護だなおい」
「世の中所詮そんなものですから」

 真顔で返されて、俺はぐうの音もでない。
 正論だ。真実だ。真理だ。これに反駁する術を俺は知らない。っていうかなんで俺が丸め込まれてんの?

「いやまぁ、仮にそうだとしても、そんなものは知らんっつって攻撃仕掛ける連中も出てくるぞ」
「そういう連中はもれなくオークランランタンちゃんにぶちのめされる運命だとは思いますが……ケガをされたら確かにイヤですね」

 ちょっと考える部分が違うような気がするが、もう幾らつっこんでも足りないので流すことにした。

「そうなったら困るんだったら、手っ取り早くなんとかする方法を考えろよ。ないのか?」
「そんな手段があればとっくに実行しています」

 ふくれっ面になりながら少女は言う。

「ただ、可能性があるとしたら、強制的に食欲を湧かせるような食材があれば、あるいは……」
「例えば、どんな食材だよ」

 ここは宿場町だ。そこそこの食材なら手に入るし、調理人ならメイという達人がいる。訊ねると、少女は少しだけ難しい表情をした。

「カインズホールタリアちゃんはグルメですからねぇ……かなりの高級食材じゃないと」
「高級食材かぁ」
「高級食材です」

 反復して返事をされた。これはちょっと困ったな。
 さすがに私財を投じてまで自分の腹に入るものじゃないものを買うのはなぁ。この少女が依頼として経費を出してくれるなら別だけど……。

「「「うるぁぁぁぁぁぁあああああああ――――っ!」」」

 すると、遠くで雄叫びが聞こえた。
 俺は思わず顔を引きつらせる。ちょっと待て。あの特徴的過ぎる声は……。

『宿場町冒険者ギルドより緊急要請!』

 直後、風の魔法で拡声された怒号が轟いてきた。かなり逼迫していると同時に、緊急クエストが発生した時に行われる放送だ。

『宿場町の近くにマデ・ツラックーコスの大群を確認! こちらに接近してきている模様! 腕に覚えのある冒険者たちはただちに迎撃されたし! 繰り返す――』

 うわぁ。
 俺は迷わず顔をへの字に曲げた。

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