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第二百十一話

「か、かわいいっ……!?」

 王都の外れ、小さな宿場町で最大の宿の一室。そこでアリシアとルナリーヴァティアは劇的な邂逅を迎えていた。
 椅子にちょこん、と座り、クマのぬいぐるみ(オルカナ)を膝の上に乗せたシンプルドレスの女の子。緋色の目に感情は見えないが、だからこそおぼこい。
 アリシアはあっさりと心奪われてしまったようだ。

「メイちゃんみたいな健気で頑張り屋さん系も愛おしいけど、これはこれでたまらないわねっ……!」

 なんだ。実はロリかこの人。

 知られざる真実に俺はジト目になっていた。とはいえ、気に入ってもらえたようである。
 頬ずりされても抱きしめられても反応をほとんど示さないルナリーヴァティア。だがそれが良いらしい。さっきから「これがクーデレ、クーデレなのね!」と興奮している。

『なぁ、グラナダ殿。なんなのだ、この女は』
「お前たちを助けてくれる人だよ」

 予想通りオルカナが不満のテレパシー(ポチに教えられて覚えたらしい)を送って来る。俺はただ事実だけを返しておく。
 一頻り楽しんだ後、アリシアはようやくルナリーヴァティアを解放した。

「悪くないわね」

 こほん、と咳払い一つし、アリシアは冷静な態度に戻る。
 この変貌ぶりがちょっと怖いのだが、それ以上にアリシアの目に冷徹さが宿っていた。
 なんだ、嫌な予感がする。

「ただ――……申し訳ないけど、養子縁組は出来ないわね」
「どうしてですか?」

 俺は反射的に食い付いていた。ここで何とか出来なければ、ルナリーヴァティアを連れていくことは出来ない。

「簡単よ。彼女から《レアリティ》が判別できない」

 言い放たれて、俺は慌てて《鑑定》スキルをルナリーバティアへ当てる。
 出てきたのは名前と、少女らしいひ弱なステータスだけだ。確かに、レアリティがない。

 まさか、人造人間(ホムンクルス)の弊害?

 予想外の落とし穴に俺は狼狽を隠せない。よっぽどだったのか、メイがそっと俺を支えにくるぐらいだ。

「レアリティがどういう意味を持つのかは分かっているはずね。だから申し訳ないけど……」
「そんな……」
「とりあえず何か他に方法がないか調べてはみるけど、絶望的とは思って欲しいわね」

 それから一言二言交わして、アリシアは出て行った。送るつもりだったが、帰りは護衛がいるので大丈夫だと辞退された。どうも気まずかったらしい。
 っていうか、あれだけベタベタしてたのはルナリーヴァティアに異変を感じて調べるためだったのだろう。やっぱり食えない人だ。
 思いながらも、早速当てが外れたことに、俺は焦りを覚えていた。

「グラナダ殿。つまりどういうことだ?」
「養子縁組ができない――つまり、籍が確保できない」
「な、なんだとっ!?」

 オルカナの驚愕の声が響いた。まぁ、そうなるわな。
 籍が確保できないと、町に入れない。こうした小さい宿場町ならともかく、町に入れないと俺も困る。

「他に方法はないのか?」
「考えるって言ってるけどな……ちょっと苦しいとは思う」

 アリシアさんはかなり頭が切れる人だ。そんな人がすぐに方法が浮かばないってのは相当に厳しい。

「とりあえず無いものねだりしても始まらない。俺たちも何かないか考えよう」
「そうですね、それが良いと思います」

 突破口を知っている可能性があるとしたら、旧友――セリナかアリアスくらいか。
 二人とも地元へ戻って忙しなく活動している。手紙を送れば反応はあるかもしれないが、レスポンスを考えると時間が掛かりすぎる。
 直接出向いても良いが、二人がそれぞれ地元のどこにいるのかが不明な以上、無駄足だったら大変だ。

「と、なると……か」

 レアリティさえなんとか出来ればな……。
 思考が深く潜っていくと、どん、と音がした。下、一階だ。誰かが凄まじい勢いでドアでも開けたか?

 この音に一番反応を示したのは、ルナリーヴァティアだ。

 音に驚いたのか、目を見開いてイスから立ち上がる。
 少しだけそのまま硬直していたが、ルナリーヴァティアはすたすたと部屋を出ようとする。相変わらず行動が全くもって読めない。

「って、ちょっと待った、どうした?」

 慌ててルナリーヴァティアの肩にそっと触れて動きを止める。小さい女の子なので、これぐらいで十分だ。そもそも強引に動くつもりはない子だしな。
 ルナリーヴァティアは、ドアを見たまま口を開く。

「幸せ、逃げる。だから、いく」
「どういうことだ?」

 この問いかけはルナリーヴァティアではなく、オルカナに向けた言葉だ。
 ルナリーヴァティアに抱えられたオルカナは、静かに視線を向けてくる。

「おそらく、だが、何かを見つけたのではないか?」
「何か?」

 訝しくなっておうむ返しに問うと、オルカナも渋い気配を見せた。
 明確には分からない、ということか。
 ここはついてく方が良さそうだな。ルナリーヴァティアは色々と不思議だ。ご飯を食べて生きているのは間違いないが、何を栄養としているのかが分からないのだ。

 メイや村のおばちゃんが作ったご飯ならそこまで大量に食べないが(いやそれでも一般成人よりも食べるんだけど)、そうでないととんでもない量を食べる。
 幸せというキーワードが関わっていることは間違いないのだが。

「いく」
「分かった。いこう」
「ご主人さま、私も」
『もちろん私も行くぞ』

 ルナリーヴァティアを先頭に、俺たちは部屋を出る。
 たとたとと小走りにルナリーヴァティアは廊下を抜け、階段を降りていく。
 さすがに宿場町で一番大きいだけあって階段も広く、一階はエントランスになっている。通常の宿なら一階は居酒屋スペースであることが多いのだが、ここは完全に食堂として運営されている。
 ちょっとしたホテルってことだな。

 木の音を響かせていたルナリーヴァティアが止まる。

 追いつくと、目の前には少し人だかりが出来ていて、ざわめいている。
 ルナリーヴァティアはすっとその人だかりの中に潜りこんだ。俺たちもそれに続く。

「すみません」

 そう言いながら人ごみをかき分けると、中心には意外な人がいた。
 一見して、貧しそうなのが分かる服装。とことどころじゃない勢いでほつれているし、元は白だったんだろうけど、くたびれて黄色になっている。

 それにも拘わらず誰も手を出せないのは、その容姿にあった。

 顔や形こそ人間そのものだが、毛深い、という領域を超えた体毛に、頭から突き出た獣の耳。
 そう。獣人だ。
 俺も見つけてぎょっとする。見るのは初めてだからだ。存在はずっと前から知ってるけど。彼らの国境線あたりでは、国交もあるので良く見かけるそうだが、ここまで王都に近い場所ではまず見かけない。

「ど、どうか、どうかっ……この子をっ……ぐぅぅっ!?」

 母親だろう獣人の女性が、抱きしめていた小さい子を持ち上げるが、とたんに苦しみあえぎだす。
 同時に膨れ上がったのは異様でいて、不気味な魔力だった。

 これは、なんだ!?
 悪寒からしてロクでもないことは間違いない。

『この呪いは、魔族であるぞ』
『うむ。どうやら相当に蝕まれている様子だ。もう持たないだろう。主。このままでは危険だ』

 吸血鬼ヴァンパイアだけあって呪いに詳しいオルカナが即座に判断し、ポチも同意する。
 危険ってどういうことだ。まさか魔族にでもなるのか?
 その推測は、いきなり直撃した。

「ウグッ、ウルグ、グルアアアアアアアアアアアッ!」

 母親と思しき女性は喉をかきむしり、泡を吹きながら苦しみ始める。
 これは明らかにヤバい!
 漏れ出る黒い魔力を感知し、俺は飛び出そうとするが、それより早くルナリーヴァティアが出ていた。

「幸せ、逃げそう」
「ガル、グ、ル、ルォオオオオガッ!」

 ざわ、と人だかりの波が下がっていく。危険を感じ取ったか。
 だがルナリーヴァティアは構わずにその獣人に触れる。不思議と、獣人の暴走が止まった。

 不思議になって魔力を辿ると、暴走を始めていた黒い魔力の波動が落ち着いていた。

 どういう理由でか、ルナリーヴァティアの手から滲み出る魔力がそうさせているのだ。

「貴方達、もう助からない。良いの?」
「イ、イヤ、イヤダッ! セメテ、セメテ、コノコヲ!」

 手繰り寄せるように、弱り切っている小さい獣人の子を、母親は抱き上げる。
 もうどう見ても虫の息だ。随分とモノを食べていないのだろう、痩せ衰えていた。
 痛ましい。いったい、何があってこうなったのか。
 ルナリーヴァティアはオルカナを背負ってからそっとその子を受け取る。

「この子も、助からない」

 無表情のまま、事実を言い放った。

「ソンナッ! ドウシテ、ドウシテッ!!」
「もう幸せがない、命がたりない。一人で立ち上がれるだけの量が、ない」

 泣き叫ぶ母親から、血の涙が流れ落ちる。ルナリーヴァティアは、凝視しながら、淡々と言う。

「ソンナ、ドウスレバ、ドウスレバ!!」
「私が、引き受ける」

 また暴走を膨らませ始めた母親へ、ルナリーヴァティアは言い放った。

「私が、この子の魂、幸せ、引き受ける。そうしたら、この子、私の中で生きる」
「……!」

 ってまて! それって!?
 ルナリーヴァティアのやろうとしていることを察して、俺は目を見開いた。

『魂の同化――……人間には到底不可能な芸当だが、人造人間ホムンクルスなら可能だろう』
『うむ。魂が人間ほど固定化されていないし、ヤワでもない』

 オルカナとポチも見抜いていたらしい。
 いや、っていうかまて、そんなものをこんな衆目ありまくるところでやるな!

「とにかくこっちへ。俺たちの部屋へ戻ろう。最低限の治療は出来るし、解呪もやってみるから」

 口から出まかせを言いつつ、俺はメイに視線だけで合図を送る。
 メイが頷き、素早く獣人たちを抱え、俺はルナリーヴァティアを連れて部屋へ戻った。野次馬がやってくる気配もあったが、ポチを門番代わりにして追い払うことにした。

 最低限の処理をしつつ部屋へ入れると、ルナリーヴァティアは早速始めた。

「おいで。私が、あなたの幸せ、もらうから」
「アァァ……」

 ほわりと光る。とたん、ルナリーヴァティアとその小さい獣人の境目が消えていく。
 こんな芸当、確かに俺たち人間じゃあ無理だ。自分と世界との境目をわざと薄くして、同化させるなんてことしたら、自我を失うし、そもそもどうやれば良いのかも見当さえつかない。

 また、俺はルナリーヴァティアの優しさを思っていた。

 この子は感情があまり分からないけど、どうも感情に敏感だ。幸せ、幸せ、と口にするのは、きっとそういうものに飢えているからなのかもしれない。

「これで、幸せ、いっしょ」

 獣人の子が溶け消え、代わりにルナリーヴァティアの頭からケモノ耳がぴょこん、と出ていた。
 おお、そういう特徴も引き受けるのか。
 なんでもかんでも吸収できそうだな。そうなると人としての姿を維持できなくなるかもしれない。これは注意してやらないといけない、か。

「ア、アア、ア、アア、、アアアア、アラテアッ……アラテアッ」
「うん、大丈夫。この子は、私の中で生きるから。安心して」
「アリガトウ、アリガトウ……」

 血、ではなく、本当の涙が流れる。
 同時に胸が痛んだ。これが、この親子の今生の別れになるからだ。母親も助からないのだから。

「ア、ア、ア、アアアアアアアッッ!」

 安心。それは同時に、隙を生む。
 黒い波動が獣人の全身を包み、俺は即座にルナリーヴァティアを抱えて下がる。同時にメイが前に出て大剣を構えた。
 直後、黒い波動は獣人を呑み込み、不定形なヒトガタに変貌を遂げた。この感じ、間違いない。魔族だ。

『クヒヒヒヒ……ずいぶんと強情な獣人だったが……ようやく乗っ取れたゼ』

 野蛮な魔力を周囲に遠慮もなく放ちながら、魔族は卑しい声を出す。

『出来れば親子ともども食い散らかしたかったが……仕方ない。お前たちで勘弁してやろう』
「……あなた一人で、私達を倒せると?」

 メイが魔力を膨らませながら威圧する。
 相手は低級の魔族だ。今のメイなら一人で滅ぼせる。

『クヒヒヒヒ! 俺様とやりあうってのか? 俺様は確かに低級魔族だが……呪いに関しては強いぞ?』

 威圧的な魔力の奥に、じわりと滲み出るようなモノを感じて、俺は警戒を強めた。
 なるほど、コイツは寄生乗っ取り型か。
 相手の魂に楔を打ち込む様に巣食い、相手を内側から乗っ取って殺す。そうすることで、例え本体が滅びてもまた再生するという仕組みだ。まるでウィルスみたいだな。
 それで、今までそうやって巣食って、人々を喰ってきたのか。胸糞も悪い。

『ならば、私の出番だな。任せてもらおう』

 ルナリーヴァティアに抱えられていたオルカナが進言してくる。戦力の確認の意味もあるし、ここは任せてみるか。
 肯定で頷くと、ルナリーヴァティアは一歩前に出て、背負っていたくまのぬいぐるみ(オルカナ)を掲げた。

『いくらルナリーヴァティアによって救済されたとはいえ、この親子の無念は強い。代わりに私が受け取り発散させてくれよう』

 ぞわり、と、背筋が凍るような魔力が放たれる。
 ちょっと待て、この魔力量、ヤバいぞ! 俺に匹敵するか?

『クヒヒヒヒッ!?』

 魔力にあてられて、魔族が驚愕する。

『低級風情が。私と呪いで戦うか?』
『バ、バカなっ!? なんでこんなところに吸血鬼(ヴァンパイア)がいる!』
『語る口はない』

 魔力が波紋のように広がる。
 直後、ルナリーヴァティアの影から幾つもの黒い手が出現し、にゅるりと伸びて魔族を掴んだ。
 ぼぎんっ。
 と、生々しくも乾いた音が響き、魔族の腕が、足が、身体がへし折られる。不定形だと思ってたけど、きっちりと骨はあったのか。

『グギャアアアアアアアアッ――――――――っ!?』

 悲鳴が上がる。
 だが、その悲鳴は外にはもれない。俺がしっかり風の魔法を展開して防いでいるからだ。

『きき、きききき、貴様ァァァアァッ!』

 魔族が形を崩しながら吠え、口から闇のレーザーを吐き出す。だが、オルカナの僅か手前で止まり、弾けた。
 見えない壁、結界か。

『我が炎……受けてみるか? きっと極上の味わいだぞ?』

 オルカナがドス黒い笑みを含んだ声を放った刹那、魔族に炎が宿った。
 灰色の炎。
 一瞬で全身に着火し、魔族は一気に燃え上がっていく。

『アガッ、ぎゃ、ぎゃあああああああ――――っ!?』

 上がる悲鳴は断末魔。
 苦しみの声を最後まで放ちながら、魔族は灰色の炎に燃やされて散った。灰の一つ残らない。

 つ、強ぇぇ――……。

 正直に俺は顔を引きつらせていた。
 さすが夜の王だ。まともに戦ったらヤバいかもしれないな。

「……終わった。幸せ、足りない、幸せ、欲しい」

 お腹を撫でながら、ルナリーヴァティアが言い出す。お腹が空いたらしい。
 そう言えばご飯がまだだったな。

「そうだな。じゃあご飯食べにいくか」
「うん」

 ルナリーヴァティアは無表情のまま頷いて、オルカナを背負うと、そっと手を伸ばしてくる。
 俺とメイは一度見合ってから微笑んで、その手を一つずつ取った。

「それと。私のこと、ルナリーとよんでほしい。その方が、幸せ」
「ルナリーか。分かった」

 俺は頷く。

「ふふ、可愛い愛称ね、ルナリー」
「うん。お姉ちゃん、お兄ちゃん、よろしく」

 お、お兄ちゃんっ!?

 ずばしぃ! と稲妻が全身を駆け抜けた気がする。
 いや、これは、あれだ。メイに初めて「ご主人さま」と呼ばれた時と近い衝撃がある。な、なんだろう、これは。一気に守ってやりたくなってきたぞ。

「……割と現金なんだな?」
『だが、それでも色々と疎いのだ』
「ほう、面白いな」

 震えていると、オルカナとポチがぼそぼそと会話している。聞こえてるぞ。きっちり。
 俺は一瞥してから、ルナリーを連れてメイと一緒に歩き出した。

しおり