バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第二百九話

「何……?」
「罪状は村長、あんたが知っているはずだ」

 俺は堂々と指をさした。それだけで村長は気まずそうに顔をひきつらせる。
 一斉に村人たちからの視線を浴び、さらに狼狽する。ここで動じてる時点でもう小者だ。

「あんたは自分で対抗する村への嫌がらせを依頼しつつ、その依頼した相手を殺そうと屋敷に火を放った。他に雇ったならず者をけしかけてまで、殺そうとした」
「これは立派に契約反故であるな」

 後を継いだのはオルカナだ。ぬいぐるみの姿から、元の人形に戻っている。敢えて牙を隠していないのは自分が吸血鬼ヴァンパイアであると証明しているのか。
 脅しとしての効果は抜群だな。
 震え上がっている村人たちは、半円を描きながらもざっと後ろに下がり、村長だけを前に飛び出させた形にする。

「な、なっ!」

 周囲を狼狽えながら見渡す滑稽な村長に、俺とオルカナは一歩近寄る。

「村長。貴様は私をみくびりすぎだ。この《夜の王》を甘く見てもらっては困る」
「なっ……」
「私は契約反故を許さない。そもそも、どうしあの屋敷がずっと存在していたと思うのだ? 村長なら存じておろう」

 オルカナは鋭い声で射抜く。

「それは……っ」
「かつてこの周囲は古戦場だった。故に死体も多く、長年アンデッドに苦しめられてきた。故に、あの屋敷にアンデッドどもを封じこめ、契約により封印してきた。貴様はそれを反故にしたばかりか、始末しようとさえしてきた。そんなものを許容出来るはずがあるまい?」

 冷静に、淡々と。オルカナは村長を追い詰めていく。
 顔を青くさせ、脂汗さえ滲ませながら、しかし村長は反駁の姿勢を見せる。

「な、何を言うか! その契約はそもそも……っ!」
「左様。我らアンデッド──息絶えた兵士たちを憐れんだ貴様の先祖が温情措置で契約した。それは創造主からの記憶継承で知っている」

 村長の反駁を制し、オルカナは口を挟む。

「だが代わりに我らは魔物の脅威から村を守ってきた。違うか」

 返す刀の鋭さに村長は呻き、村人たちからはざわめきが出た。
 確かにこの辺りは緑が多い割に魔物が少ないと思ってたけど、アンデッドたちが間引いていたのか。

「我らはそれで恩を返してきた。にも関わらず、一方的な今回の措置。許しがたき所業ではないか?」
「……くっ」
「その事情を鑑みて、彼らと交渉していたんだが、その場となっていた屋敷が放火されてな? しかも、あんたら村人に」

 俺が指を鳴らすと、森で縛り上げられて放置されていた村人たちがアンデッドに引っ張られて前に出てくる。
 一晩アンデッドの脅威に晒されただけあって、村人たちはすっかり憔悴していた。

「アズール!」
「レイモンド! ニッチまで!」

 群衆の中から悲鳴のような声が聞こえた。
 名を呼ばれた連中は、皆気まずそうに俯く。その空気を利用して、俺は口を開いた。

「今回の一件、村の総意なのか? 状況的に見て、俺はそう判断できるんだけど」
「それはっ……!」
「村長。あんた分かってるのか? 村の防衛に関して重要な戦力である主を始末しようとした挙げ句、王国にとって国賓扱いされる重要人物さえ殺そうとしたんだぞ?」

 尚も何かを言おうとする村長を遮って、俺は言葉を重ねる。

「それがどれだけの罪か、分かるよな?」

 沈黙が落ちる。だが、村人たちは理解しきっていない様子だ。あまりの事の大きさに、ヤバいとは分かっていても漠然としているのだろう。
 じゃあ、一押しするか。
 俺はふう、とため息をつく。

「首謀者が村長であり、それに村人が加担している。つまりこれは、村全体での行動だ。従って、村人たち全員、処刑だな」
「「「んなっ!?」」」
「それでも損害賠償は避けられないから、この収穫した芋は全部接収だ」

 敢えて冷たい声で言うと、村人全員が絶句した。

「さて、何か申し開きがあるなら一応訊くが?」
「お、おかしいだろ! 俺たちは村長がそんなことをしてたなんて知らなかったぞ!」
「そうだ! なのになんで芋は奪われて、俺たちが処刑されなきゃいけないんだ!」

 やがて、次々と不満が爆発してくる。よし、良いぞ。それを待ってたんだ。

「じゃあ、今回の所業は村長の単独ってことか?」
「「「そうだっ!」」」

 俺の問いかけに、村人全員が声を揃えた。
 瞬間、村長は顔を真っ赤に染めて怒りながら村人たちを睨むが、逆に睨み返されて沈黙する。

「けど、実際に村人が加担してるんだけど、そこはどう言い訳するつもりだよ」
「俺、俺たちは、強制的にやらされたんだ! 言うこときかないと酷い目に遭わせる、って!」

 俺が話を振った直後、捕まっていた村人の一人が泣き叫ぶ。
 まぁ、だろうと思ってたけど。
 村人たちからの視線が、とうとう敵意と殺意を滲み始める。村長にはもう、味方はいない。

「けど、村長は村の代表だろ? だったら――」
「だったら、コイツはもう村長なんかじゃない!」

 俺の言葉を遮って、村人の一人が叫ぶ。

「な、何を言い出すんだ! 貴様、俺は村長だぞ! 代々村を守り続けてきた一族だぞ!」
「ふざけるな! それはあんたの祖父の代までだろう! あんたも、あんたの親父も最悪だった!」
「そうよ! 私たちの生活は苦しくなるし、それなのに何もしようともしない!」
「そればかりか、こんなヒドいことまでしてたなんてっ……!」
「そうだ! 村を潰すのはあんただ! この人殺し! 村殺し!」

 ここまでくると、もう村人たちの声は止まらない。
 次々と言葉の槍が投げつけられ、村長は言い返す合間もなく、ただその場で膝を折って崩れる。

「「「あんたなんて、村長なんかじゃない!」」」

 全員からの拒絶。
 村長は真正面からぶつけられて、ただ脱力した。

「ってことは、コイツはもう村長として認めないってことだな?」
「「「そうだ!!」」」

 俺の確認に、全員が叫ぶ。まさか一人の擁護者も出ないとは。よっぽど悪政敷いてたんだろな。
 内心で呆れつつ、俺はすっかり抜け殻になった村長を睨みつける。

 まったく。俺がお仕置きした時に諦めてたら、こうならなかっただろうにな。

 あくまでも己本位で動くからこうなるのである。

「と、言うことだそうだから」

 俺は声を村長に向ける。びくっ、と、村長が肩を震わせるが、誰も助けようとはしない。

「今回の村への嫌がらせ、及び屋敷への放火。他にも余罪はいっぱいありそうだから、詳しくは憲兵所で取り調べしようか?」
「ぐっ……ふ、ふざけるなぁあああああああ――――――――っ!!」

 とうとう爆発したのか、村長は噴火したように吼える。同時に立ち上がり、殺意さえぶつけながら俺に走って来る。

「ここは俺の村だ、俺がどうしようが関係ないし、ヨソモノの貴様にはまして、だ! それなのにメチャクチャにしてくれやがって! あの村の連中もだ! 俺たちより良い品を作ってツケ上がって! さっさと死ねばいいんだ! 消えてしまえばいいんだ! 俺の邪魔をするやつは、みんな、みんな! あああああああっ!」

 見事なまでにアホな意見だ。
 俺は内心で切り捨て、魔力を高める。

「《エアロ》」

 風が唸り、村長の顔面を思いっきり殴り飛ばす。

「うぶげぇっ!」

 情けない声と鼻血を撒き散らしながら村長は空を舞う。そこへ俺はまた風の魔法を放ち、今度は鳩尾を抉るような一撃を見舞った。

「がふうっ……!?」

 呻きながら、村長は地面に叩きつけられる。
 土煙を上げながら、だが、村長は涙を流しながらも起き上がる。

「ふざ、ふざけやがって……! げほっ、ごほっ! なんで、この俺が、こんな目にっ……!」

 いや、悪いことしたからなんだけど?
 思いつつも、俺はため息を吐く。

「もう良い。黙って落ちてろ」

 俺はトドメに風の魔法でもう一度顔面を殴り飛ばし、意識を刈り取った。
 盛大な勢いで地面を顔面で滑った後、村長は力なく倒れ伏した。

しおり