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第二百四話

 森の中に入ると、ほどなくして川を見つけた。
 堤防があるな。水の量は豊富で流れが速く、かなり深そうだから、度々氾濫してたんだろう。

 この川を越えるには、橋を渡るしかない。正攻法なら。
 けど、その橋は今、封鎖されている。よっぽど仲が悪いんだろうなぁ。

 まぁ今の俺には関係ないんだけどな。
 川幅は確かにあるけど、俺は空を飛べる。しれっと飛び越え、ポチに至っては跳躍で越える。メイはその背中に乗っての越境だ。

「まずは隠蔽魔法だな。そっから移動して、村長の家を探るぞ」
「はい」
『分かった』

 簡単に方針を打ち明けてから、森を抜ける。この村は川を水源にしているらしく、すぐに見つかった。
 村の規模はそこまで大きくないな。
 だからか、すぐに村長の家は見つかった。茂みに隠れながら近寄って、ポチに聞き耳を立ててもらう。

『ほう、何か会話しているようだな』
「詳しく分かるか?」
『ふむ……どうやら村のスパイと話をしているようだな』
「スパイ?」

 怪訝になって訊くと、ポチが俺とのリンクを強めてきた。素直に受け入れると、会話が耳に入ってくる。

「ほう。畑は無事に荒らされているのか」
「ええ、そのようで。昨日も来ていましたよ。誰も手が出せないので、バカにならない被害です」
「はっはっは。クソガキを派遣してきた時はどうするつもりだと思っていたが、中々どうして、やるじゃないか、あの偏屈も」

 なるほど。
 村にスパイが紛れ込んでて(というか内通者か)、嫌がらせの報告をしてるってことか。

 それとこれで確定したな。あの村長と女の子の親は直接つながってる。
 さっさと締め上げて白状させるか。そっちのが絶対楽だしな。俺は早速マスクをつけ、マントを羽織りつつ、あの証を分かりやすい場所に身に付ける。

 そう。王都で貴賓扱いされる、例の証だ。

 そして村長とスパイのいる部屋の壁に手を当てる。

「《ベフィモナス》」

 魔力が伝播し、ぼごっ、と音を立てて壁が砕ける。一撃で俺が通れるくらいのサイズの穴が開いた。
 容赦なく中へ入ると、唖然としている様子の村長らしきおっちゃんと、内通者らしきにーちゃん。
 逃げられると困るから、ここで拘束しておこう。

「《ベフィモナス》」

 俺は地面を踏み抜きながら魔法を放ち、木の床を変化させて二人の両足を縛り上げる。

「ぎゃあっ!」
「な、なんだっ!?」

 二人の声が上がる中、俺は堂々と部屋の中へ入る。

「というわけで、色々と話は聞かせてもらいました。アルテミード村に随分なこと仕掛けてるんですね」
「なっ! なんだ貴様っ!」
「俺? 俺はこういうものです」

 これ見よがしに、俺は証を見せつける。
 すると、スパイのにーちゃんは首を傾げたが、村長は顔を思いっきり青ざめさせた。やはり、長ともなればその辺りの事情は知っているのだろう。

「な、なんで、どうしてっ……! それは国賓の証っ……こんな片田舎に!」
「いえ、実は我が国の陛下がアルテミード村の芋を大層気に入っておりましてね? それで買い付けに来たのですが、無用な妨害にあっていると聞きまして。こうして手助けすることにしたのです。それで調査したらここに行き着きまして」

 俺は予め用意していた言葉をすらすらと言ってのける。

「それで、随分なことをしていただいているようですね? もしそれで芋の生産に打撃があって、買い付ける量が減ってしまったら、陛下はさぞや嘆きになられ、そしてお怒りになられるでしょう」
「ぐっ……!?」
「そうなったら、この村を潰す程度、わけなどないと思いますが?」

 これで嫌がらせを止める、っていうのなら簡単なんだけどな。
 けどその思惑は、あっさりと否定された。

「だったら、今ここでお前を仕留めれば良いだけの話だっ!」

 ですよねぇ。っていうか、どうやって仕留めるつもりだよ。
 予想通り過ぎる反応に俺はため息を吐きつつも、魔力を高める。

「《ベフィモナス》」

 地面が爆裂し、礫を飛ばしながら割れていく。
 礫は容赦なく村長の全身を強か痛めつけた。「ぐげっ!」「うぶっ!」「ぶへぇっ!」と悲鳴が連打して、村長はあっさりと倒れた。
 気絶はしていないな。確認しつつ、俺は村長の頭の近くに立つ。

「誰が、誰を仕留めるって?」
「ぬうう……!?」
「なんで村に妨害工作を仕掛けたとか、そんな下らない理由は聞くつもりないですけど。でも、そんなアホみたいなことするぐらいなら、もっと自分の村の芋の育成に時間をかけたらどうなんです?」

 正論をぶつけると、村長は拗ねたように黙り込んだ。

「まぁ、今回のことはキッチリと上に報告しますが……それよりも。今、貴方が村に迷惑行為をするように依頼した人を探しています。正直に吐いてくださいね」
「グッ……誰が吐くものかっ! 吐いて欲しかったらまず私に土下座ァァァァアァァッ!?」

 何やらほざきだした村長の脇腹を、俺は思いっきりまさぐってこちょばす。
 もちろん痛めつけることも可能なんだけど、そんなのよりもこっちの方が効果的だ。しかも今は逃げられないからな。
 俺は容赦なく手を忙しなく動かした。

「あひゃっ、ひゃひゃひゃっあっひいいいいいっ!?」
「さっさと吐いた方が良いですよー?」
「あぎゃっ! そこダメっ! あひゃひゃひゃひゃひゃっ!」
「吐かないならもっと色んなトコやりますけど」
「分かった、分かっだ! はくっはぐからやめでぐれぇぇぇぇえ――――っ!」

 その絶叫を耳にして、俺はようやく手を動かすのをやめてやった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 アッシーナ村から北に数キロ。
 針葉樹林の目立つ森の中に、その屋敷は存在した。
 一言で表せば、廃れた洋館。まさに何かがいます! と力いっぱい主張してくる魔力。俺とメイは臨戦態勢を取りながら少しずつ前に進む。

 この感じ、只者じゃあないな。

 少なくとも人間が持てる魔力の限界値を越えている。
 どこか緊張を高めつつ、ポチがしきりに気配を探す。廃屋の入り口に到達したタイミングで、ポチがようやく特定したようだった。

『中に雑然とした気配が多すぎて掴み切れなかったが……どうも中には夜の王がいるようだな』
「夜の王?」
『そうだ。夜の世界をあまねく支配する王――吸血鬼(ヴァンパイア)だ』

 返って来た名前に、俺は目を見開いた。
 吸血鬼(ヴァンパイア)。アンデッドを含む、夜界と呼ばれる夜の世界を支配する存在だ。アンデッド最強が死霊魔導師(リッチ)であれば、吸血鬼(ヴァンパイア)はそれさえも統括する上位存在。

 その強さは上級魔族にさえ引けを取らない。

 これは油断出来ないな。
 戦闘になったら本気で挑む必要がある。俺は《アクティブ・ソナー》で周囲を探る。かなりの気配があるな。屋敷の中はアンデッドとかの類で満ちているようだ。
 たぶん、動全身鎧(リビングメイル)なんかもいるんだろう。使い魔もいそうだ。

「突入するぞ。中へ入って一気に殲滅する」
「分かりました」
『うむ』

 メイとポチの返事を待って、俺は魔力を高めた瞬間だった。
 ぎぃ、と音を立てて大きな扉が開いた。
 漏れ出てくる、ぞっとするような寒い魔力。
 俺は一気に全身を戦闘モードへ移行させるが、出てきたのは白衣に身を包んだ無精ひげの目立つオッサンだった。肌だけは異様に白いけど。

「なんだ、誰だ……ってむぅっ!? 人間っ!?」

 寝ぼけ眼を擦りながら出て来たオッサンは、俺の姿を認めるなり驚愕して飛び下がる。

「なんだ、ちゃんと依頼はこなしているだろう!? なんの文句があって来たんだ! ニンニクか、またニンンニクでも持ってきたのか! アレはやめてくれと何度も言ってるだろう! そんなものなくても話しくらいはいつだって聞いてやるとあれほどっ……!」

 全力でそう捲し立てられ、俺は呆気にとられる。
 いや、っていうか、え?
 何かもう色々と肩透かし感が半端じゃなく、俺は脱力を隠せなかった。

『感じからして、コイツが吸血鬼(ヴァンパイア)であることは間違いないな』
「いやまぁ、俺もそう思うんだけど……でも日の光、浴びても平気そうだったぞ?」

 吸血鬼ヴァンパイアは上級魔族にも引けを取らない力があるが、弱点が多いことでも有名だ。だからこそ『夜の王』で留まっているとも言えるが。
 ニンニク、十字架、日光、聖属性、銀、魔道銀(ミスリル)、などなど。
 だが、いくら夕方とはいえ、まだ日光は差し込んできているのにあの吸血鬼(ヴァンパイア)は平気そうだ。

『知らないのか。吸血鬼(ヴァンパイア)には個体によって弱点が異なるのだ。比率として日光に弱い吸血鬼(ヴァンパイア)は多いのだが、耐性を持っているのかもしれんな。その代わり、ニンニクには強烈に弱そうだが』

 そんなもんなのか。意外だ。
 知らなかった真実に驚きつつも、俺は警戒心全快のオッサンを見る。

「じゃあとりあえず、話を訊いても良いです? 俺はアッシーナ村じゃなくて、アルテミード村からやってきたんです」
「……!」
「あの女の子を村に寄越したのは、あなたですね?」

 絶句するオッサンに、俺は畳みかけるように問いかける。
 ややあってから、オッサンは渋い表情を浮かべてから、大きく息を吐いた。

「……情報源は、村長か?」
「そうです。あっさりと吐きました」
「分かった。それなら契約は反故にされたと判断する。入りたまえ。茶くらいは出そう」

 呆れたように、そして何かに諦めたように、オッサンはそう言って中へ招き入れてくれた。
 一瞬だけメイと目を合わせ、互いに頷いてから足を踏み入れる。
 もしここでいきなり扉が閉じて戦闘になっても大丈夫なように警戒は怠らない。

「案ずるな。私に君たちと戦う意思はない。恐らくだが、戦っても勝てないからな」

 手をぱたぱたと振りながらオッサンは言う。

「そこの犬は神獣だろう? いくら夜の王と言えど、そんな超越存在と戦って勝てる自信はない」
『殊勝だな。それでも挑んでくるのが貴様らの矜持だったはずだが?』
「そんなもん、とうの昔にどぶ川へ投げ捨てた」

 随分とフランクな調子だ。

「ともあれ、話をしよう。私のことも、村のことも、そして、ルナリーヴァティアのことも」

 恐らく女の子の名前だろう、それを言う時だけ、オッサンは鋭い気配を出した。

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