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第二百一話

「早くなんとかしておくれよぉぉぉぉっ!」
「っていきなりしがみつかなくても!」

 思いっきり縋りつくように抱き付いてきたおばちゃんを、俺は引き剥がした。
 さすが畑仕事してるだけあってパワーすげぇな。
 思いつつ、俺は黙々と芋を食べる少女を見やる。まだ一〇歳にも満たないんじゃないか? 鮮やかな黄緑と紫と白という、三色混合の髪型は無造作に長く、若草色のシンプルドレスはやや大きい感じだ。
 だが、緋色の瞳は感情らしい感情を宿していないようにも思える。

「あの、失礼かもですけど、あんな小さい女の子ならなんとか出来るのでは?」

 ハッキリ言ってあれだが、大人一人いればどうにかなりそうだ。
 確かに少女が生芋をもくもくと素手で掘り返しては齧るという光景はシュール極まりないが、実害が出ているなら無理やりにでも抱き上げてしまえば良い。
 なんでそれをしないのか。

「それが出来ないから依頼してるんだよ」
「それ、どういうことです?」

 分からないで訊ねると、我慢しきれなくなったのだろう、村人の一人が鍬を構えて走り出した。
 慌てて周囲が制止をしようとするが、間に合わない。

「きえええええええっ!」

 奇声を上げながら、男の村人は少女に接近し――

「ぎえええええええっ!」

 ぶっ飛ばされた。――ってぇ!?
 いきなりワケの分からない状態になって、俺は目を疑った。同時に《アクティブ・ソナー》を撃って少女の周辺を探る。なんだ、この異様な濃度の魔力は。
 姿こそ見えないが、何かがいるのだ。確実に。

 ポチがいれば何か見えたかも知れないけどな……。

 アンデッド系だろうか、と疑うが、そんな禍禍しい反応もない。どちらかというと、精霊に近い感じかも知れない。
 あの女の子に戦意はどう見てもないし、おそらく見えない何かの単独行動だろう。さて、どうしたものか?

「あの、私が行ってみます」
「メイ?」
「たぶん、ですけど、どうにかなります。私も見た目は小さい女の子ですし、害意さえ見えなければ話くらいは出来るかと」

 難色を示す目線を向けるが、メイの意思は固い。
 確かにメイなら行けるかもしれない、か。よし、やるか。もし何かあってもすぐに助ける。

 俺が頷くと、メイが歩き出す。

 すると、メイの想定通り、妨害に会わず少女のすぐそばまで近寄れた。

「ねぇ、あなた、そこで何をしているの?」

 ゆっくりと屈んで、メイは少女と目線を合わせながら語り掛ける。その口調は柔らかい。
 そのおかげだろうか、少女はぴく、と反応を示して、ようやく芋を齧ることを止めてメイを見た。

「……あなた、幸せ?」
「え?」
「幸せが見える」

 戸惑うメイの頬に、少女はしれっと触れた。

「あなた、不幸の印があるのに、幸せそう。どうして?」
「え、不幸の印、あ……」

 奴隷紋のことだ。
 メイも気付いて、かなりの動揺を見せた。メイにとって奴隷紋は禁句だ。俺が介入すべきか?
 だが、少女はそんなメイを落ち着かせるように、もう片方の手でまたメイの頬を撫でる。

「いま、幸せ?」

 じっと感情の宿らない目で見つめられて、メイは更に戸惑いを見せる。だが、それも少しだけだった。すぐに微笑みを取り戻し、頬を触れる手に手を重ねる。

「うん。幸せ。私は今、幸せだよ。もうダメだって思った時に助けて貰えて、大事に思える人にずっと仕えることが出来ているから」
「……そう。幸せ」

 そう言って、また少女は芋を手に取る。

「え、いや、ちょっと待って。質問に戻りたいんだけど」
「……何?」

 メイが慌てて話を軌道修正する。
 というか、なんだったんだ、今のやり取りは。

「どうしてこんなところで、お芋さん食べてるの? しかも生で。良くないよ?」
「うん、大丈夫。私、幸せを食べてるから」
「ううん、良く分からないかな。どういうことか教えてくれないかな?」
「このお芋、幸せ。色んな人と、色んなところから恵みを貰って、育ってる。だから幸せ。でも、その幸せは、誰かを不幸にする。だから、私が食べるの」

 いきなり小難しい話になってきたな。
 俺は首を傾げつつも、メイに話を続けてもらうよう目線を送る。
 メイは心得たと頷いて、さらに質問をする。

「誰かに、そう言われたの?」
「うん。ぱぱ」
「ぱぱ?」
「そう。ぱぱも、誰かにたのまれたって言ってた」

 なるほどな。
 なんで少女が派遣されてきたかは謎だが、誰かの意思であることに間違いはなさそうだ。たぶん、芋に関わる何かで。ある程度の流れが分かったタイミングで、俺は村人たちを見た。

「ということで、あの少女はたぶん嫌がらせでやってきて芋を食べてます。何か心当たりは?」

 ストレートに問うと、村人同士が互いに見て何やらぶつくさ言い出す。

「たぶん、あるわ」

 答えたのは俺に抱き付いてきていたおばちゃんだ。
 ってことは、その大元を何とかしないと、これからも嫌がらせは続くってことだな。さてこれはどうしたものか。
 俺が受けた依頼はあくまでも芋泥棒の討伐だ。つまりあの少女をどうにか出来れば依頼は完遂である。だがあの少女を討伐するのは少し気が引ける、というか、心情的に無理。
 メイとは話をするようだから、今この場を退けさせることは可能だが、またやってくるだろう。

 こういってはアレだが、少女にまともな判断能力はない。

 また命令されたらきっとやってくる。
 そうしたら元の木阿弥。依頼を解決した、ってことにはならないよなぁ。

「それはどういうモノか分かるんですか?」
「隣のアッシーナって村の連中よ」
「アッシーナ?」

 おうむ返しに訊くと、おばちゃんは重々しい表情で頷いた。

「奴等も芋を特産品にしてるんだけどね、品質も味もウチより一段階劣るんだよ。それを妬んで、ここ最近嫌がらせしてきてるんだよ」
「なるほど……」

 この村が弱体化して、芋の生産にダメージがあれば、必然的に隣村に注目が集まる。
 そうしてブランド芋として発信するつもり、ってことか?
 なんとも浅ましいことだが、それで芋の生産量が減ったりしたら困る。それに味や品質が劣るものがブランドになるってことも、王都の農産業全体に悪影響を与えかねないしな。

 なんかメンドーだけど、やるしかないよなぁ、これ。

 ビミョーに依頼内容と変わってくるから、この辺りのことも話さないとな。
 依頼内容というのはよく跳ねて中身が変わる。そうなった場合、依頼内容を変更してもらうよう交渉するのは冒険者の役割だ。もちろん問題になった場合、ギルドに報告して仲介してもらうとかもあるけど。

「とりあえず、今はあの女の子をどうにかしますけど、その辺りをどうするか、決めて貰えますか」
「決めるって? ってどうにかするって、やっつけてくれないのかい?」
「今、あの子に芋を食べるのを止めさせることは出来ます。でも、あの子に罪の意識はないし、誰かに命令されてやってきてます。また、もし戦いになった場合、畑がどうなるか保証出来ません」

 俺は事実を次々と述べていく。少女を手にかけるつもりはない、と言外に伝えつつ。

「彼女は得体の知れない何かに護られていますから、本格的な戦いになった場合、どんな被害が出るか想像も出来ないんですよ。下手したら畑が全滅……ってこともあり得ますし、あの子の背後に何かがあると分かっている以上、あの子をなんとかしたところで、第二、第三の刺客が送られてくるでしょうし?」
「むう……」
「ということで、今この場は収束させるので、とりあえず、その後をどうするか検討してもらえます?」

 畳みかけるように言うと、おばちゃんは唸りながら引き下がってくれた。
 俺が村人たちを説得している間に、メイも女の子の説得を終えたらしい。手を引っ張って連れて来た。片手にはしっかりと芋を持ってるけど。

「あの、ご主人さま」
「うん、ご苦労様。よくやったな」
「えへへっ……ってそうじゃなくてですね」

 頭を撫でると、メイは嬉しそうにしながらも少し困った表情を見せた。
 女の子はしっかりとメイの手を繋ぎながらも、俺の服の裾を掴んでくる。

「あなた、幸せの、元?」
「うん?」

 問われてる意味が分からず、俺は首を傾げる。

「聞いた。メイ、あなたがいるから、幸せ、私、幸せ、好き」
「おう、そうか」
「だから、ついていく」
「…………………………はい?」

 分からずまた首を傾げると、女の子は少しだけ微笑んだ。ような気がした。

「うん。分かる。あなた、幸せの元」

 どうしよう。意味が完全に行方不明だ。おいどうした常識とか言葉を理解する能力とか、丸ごと息してねぇぞ。どうしよう、どうしたらいいんだっ!?
 目線だけで狼狽をメイに伝えるが、メイは苦笑するだけだ。

「さっきから付いていく、って聞いてくれなくて……どうしましょう」
「いったい何をしたんだ……?」

 つっこむと、メイはただ苦笑して頬をかくだけだ。
 後でしっかり聞くことにして、とりあえず、この女の子をどうするか、だ。
 とはいえ、どうすることも出来ないよな。拒否したところで効果なさそうだし。女の子にはパパがいるらしいから、その人にしっかりと引き取ってもらおう。

「ま、いっか。とりあえず、もう村に悪さしちゃダメだぞ?」
「それで、幸せ?」
「ああ。色んな人が幸せになる」
「分かった。じゃあもうしない。幸せの味、するけど」

 少しだけ残念そうに、女の子は俯いた。

「あのねぇ」

 そんな女の子に声をかけたのはおばちゃんだった。

「確かにウチの芋は生でも食べられるって評判のブランド芋だ。けどね、もっと美味しい食べ方はいくらでもあるんだよ。畑をやっている人間からしてみれば、ものすごく悲しいね」
「え?」
「ウチに来るんだろ。家に招待してあげるよ。こう見えてあたしは村長の娘だからね!」

 どん、と胸を叩いておばちゃんは鼻息を荒くさせた。

「え、あの、えっと?」
「芋を喰い散らかしたのは腹が立つけど、悪いのはその女の子じゃなくて、女の子を利用してる連中なんだろ? だったら、水に流すもんだよ」

 見た目通り、なんとも恰幅が良くて気前が良いな。

「まぁ。村の連中にはあたしから話を通しておくから。それと、さっきの件だけど、依頼内容の変更でお願いしようと思うよ」
「ってことは、大元の調査まで含めるってことですね」
「そうだい。依頼料はどれだけ上がるか、計算してくれるかい?」
「ちょっとお時間もらいますけどね」

 俺は頷いた。

「それじゃあ、村へおいで。作戦会議ってやつだ! まずはアッシーナのアホどもの話をしないとね!」

 アホって言ったよ、この人。
 俺は顔を引きつらせるしか出来なかった。

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