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第二百話

 国営第一ギルドは、王都のメインストリートの一角に居を構える巨大ギルドだ。国営なんだから当然なんだけどな。ほとんど公的機関みたいなもので、まずここに所属するって冒険者も多い。とにかくこなす依頼の数も多いし、種類も幅広い。

 そんなギルドの建物は、シンプルな造りだ。

 見張りが建つ門構えをくぐれば、大きな扉があって、中はちょっと豪華なホテルのエントランスだ。赤い絨毯がすごく目立つな。
 俺とメイは早速依頼を受けることにしていた。
 寮へはその後に戻って引き払う予定だ。とはいえ、ほとんどの荷物はもう新居に送ってるから、すぐに作業は済むはずだ。

 俺はそのエントランスを進み、いくつものカウンターが並ぶ一角へ辿り着く。

「あの、今日から冒険者登録したグラナダですけど」

 少し遠慮がちに声をかけると、受付の女性は笑顔を向けてくれた。
 俺とメイはカウンターに証書を提出する。

「確認しました。無事に卒業出来たのね」
「ええ。なんとか」
「特進科をなんとか、ねぇ。お姉さんとても思えないけど。ともあれご苦労様」

 この女性とは学園時代からの知り合いだ。何度も実習でお世話になったからな。すっかり打ち解けている。
 女性は気さくな調子で話かけてくる。けど動かす手は止めないので、かなり優秀な人だ。

「それでこれからどうするの?」
「はい、早速一つ依頼を受けようかな、と」
「あら。良い心がけね。丁度良い依頼があるのよ。ついてきて」

 手を叩いて女性は笑った。
 さっと席を立って、依頼の貼り出されている掲示板へ俺たちを案内する。
 コルクボードの掲示板は幾つもあって、五段階の難易度別に分かれている。どれを受けるかは冒険者の自由だが、依頼に応じた《冒険者ポイント》が溜まっていないと受注出来ないシステムだ。

 俺とメイは現在七〇〇ポイント溜まってる。学生時代に得たポイントだ。

 これは特進科の中だと平均的な数値だ(フィリオやアリアスなんかは二〇〇〇ポイントくらい稼いでたけどな)から、ランク的に言うと、第二段階の依頼までは受注出来る。
 俺のポイントだと、規模の小さい魔物退治や、ちょっとした町までの護衛ならこなせるってレベルだ。
 ちなみにハインリッヒは四〇万近いポイントを稼いでるそうだ。

「これなんだけどね」

 あまり質の良くない羊皮紙を剥がし、女性は俺に渡してくる。

 【至急・秘密厳守】芋畑泥棒の討伐依頼 要求ポイント二五〇 付与ポイント十五

 と書かれていた。
 俺なら余裕で受けられる依頼だ。至急案件、秘密厳守は依頼料が高くなるのだが、そうでもない。少し怪訝になりながら読み進めると、依頼主の場所も明記されていない。なんだこりゃ。

「この村はポテトの名産地として有名なんだけどね。ここ最近泥棒に悩まされてるらしいのよ」
「その割には依頼料安くないですか?」
「うん。理由は簡単で、犯人が既に分かってるみたいなのよ。だから秘密らしいんだけど」

 人差し指を立てながら女性は教えてくれた。
 つまりあれか。ギルドとしても扱いにくい依頼ってことか。要求ポイントからしてそこまで難しいモノではないが、怪しい匂いもする。それならば斥候として新人冒険者をあてがうって算段だろう。
 っていうか、誰も受けたくないだろうしな、こんなもん。

「処理してくれると、お姉さん嬉しいな?」
「場所にも寄るんですけど」
「受注してくれないと詳しくは教えられないんだけど、そこまで遠くないわよ」

 まぁ秘密、だし当然か。
 俺は少しだけ思案する。怪しい。けど、犯人が分かっているなら、日帰りでもこなせるか? 一応、宿泊費用なんかは相手もちって明記されてるし、ポイント稼ぎにはちょうど良いか。
 それに俺は新人。ここでギルドに好印象を持ってもらうのは大きい。

「良いですよ。受注します」
「ほんと! 嬉しいわ。それじゃあ早速手続きするから、カウンターまで戻って」
「はい」

 それから俺は手続きを済ませる。
 依頼の羊皮紙には微弱な魔力が籠められていて、俺はそれと契約することになる。違反をしたり、反故にしたりすると罰せられる。もちろん、冒険者の命に関わるようなことは別だけど。
 簡単な説明を受けてから、俺は羊皮紙を受け取った。

「ありがとうね」
「いえ。それじゃあ行ってきます」

 短い挨拶を済ませ、俺とメイは向かうことにした。
 場所は王都から東にある小さな村のようだ。確かここは芋の名産地で、王都にもよく下してたはずだな。
 歩けは半日くらいかかるので、俺はクータに乗って向かうことにした。

「このメンバーは久しぶりですね」

 空の風を感じながら、メイはたなびく髪を纏めながら微笑んで来た。

「そう言えばそうだな。ずっとフィリオたちがいたし」

 学園で実習する時は基本チームだったしな。俺、メイ、ポチ(アテナとアルテミス)、クータのメンツはホントに久しぶりな気がする。
 どこか新鮮味さえ感じるぐらいだ。さすがにそう思うとちょっと寂しいけどな。

「私としては、ご主人さまと一緒なので嬉しいですけどね」
「いつも一緒だろ?」
「そうですけど、嬉しいものは嬉しいんです」
「そっか」

 俺は相槌を打ちながらも、内心では怪訝になっていた。
 すると、何故かポチが俺の背中に尻尾を叩きつけてくる。なんでだよ!
 思いっきり睨んでやると、ポチは鼻を鳴らすばかりだ。

『このにぶちんめ』

 どっからそんな言葉覚えてきたんだ、お前は。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 アルテミード村。
 それが、依頼を出してきた村だ。本当にのどかな畑風景が広がって、土の強い匂いがする。

 どこか田舎村っぽい雰囲気もあって、なんか俺としては過ごしやすい感覚だな。

 のどかで穏やかな空気を味わいつつ進んでいくと、村が見えて来た。
 クータには隠蔽魔法をかけた上で一旦上空へ移動してもらう。たぶん、いつものようにどこかで遊んでくるとは思うけど。
 村は雑木林に隣接していた。たぶん、中に泉とかがあって、村の水源になってるんだろう。

『主』
「ああ、魔物の気配だな」

 鮮やかな香りの中に、濃厚な穢れた獣の臭い。俺はすぐに《ソウル・ソナー》を撃った。
 返って来た反応は少し異質だった。
 まず、気配の集団は一つの塊になっていて、かなり反応が大人しい。魔力の大きさからして、おそらくゴブリンとかコボルトどもなんだろうけど、ここまで動きがないのも変だ。

『かなり警戒だけはしているようだな。それに、臭いが馴染んでいない』
「ってことは、ここにきて最近ってことか?」
『そのようだな』

 じゃあ、どこかの縄張り争いに負けてやってきた魔物の群れか何かってことか。
 警戒してるってことはまだ外で悪さをしてるって感じでもないか。だとしたら畑を荒らしてる犯人じゃあない。それに周辺の畑も荒らされてないしな。でも、近いうちに村を襲う可能性が高い。

「ご主人さま?」
「近くに魔物の群れがいるみたいだ」
「それは大変ですね。どうしますか?」
「狩っておくことに越したことはないかな」

 人里に脅威をもたらす魔物は依頼が無くても狩ったら報奨金が出るし、ポイントも手に入る。

「いくか」
「はい」

 進路を変え、俺とメイは雑木林の中へ入る。
 木々の密度はそんなに高くなくて、歩きやすい。道も人の手が入っている。それに果実も豊富で、村にとっても重要な食料源になっていそうだ。
 足音を殺しつつ、隠蔽魔法をかけて進んでいくと、ほどなく泉に辿り着いた。

「この臭い……血、ですね」
「だな」

 漂う香りに警戒を高めつつ、俺たちは気配のもとへ急ぐ。
 泉のさらに奥へ行くと、少しだけ開けた場所があって、そこに魔物の群れはいた。

「ギ、ギィ……」

 数は全部で約三〇くらいか。ゴブリンどもの群れだった。
 様子がおかしいのは、戦闘要員だろう武装したゴブリンたちが全員傷だらけってことだ。しかもただ争いに負けた感じじゃあない。ゴブリンどもの誰もが、四肢を欠損していた。

 おぞましい光景に、ぞっとする。

 血の臭いは濃いが、血がまき散らされている感じでもない。

『他の冒険者どもに襲われた……ワケではなさそうだが。どうする?』
「仕留める。手負いなら尚更危険だ。メイ、頼むぞ」

 魔物の回復力はかなり高い。反面、かなりエネルギーを消費するらしく、よく腹を空かす。
 そうなったら村を襲うだろう。

 俺はわざと魔力を高め、物音立てて飛び出す。
 野性的な反応でゴブリンどもが警戒し、一斉に武器を取る。そして間髪おかずに襲ってくる。
 なるほど、相当怖い思いをしたんだな。過剰反応だ。

 冷静に判断しつつ、俺は魔法を解放した。

「《エアロ》」

 暴風が吹き荒れ、ゴブリンどもの足を止める。
 瞬間、隠れていたメイが飛び出し、ゴブリンの群れの側面を突く!

「はぁぁっ! 炎轟剣っ!」

 大剣を振り下ろし、地面をめくれ上げさせながら炎を撒き散らす。凄まじい音と破壊が起こり、たった一撃でゴブリンどものほとんどが倒された。断末魔は弱い。
 飛び交う大小様々な土塊と石の中、俺はハンドガンを抜き、まだ生き残ったゴブリンを狙撃していく。

 風で加速のつけられた魔法の弾丸は、吸い込まれるようにしてゴブリンの脳天を貫いていく。

 本当にあっけなく戦闘は終わる。
 ふう、と死屍累々を見下ろしつつ安堵の息を吐く。
 後はゴブリンの死体から出る魔物石を回収すればいい。

「……ポチ、任せていいか」
『構わん。後で追いつこう』

 ポチの返事は早かった。さすがだ。感じ取ったか聞き取ったか。
 騒がしい気配が生まれたのだ。それも、村の方で。
 俺とメイは即座に反転し、雑木林を突っ切る。また広がった景色は芋畑が広がっていて、村人たちが集団になって何かを見守っている。ざわざわとしているが、皆、手を出そうともしない。

 なんだ? 獣か? いや、そんな気配じゃないぞ。

 訝りながらも近寄ると、異様な光景があった。
 その畑には、小さい女の子がいた。
 そして。

 食べているのだ。少女が。

 芋を。生で。

 な、なんだこの状況? どういうことだ?

「あ、あの。すみません」

 俺は近くの比較的冷静そうな村人に声をかける。ちょっと恰幅の良いおばちゃんだ。
 気付いて振り返ってもらったタイミングで、俺は依頼の羊皮紙を見せる。

「依頼を受けてやってきた冒険者なんですけど」
「おお! 来てくれたかい! 早くなんとかしておくれよ、あのままじゃあ村の芋全部喰われちまう!」
「え、あ、あの、どういうことなんです?」
「見ての通りだい! あの娘だよ! あの娘が、私達の畑を荒らしてるんだよ!」

 あ、荒らしてる……。
 いや確かにお芋をさっきから素手で掘り返しては土をぱんぱんとはたいて齧ってるけど。
 しかもひたすらに、黙々と。

 う、うーん。これ、どういうことだ?

 俺は本気で首をひねった。

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