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第百九十四話

「「「おおおおおおおっ!」」」

 攻撃が始まる。
 火が、水が、雷が、風が。そして刃が。
 一気に破壊エネルギーとなり、空気を溶かしながら突き進んでいく!

 その後を追いかけるように、俺は地面を蹴った。氷どころか、地面さえ剥ぎ取るエネルギーは渦を巻いていて、止められるものじゃあない。

『主、乗れ』

 そんな俺に並走してきたのは、ポチだ。素早くその背中に飛び移ると、グン、と加速した。
 俺は振り落とされないようにポチの首筋を掴んだ。

『良いか、主。《神撃》は加速していればいるほど、より速く斬れる。活用しろ』
「そうだったのか?」
『言わなかったか?』
「一言も聞いてないから今まさに訊いてるんだけど?」
『……よし、とりあえず行くぞ!』

 この駄犬め。前言撤回だこのヤロウ。
 内心で再評価しつつも、俺はリラックス出来ていた。これで、スムーズに攻撃出来るな。

 破壊が、始まる。

 エネルギーの渦が衝突し、弾けて轟音を響かせる。空気が二重になったように震え、衝撃の壁を生みながら、氷の結晶を次々と薙ぎ払っていく!
 轟音と破壊音と破砕音が重なり、ただの衝撃波となる中、その穴は、出来た。

 破壊の残滓が風となる中、俺は確かにベリアルを見据えた。
 タイミングを見計らったかのように、ポチの加速が最大になり、俺は力を解放する。

「《真・神撃》っ!」

 ポチの背中から飛び出し、俺は光の矢のように走る。
 いける。
 俺はそう確信した。

「単純だな」

 次の瞬間、俺は地面を舐めていた。って――は? え?
 何が起こったか分からない。ただ衝撃が全身を打ちのめして、俺は空気を全部吐き出させられた。
 鉄の味。吐血。意味が、分からない。
 気が付いたら俺はバウンドしていて、何度も地面をもんどりうって転がっていた。

 遠くで、誰かの声が聞こえる。

 誰だ? ――だれだよ。

 空白を埋めるように考えていると、次の衝撃が全身を襲った。なんだ、何が起こった? 不思議だ、力が抜けていく――力? 違う。もっと根源的な、何かだ。
 全身がバラバラになりそうな痺れの中、俺は誰かに捕まれた。

『主っ!!』

 頭が割れるような音量のテレパシーを叩き込まれて、俺に感覚が戻る。
 まずやってきたのは、激痛だった。

「っがっ……!?」

 鉄さび味の液体が口の中にへばりついていて、気持ち悪い。いや、それ以上に、マジで痛い!
 なんだこれ、なんだこれ!?
 叫ぶことさえ出来ず、俺はただ呻く。

「ご主人さまっ!」

 悲鳴のような、メイの声。ポチが急停止すると同時に俺はずるりと滑り落ちた。くそ、踏ん張る力さえ残ってない。
 だが、俺は地面に激突しなかった。メイが受け止めたのだ。そんなメイが、目の前で真っ赤に染まっていく。メイの血じゃない。俺の、血だ。

「そんな、なんて、なんてヒドい!」
「すぐに回復を! 《ヒール》!」

 動揺するメイの後ろから、フィリオが駆け寄ってきて魔法をかけてくる。すぐに担任も追いついてきて、回復魔法をかけてくれた。だが、その回復速度が遅い。

「ケガが重すぎますねぇ。《セント・ハイヒール》」

 さらにセリナが魔法をかける。だが、それでも――たぶん、足りない。
 自分の中から漏れ出る何かの方が、僅かに多い。
 それはセリナにも伝わったのか、見る間にセリナの表情が険しくなる。

「癒し手が足りませんっ……治癒術師を!」
「その癒し手は、クロイロハのヤロウが殺しやがったからな……」

 双子の片割れが、口惜しそうに言う。
 そうか、そうだったな。

「ご主人さま、そんな、どうして……!」
「簡単な話さ」

 狼狽するメイに返事をする形で、ベリアルは口を挟んで来た。ゆっくり視線を送ると、相変わらずベリアルは足を組んで玉座に鎮座していた。

「確かにその攻撃は速い。喰らえば、私もダメージを負うだろう。だが、その実、貴様はその速さに全く対応できていない。つまり、タイミングが同じなんだよ。実に読みやすい」

 ベリアルは人差し指を立て、くい、と下に曲げた。

「どれだけその犬で加速しようとも、速度計算さえ出来ればタイミングは分かる。故に、それに沿って、カウンターを仕掛けただけだ。こう、地面に叩きつけるようにね?」

 衝撃的なことを、しれっと言いやがるな、コイツ。
 誰もが唖然とする中で、ベリアルはくっく、と嗤う。
 あのとんでもない加速の中、俺をしっかり捉えてカウンター仕掛けてきたってことだろ、それ。

「後はその制御出来ない速度は、そのまま凶器になる。君が助からない程にね?」

 予見していたことをズバリ言い当てられて、俺は胸が空っぽになった。
 死ぬ……死ぬ?
 って、んなワケねぇよ。ちょっと舐めすぎだぞ。
 俺は冷めた思考で、ゆっくりと身体を動かす。確か、まだ一個残ってたはずだ。
 俺の動きに気付いたのは、メイだった。即座に考えを読み取ったようで、俺の腰にぶら下げるポーチの蓋を取って中を探った。取り出したのは、小さいボックスだ。

「ご主人さまっ! そうか、これを!」

 俺は小さく頷く。
 激痛と引き換えに超再生が行われる魔法道具(マジックアイテム)だ。これがあれば――!

「それを、この私がさせると思うのか?」

 瞬間、ベリアルが指を動かす。
 直後、飛び出したのはライゴウと担任だった。それにフィリオたちが続く。

「させねぇんだよ!」

 アマンダが吼え、長剣から刃を飛ばす。呼応して、アリアスが風の魔法を、エッジが炎を放つ。
 ――だが。
 その攻撃が、途中で停止した。ただ暴力的な魔力で受け止めただけだっていうのを気付けたのは、たぶん、俺だけだろう。それぐらい有り得ない現象だった。

「無駄なことを。矮小なるものどもよ、思い知れ」

 ぱちん、と、指を鳴らした、その瞬間だった。

 ――

 ――――

 ――――――――

 気が付くと、俺の身体は、再生していた。いつの間に激痛がやってきたのかは分からない。とにかく、俺は無事らしい。
 白い霧が立ち込める中、俺はゆっくりと身体を起こす。

 穏やかな風を起こし、俺は周囲の霧を払いのける。

 ……意味が、分からなかった。
 ただ、世界が真っ白に染め上げられていて、俺以外の全員が、氷に閉ざされていたのだ。

「な、なんだ、これ……」

 いや、氷じゃあない。
 近くで閉じ込められているメイに触れて、俺は悟る。これは、魔力の結晶だ。素早く《ソウル・ソナー》を撃つと、生命反応はしっかりとあった。
 だが、少しずつだが、漏れ出てもいる。もしかして、吸収してるのか? いや、違うな。これは、無理やり外に漏らしてるんだ。

「気付いたか?」

 その声だけで、霧が晴れていく。
 視界がクリアになり、玉座に座るベリアルが愉悦に顔を歪めていた。

「ゲームだ。分かっているだろうが、君はわざと生かした。何故なら、この中で君が一番面白いからだ」
「……っ!」
「このまま時間が経過すれば、その結晶に閉じ込められた全員が死ぬ。それまでに、君は私を玉座から動かすことが出来れば勝ちだ。良いな?」

 拒否権のない確認だった。
 俺はただ黙って魔力を高める。
 どうすれば良いか分からない。どうやって戦うのかも見えない。ただただ、圧倒的だから。魔神という力の強さを知った瞬間だ。

 けど、――けど。

 メイを、仲間をこのままにしておけるかよ。絶望がどうした、絶体絶命がどうした、そんなもん!
 内側から沸き上がる激情のまま、俺はハンドガンを構える。
 俺の大切な人たちを奪うヤツは、絶対に許さない。

『主。私も行くぞ』

 結晶化を免れたらしい、ポチが傍に寄り添ってくる。さすが神獣か。そのふわふわした体毛の奥には、アテナとアルテミスもいる。雷を迸らせていて、戦闘準備は万端だ。
 心強い。
 俺はちらりとメイを見た。メイは、笑ってくれたような気がした。

 ――ご主人さま、信じてます。

 そんな声も、聞こえた気がした。
 いや、そうなんだろう。そう言ってくれたんだろう。だったら、やるしかないよな。
 怒りもある。悲しみもある。きっとそういうのが、起死回生の一撃に繋がるんだ。

「やれるだけやるぞ」

 俺は、低い声でそう告げた。

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