1-3-14 美弥ちゃんの口撃?龍馬の家出?
優ちゃんのタブレットは教員棟の地下施設内にいる友人と繋がったままだ。
内部はいまだに騒然とした状態のようだが、中の女子に美弥先生率いる料理部の面々が第三者として相談に来たと伝えてもらうと、急に静まりかえり入口が解放された。
「これはこれは森里先生、何度も連絡を入れたのですが一向に繋がらなく心配していました。直接来ていただけるとは予想外です」
「ええ、大谷先生。繋がらないのではなく、男性教師陣は全て着信拒否リストに入れていましたの。最初に掛けてきた男性教師のもの言いが凄く失礼でしたので、ごめんなさい」
「そうでしたか……で、別館の方々もこちらに来る気になられたのですね?」
「いいえ、こちらにその気は全く無いですわよ?どうしてそう思われたのかさっぱりです」
今度は高等部の教頭がやってきて、美弥ちゃんを責めたてる。
「森里先生、あなた教師として恥ずかしくないのですか?あのような狂った生徒と一緒に行動を共にして!中等部の女子たちをあのような狂犬からすぐに救い出してあげないと危険です!見てください、私の目をいきなりくり抜いたのですよ!」
これには菜奈と雅が切れたのだが、美弥ちゃんと桜に手で止められ我慢したようだ。
「あらあら、わたくし教師として恥ずかしい事はしていませんわよ。むしろあなたこそよく教頭をやっていられましたね。大谷さん、あなたもそうです。教師とか言うのも烏滸がましいですわ。菜奈ちゃん例の録音を……」
菜奈は龍馬のノートパソコンからスマホのメモリーに、会話と動画を龍馬が隣でふて寝してる間に全てコピーしていたのである。それをボリューム最大で流したのだ。密閉された地下空間でそれはよく響きわたった。
「な、な、ななぜそのようなものを君が持っているんだ!寄こしたまえ!」
「あらあら、何を慌ててるのでしょうか?これはあくまでコピーですよ。龍馬君は何度相談しても無視され続けたので、独自に自衛を始めたのです。それからあなたの目をくり抜いたのは、さっきの発言であなたが見てみぬ振りをしろと言ったからですよね?見ないならその眼は要らないだろうという事だそうですよ。それから龍馬君の担任は聞く耳を持たなかったから耳を貰うと言ってました。体育教師は1時間程前に既に殺害したみたいですね。高等部の教師陣は気を付けた方がいいですよ。龍馬君は本気です。あえてあなたを殺さず目だけ抉って皆にメッセージとして生かしているのですからね」
雅は美弥ちゃんの龍馬並の口撃に感心したのか、嬉しそうな笑みを浮かべている。
桜や他の女子たちも、いつもの美弥ちゃんと違って頼もしく見えたのか嬉しそうだ。
美弥ちゃん先生は、龍馬の意図して行った皆へのプレッシャーとしてのメッセージを、最大限に効果が出るように煽ったのだ。これで高等部の先生たちは、ついさっき本当に殺人を犯した龍馬の陰にびくつきながら過ごさないといけないことになる。事実、龍馬の担任だった者は気絶寸前にまで追い込まれている。
「ん!美弥ちゃん、カッコ可愛い!後でナデナデしてあげる!」
「中等部の別館は学校の所持するものだ、君たちは勝手に占拠している。すぐに明け渡してこちらに来なさい!」
「あらあら、まだそのような事を言うのですか?そもそも、もうここは学園の物ではなく、異世界に来ちゃったのですからこの土地の領主、もしくはこの国の国王のものですよ。それにあなた、いつまで教頭面するのですか?もし私に教頭面するのでしたら給料を払ってくださいな。勿論この世界の通貨でですよ。もうあちらに二度と帰れないそうなので、日本のお金を貰ってもしょうがないですからね」
「美弥ちゃん先生、なんか龍馬君が乗り移っちゃったみたいになってるよね?」
「ん、でもカッコ可愛いから問題なし」
「兄様の調子いい時の口撃ですね」
「攻撃じゃなく口撃なのね……怖いわね」
「でも帰ったら、兄様に同じ目に遭うかも……泣くまでまた責められるかな」
美弥ちゃんが頑張ってるのに、後ろでボソボソとそんな会話がされている。
「屁理屈ばかりこねおって!」
「屁理屈ではなく事実でしょう。もう、ここは異世界なのですよ?どういう理由で女子を解放しないのかは知りませんが、もう貴方たちに教師面して拘束する権利は無いのです。生徒の前で刃傷沙汰までして、いい大人が恥ずかしくないのですか?あなたたちと話し合うのも時間の無駄ですので、希望者の女子は体育館に連れて行きますね」
「何を勝手な事を!そんな事許すはずないだろう!」
「あらあら、何故大谷さんに許可を貰う必要があるのですか?」
「俺はここのリーダーだ!勝手な事は許さない!」
「あなたがそう言っているだけで、女子生徒はあなたに監禁されていると言っていますわよ?日本でもこの世界でもそれは犯罪行為です。それにあなたや教頭、他の男子生徒にいやらしい目で見られて、もうここに居たくないそうです。体育館で強姦事件があったように、あなたにレイプされると言っています」
「な!そんな事するはずがないだろう!誰が言ってるんだ!」
「そんな事とか言ってますが、あなたさっき校長を刺したでしょう。日本でもこちらの世界でも傷害罪が適用されます。と言うより、こちらの世界では相手が刃物を抜いた時点で殺しちゃってもいいそうです。龍馬君が相手だったらあなた死んでますね。龍馬君、凄く強いですよ~」
「あれは、ついカッとなって……反省してる」
「あなたの反省なんて、既にどうでもいいのです。移動希望をしている女子は連れて行きますね。女教師の方も希望者はどうぞ」
美弥ちゃん先生は、これ以上話す事は無いという感じに大谷を無視して女子生徒の誘導を始めた。
「ふざけるな!」
かっとした大谷は美弥ちゃん先生に掴みかかろうとしたのだが―――
ズン!
雅の腹パンが大谷に炸裂する!
「あらあら、ごめんなさい。うちの娘たちは手が早いので注意してくださいね」
「森里先生待ちなさい!少し話し合おうではないか」
「あら、教頭さん。あなたが話し合わなくちゃいけなかった龍馬君の事案はもう手遅れでしょ?この件は話し合う余地すらないですよ?嫌がる女子を監禁しているのですから……問答無用です。抵抗するなら強制排除です」
「君みたいなちびに負けるはずがないだろう!」
教頭が手を伸ばした瞬間―――
ズン!
美弥ちゃんの蹴りが炸裂する!
ちみっこの美弥ちゃんが175cm程の教頭を3m程も蹴り飛ばしたのだ。
「手出ししてこなければ何もしませんが、抵抗するなら容赦しません!監禁なんて絶対許しませんからね!」
美弥ちゃんたちに殴りかかろうとする奴らは他には居なかった。
龍馬が出張っていたらここまで穏便に片付かなかっただろう……間違いなく修羅場になっていたはずだ。
全員確保できると思っていたが、女教師1名と女子生徒3名が残るそうだ。
男子の性欲があちらの世界の3倍程高い事、女子の排卵周期には良い匂いのフェロモンが出てさらに危険になる事も伝えたのだが、理解したうえで残るそうだ。
残ると言う4名のうちの2名は好きな男子がいるからだとのこと。
彼氏の居ない美弥ちゃんがちょっと不機嫌なのは言うまでもない。
一方その頃、龍馬はフィリアを華道室に呼び出し尋問中だった。
「妾は止めたのじゃ!嘘じゃないぞ!」
龍馬君、激オコである。
「言いだしっぺは桜なんだな?」
あまりの龍馬の迫力に、直ぐにゲロってしまったフィリアだった。
「皆、龍馬の事を思ってした事じゃ、許してあげてほしいのじゃ!」
「これを許したら、規律なんてないのと一緒だろ。俺というリーダーの意味がないじゃないか」
「その事もちゃんと言ったのじゃが、其方の事を心配してのぅ。桜は其方だけが汚れ仕事をするのが嫌なんだそうじゃ」
「ふぅ、気持ちはありがたいが、これじゃあこの先やっていけない。俺の信用を裏切ったんだ、それなりに反省してもらう必要がある。菜奈と雅が付いていったのなら無傷で制圧できるだろうけど、さてどうしようか?」
「許してはやれぬのか?」
「ダメだね。ここで許すとまたやりかねない」
「ふむ、どうする気じゃ?」
「少し俺も自由にさせてもらう事にする。レベルが後1つで20になるからセカンドジョブが選べるようになる。そうするともっと強く出来るから、ちょっとレベ上げに出掛けてくるよ。皆には怒って出ていったって言ってくれるか?」
「家出した事にするのか?」
「いや、出ていったとだけ伝えてくれればいい」
「それだと菜奈が発狂して探し回るかもしれぬの……」
「余計な事は言うんじゃないぞ。俺に心配させるような事を勝手にやったんだ。俺無しで行動するなら俺は要らないんだろうって言ってたと伝えてくれ。それから万が一の為に俺のインベントリ内の食料と武器は置いていく。何かのミスで死んでしまったら、ここが一気に食糧難になっちゃうからな」
「其方はそう言うが、それも只の嫌がらせじゃろ?万が一などありえぬ。態と食料を残して本気度アピールの為じゃろ?」
「まぁそうなんだけどね。皆には秘密だぞ……でも、状況次第でバラしていいから、そのへんはフィリアの判断に任せるよ」
俺が居なくなったことで体育館組と合併する可能性もあるから、そういう話がでた場合はフィリアにネタばらしして阻止してほしいのだ。
「了解じゃ。念のために聞いておくが、どのくらいの予定で帰ってくるのじゃ?」
「木材も大量に欲しいし、草原地帯には無いだろうから、薬草やキノコ類も街までの移動で必要な分を確保してくる。遅くても二日程で戻ってくるよ。オーバーするようならこっそりフィリアにメールを入れるようにする」
インベントリ内の食料と水や武器などを華道室の隅に大量に積み上げていく。
「どうやら、上手く制圧したようだな。女子を引き連れて体育館に移動中みたいだ。帰ってくる前に俺はいくね」
【周辺探索】のスキルを発動しMAPを見ながらそうつぶやいた。
「大丈夫とは思うが、気を付けるのじゃぞ」
「一応MAPとナビーでここの警戒はしておくけど、フィリア以外の全員を着信拒否リストに入れるからそのつもりでいてね。オークの襲撃があったら直ぐに転移魔法でここに飛んでくる」
「ふむ、了解じゃ」
「じゃー行ってくる」
「夜だから狼に気を付けるのじゃぞ。奴らは鼻と夜目が利くからの」
「わかった、気を付ける」
そっと別館を抜け出し、闇夜の森に怖がる事も無く、ちょっとウキウキしながら闇に溶け込むのであった。