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第百八十八話

 全員が警戒に魔力を高める。
 刹那、帝国の連中が一斉に魔法を発動させる。
 ドン、と衝撃音だけがやってきて、濃密な霧が生み出されていく!

「これはっ……!」

 その濃霧は風に乗って広がり、瞬く間に闘技場全体を覆っていく。その速度はかなりのものだ。
 ――毒霧か?
 俺は迫りくる霧に《鑑定》スキルを放つ。毒鑑定スキルでも良いが、こっちの方が魔力効率が良いのだ。

 結果がすぐに脳裏に表示され、毒性がないことを確認しながらも、こめられた魔力と効果に舌打ちする。それは気配を探知しにくくするというものだ。
 試しに《アクティブ・ソナー》を放ったが、確かに鈍い。

「《エアロ》っ!」

 俺は風の魔法を放つ。強風は一時的に霧を押しのけたが、すぐにまた霧が迫って来る。
 あっという間に視界は真っ白に染められた。

「どういうことだ?」
「霧が継続発生してるってことだろ」

 エッジの疑問に俺が答える。
 とにかくこれは立派な攻撃として認識するべきだ。特に、俺たちだけになった瞬間に使ってきたことを踏まえると、俺たちに対抗する手段と思って良い。
 と、なると、下手に動くとマズいか。霧と特性からして、奇襲を仕掛けてきそうな気配だしな。
 かなり悪くなった視界の中、俺は迎撃することに決めた。

「セリナ、気配探知を。ポチも頼む」
「分かりました。相手の出方を見るのですねぇ」
『承知した』

 言う間に、みんなが集まってくる。
 ここは陣形を固めて全方位を警戒しながら出方を待つか。もし強力な魔法を使ってくるなら感知出来るはずだしな。

「……相手は『神の子』だっけ?」

 アマンダが右を警戒し、長刀を構えながら零す。

「噂は色々と入って来るわね。帝国始まって以来の麒麟児、誰もが頭を垂れる、時期帝王とまで。今までただの一度も負けたことがなく、上級魔族の群れさえ単独で撃破したそうよ」
「なんじゃそりゃ。ハインリッヒさんかよ」
「上級魔族の群れの下りは嘘っぱちだろうけどね」

 思わずツッコミを入れると、アリアスがため息交じりに言った。

「でも、表に出してくるってことは、強いことに間違いないわね。実際、去年もとんでもなかったし」
「見てたのか?」
「兄さまがゲストとして呼ばれた時にね。二年先輩が出てたんだけど、途中まで優勢だったのよ。でも、アイツが投入されると、今みたいに霧が出て、しばらくしたら先輩たちは全滅していたわ」

 アリアスが顔を強張らせながら伝えてくる。
 ってことは、どうやって先輩たちが倒されたのか、まるで分からないってことか。とはいえ、二年先輩にはキッチリとSSR(エスエスレア)がいるし、チームとしてのまとまりもあったはずだ。
 実際、このバトルロワイアルでも生き残っていたのだから、それが証明だしな。

「しかも、アイツは余裕の表情で、無傷だった。何かとんでもないモノを持っているのは違いないわ」

 アリアスは言いつつ俺を見る。ってなんで俺だよ。
 まるでアンタみたいね、とか言い出しそうな表情すんな。ある意味俺も規格外なんだろうけど。

「じゃあ油断しないで、挑むべきですね」

 メイの言葉に、全員が頷く。
 もっと接近してくれていれば、俺の《鑑定》スキルで看破できたかもしれないんだけどな。とはいえ、勝手に動くワケにはいかない。
 それにこっちにはハインリッヒの再来とまで言われるフィリオがいるからな。さっきも見事に相手のエースを撃破してくれたんだ。実際、かなり強くなっている。

『主』

 ポチが鋭く警告を送ってくる。反射的に俺は魔法を放った。

「《エアロ》っ!」

 轟、と音を立てて風が吹き荒れ、周囲の霧が弾き飛ばされる。ただ風を強くするために裏技ミキシングしたので、範囲は広い。
 鮮やかに霧が吹き飛ばされ、周囲の視界が明るくなる。

 そして。

 姿を見せたのは、アザミだった。って、こんな近くにまで近寄って来てたのか!
 一斉に全員が警戒を最大限に引き上げて身構える。俺を除けば全員がSSR(エスエスレア)というとんでもパーティだ。しかし、アザミは何一つ動じる様子はない。

「へぇ、気付いたんだ。中々良いカンしてるね? それとも、優秀なレーダーがいるのかな?」

 澄んだ声で、アザミは慇懃無礼に言ってくる。

「答える必要はねぇな?」

 対して、エッジが挑発的に言い返す。だが、アザミは鼻で笑い飛ばした。

「それもそうだ。無粋だったかな? でもまぁ良いんだ、どっちでも」

 すらり、と、アザミが刀を抜く。黒い刀身からは、膨大な魔力を感じられた。纏っているのは、風と闇の二つか。
 とんでもない威圧を覚えていると、アザミは黒い刀をフィリオに向けた。

「君かな? ハインリッヒの再来とまで言われている男は」
「……一応、そうだけど?」
「手合わせ願えるかな? 是非とも戦ってみたいと思っていたんだ」

 不敵な笑みを一切崩さず、アザミは言い放つ。
 すかさず俺は周囲を索敵するが、反応はない。ポチも同様の様子だ。ってことは、ガチでタイマンか。

「……良いだろう」

 フィリオが一歩前に出て応じる。
 同時に、俺たちは少しだけ下がった。

「実に紳士的な対応だね。さすが王都サマ?」
「勘違いするな」

 揶揄してくるアザミに反駁したのは、アマンダだ。

「俺たちが助けなくても、フィリオならお前一人倒せるってことだ」
「ふーん、言ってくれるね。まぁ良いや、後悔するのはそっちだしね」

 痛烈な返しだったが、アザミの表情はやはり変わらない。よっぽど自信があるのだろう。
 油断するなよ、と目線を送ろうとしたが、フィリオにその様子はなかった。全身にしっかりと気合を入れこんで剣を構える。
 その隙の見えない構えは威圧を放ち、アザミを捉える。

「少しくらい、油断してくれても良いのに」

 言いながら、アザミは刀を揺らす。その切っ先から黒い墨のようなものが漏れ、空中に軌跡を描いていく。なんだ、アレは。ヤバいぞ!
 思った矢先、その軌跡が蠢いた。

 攻撃は、もう始まってる!

 フィリオも気付き、即座に防御の構えを取った。

「《影斬り》」

 その墨はいきなり伸び、まるで稲妻のような軌跡を残しながらフィリオの剣を掴み、絡みつく。
 フィリオは即座に振り払おうとするが、びくともしない。
 軌跡の先が地面に突き刺さって固定したためだ。

「何っ……!?」
「さぁ、行くよ」

 畳みかけるように、アザミは次々と刀を舞わせ、軌跡を生み出しては放ってくる!

「《雷神》っ!」

 刹那、フィリオは剣を手放して瞬間的に加速して移動する。
 そのまま素早く右へ回り込みながら、魔力を高めて《雷神》を発動させて接近を試みる。

「早いね」

 ただそう評して、アザミはバックステップした。 
 瞬間、フィリオがそこに追い縋る。

「《ヴォルド・ワンレイル》!」

 フィリオが腕に稲妻を迸らせながら放った魔法は、だがアザミの刀の軌跡が生み出した黒い墨によって弾かれる。だが、その墨も同時に崩れて散った。
 なるほど、耐久力そのものはなさそうだ。
 というか、魔法攻撃に弱いって感じか。

 一瞬の睨み合い。仕掛けたのはフィリオだ。

「《ベフィルナ・サークルディル》!」

 地面を踏みつけながら魔法を放つ。
 バキバキと円環状に地面を砕き、礫を生んでは周囲に放っていく!
 周囲を無差別に攻撃していく飛礫をアザミは静かに回避していく。時に刀や墨で撃ち落としながら。
 だが、フィリオの狙いはそれではない。

「へぇ、剣を回収するためか」

 飛礫によって墨が破壊され、解放された剣を手にするフィリオを見てアザミも理解して言う。けどどこまでも余裕だな。

「《雷神連》!」

 そこへフィリオが一気に仕掛ける。
 雷の波動で急加速し、一瞬にして間合いを詰める。だが一撃を加えるより早くまた加速し、アザミの背後に回り込んでから剣を振るう。
 だがアザミは分かっているかのように振り返りつつ刀を盾にして一撃を受け止めた。
 鋭い金属の剣戟を響かせた直後、壮絶な斬り合いが始まった。

「はぁぁぁぁっ!」
「ふっ」

 矢継ぎ早に袈裟、横、下からと斬撃を繰り出すフィリオの猛烈な攻撃を、アザミは的確に捌き、更に同時に生み出していた墨を繰り出して反撃する。
 フィリオは捕まらないように立ち回りつつ、時折《雷神》を混ぜ込んで回避したり、リズムを急激に変化させて相手の虚を突こうと狙う。
 だが、アザミはのらりくらりと回避していく。

「……かなりの使い手ね」

 互角で推移していく戦いを見ながら、アリアスが呟いた。
 俺も同意見だ。
 技量、その他全て加味しても、フィリオと遜色がない。純粋な剣術に置いて、フィリオは間違いなく俺たちの中でもトップだ。そんなヤツと剣術で互角に渡り合えるのだから、相当なものと思って良い。

 だがそれは、剣術と、己の特性を使った戦いで、だ。

「《ヴォルド・ワンレイル》」
「むっ!」

 合間を縫うように、フィリオが高速で魔法を放つ。
 アザミは咄嗟に墨で盾を形成して弾く。だが、そこにフィリオが更に魔法を放った。

「《エア・スラッシュ》」

 生み出されたのは風の刃だ。
 不可視の一撃を、アザミはまた墨を生み出して防ぐ。砕ける墨。

 これが、フィリオの新たなスキル、《高速詠唱》だ。

 効果は魔法の高速発動。フィリオはこれを駆使して魔法を間隙に放っているのである。とはいえ、まだスキルレベルが低いので初級から中級魔法の発動をそこそこ早くさせる程度の力しかないが、それでも十分だ。

 瞬間、フィリオは《雷神》を使って左から奇襲を仕掛ける。鮮やかな踏み込みと共に横薙ぎの一撃が放たれ、たまらずアザミは刀で応じた。
 鈍い金属音。

「《雷衝剣》」

 そんな鈍い高鳴りの中、フィリオがスキルを発動させる。
 電撃が弾け、一瞬でアザミの刀が大きく強く弾かれた。アザミの顔から、初めて笑顔が消えた。

「はあああああああああっ!」

 すかさずフィリオが飛び込む。
 既に構えは整えられていて、後は一撃を加えるだけだ!

「影の身代わり」
「――《雷神剣》っ!」
 完全に勝利を確信した瞬間、アザミは冷たい声を出し、その全身を真っ黒に染め上げた。僅か後にフィリオの必殺とも言える一撃が炸裂する。
 空気が戦慄き、腹の底まで響く地響きにも似た炸裂音を響かせた一撃は、その真っ黒を破砕し。

 その後ろに、無傷のアザミがいた。

 そうか、全身に墨を纏って身代わりにした上、自分は後ろに押し出されたのか。
 とんでもない回避技を持ってたな。けど、それを最初から使わなかったってことは、相応に魔力を消費するものなのだろう。
 バラバラと墨が砕けて散り落ちる中、雷を纏ったフィリオと黒を纏ったアザミは真っ向から睨み合う。

「さすが、ハインリッヒの再来と謳われるだけあるね」
「そっちこそ。さすが《神の子》と言われるだけある」

 互いに褒めてから、地面を蹴ろうとして。
 フィリオが躓いて地面に落ちた。って、なんだ!?

「でも、甘い」

 アザミが言葉を続ける。フィリオは信じられないといった表情で起き上がろうとするが、ぴくりとも出来ない。なんだ? 何を仕掛けられた!?
 混乱するのも束の間、アザミはその手のひらに墨を集結させながら嘲笑いの表情を浮かべる。

「バカだなぁ。この墨が何なのか、もっと探るべきだったんじゃないかな?」
「……ぐっ!」
「もしかして、攻撃を当てたらあっさり壊れたから、そこまで重要視しなかったのかな? だとしたら相当甘い判断だったなぁ?」

 図星を突かれたらしいフィリオは悔しそうに表情を歪めた。
 確かに、俺もあれは魔力で生み出された物質としか思ってなかった。攻守にも使われていたし、特殊な能力であろうとは思っていたが。

「教えてあげるよ。これは影さ。僕や君の影なんだよ。それを切り取って吸い上げて使っているだけ。だからこそ、影に影を縫い付けることで、本体を動けなくさせる効果があるんだ」

 というより、それが本来の用途のはずだ。
 俺だけでなく、全員が苦る。だが、同時にそれは致命的な情報だ。接近戦を拒めば、その影の攻撃はそこまで怖くない。

「ああ、そんなこと喋っても良いのか、って? 構わないんだよ」

 アザミはこっちの思惑を読みすかすように言って、嘲る。集めた墨――否、影を自分の少し前方に浮かせ、懐から小さな瓶を取り出す。
 僅かにアザミの手が光り、魔力が宿る。
 直後だった。

「――うぐっ!?」
「メイ!?」

 いきなり腹を押さえて蹲るメイに、俺は覆いかぶさるようにして背中をさする。同時に状態を調べると、腹部の奴隷紋が異常な反応を示していた。

「あれ? その娘、奴隷紋持ちなんだ? 意外だな。というか、今年の王都の選抜メンバーは面白いね。その娘といい、R(レア)が混じっていたりといい」
「テメェ……何した!」

 俺が威嚇に魔力を全開にしながら猛るが、アザミは何一つ動じる様子はない。
 呼応するように、アマンダたちも威圧を放つが、関係ないとばかりに鼻で嗤った。

「大した威圧だね? そんなカリカリしても無駄だよ?」

 ずず、と、何かが這い出る感覚が、足元からやってきた。 

「《ひれ伏せ、格下ども》」

 まるでエコーがかかったかのような声に、とてつもない重圧がやってきた。
 ズシン、と身体が重くなり、一切動けなくなる!

 は? 何、なんだ、これ!

 ワケが分からないまま混乱だけがやってくる。どれだけ魔力を振り絞っても動けない!

「無駄だよ。僕のアビリティ――《帝王の呼び声》は、自分よりレアリティが低い全てを強制的に屈服させる効果があるんだ」

 ――は? なんだそりゃ、どんなチートだよ……!

「今の僕はSSR+(エスエスレアプラス)。だから、フィリオくん。君以外を屈服させることが出来る。だから、ぶっちゃけて君さえどうにかなれば、僕の勝ちは確定なんだ」
「……!」

 フィリオの表情が変わる。
 そうか、それでフィリオとのタイマンを仕掛けたのか。やってくれる!

「その君も、僕の力で動けなくなった。後はどうすれば良いか――簡単だよ」

 ピン、と、アザミが瓶の蓋を取り出し、自ら生み出した影の球体に少しだけ注ぐ。
 なんだ、あの禍々しい魔力は!

「これはね、奴隷紋に使用する液体なんだ。本来、これを使って奴隷紋を刻むのは三日くらいキッチリした儀式魔法が必要なんだけど、僕が使えば、それを省略できるんだ。もちろん、効果はその分限られてて、せいぜい一時間くらいなんだけどね?」

 アザミの笑みが黒く、深くなる。

「――でも、それで十分だろう?」
「貴様っ、何をっ……!」
「フィリオ。君は僕の奴隷だ。今から奴等を、君の仲間を――殺せ。残虐にね。ああ、そうだ」

 影が分割し、二つに割れる。

「そこの奴隷紋持ち。お前も特別に参加させてやるよ。どうも僕の持っている原液と同じ素材で奴隷紋を刻まれたみたいだから、簡単に制御できるだろうしね?」

 ――何?
 頭が真っ白になった。同時に、メイの表情も変わる。

「な、なにを……っ? あ、ああああっ!」

 びくん、と、メイの身体が大きく跳ねる!

「さぁ、宴の始まりだ」

 アザミは、そう言い放った。

しおり