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第百八十五話

「ちょ、ちょっとライゴウさん! さすがにやりすぎっすよ!」

 教室の有様を見て、担任が苦情を申し立てるが、ライゴウはただ豪快に笑い飛ばすだけである。
 相変わらず、このオッサンは剛毅豪胆だな。

「がっはっはっはっは!! 何を言いよる。このガキ共が脆弱なだけじゃ!」
「まだ子供ですからね!? そんな歴戦の猛者でもない限り受け止められないような波動を放たないでって言ってるんです!」
「戦場では大人も子供もない。ただ駆逐するかされるか、しかないんだぞ? まさかその真理を忘れたか」
「ここは戦場じゃないです。が、く、え、ん、です!」
「そんなことを言って甘やかすからここ最近帝国に一歩遅れるんだろうが!」

 ライゴウは一喝を飛ばしてくる。いや無茶苦茶だろうに。
 ここはその戦場でも耐えられるように鍛える機関でしょうが。

「まぁいい。このワシが預かる以上、とてつもなく強くしてやるわい! がっはっはっはっはっは!!」
「……預かるって、やっぱそういうことですか?」

 ジト目で担任を睨むと、担任は沈痛そうに頷いた。
 ということは、アレか。対抗戦に挑む俺たちの特別講師で、俺たちはこれからライゴウに連れられて特訓に励むってことか。

「俺は抵抗したんだがな……本人たっての希望ってことで……」

 本人たっての希望?
 もう嫌な予感しかしない言葉に、俺は思いっきり眉を寄せた。不信感全力でライゴウを見ると、ライゴウはそれはそれはもう好戦的極まりない目線を俺に向けてくれた。
 このジジイ、俺と戦いたいからって理由かまさか!?

「大丈夫ですか、ご主人様! 何が……」

 力の限り拒否感を出そうとしていると、決死の形相のメイが飛び込んで来た。
 ばち、と、火花が散るように、ライゴウとメイの目線が飛び交い、一瞬で二人の表情が変化する。
 ライゴウはまるで乙女のように顔を赤くさせ、メイは汚物を見るかのような表情に。

「ま、孫っ……!」
「孫じゃないです」

 ぴしゃりと言い放ち、メイは駆け足で俺の後ろに回り込んだ。

「んぐぅっ……!?」

 その素っ気ない態度にライゴウは何かに射抜かれたのか、心臓を押さえながらのけ反った。
 なんだそりゃ。
 しばらく硬直していたが、ライゴウは姿勢を戻すと、ただじっとメイを見つめる。その目線は明らかに慈愛に満ちていて、もう困惑しかない。

 これはアレか。俺と戦いたいってのもあるけど、俺がいればメイがいる。メイをもう一度見たいとかお爺ちゃんと呼ばれたいとか、そういう狙いもあるのか。

「先生。いくらなんでもどうかと思うんですけど。今回の件を引き受けたの、絶対私情一〇〇パーですよ」
「俺もそう思うんだが、もう決定事項は覆らんと思うぞ」
「大人の汚い事情ですね」
「耳が痛いばかりだが、ライゴウさんに鍛えられたら強くなれることは事実だ」

 痛烈に突き刺すが、担任はしっかりと反論してきた。

「ハッキリと俺より強いからな。こと戦闘においてはエキスパートだから」
「……一応訊きますけど、死人、出ませんよね?」

 訊ねると、担任はそっと目を逸らした。って死人出るかもしれないのか!? いやまぁそうですね、それっぽいですけどね! 加減とか絶対知らないだろうし、むしろしないだろうしね!?
 内心でツッコミを叩き込んでいると、ようやくみんなが起き上がり出す。

「がっはっはっはっは!! それじゃあ早速行くとするかのう!」

 それを見て、ライゴウは豪快に笑いながら言う。

「い、行くって?」

 まだ状況を掴めていないらしいフィリオが戦々恐々としながら訊くと、ライゴウはその顔に皺を刻み込んだ。

「決まっておるじゃろう、山籠もりじゃ。ちょうど北に山があるからな」
「え、嫌ですけど」
「拒否権などない!!」

 即座に頭ごなしに怒鳴られ、俺は肩を竦めた。
 っていうか北の山ってあそこだろ!? 魔物蔓延る霊山ぢゃねぇか! しかも様々なドラゴンが住んでるってことでも有名で、冒険者でも入らない、未踏の地だぞ! 好き好んで誰がいくかっ!

「いやでもそんなトコ、命が幾つあっても足りないでしょ!」
「常に緊張感は必要じゃろう」
「緊張感高すぎて死を迎えるのが早いって言ってるんです!」
「何を言っておるのじゃ」

 ライゴウは深いため息をつき、また笑んだ。

「このワシがいるのじゃぞ? お前らの誰一人とて死なせるはずがないじゃろう」

 ……なっ!
 自信満々に言い放たれ、俺は絶句した。
 そしてその僅かな間に反駁の機会は奪われ、誰もがライゴウに憧れの目線を送る。

「……ま、そういうワケだ。しっかりやってこいや」

 最後には担任にまで言われ、俺は何も言えなくなった。
 これはあれだ。せめてポチとクータを連れて行って自衛の手段を最大限にしておかないとな。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 鬱蒼とした、濃い緑の香り。近くには川も流れているようで、せせらぎの音もする。
 それだけなら、豊かな自然の森なんだが――。

「ギャシャアアアアアアアアッ!」
「「「うわあああああああっ!?」」」

 俺たちは絶賛、ドラゴンに追いかけられていた。
 周囲には何体ものドラゴンの死体が転がっていて、むせ返るような血の臭いが充満している。放っておけば濃い魔力のせいで、次々と強力な魔物をおびき寄せてしまうため、早々に処理するか逃げるかしかないのだが、そんなことをしている暇はない。

 ライゴウによって連れ出された森。

 王都の北側に位置する、万年雪の積もる連峰。その麓の森に俺たちはいて、荒々しい歓迎を受けていた。
 則ち、ドラゴンの群れの襲撃だ。

「がっはっはっはっはっは!! 楽しいのう、楽しいのうっ!」

 すぐ真後ろでドラゴンが大口を開けていて、すぐ右ではブレスが通過してるって言うのに、ライゴウは喝采をあげていた。その大剣にも既にびっしりと血がついていて、むしろライゴウは血塗れだ。
 まぁ、血塗れなのは俺たちも同じなんだけど。
 ドラゴンの群れに襲われ、俺たちは即座に全力戦闘を強要された。俺もなりふり構っていられなくて、クータとポチを前線に出しながら、最大の力で戦ったのだが。

 まぁ、くるわくるわドラゴンの群れ。

 一体だけでもシャレにならんのに、あんなに来られたらもうどうしようもない。
 ドラゴンの中でも比較的強くない部類のブルードラゴンやグレードラゴンは何とか退けられても、それ以上の上位種が束になってくるとなると、幾ら何でも無茶だっつうの。

「《エアロっ!》」
「風神剣っ!」
「雷神剣っ!」
「《エアロブルーム》っ!」
「火闇剣、《飛》っ!」
「火神拳、《砲》っ!」

 俺が魔法を放ち、みんなが次々と技を繰り出す。
 バギバギと森を薙ぎ払いながら、凄まじい破壊エネルギーを内包した一撃はすぐ右から襲い掛かろうとしてきていたグレードラゴンの顔面を叩き、ぶち砕く。
 頭を失ったドラゴンは、血を大量に撒き散らしながら地面に倒れ、また真っ赤な血を地面に染み込ませていく。

「がっはっはっはっはっは!! やるな!」

 それを見て、ライゴウが豪快に笑う。こっちは左側からやってきていたブルードラゴンを戦斧で一刀両断していた。

「やるな、じゃないですもうすぐ魔力尽きそうなんですけど!?」
「そうじゃろうな! ワシも今のでスッカラカンじゃスッカラカン!」
「よく笑ってられますねぇ!」
「がっはっはっはっはっは!! これは死ぬかもしれんの! 自分の身は自分で守れよ!」
「さっき教室で吐いた言葉を早速齟齬にするんじゃないですよ――――っ!?」
「さっきはさっき、今は今じゃ!」
「ちくしょう! 後悔だ、後悔しかねぇっ!!」

 俺は吐き捨てつつも、現状の打破を必死に考える。
 これ以上ここにいるのは危険すぎる。いい加減走るのも限界だしな。主にフィリオたちが。ライゴウはスタミナだけはバカにあるし、俺はハインリッヒとの走り込みである程度鍛えられてるけど。

 ダメだな、ここは逃げるしかない。

 俺は即座に《アクティブソナー》と《ソウル・ソナー》を撃って周囲の状況を確認する。よし、クータより早い種族はいなさそうだな。

「クータ、ポチっ!」

 俺が名を呼ぶと、近くで戦っていたポチが即座にやってくる。こっちも血塗れで、相当に激しい戦闘を繰り広げていたのが良く分かる。その周囲を飛ぶのはアテナとアルテミスだ。バチバチと稲妻を迸らせている辺り、荒ぶっている様子だ。
 上空からはセリナとクータがやってくる。

 あっちもかなりの激戦を繰り広げてたみたいだな。

「撤退だ、クータ、みんなを頼む! メイは俺とポチに乗るぞ、急げ! 魔法でぶちあげるぞ!」
「分かりましたっ!」

 俺の矢継ぎ早の指示に従い、メイが俺のすぐ傍にやってくる。
 合わせてポチが俺の隣に並走を始める。俺はメイを抱えて同時に飛び乗り、更に魔法を放つ。
 俺の魔力を感知し、クータがぐいっと頭から降下を始めた。

「《エアロ》っ!」
「「「どわああぁっ!?」」」

 強風が唸り、上昇気流となって全員の足元から持ち上げる!
 クータがそこへ躍りかかり、みんなを綺麗に拾い上げてから高度を上げた。
 そこへセリナも着地し、クータがグン、と加速する。
 見届けてから、俺はメイから魔力水を受け取って飲み干す。うげぇ、メイがブレンドして味を改良してくれてるけど、それでもマズいな。
 けど、言ってる場合じゃないな。俺はビンをメイに返しつつ、魔力を高めた。

「――《真・神威》っ!」

 ――ばぢばぢばぢばぢばぢばぢばぢっ!!

 凄まじい轟音を響かせ、電撃の嵐が周囲を無差別に薙ぎ払う!
 さすがにこれだけの破壊、ドラゴンといえどもタダでは済まない。俺たちを執拗に追いかけていたレッドドラゴンも直撃を喰らい、大きくのけぞって悲鳴を上げた。

 目眩と共に動けなくなるが、メイがしっかりと後ろから支えてくれた。

「ポチ! 頼む!」
『任せろ』

 ポチが加速する。森の中の景色が一気に加速し、メイは俺の姿勢を低くさせる。
 呼吸さえ苦しくなるような風圧なのに、ポチは踊るように走りながら木々の間をすり抜ける。

「っく、はぁ……」
「大丈夫ですか、ご主人様」

 ようやく動けるようになると、メイがすかさず背中をさすってくれた。

「ああ、大丈夫。助かった」

 俺が無茶をする時、メイがいると楽だ。何も言わないでも支えてくれるし、望んだことをしてくれる。
 こういう部分では幸せなんだよな、俺。
 背中を安心して預けられるパートナーがいるってことは強いと思うんだ。

『クータからだ。もうすぐ奴らのテリトリーを抜ける、だそうだ』
「そうか……さすがに外までは追いかけてこないだろうから、集合場所を設けよう。どっかないか?」
『少し大きい泉があるそうだが』
「じゃあそこで」

 即答すると、ポチとクータが少しだけ方向を変えた。
 警戒で《アクティブソナー》を撃つと、確かに気配が遠ざかりつつあった。
 ポチとクータがようやく速度を落とし始め、茂みの中をかき分ける。すると、泉が目の前に広がった。

「泉、っていうか、ちょっと大きすぎる池って感じか? 小さい湖とも言えるけど」
「そんな感じですね」

 ここは重要な水源でもあるのだろう、緑も非常に豊かだ。ただ水分量が多いのか、霧がかってるけど。
 湖畔は平野になっていて、背の低い草が広がっている。クータが降りてくるのにも十分なスペースがある。

「ありがとな」
『お安い御用だ』

 ポチから降りて、俺はポチの頭と首筋を優しく撫でてやる。するとクータもやってきたので、同じように顔を撫でてから首筋をさすってやった。

「きゅあ」
「よしよし。クータもありがとな」

 なついてくるクータをあやしていると、こんな悪魔みたいな目に遭わせた当事者が豪快に笑う。

「がっはっはっはっは!! なんとか生き残れたな!」
「生き残れたな、じゃないですよ! 本気で死ぬところだったじゃないですか!」

 ぐったりして怒りさえ表に出せないみんなに代わって、俺が怒りをぶちまける。
 さすがにやりすぎだ。本気で死人が出ててもおかしくなかったのだ。

「そう怒るな。ワシもまさか群れと遭遇するとは思わなかったんじゃ。ドラゴンは狙ってたがのぅ」
「狙ってた?」
「そうじゃ。ほれ、こんだけドラゴンの生き血を回収してきたぞ」

 あんだけバカみたいに暴れながら、なんちゅうもんを回収してんだ。

「ドラゴンの新鮮な生き血にはの、ある効果があるんじゃ。それは、全取得経験値の増加じゃ」
「全取得経験値の増加?」
「うむ。これでレベルアップがしやすくなる上に、スキルのレベルも上がりやすくなるってもんじゃ。あまり知られてない効果だぞ?」

 そらそうだろ。誰が好き好んでドラゴンと戦うもんかよ。
 内心でツッコミを入れつつも、俺はライゴウの狙いをなんとなく察した。言ってしまえば、今の俺たちはボーナス状態ってワケだ。それで訓練したら、いつもより効率よく強くなれるんだろう。

 だったら最初っからそう言え!?

 俺は沸々と湧いてくる怒りを抑えきれず、クータを見た。

「クータ、泉に投げ落としていいぞ」
「グルガァァァァァアアアアっ!!」
「何故じゃああああああああああっ!?」

 俺の命令に従い、クータは吠えて衝撃波を放ち、ライゴウをぶっ飛ばした。
 当たり前だっつうの。

しおり