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第百八十二話

 ――勝った?

 俺は着地してから、ゆっくりとその場に座り込んだ。一気に緊張が抜けると同時に、《神威》の反動がやってくる。ぐっと目眩さえする始末だ。
 あーくそ、これ、完全に魔力が空っぽになったな。ガス欠もいいトコだわ。

 座っているのさえ辛くて、俺はごろんと床に寝転がる。服が土に塗れるけど仕方がない。

「あははは、ホンマに完全燃焼って感じやね。ほら、これあげるさかい、立ち上がり」

 言いながらアレンは俺の近くに膝を下ろし、魔力水をくれた。
 ちょっとしかめっ面になったのは、魔力水のマズさを思い出したからだ。それでも口に含めないワケにはいかないので、俺は覚悟を決めて一気飲みする。

 あー。マズ。

 だが、活力が一気に蘇る。体内を巡る魔力が蘇って、俺は少しだけ楽になった。
 その間に、アレンは担任の蘇生措置を済ませていく。この地下は模擬戦フィールドだから、回復魔法さえかけてやれば肉体が元に戻る。
 とはいえ、簡単に回復するワケじゃなく、しばらく時間がかかるのだが。

「あんたさん、上手くやったな。ちゃんと自分の中で戦術組み立てられてたやんか」
「ギリギリのギリギリですけどね」

 ぶっちゃけて勝てたのは奇跡に等しい。
 今回、担任に見せたのはほとんど新しい技だ。しかも奇襲性能が高く、初見殺しとも言える。それなのに担任は野生のカンに等しい何かで捌き切ったのだ。
 さすがSSR(エスエスレア)って感じだ。
 しかも俺は担任の戦術をある程度知ってるわけで、それに有功的な戦術も組み立ててた。にも関わらず、結局、俺は魔力を完全消費するまで追い込まれ、最後で戦術がハマったからなんとか勝てた。

 もし担任がもう少し冷静だったら、たぶん俺は負けてたはずだ。

 俺からすれば有り得ない。
 もちろん俺のステータスが強化されている状態だったら別なんだろうけど。とはいえ、次はないな。

「せやけど、勝ちは勝ちやで。相手の隙や弱点を突く、自分の有利なフィールドで戦う。これは戦闘において基本の基本や。それを徹底した上で上手く立ち回ったんやし、ええことやで」

 アレンは炭化した担任に魔法をかけ続けながら言う。

「相手は《疾風》や。冒険者の中でも名を馳せた有名人やで? そらもう現役退いて結構経つオッサンやけども、いまでも一線で活躍できるバケモンや。それをこないにしてまうんやから、胸はってええんちゃうか?」
「でも次は勝てませんよ」
「そこまで分かってるなら尚更やな」

 苦笑して言うと、アレンはよりにこやかに笑った。

「ま、ちゃんと目標は達成したワケやし、ワイもちゃんと願いを叶えてやらなアカンなぁ」
「ああ、そう言えば、とっておきをくれるって……」
「少しだけ待ってくれるか? このオッサン再生させなアカン」

 俺は黙って頷き、スキルの自動回復に集中する。これで何かが変わるワケではないのだが。
 しばらく待っていると、アレンは回復魔法を終えて離れる。そこには、綺麗に回復した担任が寝転がっていた。ダメージの影響なのだろうか、気絶したままだ。

「ま、放置してたらそのうち起きるやろ。さて、その間にやるコトやらんとな」

 言いながらアレンは俺に近づいてくる。何故か魔力を漲らせて。
 え、ちょ、え? なんですか、なんでそんな舌なめずりまでするんですか?
 俺は思いっきりビビって思わず後退るが、体力の摩耗も激しく、あっという間に追いつかれた。アレンはその表情のまま、人差し指でトン、と俺の額を叩く。
 なんですか、「許せ」とか言われるんですか。俺、あんたとそんな愛憎関係でもないし兄弟でもないぞ。

「ほな、コピー始めよか」

 ……コピー?
 思っていると、グン、と俺の中に何かが入り込んで来た。あれ、これって――?

 スキル《鑑定》が【継承】されました!

 ……は?

「生前継承ってヤツや。ワイのはアビリティやけど、スキルでも存在するねん。というかまぁ、ワイがスキルにまで変化させたんやけどな。性能はまぁ、ワイの劣化版って感じやけど、それでも相手のステータスを調べるには十分やし、色々と便利やで?」
「え、いや、え?」
「ちなみにワイが本気で鑑定すると寿命まで見えてまうしな……そんなん不必要やろ?」
「え、あ、ハイ」
「なんや、気のない返事やなぁ。要らんのんか?」

 俺は迷わず頭を振った。
 いや、だって。鑑定だぞ。鑑定スキルだぞ。

 恐らく、世界でも使い手は数えられるくらいしかいないはずだ。

 そんなのをしれっと継承してくるとか、この人なんなの? もしかしてあれか。気付かないけど実はハインリッヒと同じ属性か何かか? バカじゃないの?

「言っとくけど、ワイはハインリッヒみたいに人がええワケちゃうさかいな。誰にだってあげるんちゃうっていうか、あんたさんが初めてなんやからな」

 どこか拗ねたようにアレンは言う。男のツンデレとか誰得だよ。
 内心でツッコミを入れつつ、俺は苦笑しながら受け入れた。とにかく《鑑定スキル》はとんでもなく良いものだ。

「それと、もう一つやな。これはまた後日教えてあげるわ。ワイのオリジナルスキル――《春風駘蕩》を」
「なんですか、それ」
「全身に薄く魔力の膜をはった状態で動くことで相手の認識をブレさせつつ、チェンジオブペースをすることで、相手からすればゆっくり動いてるように見えるのに、実は高速で動いてるってヤツや」

 つまり、チェンジオブペースの究極系か。

「これの習得は並大抵やないから、基礎概念を教えるくらいで終わりそうやけど……まぁ、あんたさんならなんとか使えるレベルにはなれるやろ。完全習得は無理やろうけどな、アハハハ」
「言ってくれますね……」
「レアリティが邪魔するからしゃーないね。スキルレベル限界ってヤツや。けど、だからって覚えへん理由はないし、あんたさんはRレアなんやから、最大限その特性を活かし」
「特性?」

 訝ると、アレンは大きく頷いた。

「習得の早さや。R(レア)は覚えることに関してだけはひたすらに早いからな。そのくせ、覚えられるスキルは多いんやで? もちろん適性による縛りは厳しいけど……せやし、あんたさんはそれを利用して色んな有用なスキルを覚えなはれ。器用貧乏ってヤツやな?」
「イヤな響きですね、それ」
「せやけど、それがあんたさんを救うんやで。そのとんでもない攻撃力は消費が激しいから、どうしても短期決戦を挑むしかないからな。せやし、硬軟使い分けられるようになっとき」

 実に耳に入りやすい指摘だ。
 俺は素直に頷くしか出来ない。この強くなり方が、俺の進むべき道だからな。

「わかりました。是非、お願いします」
「今までの温い特訓とはちゃうからなぁ。そこだけは覚悟しといてや?」
「…………へ?」

 俺は思いっきり顔をひきつらせた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それから、滞在期間ギリギリまで俺は特訓に明け暮れることになった。とはいえ、四六時中ではなく、ちゃんとアレンの配慮でチヒタ島を満喫させてもらったけど。
 この辺りの力加減は絶妙で、俺は改めてアレンの凄さに舌を巻いた。 

 結果、俺はスキル《春風駘蕩》を手に入れた。とはいえスキルレベルはまだ一だし、最大で四までだけどな。それでも使い物にはなるそうなので、日々の訓練に組み込むことにした。

 他にも習得したい魔法があるので、夏休みは修行で明け暮れることになりそうだ。

「あー、これで最終日なんだなぁ」

 久々に戻って来たリゾートの海に入りながら、俺は夕方になりつつある空を見上げた。
 ああ、温泉も気持ちよかったけど、海も気持ち良いよなぁ。しかも蒼なのに透明だし。すぐ近くではメイが小さくなって戻って来たクータと遊んでいる。
 テラス席では、ポチがようやく何か丸くてもふもふした子供を連れてのんびりとしている。

「ポチ、アテナとアルテミスは海に入れないのか?」

 俺は名付けた二匹の名を呼ぶ。
 丸三日悩みに悩んで付けた名前だ。候補はたくさんあって、中にはフータとかもあったんだけど、色々と考えた結果、ギリシャ神話の女神にあやかることにした。だって強そうだし。
 名前の由来も伝えたところ、ポチもいたく気に入ってくれたので俺としても満足だ。

『入れたいのはやまやまだが、まだ自分の能力を扱えていない。下手したら海に入ったショックで電撃を解放してしまうかもしれん。そうなると……いったいどれだけの感電者が出るか……』

 ポチがどこか気まずそうに言って、俺とメイは顔をひきつらせた。
 そうしたら真っ先に俺とメイがやられるんですが。

「ま、そう言うことなら諦めよう」
『もう少しで安定すると思うのだが……そうすれば、主、アテナとアルテミスの二人と主従関係を結んでくれないだろうか』
「ぶはっ!」

 とんでもない宣言に、俺は噴き出した。いや、何言ってんの!?
 目を白黒させて動揺していると、ポチはさらに言い募ってくる。

『今の主は《神獣の使い》だからな、可能のはずだ』
「いや、それはそうだろうけど、主従関係結んでどうさせるつもりだよ」

 シライヌの眷属は自由を好む種族だ。一つに縛られて動く、というのは、本来の傾向とは違うだろ。
 そう思って訊ねると、ポチは静かに二匹を頭に乗せた。

『それが主のためになると思うからだ。これまでで思っていたが、私では小回りが利かない。もし主に何か危機が起こった時、何かが原因で私の力の支援が及ばなくなった時。必ず助けになるはずだ。その子たちも、主に名をつけてもらって、その使命感に燃えているんだ』

 ポチは俺の前で跪くようにして、姿勢を低くさせる。って待て、あんた神獣やろ。駄犬やけど。

『だから、頼まれてくれないか』

 ポチの言葉から、覚悟が伝わってくる。これは、もう逃げられないな。
 俺はため息を漏らし、覚悟を決めた。そこまで言ってくれてるんだ。俺も受け入れないと男じゃない。

「分かった。そういうことなら」

 俺は海からテラスに上がって、魔力をフェロモンに変換した。二匹に向けて《屈服》を施し、《主従》させる。
 本人たちが抵抗しないせいもあって、あっさりと済んだ。

「これで終わりだ」
『ありがとう、主。アテナとアルテミスには言語もしっかりと習得させる。それまでは少し待っててくれ』
「もちろんだ」

 そう言って、俺はポチの顎から首にかけて撫でてやる。
 しばらくポチのもふもふを楽しんでいると、海からアリアスとセリナがやってきた。

「あら、もふもふ気持ちよさそうですねぇ」
「ちょっとセリナ。堂々とテラスにあがるなんて……」
「いや、構わねぇよ。それよりどうした、何か用事か?」

 まるで我が家のようにテラスへ昇るセリナに、アリアスが咎めるが、俺は執り成した。というかもう慣れたからだ。このコテージはプライバシーなんてあってないようなもんだし。

「はい。実は先日、担任に学園から打診があったようでしてねぇ」
「打診?」

 おうむ返しに訊くと、珍しくセリナは真面目な表情だった。

「本来であれば上級生がこなすはずのイベント――《国別学園対抗戦》の参加に、どうも私達の学年が特例で担当することになりそうなんですよねぇ」

 それは、衝撃的な一言だった。

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