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第百八十一話

 ──ドン、と地面を蹴る。
 俺は同時に身体能力強化魔法フィジカリングを限界まで発動させ、更に魔力を高めながら魔法道具(マジックアイテム)を起動させた。

「──《ヴォルフ・ヤクト》っ!」

 発動させた《狼の狩り》に呼応して、背中に備え付けていた刃を解放、展開。間合いを詰めていく間に俺はハンドガンを構えた。
 まずは、一気に攻め落とす!
 俺のスタイルはどこまでいっても攻撃的だ。下手に相手の様子を見るためにおとなしく攻撃するより、罠系に引っ掛からないよう注意しながら攻めて行く方が良い。
 しっかりと間合いを詰めてから、俺はトリガーを引き絞る。

 銃口から、光が放たれた。

 狙いは、左胸と、右足!
 弾丸は吸い込まれるようにして過たず穿とうとするが――

「ほぉっ!」

 歓喜しつつ担任が武器を構え、その弾丸を弾いた。
 なんつー反射速度だ! 一瞬で狙いを悟って防いだってのか!?
 思わず苦りながらも、俺は間合いを詰めていく。

 今の俺は魔力が豊富にあるわけではない。《ヴォルフ・ヤクト》は維持だけでも魔力が消費されていくし、弾丸だって魔法だ。そうそう無駄遣いは出来ない。
 けど、ここで消極的になったら終わりだ。
 どっちにせよ、俺が挑めるのは短期決戦だけだ。ヤケになってもいけないけど、萎縮するのはダメだ。

「ああああああああっ!」

 俺は容赦なく弾丸の雨を吐き出す。ガリガリと魔力が削られるが、俺は構わず弾幕を展開した。

「ちっ」

 さすがに捌き切れないと判断した担任は、舌打ちをして大きく後ろへ退く。
 そこへ俺は突撃を敢行し、一気に距離を詰めて刃を繰り出す!

「むっ!」

 まず二枚の刃が正面から刺突しようとするが、さすがの反射を見せてメイスを構え、刃を弾く。
 瞬間、左右から回り込むようにして刃を向ける。だが、これも野性のカンよろしく、とんでもない反射でメイスを振って刃を叩きつけた。

 なんだ、あの反応は。ちょっとおかしいだろ。

 現役退いて久しいはずなのに、衰えてる様子が見えない。まぁ、逆にそうじゃなければ、俺たち特進の生徒を模擬戦でバッタバッタと薙ぎ払ってないんだろうけど。
 けど、ここは勝ちを取りに行く。
 俺は容赦なく刃を差し向ける。今度も二本。より鋭角に、早く。

「ふっ!」

 だが、それにさえ担任は反応し、空中にも関わらず姿勢を変えて防御の構えを取った。
 よし引っかかった!
 俺は即座に刃へ指示を下し、急ブレーキをかける。その制動に刃がブレ、担任を驚愕させる。同時に刃は狙いを変えてまた担任の元へ急加速した。

「やるなっ! 《エアロ・ステップ》!」

 担任は笑顔を浮かべながら魔法を発動させ、空中を《蹴って》移動してみせる。
 まだだ、それは予測出来てる!
 俺は表情を変えずに、弾かれた刃のコントロールを取り戻して襲いかからせ、残った最後の刃を担任の背後に忍ばせる。

「無駄だぞ!」
「はぁあっ!」

 担任は次々とまた刃を弾いて見せるが、その隙を僅か狙って弾丸を吐き出す。僅かな微粒子の軌跡を残す弾丸は、一発だけ《氷属性》だ。
 担任は咄嗟の動きでその弾丸をメイスで弾き――メイスが氷に鎖される。

「なっ!?」

 その瞬間を狙い、俺は刃に魔力を伝播させる。

「《アイシクルエッジ》っ!」

 発動させた魔法が広がり、刃から魔法が解き放たれる!
 全方位からの氷魔法だ!

「!? なめんなっ! 《エアロ・アーマー》っ!」

 察知した担任は即座に暴風を纏い、氷の矢を次々と散らしていく。
 あれは短時間だけ自分の周囲に暴風を呼び寄せ、防御するものだ。強力だが、維持が出来ない。つまり担任にとって奥の手の一つだ。

 よし、ちゃんと使わせたぞ。だったら、もう一回!

 くるくると回転しながら着地の姿勢を取った担任を見て、俺は息を吸いながら魔力を高め、地面を踏み抜いた。

「《ベフィモナス》っ!」

 ドン、と音を立てて地面が隆起し、無数の槍となって担任を突き殺そうと狙う!

「《フレイムボール》っ!」

 だが、担任は魔力の流れだけで危険を察したのだろう、火炎球を放ち、地面の槍を爆発で散らしながら、自分自身は爆風で上空に舞い上がる!

 ――ごぅんっ!

 遅れて爆音と爆風が俺に到達し、俺はたまらず後ろに下がった。
 くそ、なんて熱量だ。容赦なくぶっ放しやがったな!

「《エアロ》っ!」

 俺は即座に強風を巻き起こし、爆煙を吹き散らす。

「やってくれるな、グラナダ! そこまで強くなっててくれて、俺は嬉しいぞ!」

 担任は、いつの間にか氷を弾いたメイスを構えながら、好戦的に笑う。まだまだ余裕がある感じか? いや、違うな。たぶん。
 俺はため息を漏らしつつ、刃を自分の元へ引き寄せる。

「行くぞっ! 《エアロ・ブースト》っ!」

 言い放って、担任は空中で急加速した。一気に間合いを詰めて怒涛の連続攻撃を仕掛ける。これが担任のいつもの必勝パターンだ。幾ら何でもこれに巻き込まれたら勝てる気がしない。
 迎撃しようにも、絶対に強引突破してくるしな。
 ああなった担任は重戦車に等しく、止めるのは一苦労だ。

 だったら。

 俺は逃げの一手を取った。

「《エアロっ!》」

 即座に魔法を解放し、俺は地面に打ち付けた風を受けて上空に舞う。
 担任と入れ違いになる形だ。
 これまで俺の方が突っ込んでいただけに、この逃げ方は予想外だったか? ちょうど出し抜いたような感じになったな。

「ぬっ!?」

 担任が急制動をかける。
 遅い。俺はすでに次の一手を取っている!

「《クリエイション・ダガー》――《エアロ》っ!」

 生み出したのは数十本の刃。造りは荒いが、突き刺さるだけなら十分だ。追撃で風の魔法を起こし、まるで雨のように降らせる!
 担任の顔が歪み、一瞬で迎撃態勢を整えてメイスをただ薙ぎ散らす!
 暴風とも言える一撃一撃が、正確に刃を砕いていく。

 やるなっ。けど、まだ!

 俺は追撃とばかりに銃を撃つ。もちろん今回も何発か、氷属性を忍ばせてある。

「そう何度も同じ手に引っかかるかよっ!」

 担任は言いながらバックステップして回避し、着地と同時に地面を強く蹴って跳躍してきた。さすが高レアリティならではのステータス任せの跳躍か!

「疾風の異名を持つ俺に、空中戦を挑ませたこと、後悔させてやるぞ!」

 宣言しながら、担任の周囲に風の魔力が集まっていく。
 この感じ――高速飛行魔術か!? いや、違う、あんなもん使えるのはフィルニーアとハインリッヒぐらいのもんだ。だとしたら、それに似た魔術……確か、あったぞ。

「《エアロ・ダンサー》っ!」

 上級魔法!
 風の塊を生み、それをスプリング代わりにして飛び跳ねる支援系の魔法だ。だが、使い勝手が異常に難しいので、古代魔法入り確実とまで言われているマイナー魔法だ。
 こんなのを使いこなせるのかよ!

「いくぞぉ――――っ!」

 ようやく攻撃に出られると確信したのか、担任の全身から魔力と殺気が溢れ出る。
 さすがに疾風と呼ばれるだけはある。
 けど、俺も負けていない。

「《クリエイション・ストリングス》」

 生み出したのは魔力の糸だ。特別強靭なワケでもない、ただの糸だが、俺の意思には従ってくれる。糸は素早い動きで、俺の靴底と刃を結びつける。
 そのまま、俺は刃を意思で加速させた。即席のジェットだ!

「なんだ!?」

 いきなり高速機動を始めた俺に、担任が驚く。

「はぁぁぁああっ!」

 同時に刃を仕掛ける。二本は真正面から、一本は背後に忍び込ませ、二本は左右から。
 どれもこれも、一本ずつ攻撃のタイミングはずらす。それだけでなく、速度も別だ。かなり微細なコントロールが必要だが、今の俺なら大丈夫だ。

「いちいちリズムがっ……くそ、アレンめ、なんてことを教えやがった!」

 愚痴りながら、担任は風を自在に操って空中を移動し、刃の攻撃を捌いていく。
 だが、刃の方が機動力が高い上に、自在に動く。
 時に加速させ、時に停止させ、時に急加速させて。一本一本丁寧に意思を送りながら調整し、俺自身も狙われないようしっかりと動く。くそ、さすがに頭がキツいな。

「――《ウィンディア・ブロテイク》」

 刹那だった。
 風の極大魔法が発動し、周囲に展開されていた刃が全部弾き飛ばされる。
 それもコントロールを失う勢いで翻弄されてから、だ。

「へぇ、折れないか。さすがアストラル結晶だな」

 このタイミングっていうか、あの攻撃を捌きながら、一定範囲内に集まる一瞬を狙って魔法を撃ったってのか? いよいよバケモノだろ、それ。
 やってくる畏怖と絶望を押し殺しつつ、俺は次の一手に出る。

「さぁ、どう出る!?」
「――くっ!」

 散らされた刃は、もう俺のコントロール範囲外だ。回収なんてさせてくれないだろうな!
 思う間に、担任は距離を詰めてくる。

 牽制に弾丸を放つが、ひらりひらりと回避された。

 俺は弾幕を形成しつつ、足裏にひっつけた刃を密かに射出させた。
 最大の魔力を籠めて急加速させ、一気に狙いをつける。――だが。

「遅いっ!」

 その刃を狙っていたかのように担任は身を捻り、凄まじい勢いで刃を弾き飛ばした!

「くっ!」

 俺はコントロールを取り戻そうとするが、それより早く刃が効果範囲から消える。
 これは、完全に俺のコントロール範囲と速さを知られたか?

「これで、丸裸だな」
「……《エアロ》っ!」
「距離を取るか? けど、どこまで通用する!?」

 俺の全力の強風よりも早く、担任は追い縋ってくる。

「さぁ、俺の攻撃を捌いて――」
「――《神威》」

 担任の言葉を無視して、俺は奥の手を解き放った。

 ――瞬間の、雷轟。

 空気が光に引き裂かれ、唐突にとてつもない叫びをあげていく。
 その威力は凄まじく、あっという間に担任を直撃し、炭化させていく。

「っがああぁぁぁああ――――――――っ!?」

 逃げたのも、刃を繰り出したのも、全部この時のための布石だ。
 俺が丸裸になった状態で、その上で逃げの一手を取れば絶対に追い打ちを仕掛けてくる。それも、喜々として。絶好のチャンス極まりないからな。
 だからそこを狙って、俺は範囲攻撃を仕掛けたのだ。

「……か、はっ……!?」

 攻撃が終わり、ただの炭と化した担任は、尚も声を上げながら地面に落下した。
 同時にアレンが腕を素早く上げる。

「そこまでやで。ようやったな、グラナダはん。あんたさんの勝ちや」

 そしてアレンは、ニヤりと笑った。

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