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第百七十九話

「ざけやがって……ちょっと強いからって調子のってんな!」

 上級生の群れの中から、強い魔力が放たれる。
 これは、油断できないぞ。
 フィリオたちも理解したらしく、表情を変える。

「テメェらに分かってたまるかよ、ハズレの年代、ハズレの年代って言われて蔑まれてきた俺たちの気持ちがっ!」

 その慟哭のような叫びは、劣等感の塊だった。
 俺も残念レアリティだからな。腐りたくなる気持ちは分かる。いや、ていうか俺の方が腐りたいわ。
 けど、だからって、それで諦めたら終わりだ。
 もちろん高望みはしちゃいけない。そんなもんは身を滅ぼすだけだからな。でも──。それでも、だ。

「恵まれてるだけのクソガキがぁぁぁぁっ────!」

 何かに狂ったかのように、上級生が吠え、それは鼓舞となって周囲を焚き付けた。一気に雰囲気が変わり、戦意がみなぎっていく。
 けどそれは、自棄になっただけだ。そんなんじゃあまだ足りないぜ、先輩たち。

 しゃにむに上級生たちが飛びかかっていく。

 魔法がセリナを襲う。セリナはビャクテイシロオオワシを操って回避しつつ迎撃していく。集中砲火のせいで反撃までは難しそうだ。
 その間に、上級生たちが一〇人ずつ程度に分かれ、それぞれフィリオペアとアマンダペアに仕掛けていく。

「数に任せたところで」
「勝てると思わないことだ」

 これに打って出たのはフィリオとアリアスだ。
 素早くアリアスが前に出て、剣に風を纏わせる。いや、それだけじゃあない。なんだ、この魔力の流れは。
 俺は目を凝らして魔力感知に集中する。

「《エアロフィル・シールド》」

 発動させたのは、暴風の盾だ。
 アリアスはそれを構え、攻撃をいなして弾いていく。《超感応》と組み合わせれば鉄壁だ。

「《雷神烈破》!」

 そこへ、稲妻が駆け抜ける。
 フィリオだ。瞬間移動に近い加速で次々とぶちかましを仕掛け、上級生を数人吹き飛ばす。
 一気に混乱が起こる中で、アリアスも攻撃に参加する。すかさずフィリオが下がり、サポート体制に入った。
 この二人、息ピッタリだな。

「《ヴォルド・クライブ》」
「《エアロ・ブレイク》!」

 稲妻が走り、暴風がそれに乗って荒れ狂う。
 周囲に破壊と光が満ち溢れ、阿鼻叫喚が巻き起こった。
 相手は上級生、それもSR(エスレア)だ。一撃で致死的なダメージは避けているが、それでも動けなくするには十分だ。

 本来であれば、後衛の魔法使いたちが支援してくるはずだが、あいにく連中はセリナが一手に引き受けている。

 一方のアマンダたちも圧倒的だった。

「それじゃあ、新技解禁と行くか」

 ゆらり、と、アマンダが長刀を構える。
 膨大な炎が生まれ、それは巨大な鳥を模して長刀に宿った。

「赤熱の不死鳥、舞え、滅ぼせ、巡れ!」

 吠えると同時に炎の鳥が解放され、一気に上級生たちを呑み込んでいく!
 次々と火ダルマが出来る中、アマンダは更に苛烈な攻撃を仕掛ける。流れるような動きで長刀を舞わせる。
 あれは──《斬撃》を魔力で留めてるのか?
 刹那、その《斬撃》が飛んでいく。

「「ぎゃああああっ!」」

 悲鳴が重なり、上級生がバタバタと倒れていく。
 ハインリッヒめ、アマンダに何を仕組んだ。とんでもなく強くなってるぞ。

「はっはっは! 俺も負けてらんねぇな!」

 同調するようにエッジが猛る。魔力が昂り、全身に炎が宿る。その勢いは止まるところを知らず、炎は一対の腕を生んだ。

「《ヘカトンケイル》!」

 エッジは野蛮な笑みを浮かべながら特攻する!
 見た目はマジで炎の弾丸そのものだ。

「やろぉっ!」

 上級生がハンマーを振りかぶる。
 だが、エッジは凄まじい早さで懐へとびこみ、鳩尾へ強烈な一撃を叩き入れた。炎が伝播し、上級生はハンマーを振りかぶった姿勢のまま殴り飛ばされる。
 そこを狙って二人が剣を振りかざすが、その一撃は炎の腕で受け止められた。

 上級生の表情が驚愕に変わる。

 腕が剣を弾き飛ばす。そこへエッジはアクロバットに跳躍しながら回し蹴りを展開し、二人を一撃で蹴り飛ばした。

「おらおらおらぁ! もっとかかって来いやァァ!」

 覇気とも言える衝撃波を放ち、エッジは周囲を威圧した。
 ──まったく、マジかよ。
 俺はたまらず苦笑していた。ちょっと見ない間に、全員強くなってやがる。さすが期待のSSR(エスエスレア)だな。俺が喉から手を出して欲しくなる火力を手にしてくる。

 上級生から、前衛を任せられる連中が全員倒される。
 そうなるともう総崩れで、あっという間にフィリオたちは上級生たちを全滅させた。

 まさに圧勝。

 さすがにここまでの勝利は担任も予想していなかったのか、面食らった表情だった。いやまぁ、俺も想像できて無かったけど。唯一見抜いていたのは、《鑑定》持ちのアレンだけか。
 つかまぁ、マジでやりきりやがった。

 とはいえ、さすがに疲れたようで、みんな座り込んでるけど。

「ハハハ、ホンマ今年の一年は期待値高いなぁ」
「黄金世代……だな」

 アレンが嬉しそうに笑い、担任は苦笑する。

「それまで! 模擬戦は一年の勝利とする!」

 それから試合終了の合図を送りながら、担任は宣言した。
 抗議など無論あがるはずがなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「まぁ、あれやね。怠惰やね、君らは」

 ギルドのメンバーまで連れ出して行われた治癒を終え、アレンはいつものように薄い笑顔を貼り付けたまま、穏やかな口調で鋭く言った。
 これには誰からも反論があがらない。

 気まずい空気が流れるが、アレンはそんなものお構いなしに続ける。

「学園での一年間は、かなり大きい意味を持つ。確かにこの子らはSSR(エスエスレア)や。せやけど、レベルも経験も、君らの方が遥かに有利やったはずや」

 というか、上級生たちも特進で、間違いなくSR(エスレア)なんだ。こっちのレベルがそんなに高くない以上、勝ち目は幾らでもあっただろう。
 そう、ちゃんと努力さえしていれば。

「それをハズレやハズレやって腐って、前に進むっちゅう辛さから逃げてた結果やで、これは。模擬戦や言われてたんやろ? 集まりが悪いのもそうやったけど、最低限チームプレーしようとか打ち合わせしようとか出来たはずや」

 容赦ない言葉を並べられて、上級生たちからはぐうの音も出ない。
 冒険者になれば、固定パーティではなく、時としてその場で結成されたパーティで対処する場合も出てくる。そうなれば、連携は欠かせず、そのための打ち合わせは必須だ。
 それを怠ったのは、明らかに相手の瑕疵だ。

「そんなんもせぇへんで、どうやって勝つつもりやったんや?」

 やはり、誰も声を出さない。いや、出せない。ただふてくされたように項垂れるだけだ。
 まぁボロボロに負けた上に説教されるんなら、そうなっても不思議はないか。

「あのな。ちょっと頭柔らかくして考えてみよか?」

 そんな彼らに、アレンはあくまでもフラットだった。

「毎年、学園を卒業するSSR(エスエスレア)は一人か二人や。対して、SR(エスレア)は三〇人は排出することになる。それでいて、それぞれのレアリティ、毎年の損耗率――死亡率はそんなに変わらへん。つまり何が言いたいかって言うとや」

 アレンは、ここで満面の笑みを浮かべる。

「現状、この世界に置いての主力は間違いなくSR(エスレア)であるあんたらや」

 その一言は、あまりに衝撃的だったらしい。上級生たちの誰もが言葉を失っている様子だ。 
 確かに少し考えれば分かるんだよな。
 SSR(エスエスレア)は非常に珍しい。何故か俺の周りには多いけど、フツー有り得ないことだ。
 そして、そんな少数で世界の秩序は保てない。確かに大物はハインリッヒたちの出番だが、その大物だって数が多いワケじゃないからな。

「そんなあんたらが気張らんで、どうやってこの世界の安定を維持するつもりや?」
「そ、それは……」
「確かにSSR(エスエスレア)は華やかやろうな? けど、それは多くの人たちからすればSR(エスレア)もそうなんやで? それに限界突破って方法もあるし、クラスアップだってあるんや。今の現状に悲観せんと、その方法を探して足掻いたらどうなんや?」

 アレンの言葉は静かでゆっくりだが、いちいち突き刺さる。

「まぁ言うて栓無き事やけどな。とりあえず、ワイが言ったことを念頭に置きながら頑張ってもらいまひょ」

 アレンは話は終わりとばかりに手を何度か叩いた。
 上級生たちはアレンの言葉が分からず、全員で首を傾げた。

「何言うてるんや? ちゃんと事前にセンセから通達あったやろ? これから二ヶ月。君らはワイの小間使いや。しっかり働いてもらうさかい、覚悟しぃや?」
「か、覚悟……?」

 笑顔で言い放たれたパワーワードに、上級生たちが顔を青くさせていく。

「もちろん損はさせへんから安心しよし。少しはマシになるくらいには鍛えなおしてやるさかい。いっとくけど、学園なんて生ぬるいお湯や思て油断してたら、詰むで?」

 笑顔の奥に隠されたとんでもない威圧を上級生たちは感じ取り、一気に竦みあがった。全員顔を引きつらせ、怯えたように震え始める。
 だが、そんなもので手を抜くような性格をアレンはしていない。

「ほら、早はよぉ立ちや。まずは旅館の施設全部の掃除からや。お客さんはもう宿やさかいな、今のうちに外周りの掃除や。もちろんこことか、地下設備も掃除やで。それが終わった頃にはご飯が終わってるさかい洗いもんやな。さらに宴会場とか、食事場所とかも掃除やで」

 そんな調子でアレンは次々と言っていく。

「早くやっていかな、メシなんて幾ら待ってもありつけへんし、なんやったら……徹夜やで?」
「「「いやああああああ――――――――っ!?」」」

 そしてようやく、悲鳴が上がった。
 まぁ自業自得だし仕方ないか。俺は苦笑しながらその阿鼻叫喚の中で引っ立てられていく上級生たちを見送った。すると、アレンがすぐにやってくる。

「おや、復活しはったみたいやね。さすが自動回復Ex持ちは違うわ」
「……まだ全快じゃあないですけど?」
「嫌やわァ。ワイをそんな上っ面だけの言葉で誤魔化せると思うん?」

 ……あれ、なんだこの流れ。

「あんたさんの仕上げを急がんとなァ。センセともやらなアカンねんから。ほら、早はよぉしよし。特訓の再開っちゅうわけや」
「……っ!?」

 俺は声にならない叫びをあげるしかなかった。
 そして俺はまたぶっ倒れるまで特訓に特訓を重ね――二日後を迎える。

 そう。ポチの出産予定日だ。

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