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第百七十七話

「よぉ、アマンダ。何こんなんに苦戦してんだ?」

 一撃で相手を昏倒させ、更に俺が地面に沈めた一人をも頭を踏みつけて気絶させながら、エッジは言う。
 容赦ないな、本気で。

「情けない話で申し訳ないな」
「違ぇよ。お前だったら、簡単にぶちのめせるだろって話だ」

 俺を羽交い締めにする相手に向け、エッジは挑発の眼差しをぶつけながら言う。後ろから明らかに怒気が膨らんだ。
 エッジが挑発上手なのか、相手が単純なのか。どちらにせよ、俺にとってはチャンスだ。
 拘束が緩んだ隙を突き、俺は勢いをつけて頭突きをかます。がつん、と、相手の顎を捉えたようだ。

「うごっ!」

 さらに拘束が緩んだところを、俺は素早く脱出。振り返りながら渾身の回し蹴りを食らわせる!
 鈍い打撃音と手応え。
 相手はあっさりと地面に沈んだ。

「ほら、余裕だったじゃねぇか」
「エッジの助けがあったからだよ。正直ヤバかった」

 言いつつ手を掲げると、エッジは照れたようにハイタッチしてきた。

「へっ。素直だな」
「魔法を使おうと思うトコまで来てたからなぁ」

 ハッキリと言って悪いが、この上級生たちは弱い。特進なのだからSR(エスレア)なんだろうけど、少し訓練が足りないんじゃないか?
 いや、比べたらダメか。俺やエッジは、普段の訓練だけじゃなく、グラナダからアドバイスもらって自主トレしてるし。

「じゃあ良いとこに駆けつけたんだな、俺」
「そういうことだ。ということで、コイツらを縛り上げよう。クラスを荒らしたりしてたの、コイツらみたいなんだ」
「マジか! 狡い真似しやがって」

 エッジは不快感に顔を染め、気絶している一人を睨み付ける。死体蹴りみたいなことはしないあたり、丸くなったなぁ。
 少し感慨深い思いをしながらも、俺はポケットから拘束用の結束バンド取り出した。これは本来、治安を阻害するような真似をしたクラスメイトを取り締まるため、特別に配布されたものだ。
 まさか上級生相手に使うことになるとは思わなかったな。

「アニータ、悪いけど先生を呼んできてくれるか? こういうことは早めに動いた方がいいから」
「う、うん。……あの、アマンダくん、エッジくん……助けてくれてありがと。すぐに先生呼んでくるね」

 アニータはぺこりと頭を下げてから、駆け足で路地裏を出ていった。
 俺とエッジはすぐに上級生たちを縛っていく。この結束バンドは、相手を後ろ手にして親指同士を結び、魔力を流し込むことで、相手の魔力の流れを阻害させる効果がある。
 確か、一度使うと二日くらいは持続するはずだ。
 学園祭の実行委員で、今回の運営委員である俺とエッジにしか配布されていない。

「これでよし、と」
「それにしても、なんかメンドクセェ先輩だな。確か、学園祭の時も邪魔してきたんだろ?」
「ああ、グラナダが言ってたね」

 眉根を寄せるエッジに、俺は同調した。
 確か、レタスが盗まれたんだっけか。グラナダがキッチリお仕置きをして取り返したはずだが。その時から因縁があるとしたら、中々しつこい連中だな。

 それに、数々の嫌がらせもそうだ。

 こんなの、生徒の領分を超えてる。コソコソやっているのかもしれないけど、普段から素行が悪いとも噂があるし、上級生のクラスの担任は何をしているんだろう。
 その辺りも担任に訊いてみるか。

「突っかかって来るんならまとめて来いって感じじゃね? その方が手っ取り早いし」
「それはしてこないんじゃないか?」

 エッジの暴論に俺は苦笑した。
 上級生のクラスにはSSR(エスエスレア)はいない。だからハズレと言われていて、こっちのクラスは五人もSSR(エスエスレア)がいて、更にグラナダまでいる。入学した頃ならともかく、今の俺たちへまともに挑んだところで相手に勝ち目なんてないだろう。

 っていうか、グラナダが一人で片づけそうな気がするし。

 想像すると、千切っては投げ千切って投げをするグラナダが浮かんできた。ああ、有り得る。
 なんて考えていると、気配が生まれた。

「おい、大丈夫か!」
「先生!」

 息を切らせながら担任が駆け付けて来てくれた。

「大丈夫です。ちょっとイイの貰いましたけど、そんなにダメージは」
「見せてみろ」

 俺の言葉を遮り、担任は俺の脇腹に触れた。鋭い痛みが走って顔を歪めると、担任はすぐに魔力を高める。って、ちょっと!?

「回復魔法なら魔法使用禁止に引っかからないんだよ。《ヒール》」

 慌てた俺に言い聞かせるようにして担任は低い声で言い、魔法を発動させた。ゴツい手から淡い光が生まれ、瞬く間に痛みが引いていく。
 おお、さすが水属性。凄い効果だ。

「全く、何がそんなに、だ。ヒビ入ってるじゃないか。あのな、腐っても上級生だぞ。武器がないからこの程度で収まったけど、もし武装されていたらどうなっていたか!」
「すみません……」
「確かに最近のお前らは真面目で勤勉だし、ぐんぐんと強くなっている。けど、相手がそういうことをやりかねないアホだと思って事に当たれ。さすがに素手と武装とでは分が悪すぎる」

 ……あれ?
 素直に謝ってから、俺は何かが変なことに気付いた。っていうか、さりげなく上級生をアホ扱いしなかったか? 今。

「とにかく、だ。ニコラスはセルゲイも被害に遭ってると聞いた。これ以上は黙ってられん。ここ最近のウチのクラスへの妨害行為もコイツらだろう、どうせ」
「そ、そうみたいです。自分たちで言ってたんで……」
「フン。下らない。心の腐った連中にはキツいお灸を据えてやらないとイカンな」

 担任はふんぞり返りながら怒りを露わにしていた。

「よし。連中のトコへ乗り込むぞ」
「へ? 乗り込む?」

 意味が分からず、エッジが訊くと担任は力強く頷いた。

「連中をぶっ飛ばすってコトだ! こうなりゃ徹底的に分からせないといけないからな。もちろん公式な処分もするが、それだけじゃあ腹の虫がおさまらん!」
「え、ええ……」
「そんなことして良いんですか……?」

 もちろん俺や(たぶん)エッジも願ったり叶ったりなんだろうけど、そんなことしたらマズくないか?
 困惑するエッジの代わりに俺が訊ねると、担任は鼻息荒く手を振った。

「はんっ! 今更始末書の一枚や二枚、追加したところで構わねぇよ!」

 男前な発言だけど色々とダメな気がする。それ。
 とはいえ、担任がやる気で許可を出してくれるなら、こっちとしても協力しない手はない。
 俺はエッジに目くばせしてから頷いた。

「分かりました。そう言うことであれば」
「よーしっ! おいトーマス! そう言うことだ、出てこい!」

 俺の返事を皮切りに、担任は誰かを呼んだ。こそこそと物陰から姿を見せたのは、痩身の気弱そうな男の人だった。んー、どこかで見たことがある。……あ、上級生の担任じゃないか。
 確か、影が薄いからシャドーマンとか言われてる人だぞ。トーマスって言うのか。

「そういうことだ。お前のクラスの不始末だぞ、これは!」

 担任は険しい表情でトーマス先生を怒鳴りつける。見た目からしても担任の方が年上だし、先輩だろうから叱っても全然不思議はない。
 雷撃のような怒声に、トーマス先生はすっかり首を竦めて小さくなる。

「す、すみませんっ……!」
「担任なんだからドンと構えて、間違えたら泣いてごめんなさいって言うまでぶちのめせば良いんだよ!」

 いや、それは極論です。
 っていうか、アレか。俺たちも入学した当初は態度悪かったから、グラナダの説教が無かったらぶっ飛ばされまくってた可能性があったのか。今更ながら背筋に悪寒が走るな。

「そういうワケだ。キツいイベントを用意する。協力しろ」
「それで生徒が少しでも言う事を聞いてくれるようになるなら、願ったり叶ったりですけど……」
「当たり前だ。そうなるまでやるんだよ」

 担任が恐ろしいことを堂々と言ってのける。いや、ある意味で正しい姿なのかもしれないけど。
 レアリティが高い冒険者はどうしても荒くれ者になりやすいらしく、ここ最近は問題になっているとか。王都はまだマシだけど、他国ともなると、手が付けられないこともあるそうだ。
 その是正のため、最近は学園の教育も厳しいものになっているようだが、どれだけ効果があるのか。

「とにかくやるぞ。セッティングしろ。模擬戦やるぞ」
「模擬戦って……そんな場所あるんですか?」
「あるんだよ。『風の癒し』にな」

 そういって、担任は意地の悪そうな笑顔を浮かべた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ちょうど良かったぞ。フィリオにセリナ、アリアス。ちょうど呼び寄せようとしてたんだ」

 見たこともないような、仄かに香る緑の匂いの立ち込める部屋──(異世界の和室と言うらしい。転生者にとってはフツーの部屋らしい)で、フィリオたちは呆然としていた。
 さもありなん。
 何せ担任は有無を言わさず、見るからに高そうな(というか高い)宿、『風の癒し』に乗り込み、主人であるトリモチさんを呼んだかと思えば、先輩権限と学園の教師、担任権限を最大限に活用(濫用ともいう)してこの部屋に乗り込んだのだから。

 素早くセリナから笑顔なのに刺さるような咎めの視線がやってきて、俺は思わず顔を反らした。なんで俺は悪くないのに気まずい思いをしてるんだ?

 ちらりと見ると、エッジも同じ様子だ。
 うん、分かる、分かるぞその気持ち。

 思う間に、担任は分かりやすく、且つ荒々しい説明でフィリオたちを説得した。半ばどころか、かなり強引ではあったが。
 とはいえ、フィリオたちも上級生たちに対しては思うところがあったらしく、意外と乗り気だったけど。

「ホンマにお宅んとこの担任は強引やね……相変わらずやわ」

 その後ろで、トリモチさんはそうボヤいた。
 担任とトリモチさんはどうやら旧知の仲らしい。というか生徒だったそうだ。なんともはた迷惑な……。
 ちなみにグラナダも宿泊しているらしいが、スタミナと魔力を完全に使い果たしているらしく、グッタリとダウンしていた。
 あの様子だと参加は出来なさそうだ。

「まぁ、センセとしては間違いあらへんし、かまへんけど」
「おう、そういうことだ。とりあえず地下行くぞ、地下」
「センセ、言っときますけどタダちゃいますえ?」

 意気揚々と部屋から出ようとした担任に、トリモチさんは鋭く低い声で言い放った。

「地下の設備は天然物で燃費悪いですねん。相応の魔力結晶を消費しますんやけど? 現金とは言いまへんけど、対価はちゃんと求めますえ?」
「おう、安心しろ。活きの良い労働力を二週間くらい四〇人は渡せるから。ギルドの方でも宿の方でもコキ使え。タダだ」
「ははーん、そらおおきに」

 担任の発言で理解したらしいトリモチさんは、ゾッとするような笑顔を浮かべて礼を言った。
 なんだ、この人。逆らったらいけない気がする。

「あの、先生」

 手を挙げたのはフィリオだった。

「本当に俺たちだけで戦うんですか?」
「もちろんだ。上級生クラス全員対、お前ら五人。戦力としたらやや不公平だが、まぁ大丈夫だろ」
「戦力差八倍ですよ?」
「今のお前らなら問題ない。腑抜けになった上級生どもをボッコボコにしてやりな」

 フィリオの懸念を払い除けるように担任は自信満々に言ってのけた。

「上級生とお前らの実戦経験は、もうそんな差はない。レベルはレアリティの関係で向こうが多少上だろうが、お前らがちゃんとチームプレーを徹底すればなんのことはない」
「チームプレー?」
「そうだ。奴等になくて、俺たちにあるものだ」

 担任は、そうニヤリと笑った。

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