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第百七十六話

「ほな、そういうワケで、気を取り直して、や」

 アレンは胡坐をかいて、俺と対面する。俺も自動回復の効果で体力は回復していて、同じように対面して座っている。

「それじゃあ、あんたさんの弱点講義と行こうやないか」
「お願いします」
「まぁ簡単な話や。あんたさんには、圧倒的な強者との戦いの経験が足りひんねや」

 さらりと指摘されて、俺は首を傾げた。
 いや、ぶっちゃけて言うと強敵とはずっと戦ってきたぞ? 上級魔族とも、魔神とも。

「確かに、あんたさんは強い敵とは戦ってきたんやろうね。その年齢でそのステータス、過剰なまでの攻撃力が物語ってる。けど、言ってしまえばそれだけで終わってしもてるねん。もっと言えば、それでクリアできる程度の敵としか戦ってきてへんってことや」

 抉るような指摘に、俺は胸がもどかしんだ。

「力押しでどないかなってきたんやろうけど、もうそろそろ打ち止めのはずやで? ステータス的にも、スキル的にも」

 見抜かれてるな。
 ハインリッヒとの特訓のおかげで、俺はスキルを習得しているし、魔法に関してはカンストだ。これ以上強くなるには限界突破するしかない。

「せやから、これ以上強くなろうと思ったら、色々と考えていかなアカン」
「考える?」
「これまでも創意工夫はしてきたんやろ。ワイが聞いたこともない魔法も使ってくるし、ハンドガンだって再現してるみたいやし、その刃を自在に操って攻撃してくるとかホンマにたまげたわ」

 それを初見で全部捌いてみせたアンタに俺はたまげたけどな。

「けどな、どれもこれも正直すぎるねん」
「正直?」

 おうむ返しに訊くと、アレンは頷いた。

「せや。攻撃に関するリズムが一定なんや。タイミング、方向、狙い。全部が一定や。そこさえ分かればな、どれだけ早くても迎撃なんて容易いもんなんやで?」

 レクチャーしながらアレンは語る。
 俺は強い衝撃を覚えていた。久しぶりにガツンと来た。

 確かに、今まで俺は攻撃の手段を色々と考えて編み出してきた。行き着いたこのスタイルは、俺の能力を最大限生かすもので、やられる前にやるという戦闘主義の権化でもある。
 けど、攻撃のタイミングやリズムに関しては、まるで気にしてこなかった。 
 いや、そりゃ急所とかそういうのは狙ってたけど。

 アレンは俺がハンドガンを撃ちまくった時に、タイミングを図っていたんだろうな。そして見事に掴まれたってワケだ。

「まぁそれでも苛烈過ぎるから、相当な使い手やない限り負けへんとは思うわ。同世代でその攻撃力を捌けるヤツなんておらんやろ。攻撃を捌くのが得意なワイでもいっぱいいっぱいやったんやから」

 もう痺れはないはずだが、アレンは手を振ってみせた。

「けどな、タイミングが掴まれるってことは、簡単にカウンターを許してまうってことや。それをさせへんだけの攻撃力やけど、もし一瞬の隙を突かれたら、終わりやで?」
「うっ……」

 そういう意味では、アレンに手を抜かれてたのかもしれないな。

「せやし、攻撃のタイミングとリズムはちゃんと読まへんようにしなアカンで。そのためには、チェンジオブペースを習得するのが一番やな」
「言葉は知ってますね」
「それなら話は早い。ええか、攻撃には攻撃に入るまでの予備動作を含め、幾つかの工程があるねん。それを悟られへんようにすることと、スピードの緩急やな。あんたさんは突出した敏捷性を持ってるけど、それらを完全に活かしてるとは言えへんな」

 ゆらり、と、アレンが滑らかに動く。気付くと、アレンはもう隣にいた。

「最高速を見せるだけが、早いの象徴ではないんやで?」
「い、いつの間に……」
「人の目と感覚を騙すんが、チェンジオブペースの真骨頂や。その動きをミッチリと教えこんであげるわ」
「良いんですか?」

 俺としては願ってもない申し出だ。
 何せ、強い人に師事出来るってことだからな。

「言ったやろ。気に入ったって。この先、そのバケモノみたいなステータスを支えてるモノが無くなるかもしれへん。あんたさんもそこを危惧して色々と頑張ってるんやろ? もしそれを失ったとしても、戦っていけるように、って」

 うげ、そこまで見抜かれてるのか。
 俺のステータスは《シラカミノミタマ》のおかげだ。もしそれが何らかの理由で失ったら、俺は単なるR(レア)でしかない。そのために強さを求めてるのは事実だ。
 実際、《ヴォルフ・ヤクト》はその典型だしな。

「レアレティが高くなく、習得できるスキルも限りがある。だからこそ、奇襲性能が高く、それでいて高い攻撃力を望むのは当然の思考結果やしな?」
「その洞察力が怖いですね」
「ま、分からへん方がおかしいねんけど。それなんやったら、尚更、あんたさんは技術を覚えていかなアカンで? 戦うためのスキルとか魔法やない。技術や」

 諭されるように言われ、俺は忸怩たる思いに狩られた。
 確かに、今までは新しい能力、新しい能力、をずっと求めてて、そう言った部分は疎かにしていたな。反省しないと。

「戦いに上手くなり。ちょうどええわ。あんたさんがテイムした魔物の出産でしばらくここにおるんやろ? その間、みっちり鍛えてあげるさかい」
「! よろしくお願いします」

 俺は立ち上がって頭を下げた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――アマンダ――

 全くもって、困った事態だ。
 俺は目の前に佇む、三人の上級生と対峙しながらため息をついた。上級生が何か仕掛けてくる可能性があるから見回っていたら、案の定だった。
 少し入り組んだ、住宅街と思われる人気のない路地のことだ。
 クラスメイトのアニータ……大人しい性格の女子が襲われていたんだ。しかも一人に対して五人。
 全くもって恥ずかしくないのかな。

 咄嗟に後ろから襲い掛かることで二人を倒すことは出来たが、残りの三人はさすがに気付いて正面から戦うことになってしまった。

 もし武器を持っていたら違ったのだろうけど、このチヒタ島での武装は禁止だ。ついでに、マジックビーチバレーなど、スポーツ類で認められている場合を除いて、魔法の使用も当然禁止。
 よって、肉弾戦を挑むしかないんだけど……。

 これは多勢に無勢だな。それに、アニータを守らなければならないから、動きに制限が掛かってる。

 じわり、じわりと下がりながら、俺は三人を睨みつける。
 ここから人が往来している通りまでは少し距離がある。逃げ切るのは難しいな。

「テメェ、覚悟は出来てるんだろうなァ」

 一人が殺意にも似た威圧を放ちながら拳を鳴らしてくる。

「よくも仲間をやりやがって! 後ろから襲って卑怯と思わねぇのか?」
「女の子に対して男が多勢で絡むのは卑怯じゃないの?」
「ほざけっ!」

 正論を返したつもりだが、相手は聞き入れる様子はない。まぁ、あったらこんなことにはなってないね。
 俺はため息を漏らしつつも、しっかりと身構えていた。
 最悪の場合は、魔法を発動させてでも逃げる。罰せられる確率は高いけど、背に腹は代えられない。

「大体、一年のクセにこんなトコ来るから悪いんだろうが」
「そうだそうだ。先輩に譲るのがフツーだろうが」
「どんな卑怯な手段を取ったか知らねぇけどな!」

 口々に恨み節と罵りがやってきて、俺は辟易した。

「正々堂々と戦ったから、ここにいるんです。俺たちはどんなことに対しても手を抜かなかった。その結果ですよ。当然の評価だと思いますけど」
「生意気な口を叩きやがって! せっかくの警告も無駄にしてここに来るだけのことはあるな!」

 ……警告?
 俺は引っかかりを覚えて、思い返す。そうか、そういうことか。

「教室を荒らしたのも、スタンピード・サラブレットを逃がしたのも、全部先輩方の仕業か」
「今更気付いても遅いっつうの。っていうか、分かったならさっさと全員引き連れて帰れ! テメェらがいるだけでこっちは腹立つんだよ」

 なんとまぁ口汚いことだ。まぁ、昔の俺もこんなんだったから、人のこと言えた義理じゃあないかもだけど。
 情けなかった昔を思い出して、俺はちょっと嫌な気分になる。

「そんな横暴、受け入れられるはずがないでしょう。何度でも言いますけど、俺たちは正々堂々と挑んで勝ち取った権利なんです。それを履行して何が悪いんですか」
「その生意気が悪いって言ってんだよ!」
「もう良いだろ、やっちまおうぜ」

 ……まったく、どこまでも腐ってるな。さすが、不作の年と言われるだけのことはある。
 冒険者の多くは国のために働くが、こうした一部の腐った連中は直に身を落とす。この王都ではまだその率が全然マシだそうだけど、この年の連中は多そうだな。
 相手が構えたことで、俺も構えを取る。

 正直なところ、肉弾戦でどこまでやれるか未知数だ。

 もちろんグラナダから鍛えられてるし、格闘術のスキルもいくつか持っている。しかし、相手は上級生だ。経験もレベルも違うし、いくらレアリティが一つ低いとはいえ、俺自身のレベルが大したことないせいで、ステータス値はそこまで差がない。
 三対一、どこまで持っていけるか……。

「いくぞゴラァっ!」

 一人が真正面から飛びかかってくる。
 仕方ない。やるか!
 俺は覚悟を決めて飛び出す。互いの間合いがすぐにつまり、拳を突き出す。

「がっ!」

 ごつ、と鈍い音を立て、大きく仰け反ったのは相手だった。
 どうやら素早さはこっちの方が上のようだな。

「てやあっ!」

 すかさず俺は回し蹴りをその仰け反った顔面に叩き入れる。
 手応えありだ!
 相手は蹴られた勢いのまま、顔面から地面にダイブする。意識を刈り取れたかは微妙だが、大ダメージには違いない。

 残りの二人が左右に展開する。
 挟み撃ちか、厄介な。俺は両方に目配せしてから構える。長刀があれば間合いなんだけどな……。

「死ねやっ!」
「後輩の分際でイキんな!」

 二人が同時に拳を繰り出してくる。これは、どっちかにタックルを仕掛けて凌ぐしかないか? いや、そうしたら後ろのアニータがまずい。
 気配で分かる。彼女は襲われたショックから立ち直れていない! ここは防御を──!

 俺はそれぞれの軌道を確認しながら防御姿勢を取る。

「バカが!」
「っぐっ!?」

 息が出来なくなる衝撃が、脇腹に入った。
 直前で狙いを変えたのか!?
 呻いていると、反対側の腕にはしっかりと相手の拳がやってきた。こっちは辛うじて防御出来たが、俺は脇腹の激痛にやられて膝を折る。

「バカめ。俺は格闘技専門だぞ。ガードあげるの早ぇんだよ」

 そういう、こと、か!
 痛みを堪えながら俺は起き上がろうとするが、すぐに後ろから羽交い締めにされた。

「くっ、離せっ!」

 俺はほどこうと力をこめるが、ビクともしない。この辺りはさすが上級生って所か? それとも日頃からこうすることに慣れているからか。
 どちらにせよ、危機的状況には違いない。
 まずい、アニータをなんとか逃がさないと。俺は咄嗟にアニータにアイコンタクトを送るが、アニータはおろおろするばかりでとても逃げることは期待できない。

 しくじったな。こうなったら魔法を──!

 処分覚悟で魔力を高めようとした刹那だった。
 今にも俺を好き放題殴ろうとしていた相手が、真横に吹き飛んだ。視界には見事な蹴り足。

「おいおい、人様のツレに何をしてくれてやがんだぁ?」
「──エッジ!」

 勝ち気に満ちた表情のエッジを見て、俺は名前を呼んだ。

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