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第百七十三話

 良く考えろ。うん、ポチに子供が出来た? 明後日に出産? おおう、よし意味不明だ。

『どうした主。さっきから目が泳ぎまくってるぞ』
「泳がないはずがないだろ。考えても見ろ、いきなり子供が出来た、明後日産みますとか」

 俺が親だったらマジでひっくり返って心臓発作起こすまである。

「ていうか何してんだお前は」
『いや、ただ意思の疎通をしただけだぞ。我ら神獣は互いの心を見せ合うことで魂の結合を促し、新しい魂を生み出すんだ。その魂が安定化するまで、私が保護するというだけのこと』

 がく、と俺は傾いだ。
 いやまぁ神獣だし、そうなんだろうけど。

『久々に楽しかったぞ。違う存在の魂を受け入れるというものは。それに、魂は間違いなく私の一部。子供であることに違いはないぞ?』
「ああ、そうだろうな。それで、身重の体でこんな坂道登ってきて大丈夫なのかよ?」
『問題ない。激しく動いているワケではないからな。だが、暫く身を休められる場所が欲しいな』
「身を休められる場所、か」

 求められて、俺は少し悩んだ。
 この旅行の滞在期間は二週間だが、リゾート地だ。俺とメイのコテージでも構わないが、あそこはオープンだしな。一応、寝室とかは壁あるけど……。
 どこか別の場所を借りられれば一番なんだけどな。

「どうした、グラナダ」

 いち早く我に返ってくれたフィリオが心配そうに訊いてくる。

「ああ、ポチが身体を休められる場所が欲しいそうなんだ」
「それなら今から向かう温泉宿とかどうかな。テイムした魔獣なら泊まれるはずだよ。広々としてる部屋みたいだし、確か、和室とかもあったはず。まぁ、別料金だけど」

 おお、和室なら良いな。それに山手にある宿なら密封性もしっかりしているだろうし、ちょうど良い。
 フィリオは微妙に懸念していそうなのがお金の問題だが、全くもって大丈夫である。ちょくちょく王都から報奨金も貰ってるからな。お財布事情は豊かだぞ。

「じゃあそこにするか」

 俺は即決する。

「あ、ああ、あ、そう、そうよね、温泉宿なら重湯とかもあるだろうし」
「あうあうあうあうあう、お赤飯とか作るべきなんでしょうかっ」
「助産師さんとか手配した方がよろしいんでしょうかねぇ。でも魔獣の助産師なんていたかしら」

 慌てるアリアスに狼狽するメイ。落ち着いているようで実はセリナもテンパってるな。
 あたふたする三人の頭を俺はとりあえず落ち着かせるために撫でた。

「いや、大丈夫っぽいから。どっちかってぇとそっとしておいた方がよさげだし」
「そ、そうなのっ!?」
「そういうもんだ」

 声を裏返すアリアスに、俺は呆れながら言った。
 とにもかくにも、宿を手配しないと話にならないな。なんかビミョーに視線も集めてきてるし。
 特にここは屋台街で人の往来も多いからな。

 俺はフィリオにお願いしてさっさと移動を開始することにした。

 一応、大事を取ってポチは俺が抱っこする。
 坂道を登ることしばし、道が険しくなり始めた頃、森の入り口のような場所に、そこはあった。

「『風の癒し』って、これまた」

 その佇まいはまさに高級な旅館だ。
 入口から灯籠があるし、石の階段もある。門構えまである。
 何かに導かれるようにして中へ入ると、森と思っていた場所は立派な日本庭園だった。
 前世では全然思わなかったけど、こうして見ると際立ってるなぁ。独特の整えられた美ってやつだ。それでいて自然の力強さを消していないのだ、外国から絶賛された理由も分かる。
 そんな庭園の奥に、旅館はあった。

「おお、瓦屋根だ、瓦屋根」

 まず感動したのはそこだった。

「確かに珍しい屋根だけど……他にもっと注目するとこあるでしょ。フツー、この大きさに驚くもんよ?」
「あはは。そうかもね。でも、グラナダの気持ちも分かる」

 アリアスの呆れ顔に、フィリオがフォローしてくる。
 確かに、旅館は一部が三階建てになっている以外は平屋造りで、かなり大きい。超巨大と言っても良い。
 けど、やっぱそれよりも日本家屋の象徴、瓦屋根だろ!
 久しぶりに見て感動してるんだよ、いやマジで。

 同時に俺は確信していた。

 この旅館の経営に、転生者が関わっている。
 ここまで忠実に文化を再現しているのだ。偶然とは思えない。ハッキリとこの世界の人たちが聞き及んだ話で造ったにしてはありえない精緻である。
 じっくり見学してから、俺たちは旅館のエントランスに到着した。天井が高く、赤い。いやこれは朱色だな。

「ようこそ、いらっしゃいまし」

 出迎えてくれたのは、まだ二十歳そこそこだろう、人当たりの良さそうな笑顔の男だった。ハッピからして、下っ端ではなさそうだ。支配人だろうか。
 すかさずフィリオが一歩前に出て、事情を説明する。
 支配人らしき男は嫌味なく相づちを打つ。

「そういう事情ですか、そら大変ですなぁ。少々お高くなりますけど、魔獣と同室になれる部屋も用意してますさかい、すぐに手配させてもらいましょ」

 手をぽんと打ってから、男は気前よく言って、早速中へと駆け足で入っていった。
 っていうか、モロに関西弁だよな、あれ。あの人が転生者くさいな。それに隠してるけど、めっちゃくちゃ強いぞ。
 滲み出ている強者のオーラに、俺は少し警戒を抱いていた。
 どれくらい強いか分からないけど、ハインリッヒやライゴウに通じる何かがあった。真正面からはぶつかりたくない。

「お待たせしました。ええ部屋が空いてます。せやけど、そのぶんお値段がかかります。離れの部屋になりましてね、部屋食、露天風呂付きで三部屋。離れやから専用の庭園つきでこれぐらいなんですけど」

 提示された金額は、一泊十万と、確かに中々の値段だった。
 とはいえ、条件を見ると悪い値段でもない。それに、今の俺なら出せる金額だ。
 ちなみに魔獣は三割引らしい。

 フィリオが確認で俺を見てくる。俺はすぐに頷いた。
 フィリオたちは元々が貴族なので、支払いは問題無さそうだ。ううむ、さすが上級貴族と王族。

「分かりました。前払いでよろしいですか?」
「もちろん助かりますわぁ。最近はふんだくろうとする困ったお客さんもいはりまして」

 男は手をうって喜んだ。
 まぁふんだくろうとした連中はもれなく始末したんだろうな。

「あ、ワイは支配人権オーナーのトリモチと言います。お見知りおきを頼みます。身重と聞いてますし、とにかく部屋にご案内致します。皆さん、こっちへどうぞ」

 どうやらトリモチが直々に案内してくれるらしい。上客と判断されたようだな。
 早速案内してもらうと、部屋は想像以上だった。
 豪華、というよりかは広い和室なのだが、とにかく隅々までさりげなく高級品だ。しかも上品に使われていて、嫌らしさが一切ない。

 まさに見事の一言だ。

 あー、畳の良い香りがする。
 部屋も広いし、ゆっくり出来るな。

「ほな、以上で部屋の説明は終わりどす。ごゆっくりどうぞ」
「あ、あの」

 完璧な所作で立ち上がろうとするトリモチに声をかけたのは、フィリオだった。

「はい、なんでっしゃろ?」
「あの、失礼なこと聞くようで申し訳ないんですけど、もしかそて、《風のアレン》さんではありませんか?」
「……はて。どちら様のことでっしゃろ? ワイは旅館のオーナーで、そのような大袈裟な名前ではありまへんえ?」

 トリモチは人当たりの良さそうな笑顔を貼り付けたまま首を傾げた。だが、確実に威圧感は増している。
 ああ、ビンゴだな、と思ったのは俺だけらしい。
 他のみんなは素早い切り返しに、そうなのか、といった反応だった。確かにそう思わせるだけの雰囲気がある。俺も威圧を感じなければ信じてたと思う。

「そうでしたか、ごめんなさい」
「いえいえ、良く似てらっしゃるんやろうねぇ。その人には申し訳ない気分ですわ。ほな、これにて失礼します」

 平謝りするフィリオに、トリモチは鷹揚に言ってから退室した。
 気配が完全に消えてから、フィリオは気不味い表情を浮かべた。

「違ったかぁ。もしかして、って思ったんだけど」
「っていうか、風のアレンって誰だ?」

 素直に疑問をぶつけると、メイを除く全員から怪訝な目線を向けられた。え、なんですかそれ。
 思わずたじろいでいると、アリアスがため息を漏らした。

「あんた、さすがにそれは無いわよ」
「ま、まぁ、グラナダ様はどこか浮世離れしてますからねぇ」

 なんだそのビミョーなフォローは。

「風のアレンというのは、あのハインリッヒさんと肩を並べるくらい強いって言われてた人なんだよ。ただ、気ままというか、飄々としているというか、縛られるのが好きじゃないみたいで」
「あっさりと引退して、姿をくらましたのよ」

 なんじゃそりゃ。
 いやまぁ、ハインリッヒを見てたら俺も思うところはあるけど。大変そうだし。

「ある意味で超有名人だよ。転生者でもある人だったしね。今、どうしてるんだろうな」
「さぁね。流れるままに生きてるんじゃないかしら」

 アリアスはあまり興味がないらしい、というか、興味がないのを装っているのか。内心はハインリッヒと並ぶ実力と聞いてヒヤヒヤしてるのかもな。兄さまラブだし。
 ともあれ、そんなスゴい人が旅館経営してるとは。この異世界はぶっ飛んでるな。

「良いんじゃね? とにかくゆっくり出来れば」

 俺はそう言って、思いっきり伸びをして畳に転がる。

『うむ。私もここを気に入ったぞ』

 ポチも気に入ってくれたみたいだしな。
 ポチは早速部屋の一部に陣取って、巨大化してから丸まった。

「ご主人様、お風呂に行きませんか?」
「ん、ああ、そうだな、行くか」

 ここの大浴場は、水着を着用しての混浴と聞いている。
 お風呂は自慢だって言ってたから、期待できるな。

「やった!」

 はしゃぐメイを見て、俺も微笑んだ。たまには洗いっこも良いかもな。

「私はこっちの露天に入るわ」
「そうですねぇ。私もゆっくりしたいですし、客室の露天風呂に入りますわ」
「同じく。留守番もしないとだしね」

 三人の申し出を、俺とメイは有難く受け取ることにした。
 うーん、久しぶりの大きいお風呂! 楽しみだぜ。

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