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第百六十七話

「「あぎゃああああああああああああ――――――――っ!?」」

 雷に撃たれ、二人の断末魔が重なる。
 まさに俺の全身全霊、最強の一撃だ。いくら上級魔族だからって、耐えられるはずがない。もっとも、この技を放つにはかなりの魔力を練り上げておく必要があるのだが。

 だが、それだけの威力はあった。

 未だ地面を揺らす轟音を残しつつも、破壊の余韻が消える。
 そこには、穿たれて真っ黒になった地面しかなく、二人の魔族は完全に焼失していた。

 全身に脱力感を覚え、俺はゆっくりと着地し、失敗して膝を折る。

「ご主人さまっ!」

 メイが慌てて駆け付けて、俺に肩を貸してくれた。だが、そのメイも弱々しい。
 当然だな。炎を纏った上に絶風剣まで使ったんだ。かなりの疲労が蓄積されているはずだ。
 俺はそんなメイの頭を優しくなでながら、根性で立ち上がる。

 終わったんだ。これで。

 組織のトップたる魔族が滅び、およそ組織を牽引していた連中も死んだはずだ。そもそも組織として運営されていたかどうかさえ怪しいのだ。
 都市伝説的扱いを受けていたのも、そこが大きいのだろう。実質、あの二人の魔族が色々と暗躍していたも同然だからな。
 つまり、フィルニーアの研究も消えたと思っていい。もちろん綿密な調査は必要だけど。
 継承システムの研究は確かに魅力的だけど、フィルニーアが封印すべきと思ったのだったら、封印すべきだ。有用だったら思いっきり使い倒すのがフィルニーアだからな。

 しかし今回は危なかった。もしその技術がもっと漏洩されていたら。その技術を使って、カトラスに限らず、色んな奴等に使われていたとしたら。どれだけの混乱がもたらされていたか。

「さて、と……あいつらは大丈夫かな」

 戦場を大分移動してしまっていて、大量の魔物を相手に暴れている連中が心配だ。
 さすがに万を相手にして無事では済むはずがないからな。俺も少し休憩したら参戦しないと。

「その心配は要らないよ」

 考えながら前へ進もうとすると、俺は後ろから声をかけられた。
 ハインリッヒだ。
 強い憂いを宿す表情からして、終わったらしい。おそらく、想定よりも悪い方法で。相変わらず自分を傷付ける人だよな、この人は。
 いや、今はそこを心配している余裕はない。

「心配は要らないって?」
「僕が参戦するからだよ」

 そう言って、ハインリッヒは自分の周囲に七つの剣を展開する。
 こころなしか――いや、かなり大きい。ハインリッヒがかなり魔力を籠めているのか。

「グラナダくん、メイちゃん。君たちはここで休んでて良いよ」

 ハインリッヒはいつもより声を低くしつつ、いつものように微笑んだ。

「な、何をするつもりで……?」
「ちょっと始末してくるだけ」

 こころなしか、どこか怒りみたいなのを感じた。
 ぞっと背筋を凍らせていると、ハインリッヒから虹色のオーラが出て来た。

「今回の戦い、間違いなくMVPはグラナダくんだね。作戦も立案して、色んな対策を取って。黒幕である上級魔族もしっかり始末したし、言う事なしだ」

 掛け値なしの褒め言葉だ。ちょっとムズ痒いな。

「功労者はしっかり休んでて。ここからは僕の仕事だから」

 そう言い残して、ハインリッヒは時空間転移で移動した。
 やがて数分後、魔物が大挙している辺りで爆発が連続したことだけは追記しておく。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 戦いは終わった。
 王都に攻め込んできていた大量の魔物の群れは駆逐され、それを牽引していた連中も倒した。これ以上とない完勝だな。ただ、今回の事件はハインリッヒへの私怨と魔族の仕業なので、表立った報奨金は出ないそうだ。

 まぁ、グレゴリウスからは王城のゴースト問題を解決したことで報奨金を貰ったけど。

 こっちの金額はかなりのもので正直ビビったけど、たぶんこれは今回の事件が間接的にとは言え王都を救ったことになるので、そっちの報奨金も含まれているのだろう。
 有難く受け取っておいた。

 それから行われたのは、葬儀だった。
 これはハインリッヒたっての希望で、ネェルとカトラスを弔うためだ。
 葬儀はしめやかに、ごくごく一部の関係者だけで済ませたらしい。どんなものだったのかは、参列していないので分からない(俺は関係者じゃないからな)。

 ただ、終わった後、少しだけハインリッヒは晴れた顔をしていたらしい。

 個人的にはかなり辛い事件のはずだったからな。
 しかし疲れた。
 本来は休暇に当てられているはずの休みは、この事件のせいで全部潰れたのだ。まぁ、期せずして実家に戻れたけど。とはいえ、汚れ方が半端じゃなかった。これからは定期的に帰らないといけないな。
 力の使いすぎですっかり幼児退行してしまったメイをあやしながら、俺は密かに決意した。

 今回の戦いで、ハッキリしたことがある。

 ハンドガンだ。
 アイシャに生成してもらったゴーストの性能はすこぶる良い。魔力を要求通りに与えてやれば、それだけで最適な魔法の弾丸を生成してくれる。射程は凡そ二〇メートルと十分だ。
 だがその反面、接近戦が異様に弱くなる。
 これまで以上に《ヴォルフ・ヤクト》の刃に頼らざるを得ず、接近戦ではかなり不利だ。もちろんそうならないように立ち回るのが基本なのだが……。
 ということで、ハンドガンにはまだ改良の余地がある。しばらくはそっちに思案だな。

 それに出力に関してももう少し威力が欲しいし。

 色々と改良案を出しつつ、俺の安息は本当の束の間で終わってしまい、登校日を迎えた。
 今日は早朝訓練は休みにしてもらい、ゆっくりと朝食を楽しんでから家を出ると、すぐに気配が生まれた。

「おはようございます。グラナダ様。爽やかな朝ですねぇ」

 セリナだ。
 早速色目を使いまくりながら俺に接近してくる。ぬるりとした滑らかすぎる動きは、気づけば俺の腕に絡まっている。
 ちょっと待て、なんだ今の動きは。
 明らかに玄人のそれだった。

「はい、グラナダ様に少しでもお近づきになれるようにですねぇ、娼婦の動きを練習致しました」

 俺の目線だけで言いたいことを察したらしいセリナは、どこかうっとりとした表情で言ってくる。
 良く見ると、ほんの少しの動作もどこか違うし、本当に薄くだが(うん、たぶん)メイクもしている様子だ。これが凄く色っぽい。
 っていうかこの期間中何しとったんや。おかしくね?

 疑問が浮かぶが、セリナを無下に扱うことは出来ない。

 何せセリナは今回、かなり縁の下の力持ちをしてくれたのだ。王城への出入りをはじめとした世話の手配から、戦場に立って魔物の群れを屠る役目までこなしてくれた。
 ほとんど俺と絡まなかったのも、セリナが忙しなく立ち回ってくれていたからだ。

「さぁグラナダ様。このまま朝のモーテルに向かいましょうねぇ」
「いや学園に登校しますけど。っていうか入れないよね? 俺たちの年齢だと入れないよね?」
「……それもそうですねぇ」

 指摘すると、セリナは悔しそうに引き下がった。いや入れたとしても行かないけどね?
 とは言え、腕を組むくらいは容認するべきか。さすがに人通りがある所まで、になるけどな。セリナは王族なのだから色々と気を使っていただきたい。

「ご主人様、行きましょうか」

 すると、反対側からメイが腕に抱き付いてきた。えぇ……?
 メイは笑顔を浮かべているが、明らかに対抗心を燃やしている様子だ。セリナを排除しようとしない辺り、怒っているわけではなさそうだが……。
 メイも今回はめちゃくちゃ頑張ってくれたしな。ここは受け入れてあげるべきだろう。

「仕方ないな。行くか。けど、セリナはそこの通りまでだぞ」
「心得ておりますねぇ。まだ公には出来ませんもの」

 公も何もそもそもそういう関係じゃないからな?
 内心でしっかりツッコミを入れつつ、俺は歩き出した。
 さすがに二人にぴったりくっつかれると歩きにくく、ペースはかなり遅い。それに気をとられてか、曲がり角にある気配に気付くのが遅れた。
 誰だろう、と思う間に気配は姿を見せる。

「お、おおおおお、おはよおおおおって朝から何してるのよこのド変態っ! えってぃだわ!」
「のっけから凄まじい罵倒だな!?」

 ポニーテールの髪を揺らし、アリアスは俺を指差しながら凄まじい剣幕で睨んでくる。っていうか俺だって好きでこんな状態になったワケじゃねぇよ!
 抗議の意味を含めて睨み返すが、アリアスは耳まで顔を赤くさせながら両手で顔を覆った。いや、指の隙間から目が丸見えなんですけど。

「こ、ここここ公衆の面前で、そ、そそそんなっ、羨まし……じゃない、破廉恥なっ! 恥を知りなさい!」
「おい今羨ましいとか言ったろ」
「言ってないわよこのバカっ!」

 ツッコミを入れると、アリアスは地団駄踏みながら反駁する。いや、言ったじゃん。

「あら。でも本音はどうなんですかねぇ?」
「そりゃあ羨ましいこと山のごとし……って何言わせるのよ!」
「うふふ。チョロいですねぇ」

 いや確かにアリアスがチョロいんだけど、しれっと本音を引き出すセリナも怖いぞ。

「それよりも、何しに来たんですか?」

 きゃあきゃあ頭を振り回して恥ずかしがるアリアスに、メイは落ち着いた声をかける。

「へっ!? え、あ、え、えーと、そ、その、たまたま、たまたまよ、本当にたまたまこっちに来たから、ちょっと、その……お礼を、言いたくて……」

 もじもじしながら、アリアスは顔を逸らしながら言う。

「そ、そそそ、その……守ってくれて、ありがと……。今回もそうだけど、前回とかも……うん」
「それはどう致しまして」

 俺は軽く返す。
 俺としては皆で動いた結果であって、俺だけの手柄じゃあないからな。色々と動いたのは事実だからしっかりとお礼は受け止めるけど。

「そ、そそそそ、そういうワケだから! 今度は、私がしっかりとアンタに何かあったら守ってあげるわ! そういうことだから、じゃあね!」

 びしっ、と指を突き付けながら言うと、アリアスは全力で疾走していった。
 残ったのは土煙の残滓と風だけだ。

 なんだったんだ、いったい……。

 呆れて目を細めていると、また気配が生まれた。フィリオだ。
 これは珍しいな。

「おはよう、グラナダ」
「おはよ。この前はお疲れ様」
「グラナダこそ。俺はただ待ち伏せして、暗殺者を奇襲してただけだから。何もしてないよ」

 苦笑するフィリオ。思いっきり謙遜じゃねぇか。

「でも、アリアスを直接守ったのはお前だろ。誇ったら? てかアリアスに感謝されたんじゃねぇの?」
「あ、あー、うん。確かに。あっさりとしてたものだけど。フツーに『本当にありがとう、助かったわ。ご迷惑かけてごめんなさい、これからもよろしく』って神妙に謝られたよ」

 なんだ、全然良いじゃねぇか。
 俺は正直に羨ましいと思った。俺に向けられたワケわかんねぇお礼とは段違いだ。
 だが、フィリオはどこか卑屈的に苦笑している。

「けど、あんな感情的じゃあなかったな。羨ましい」
「なんで羨ましいんだ……」

 俺としては礼くらいまともに言って欲しいんだけど。

「俺としてはグラナダの泰然自若っぷりが信じられないけど」
「どういう意味だよ」
「いや、女の子が何人も近くにいるのに、一切動じてないし、あんな好意をぶつけられてフツーにしてるし」

 訝りながら訊くと、フィリオは困ったように言ってくる。

「そうか? んー、そうなのかもな」

 正直なところ、良く分からない。確かに女の子が近くにいたらドキドキするし、実際、メイとセリナの温もりを感じて、どこか居心地悪いような、良いような感じにはなってる。
 けど、それ以上はないな。
 たぶん、これは生い立ちが関係してるんだろうな。

 生前の俺に、青春なんてなかった。

 毎日毎日、投薬とモニターとの睨めっこ、いつ死ぬか分からない、いったり来たりのギリギリの状況だった。ただ息をしてるだけで幸せだって思われてたんだから、恋愛なんてしてる余裕一切ないし、誰かを好きになったこともない。
 そもそも、生前、絡んでいた女子なんて母親を除けば看護師だけだったしなぁ。あー思い出したら懐かしいな。元気にしてるんだろうか。まだ未婚だったんだよな、あの人。

「まぁ、俺のことは良いよ。それより学園に行こうぜ」
「そうだね。そうだ、アマンダとエッジは先に登校するって言ってたよ。あの二人は学園祭の実行委員だったから、結果発表の準備とかじゃないかな」

 おお、そう言えばそんな気もする。
 カトラスの一件ですっかり飛んでた。
 学園祭の売上で、俺たちの修学旅行先が変わるのだ。とはいえ、ぶっちぎりの一位には違いないだろうが。

「そっか。分かった」
「ああ、グラナダ様、もう少しゆっくり行きませんか? もっとくっついていたいですねぇ」
「セリナ。もじもじすんな擦りつくな。マーキングしてくる猫か何かかよ?」
「必要とあらば女豹にもなりますが?」
「いいです」

 むしろなんで酷くなるんだ。

「ご、ご主人様が望むなら、メイもがんばりますっ」
「望んでないからなー。がんばらなくていいぞー」

 頬を真っ赤に染ながら訴えるメイをなだめつつ、俺は小さくため息をついた。
 ああ、でもなんか、日常が帰ってきた気がする。

 ほんと、こっから先は穏やかに生きたいもんだぜ。

 心から願いながら、俺は学園へ登校して。
 早速裏切られた。

「な、なんだこれ……?」

 教室の前にはクラスメイトたちで人だかりになっていた。不思議に思いながらも何とかかきわけて教室を見て、俺は絶句した。

 荒らされているのだ。教室が。

しおり