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第百六十三話

 ──グラナダ──

 満天の星空と月明かりだけが頼りの宵闇の中、蠢く気配と影。そして、静寂に響く野生の物音。
 大きい湖面は穏やかに月明かりを反射する幻想的な夜景には似合わない。

「来たな」

 俺はそれを眺めながら呟いた。
 王城でも一番高い塔の屋根に座りながら、俺は双眼鏡を外す。高所故に吹いてくる風は冷たく、マントで身をくるんでいないと凍えそうだ。
 俺は寒さを我慢しつつ、《ライト》を塔の監視用の窓に発動させる。それが合図だ。

 相手の動きはもう分かっている。

 王都から、迎撃用の部隊が出撃していく。松明と旗を掲げるのは騎士団と雇われた冒険者たちだ。
 魔物の数はかなり多いが、こちらも戦力は整えている。負けることはまずないだろう。それにシーナも参加しているしな。指揮能力が違う。

 相手はこちらから見て右側から攻めてきている。
 それはもう折り込み済みなので、迎撃組はしっかりと隊列を組みながら前進し──止まった。

 魔物どもは容赦なく行軍してくる。直後、野戦陣営が出現し、予め用意されていた柵たちが立ち上がる。その様子を見て、俺は頷いた。
 相手の動きが分かっているなら、対策はしっかりと取れる。

「「「オオオオオオオッ!!」」」

 騎士団と冒険者たちの雄叫びが響き、戦闘が開始された。
 柵から騎士団の兵士たちが弓矢を放ち、魔法使いが遠距離から攻撃を仕掛ける。その軌跡は次々と魔物どもへ襲い掛かり、轟音が響いてくる。
 初手はこちらが有利!
 イニシアチブを取れば、戦闘は大抵そのまま押し切れる。相手がよっぽどの策を持ってきたら別だが、相手は魔物群れである。そんなことは有り得ない。
 魔物どもがその火線を潜り抜けて攻めてくる。そこを狙い澄ました兵士たちが飛び出し、槍で応戦して魔物の血を飛ばしていく。

 このタイミング、間違いなくシーナだな。さすがだ。

 俺は内心で褒め称えつつ、意識を切り替える。
 戦いは始まったばかりだ。

「メイ」
「はい」

 名前を呼ぶと、メイはすぐにやってきた。しっかりと武装していて、準備は万端だ。

「――行こうか」

 そう言って手を差し出すと、メイはしっかりと握り返してきた。

「はい。ご主人さま。メイは、ご主人さまとどこまでも」
「頼りにしてるからな」

 俺は微笑んでから、メイの身体を抱き寄せて屋根を蹴った。
 下から突き上げるような風を感じながら、俺は高速飛行魔法を使って移動を始める。向かう先は、主戦場になっている湖の右側ではなく、左側だ。
 一見静かに見える。だがそれは、そう見えているだけだ。

「やっぱり隠蔽魔法をかけて動いているな」
「さすがご主人さま。見えるんですか?」
「なんとなく感じるだけだけどな」
「メイは感じませんけど……。あ、何かいるかも、ぐらいです。それにしても、良く隠蔽魔法をかけて近寄ってくるって見抜きましたね」

 メイは目をきらきらさせながら俺を見つめてくる。
 これは単純な理論だ。
 数日前から、王都周辺の魔物の出現頻度が高く、低級の魔族さえ出てきていた。これは近いうちに魔物の襲撃があると思わせるには十分な罠だ。もしネェルからの情報が無ければ、俺もそっちが本体だと思っていただろう。

 だからこそ、俺は利用することにした。

 相手もこちらの動きくらいは多少調査するだろうからな。それでまんまと罠にかかった振りをして冒険者を集め、騎士団にも対策を取らせた。
 そうして魔物は実際に大群でやってきた。やはり数は多いが、ネェルからもたらされた数ほどではない。となれば、別動隊がいると判断して当然だし、予想もしていて当然だ。
 姑息にも隠蔽魔法までかけている。そして、それは別動隊が本命であることの証明だ。カトラスたちもそっちにいるはずだろう。
 相手はのうのうと進軍してきている。側面から空っぽの王都を攻撃するつもりだろうが、甘い。

 不意に、湖面が僅かに揺れた。

 瞬間、次々と魔物が飛び出し、闇に紛れて行軍していた魔物の群れに襲い掛かる!

「「「グルオオオオオッ!」」」
「「「ギャアアアアアッ!」」」

 雄叫びと悲鳴が重なり、真横からの奇襲を受けた魔物の群れが一気に混乱に陥る!
 だが、数の差は歴然だ。
 水面から飛び出したのは、水棲の魔物、つまり、ヴァータの配下である。予めヴァータに協力を仰ぎ、側面攻撃を依頼したのだ。しかし、湖の魔物は先の裏切り騒動でかなり数が減っていて、戦闘要員は少ない。故に側面攻撃は短時間なら効果的だが、魔物がすぐに統制を取り戻す。

 誰の仕業か、など言うまでもない。アザゼルとアズラエルだ。

 上位魔物たちが次々と水棲の魔物に襲いかかる。地上では水棲の魔物は不利だが――。そこへ、自ら光が出現し、次々とその上位魔物たちを穿ち抜いていく!

『我らが縄張りを闊歩するとは……覚悟は出来ているのだろうな?』

 そして姿を見せたのは、ヴァータ本人とその眷属たちだ。
 魔物たちにまた恐慌が駆け抜ける。ヴァータは神獣だからな。絶対的上位存在なのだから恐れて当然だ。

「いやー、まさかそんな大物がいきなり出てくるなんて思わなかったなぁ」
「コロス! コロス!」

 すかさずアザゼルとアズラエルが黒い魔力弾を放ちながらやってくる。
 ヴァータは一瞥するだけでその魔力弾を撃ち落とし、二人と対峙した。

「メインディッシュの一人と思ってたけど、ここでやっちゃう? 言っとくけど、君に負けるつもりはないよー? 数で負ける君たちが勝てるとは思えないんだけど」
『そうやって我に引かせようと言うのか? 小賢しい思惑だな』
「イヤだなぁ。僕は事実を言ったまでだよ?」

 鼻で笑うヴァータに、アザゼルはひらひらと飛び回りながら嗤う。
 その刹那だった。

 唐突に稲妻が大量に落下し、魔物の群れを穿ち、さらにいきなり現れたドラゴンがまた横手から魔物の群れに向けてブレスを放ち、次々と爆裂させていく!
 言うまでもない。ポチとクータだ。それだけじゃない。キマイラや、ガイナスコブラ、ウィンドフォックスも波状攻撃を仕掛け、魔物を蹴散らしていく。セリナだ。その隣にはアマンダもいて、長剣を自在に操ってセリナに迫ってくる魔物を切り刻んでいく。
 湖とは反対側の側面からの攻撃で、魔物たちに更なる恐慌が襲い掛かる。もはや逃げ出す魔物も出てくる様相だ。

「あら、これはこれは?」

 アザゼルは笑顔を崩さないまま、反対側で起きた攻撃に振り返る。同時に威圧を放ち、統制を乱す魔物を力で押さえ付けようとしていた。

「仕方ないな、ちょっと全員で仕留め──……」
「ごわっはっはっはっはっはっはっは!!」

 アザゼルの声を遮り、爆音のような笑い声を上げながら、ライゴウが正面から突っ込んでいく。
 ぶぉん、と、不穏な風圧音を立てながら巨刀を振り回し、次々と魔物を凪ぎ払ったと思えば、その巨刀を地面に叩きつけて爆裂させ、数十もの魔物を打ち上げていく。

 って、見てて思うけど、反則級だろあれ。

 さすが元世界最強である。
 この三方からの段階攻撃は俺のアイデアだ。こうすることで相手の対応力を削り、飽和させる。一気に攻めると一回の衝撃で済むし、すぐに立ち直るからな。
 その証拠に、魔物は中々立ち直らない。

「仕方ないね……魔物を補給するか」

 アザゼルが魔力を高める。
 やはり兵站は用意していたか。

「いくら奇襲を仕掛けてきても、所詮数では僕達が有利なんだ。スタミナが削れた頃に攻撃すれば良いし、それに、カトラスを使えばどうにでも……──」
「──……ハインリッヒ!」

 またもやアザゼルの言葉が遮られる。カトラスだ。
 空間が捻れ、ハインリッヒとラテアが姿を見せる。ほとんど同時にカトラスは感情を剥出しにしながら駆け出していた。
 その狂気は凄まじく、思わず身震いしそうだった。

 だが、ハインリッヒは一切動じず、静かな表情のまま地面を蹴った。

「場所を変えよう」

 ただそう言い残し、ハインリッヒはカトラスの腕を掴むと同時に空間を歪め、時空間転移魔法を使って消えた。
 もちろんわざとだ。
 この戦場において、もっとも厄介なのはカトラスだからな。ハインリッヒに一任する方が良い。というか、カトラスに対抗できるのはハインリッヒだけだ。

「なんと! そうか、そうやって封じるのか。だが、魔力を追跡すれば……っと!」

 驚愕したのは白装束の男だったが、そこへラテアがナイフを投げ付ける。男は高速の反応でナイフを躱し、ラテアと対峙する。
 中々良い反応だ。
 魔法と研究だけに身をやつしてきた動きじゃねぇな。

「貴様の相手はこの私だ」
「ラテア……親に刃を向けるのか?」
「戯れ言をっ……! 貴様を親だと思えるほど、貴様は私に何かをしたと言うのか?」

 全身を包む包帯から唯一見える左目を怒りに細め、ラテアは猛る。滲み出るのは、積年の怒りか。

「ここで貴様は殺す。貴様はやりすぎだ」
「……ふん。出来損ないが歯向かったところで。我が研究の覇道を止められるはずもない」

 鈍い音を立てて、男の周囲に何重もの魔法陣が出現する。
 あの術式は、召喚魔法?
 読み取って分析した直後、魔法陣から真っ黒な体躯の、悪魔の翼を携えた魔物……──いや、魔族が出現する。

 マジか。魔族召喚の魔法なんて古代魔法だぞ!

「ほう」
「嬲り殺しにしてくれる」

 鋭く眼光を光らせるラテアに、白装束の男は余裕の笑みを浮かべた。
 俺とメイは、そんな二人の真上を通り抜ける。

「まったく、方々で好き勝手やってくれ──……」
「好き勝手やってくれてんのは、どっちだぁぁぁぁ────っ!」

 三度アザゼルの声を遮り、俺はありったけの力を籠めてアザゼルの顔面を殴り飛ばす!

「ぐえぇっ!?」

 顔面を歪めながらアザゼルは錐揉み回転しながらぶっ飛んでいく。アズラエルが慌てて追いかけていくが、そこに俺が追い付く。

「テメェもだっ!」
「グガァっ!」

 背中から蹴りをかますと、アズラエルは思いっきり地面に叩きつけられてバウンド、何度も跳ね飛んでから地面を滑っていく。
 二人はちょうど良い塩梅で仲良く傍で停止した。

 俺とメイは間合いを取りながら着地する。

「待たせたな。お前らの相手は俺たちだ」

 首をコキコキ鳴らしながら、俺は魔力を全開にする。
 そう。俺は最高潮にキレているのだ。

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