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第百五十八話

 翌日、俺たちは早速動くことになった。
 ガルヴァルニアのトップは魔族だということが発覚したからだ。どうしてそんなことを明かしたのか、謎は尽きないが、だからって歩みを止めることは出来ない。
 ハインリッヒとラテアは調査へ向かい、俺たちとライゴウはアリアスの護衛に回り、セリナを通じて王城に匿ってもらい、更に援護としてフィリオとエッジも召喚した。

 ちなみに上級魔族である連中がやってきた時、ポチとクータは別の場所で魔族と戦っていた。

 露骨な気配で誘い出されていたらしい。もちろん勝利して戻ってきたのだが、疑問は深まるばかりだ。
 どうしてそこまでして、俺とハインリッヒと邂逅しようとしたのか。
 おそらく攪乱するためという目的が強いのだろうが、他にも何かありそうな気がしてならない。

「とにかく、私はなるべく表に出ないようにすれば良いのね?」

 王城の一室、豪華で広い部屋の中で、アリアスは真剣な表情で訊いてきた。
 俺はまず頷く。

「ああ。基本的に王城の中で動くのは構わないが、外には出るな、ってお達しだ」

 ハインリッヒからの言葉をそのまま反芻すると、アリアスは俯いた。ぎゅっと拳を握り、唇を噛んでいるように見える。
 忸怩たる思い、か。
 守られなければならない現状と、魔族がバックにいる組織に狙われているという不安。それらが入り混じって、複雑な思いになっているのだろう。
 だがここで勇み足を出してもらっては困る。相手が魔族であり、人外の鬼畜マッドサイエンティストであり、復讐の鬼と化しているカトラスである。カトラスは戦線離脱しているが、魔族や、マッドサイエンティストが攻めてきてもおかしくはない。

「まぁまぁ、そう気を落とさないでいただきたいですねぇ」

 そんな空気を打開するように、セリナはのんびりとした口調で言った。セリナの周囲にはキマイラと水の精霊が展開されている。この二匹は特に敵の気配に敏感らしく、レーダー代わりに外へ出している。
 まぁ、こっちにはポチもクータもいるんだけどな。
 とはいえ、そういうレーダーは一人でも多い方が良い。

「ここは広いですし、退屈はしないはずです。それに訓練したければ、室内演習場を使えば良いですしねぇ。アリアスさんにとっても悪い環境ではないと思うんですけど」

 しれっと毒を混ぜつつセリナは笑顔で言い放つ。言外に文句を言うなと伝えてきている。
 確かに室内は質素ながら豪華だ。決して派手ではないが、本当に良いものだけを飾ってある。加えて専属のメイドにバスルームとトイレまで備え付けられている。

「それは、そうだけど……」
「まぁなんだ、外の空気以外に不自由はしないだろうし」
「そこよ」

 アリアスは不満の捌け口を見つけたかのように俺を指さした。
 とはいえ、怒りとかそういうものは感じない。どちらかというと恥ずかしがっている感じだ。うん、良く分からないけどどう言
うことだ?
 まーた例のぽんこつ炸裂か?

「あんた、わ、私と勝負しなさい」
「え、嫌ですけど」

 俺は即答した。
 何を考えてるんだ? 今、どういう状況か分かってんのかよ。

「嫌でもしてもらうわ。だって、あんた、私より強くないじゃないのよ。その強さは仮りそめでしょ?」

 そう言い放たれて、俺はやっと気付いた。
 そうだった。アリアスはハインリッヒの言葉をずっと信じてるんだった。そりゃそうか、俺はRレアなわけで、アリアスからすれば信じられないわな。
 この嘘もそろそろ貫くのは難しいな。アリアスなら、大丈夫か。

 俺は一瞬だけ逡巡したが、決断した。

 問題はその方法だ。ここは演習場こそあれど、学園のようなダメージを吸収してくれるような装置はない。間違いなくアリアスはダメージを受ける。まぁ、治癒術師とかもいるだろうが……。

「ここにいらっしゃったか」

 思考を破ったのは、ノックの音と野太い声だった。壮年のものだが、ライゴウではない。だが、聞き覚えがある。

「あら、どうぞ」

 アリアスが許可を下ろすと、厳かに入ってきたのは、見覚えのある男──グレゴリウスだった。
 思わず敵意を向けそうになるが、セリナに求婚していた時とは雰囲気がまるで違う。そのギャップに硬直していると、グレゴリウスはまずセリナを見て畏敬の視線を送った。
 同時に納得がやってくる。あ、そういうこと。
 グレゴリウスにとって、セリナは畏敬なのだ。故にこその態度なのだろう。ちなみに俺はマスクを被っていたので、あれが俺だとバレていない。

「アリアス殿。外で危険が迫っている様子。故にこの王城で身を閉じられてしまうこと、いたく苦痛のことかと思われます。心中お察し致す」
「い、いえ……」

 完璧な所作で一礼するグレゴリウスに、アリアスも戸惑う。
 ちなみにライゴウはここにいない。隣の部屋で爆睡中である。二時間くらい寝れば三日間は問題なく動けるらしい(どんな身体の構造してるんだ)ので、今はその充電中ってわけだ。

「そこで我らもアリアス殿の身の安全確保のため、色々と動いているのだが……」
「困ったことが起きてるのですねぇ?」

 すぐに察したらしいセリナが助け船を出す。色々とあって忌避しているはずだが、表には出さないようだ。
 グレゴリウスはびくっ、と一瞬震えてから、明らかに脂汗を滲ませながら頷く。
 いや、これ違うわ。絶対セリナはグレゴリウスを嫌ってる。
 今ので俺は察した。グレゴリウスが畏敬の念を持っていることをセリナは自在に操っているのだ。もちろんそれでグレゴリウスに不利益を与えないようにはしているんだろうけど、こういう反応を見ては楽しんでいるに違いない。
 これはセリナなりのやり返しなのだろう。まぁ、本当は顔さえ見たくないだろうからなぁ。やり過ぎたら怒ることにしておこう。

「は、はい。実は、王城内にゴーストが出ているようでして」
「ゴースト?」
「うむ。早速討伐に出ていますが、成果は芳しくない様子」

 確かにゴーストは地味に厄介だ。
 物理攻撃を受け付けないので、魔法使いで対処するしかないが、聖や闇の属性を付与してやらないと効果が出ない上にすばしっこく、建物とかもすり抜ける。
 物理的にも魔法的にも優れた人材でなければ、対処さえ出来ないのだ。
 まぁ、王城ならいくらでもいるはずだが。

「どういうことです?」
「そのゴースト、倒しても倒してもすぐに復活するようなのです。もうかれこれ数十体は仕留めているにも関わらず、その出現頻度は衰えておりません」

 困った様子でグレゴリウスは言う。
 なるほどな。それで調査も含めて、レアリティの高い連中に頼むってことか。そもそもこういう類は冒険者の方が強いしな。
 王城の中限定ということであれば、受けても良いか。

「もしよろしければ、ですが。冒険者見習いである貴方がたを頼るのも忍びないと思いますが、今、この状況で部外者を増やすわけにも参りません」

 グレゴリウスの言葉はもっともだった。
 そもそも王城に招き入れられるだけの信頼のある冒険者が何人いるのか、という話にもなってくるし、そういう冒険者は総じて王都中を飛び回っているはずだからな。
 その関係で、王国が王城で抱えこんでいる冒険者、というのは皆無に等しい。

「もちろん、相応の報酬はお出しします」
「……分かった。そう言うことなら。せめて原因さえ分かれば、対処の方法も出てくるでしょうし」

 俺は頷きながら言って、ちらりとアリアスを見た。

「アリアス、決闘の代わりだ。この依頼を俺がこなすから、それで俺の強さを見極めろ」
「なんですって……?」
「ここで俺とお前が決闘しても何の意味もない。下手に怪我でもされたら事だしな。だから、この依頼をお前の目の前でこなして見せるから、それで判断しろ。強さはそれで見極められるだろ」

 訝るアリアスに、俺は腕組みをしながら言葉を重ねて押し黙らせる。
 アリアスはしばらく唸っていたが、やがてため息をついて頷いた。

「色々と考えた結果なら、仕方ないわね。ただし、あんたの力だけでやって貰うわよ。メイちゃんに手伝わせるの禁止ね」
「えぇっ!?」

 これに声を上げたのはメイだった。明らかにショックを受けていて、目を少し潤ませている。 
 アリアスは一瞬背を反らすくらい動揺し、メイから顔を逸らしつつも言う。

「仕方ないわ。こ、これは、私とグラナダの問題だから」
「私を含めてご主人様です!」
「凄く哲学的な発言になりそうだなそれ」

 思わずツッコミを入れてしまう。

「ま、悪いけどメイはここでお留守番しててくれ。アレだったらエッジと遊んでても良いし」
「遊ぶ? 俺とか?」

 ずっと趨勢を見守っていた、というか居眠りこいていたエッジがようやく言葉を発する。

「ああ。訓練でもしとけ。三回くらいまでなら気絶させても大丈夫だぞ、メイ」
「おいちょっと待ってくれ今すごく不穏な言葉を聞いたんだが」
「うぅ……ご主人様がそうおっしゃるのであれば……三回で我慢します」
「三回でも我慢するのかよ!? チクショウ、俺だって強くなってるんだ、そう簡単にいくと思うな!」

 それでも負ける前提ではあるんだな。
 ちょっぴり弱腰のエッジに内心で咎めつつ、俺はグレゴリウスを見た。

「というわけなので、詳しいお話を聞かせてもらえますか?」

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