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第百五十六話


 その研究は、実に細かく、緻密な理論で組み立てられていた。同時にフィルニーアでなければ発動さえ不可能であろう複雑怪奇な魔法陣の術式が組み込まれていて、実際に何度か使用したようだ。
 そして驚くべきことに、この研究は、完成している。
 しかも完成された魔法陣は、しっかりと理解さえして、且つ、膨大な魔力があれば(少なくともSSR(エスエスレア)の魔法使いレベル)使えるという領域にまで達している。
 これは驚異的──否、絶対に表へ出してはいけない研究だ。

 フィルニーアも危惧をしたようで、自分だけのために資料を纏めて口外しないこととしたようだが。

「その纏めた資料が、ないな?」

 一通り探したところで、俺は焦燥にかられていた。
 フィルニーアのことだからキッチリと管理していそうなものなんだけどな。まず盗まれるとも思えないし。まぁこの部屋で管理していたら、か。
 フィルニーアの場合、良く暗号化して他の書斎に入れておいたりしている。しかも一見はキッチリとした研究論文なのである。完璧に見抜けるのはフィルニーア本人のみだ。
 ちなみに俺は気付けない時の方が多い。

 もしかしたらそうしてるのか。

 俺は席をたって書斎へ向かった。
 ここは俺でも入れるのでスムーズに中へ入る。立ち並ぶ本棚をいったりきたりして俺は本をテキトーに掴んでは読むことを繰り返す。これで気付ける確率は高くないが……──。
 そんなことを何回か繰り返したところで、俺は異変を感じた。

 おかしいぞ。本が、足りない。

 途中で巻が抜けていたりするのが、何冊かあった。
 ──……まさか!?
 俺は急いでそれらを調べ合わせ、何冊ないかを確認すると同時に、侵入された形跡を確かめる。

 あった。形跡。

 ほんの僅か、床についている裸足の跡を見つけて、俺は唸った。
 即座に俺はみんなを集め、事情を説明した。俺の推論も多いので正しいとは言えないが。

「……──要約しよう」

 捲し立てるように説明すると、ラテアが顎を撫でながら言う。

「つまりフィルニーアは《固有アビリティ》の継承システムについての研究をして、確実に継承させられる魔法を発明していた、と?」

 俺は頷く。
 同時に動揺が広がった。当然だ。相手を殺せば《固有アビリティ》が手に入るのである。もしこれが知れ渡ったら、珍しいアビリティを持った連中がひたすらに狩殺されることになる。
 主に高レアリティによる、珍しいアビリティを持つ低ランク狩が横行するだろうが、国同士でアビリティを奪おうとしたり、殺し合いが始まったりもするだろう。

 そうなったら、全面戦争まっしぐらだ。

 フィルニーアもそこを危惧して封印したようだが……──。

「そして、それらを纏めた資料がなく、良くフィルニーアが暗号化して置いていた書斎から本が消えている、と……?」
「それを盗んだのが、あの男で、ガルヴァルニアがバックについたとしたら……?」

 ラテアの言葉に俺が憶測を口にする。

「それで、その研究を持ってカトラスを強化しようとしている? そしてカトラスを更に強化させため、アリアスの《超感応》を狙って命を奪おうとしている。有り得る話だね」

 カトラスはハインリッヒに強い恨みを抱いている。そこを利用すれば、どうとにでも出来るだろう。
 問題は、どうやってその研究に関する本を選択し、盗んだ、だ。
 一番長く過ごしていた俺でも完全に解明出来ないような暗号だぞ。どうやってそんなもん。

「言ったと思うけど、カトラスの《神託》は非常に強力なんだ。もし、彼女の力を使ったとすれば、その時点で暗号は解読できなくとも、どんな本を盗めば良いかは分かると思う」

 つまり、選択したい未来のための行動か。
 そう考えると本気でチートだな。自分の思うがままに未来へ導けるってことじゃねぇか。

「問題は侵入方法だけど……」
「家にも一応封印は施されてありますが、そもそも認識させにくくするってのが目的なんですよ。魔物を寄せなかったり、トラップが発動したりもしますけど、高レアリティとか、専門家なら突破出来るんじゃないですかね」
「でも、その形跡はなかったんだよね?」

 指摘に俺は頷く。
 確かに俺が確認した限りでは形跡はなかった。なんの形跡も残さず入れるのは、解除権限のある俺かメイ、フィルニーアくらいだ。

「……だとすれば、内部に転送したか、それとも正面から解除したか、か」
「そんなの、フィルニーアじゃあるまいし」

 俺は深いため息を漏らす。

「いや、可能かもしれんな。そもそもこの結界は、どうやって、主を認識しているのだ?」
「フィルニーアの私室を除いたら、魔力ですね」
「だったら尚更だな。どこかで君たちの魔力を回収していれば、それを使って誤認させるくらいのことはやってのけるはずだろうからな」

 どんな突破方法だよ、それは。

「アイツにしか出来ない芸当だよ。他人の魔力を回収し、使用する。とはいえ、ごくごく微量なものしか使えない上に、魔法を発動させるまでには至らなかったようだが……」
「結界を解除するぐらいには問題ないってことですか」

 ラテアは頷いた。
 俺は即座に結界を強化することを決めた。ともあれ、これでフィルニーアの研究結果が漏洩し、それを元に悪事を働こうとしてる連中がいて、逆恨み的に復讐してくる連中がいる。
 ただでさえムナくそ悪いのに、さらにフィルニーアの研究まで悪用しようってのか。

 それは俺にとって逆鱗でしかない。

 あの組織をぶっ潰す。連中の目論見も、何もかも。もちろん、アリアスにも手を触れさせない。
 そのためにはまず、組織が必ず狙ってくるだろうアリアスの保護だ。

「とにかく僕はこれから組織について詳しく調べたい。色々と追いかける点は見付かったから。ラテアさん。ご助力願っても?」
「私も絡んでいる以上、ここで拒否するわけにも行くまい?」

 ハインリッヒの申し出に、ラテアは肩を竦めながら応じた。

「それと……グラナダくん。アマンダくんを連れていきたい。悪いけど橋渡しになってくれるかな?」
「アマンダを?」
「調査したい場所があってね。そこはアマンダがいると助かるんだ」

 つまりアマンダの親が統治してる土地ってことか。そう言えば、アマンダのとこは古代遺跡とかが多いって言ってたしな。まだ発掘されてないものもあるとか。
 なら、そういうところをねぐらにしてる可能性を疑うのか。

「そういうことなら、良いですけど」
「大丈夫。ついでにしっかりと鍛えてあげるよ。ただ、そうするとフィリオが拗ねそうだから、朝の訓練にフィリオを参加させて、後はグラナダくんに任せて良いかな?」
「しれっとメンドクサイこと押し付けようとしてませんか?」

 笑顔で言うハインリッヒに、俺は鋭く返す。

「そこをどう思うのかはグラナダくん次第だよ。これだけの事態なんだ、少しでも身近な存在の戦力増強は必須課題ではあると思っているけど」

 うぐっ! なんか痛いとこ突かれたぞ!?

「それにアリアスの護衛もあるしね。ライゴウさんとグラナダくんたちにお願いすることになるし」
「セリナを通じて、王城に匿ってもらうことにするのが最適だろうが、それでも護衛は必要だろうな。相手が手練れの暗殺者を派遣してくる可能性がある。と、なると、王城に出入りが可能な人物に限られる」

 ……あー。俺、貴賓の証を持ってるもんな。
 もちろんライゴウも王城への出入りに不思議はないはずだ。
 くそ、この上ない最適な人員配置じゃねぇか。
 文句がつけられないで、俺は黙って肯定するしかない。

「残る問題は……もし調査中に連中が総出でやってきた場合ですね。ぶっちゃけますけど、あんなバケモノ、戦える気がしないんですけど?」
「グラナダくんなら対抗できると思うけど……。でもまぁ大丈夫だよ。最低でも二週間は動かないはずだから」
「根拠はあるんですか?」

 問いかけると、ハインリッヒは指を立てた。

「ルナティーブ薬だよ」
「あの薬は服用すると、二週間は平衡感覚が乱れる副作用があるんだ。だから二週間はまともに動けんし、戦力にならん。カトラスは間違いなく主力だろうからな」
「……なるほど。むしろその間が、こっちから仕掛けるチャンスってことですか」
「そういうこと」

 頷くハインリッヒに、俺は納得した。
 それから少しだけ打ち合わせを済ませ、俺たちは帰路についた。というか、ハインリッヒの転送魔法だ。外に出て封印を強化してから転送してもらう。
 一瞬で世界が変わる中、俺は家の前について──……。

 ──……は?

 俺とメイは絶句した。

 燃えているのだ。ものすごい勢いで。


 ────────我が家が。

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