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第百五十三話

 ──夜。
 俺たちは俺の家のリビングに集まっていた。ラテアやハインリッヒ、ライゴウもいる。護衛対象であるアリアスも、だ。

 あの後、魔物を掃討したところで観客たちが目を覚まし、ちょっとした騒動になった。だが、ハインリッヒが魔物を連れたテロリストの襲撃で、ちゃんと撃退したと通達しておさめた。
 実際、大量の魔物の死体があったので、説得は簡単だった。テロリストは、死んだ暗殺者──俺は殺さないように手加減したが、あっさりと自決した──たちを首謀者にしておいた。

 それから大変だったのだが、まぁ全部ハインリッヒやラテアに押し付けた。後、ライゴウの豪快さで。
 そんなこんなで学園祭はお開きとなり、俺はようやく帰路についたのだが、休む暇はない。っていうかさ、なんで俺の家を作戦会議というか、そういう場所にするの!? 意味わかんないんだけど!

 もちろん俺は抗議したのだが、ハインリッヒがやや強引な消去法を持ちかけて説得、なし崩し的に俺の家へ決定された。
 まったくもって理不尽である。それでも迎え入れる以上はおもてなしをしなければなるまい。まぁ、ハインリッヒには渋いお茶で良いけど。

「ほう、美味しいな」
「うむ。悪くない」

 ライゴウとラテアが舌鼓を打つ中、ハインリッヒだけは微妙な表情を浮かべていた。どうやら俺の思いはメイにしっかりと伝わっていたらしい。
 まぁそれぐらいは甘んじて受けるべきだ。
 俺は平然と茶に口をつけ、風味を楽しむ。

「それで、話を色々と整理したいんですけど」

 俺はそう切り出した。
 今回、色々と一気に起こりすぎて正直キャパシティオーバーだ。ちゃんと整理しておかなければならない。

「まずは、ハインリッヒさんから、ですね」

 メイを含めて全員がソファに座ったところで、俺は腕組をしながら促す。

「まずはいきなり襲撃してきたあの女の人……カトラスでしたっけ? 何者なんですか」
「……そうだね、まずそこから話さないといけないね」

 どこか諦めたように、ハインリッヒは言う。

「あの子――カトラスは、かつて、僕と同級生だった、ネェルという女の子の妹だ」
「ネェル……? 同級生? ってことは……」
「そう。もし生きていたら、第一線で活躍していただろう人物だよ。SSRエスエスレアだったしね」

 生きていたら、という言葉が、いやに重い。
 どこか言いにくそうにするハインリッヒに、アリアスが寄り添って気遣う。

「兄様……」
「いいんだ。今、ここでちゃんと話しておかなければ、後々に響いてくる」

 そっとアリアスの頭を撫でてから、ハインリッヒはいつもの柔和な笑みを浮かべる。

「彼女は、優秀な人だった。成績もそうだし、性格も人当たりが柔らかくて、誰にでも好かれるような、そんな人だった。たぶん、一つ前か後の世代だったなら、間違いなくトップだったはずだ。けど、僕の世代はSSRエスエスレアが何人もいたんだ。ちょうど、君たちみたいにね」

 言いながら、ハインリッヒは俺とアリアスを見た。その辺りはセリナから聞いているので知っている。そしてその結末もまた。だが、俺は口に出来ない。本来、俺が知って良い情報じゃないからだ。
 ハインリッヒはまた少し俯きながら語り始める。

「当時、僕はまだ子供だった。自分の力がどういう影響を与えるのか良く分かってなくて、なんでも一位を取ってたよ。それも、自慢になるかもしれないけど、圧倒的に」
「そうだな。君の噂は君が学生の頃から耳にしていたよ。とんでもないヤツが現れた、って」
「そうじゃなあ。俺のところに響いてきておったわ」

 ラテアとライゴウが二人して頷く。ハインリッヒはただ苦笑する。

「けど、それがいけなかったんだろうね。いつしか僕は孤立して、主にSSR(エスエスレア)の連中からやっかみを受けるようになった」

 良くある嫉妬というやつだ。
 決して褒められたものではないが、分からないでもない。俺だって前世は嫉妬に塗れていたと思う。どうして学校にいけないんだ、って。

「そしてある日、僕は彼らに襲われた。本気で殺しにかかってこられたよ。もしあの時の僕がもっと強かったら、無力化制圧出来たのかもしれないけれど、僕も本気で戦わざるを得なくて、必然的に殺し合いが始まったよ」

 ハインリッヒの表情に痛みが宿る。

「一対多数の不利。僕は必死だった。そして――全員殺した」

 殺さなかったら、自分が殺される。
 どれだけの危機的状況だったのか、今なら良く分かる。合わせてやってくる後悔も。
 ハインリッヒは手を組み合わせ、テーブルに肘を置いてから項垂れる。まるで何かに縋るようだ。

「その中に、カトラスの姉、ネェルもいたよ」
「……彼女も嫉妬してたってことですか」
「分からない。真意を聞く前に、死んでいたから」

 それから王国の介入が始まり、魔族の奇襲があったということになった。ハインリッヒはその中で生き残った英雄とされ、祭り上げられ、そして今に至る。もちろん、相応の力を手にしながら。
 そうでなければ世界最強など名乗れるはずがない。

「僕は彼女を殺した時、《神託》を継承した」

 ハインリッヒは合わせた手を解き、自分の両手を見ながら語る。

「本来、《神託》はその血筋の人間でなければ使いこなせないものなんだ。僕は《神に愛されるもの》という固有アビリティがあったから何とか使えるけど、本家に比べれば情けない性能だよ」
「カトラスは、その血筋の人間、ということですか」
「うん、そうだね。彼女もネェルに負けず劣らずの才能を持っていた。SRエスレアだったけど、感応力に関しては誰よりも優れたと思う。だから不安定でもあったんだけど、それを支えていたのがネェルで、ネェルはいつもカトラスには勝てない、って言って自慢してたよ」

 ということは、姉妹仲は良好だったんだろう。
 なんとなく理解出来た。カトラスはハインリッヒを恨んでいる理由が。姉を奪ったハインリッヒが許せないのだ。更に、姉の能力を使うハインリッヒを。

「たぶん、だけど、カトラスは視たんじゃないかな。《神託》で、僕が、ネェルを殺すところを」

 有り得る話だ。
 もしかしたらそれをどうにかしようと奮闘していたのかもしれない。
 なんとしてでも姉を守る。そのために。実際、ハインリッヒがアリアスのために動いたように。

「そして、その未来は当たってしまった」
「誰もが思う最悪の結末で、か」

 ラテアの言葉に、ハインリッヒが頷く。

「全てが終わった後、もみ消しが終わった後、カトラスは姿を消した。死んだとまで思われていたよ」
「あの時は魔物の動きも活発的だったからな」
「けど……生きていた。僕に、復讐するために」

 声と表情が重く、空気に重りでもついたかのようだ。
 息をしているのかどうか分からなくなって、俺はため息を吐く。それが思いのほか大きかったが、誰も咎めない。それだけ話が深刻なんだ。

「気がかりなのは、そのカトラスが異様に強くなってたってことだね」

 そう締めくくり、ハインリッヒはラテアに視線を移す。次はお前の番だ、というバトンタッチだ。

「私の《神眼》と、カトラス自身が語ったことで知っているのは、《完全神託》と《身体掌握》の二種類の固有アビリティだ」

 なんだその字面だけでチートっぽいのは。
 思わず辟易していると、ラテアは唯一見せている片目を半分閉じ、憂いを宿す。

「……《完全神託》は言うまでもないだろう。ハインリッヒの持つ《神託》の完全上位互換。望めば《神託》が下りてくるもののようだ。その分魔力は莫大なものになってしまうから、自分に関わるもの、という条件を付けて運用しているようだな」
「……なるほど」
「その上で《身体掌握》だ。これは、自分が触れたものを掌握し、自在に操るというもの。効果時間は非常に短いが、触れ続けていれば常に操れるだろう。私も実際、操られた。しかも、こっちが操られているという自覚は一切ない」

 ラテアは自分の胸を撫でながら言う。

「私はカトラスを仕留めようとダガーを向けたが、自分の胸を刺すように改竄された。恐らく、触れた刹那にそう実行させられたんだろう。本来なら反応できる速度ではないはずだが、そのタイミングは《完全神託》によって把握していたと思われる」
「それって、ほとんど無敵なんじゃ」

 つまり未来を予知し、相手を思うがままに操作するのだ。
 もちろん制約も多そうだが、少なくとも接近戦においては無敵だ。魔法による遠距離攻撃ならワンチャンあるんだろうか?

「無敵だろうな。遠距離攻撃だって、悟られていたら躱されるだけだ」
「どうするんですか、それ……」

 思わず頭を抱えそうになった。手の出しようがない。

「攻略法は後で考えよう。問題はどうやってそれを手にしたのか、だけど」
「おそらくあの男の仕業だ」

 ラテアは忌々しそうに言う。

「奴が何をしようとしているのか、奴自身から読み取ることは出来なかった。奴には《神眼》が通用しないからな。だが、カトラスからある程度は視えた」

 ちなみに《神眼》とは、相手の心をある程度見透かす能力のようだ。
 詳しくは教えてもらえなかったが、ハインリッヒ曰く、嘘は全て見抜くとのことだ。

「視えたものは、継承システム、憎しみ、そして――フィルニーア」
「……は?」

 出てくるとは思えなかった名前に、俺は度肝を抜かれた。

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