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第百四十九話

「な、何故じゃああああああああっ!?」

 正々堂々と断ったからだろうか、ライゴウはまた涙目になりながら今度は俺の肩を掴んできた。って痛いんですけど!? なんですかこの握力! ミシミシ言うてる! ミシミシ言うてる!
 俺は慌てて身体能力強化魔法フィジカリングを施す。
 かなり楽になったが、うっかりすると骨が折られそうだ。

「さっきまでやる気マンマンだったじゃないか! 何故断るっ!?」
「それは尋常じゃないプレッシャーから抵抗するために放ってただけです」

 俺は揺さぶられながらも言い返す。いや、ちょっとこれ酔う。酔う!

「嘘じゃ!」
「いや嘘じゃないですし。っていうか揺さぶるのやめてもらえませんか?」
「お、おう」

 抗議すると、ライゴウはあっさりと揺さぶるのをやめてくれた。
 だが、俺との決闘は諦められないらしい。かなり必死の形相で俺を見てくる。いや、諦めきれないのはメイの方か? 惚れた発言したしな。

「だ、だったら、戦うのが嫌なら、そのお嬢ちゃんをワシにくれ!」
「え、嫌ですけど」

 俺はまた拒絶した。なんでメイをやらにゃあならんのだ。っていうか。

「そもそもメイはモノじゃありません。あげるとかあげないとか、そんなんじゃないんですけど」
「ぬぅっ!?」

 俺の言葉に、ライゴウは大きく動揺してのけ反る。

「だ、だが、この惚れた気持ちは本物っ! こうなった以上、ワシも引き下がれんのだ!」
「勝手に惚れた惚れた言われても困ります。メイは俺のパートナーなんで」
「えっ!?」
「……なんでメイが驚くんだ?」
「えっ、はっ、え、いや、でもっ、ええっ」

 何故か顔を真っ赤にさせるメイに俺は不審の目を向ける。

「メイは俺の付き人だろ?」
「は、ひゃいっ、そうですっ!」
「だからパートナーだ」

 俺はそう言ってから、再びライゴウを見る。何故か微妙な表情で見られていた。なんだ、その不憫というか憐憫というか、そんな感じの目線は。
 抗議の目線を送っていると、ライゴウは盛大なため息を一つついた。

「まぁ良い。ワシはたぎっておる。これを治めるには戦いしかない! さぁ、今すぐ決闘だ! それとも貴様はこの男と男の戦いを拒絶するというのか!」

 うわぁ、もう何がなんでも戦いたいのか。それだけメイに惚れたのか。まぁ確かに可愛いけど。
 でも老いらくの恋とは恐ろしいものだ。
 とはいえ、戦うつもりはない。なんとか諦めてもらおう。

「あのですね。俺はまだ冒険者ですらない学生ですよ? しかも一年生です。そんな素人同然のヤツと戦って相手になると思いますか? そして、元世界最強なんて肩書を持ってるような英傑と戦うなんて自殺行為、誰がすると思いますか?」

 俺は理論的に攻撃する。そもそも俺は学生身分なのだ。そこを上手く突けば逃げられるだろう。

「ふむ。難しいことはわからん!」

 俺の目論見は、とんでもないパワーワードでひっくり返された。

「とにかくやるぞ! 今すぐだ!」
「ええー……」

 俺は思いっきり嫌そうな顔をする。だが、通用しそうになさそうだ。
 相手は元世界最強である。それは全盛期こそ過ぎているだろうが、今でも最前線でトップを突っ走るような英傑である。まともにやり合って勝てる可能性は低い。まぁ、メイを守るためだったらそれでもやるつもりだし、それこそ殺すつもりでやるけど。

 だが、無益な戦いには違いない。

 そんなことで傷ついたら、誰が一番傷つくか。間違いなくメイである。
 ワタシノタメニアラソワナイデーなんてお姫様気分に浸るような性格ではないのだ。

「嫌がってるじゃないですか。ライゴウさん」

 助け船を出してきたのは、やはりハインリッヒだった。本当に良いタイミングでやってきてくれる。
 ハインリッヒは素早い動きで俺とライゴウの間に割り入り、俺を後ろに下がらせてくれる。すると、俺へのプレッシャーが解除され、安堵がやってくる。
 う、背中に汗をかなりかいてるな。それだけ重圧を感じてたってことか。

「ハインリッヒか!」
「この子は僕の大事な弟子なんです。手を出してもらったら困りますね」

 いつになく、ハインリッヒは好戦的だ。もしかしたらライゴウへの最適な対応だからそんな態度なのかもしれない。
 ライゴウは今にも燃え上がりそうな目線をハインリッヒに向け、俺に向けていた重圧とは比べ物にならない威圧を放つ。あれ、ちょっと今すぐ逃げたい。
 俺はその欲求に従い、メイを連れて距離を取った。

「ほう、そうか。そいつか! お前さんが最近可愛がってるって噂のガキンチョは。がっはっはっは! それなら納得だ!」

 威圧はそのままに、ライゴウは豪快に笑う。って何が納得だよ。

「それで、師匠のお前がでばってきたってことは、お前がこのワシと戦ってくれるのか?」
「ええ、そうです」

 ハインリッヒはあっさりと認めた。

「エキシビションマッチ。そこで僕とライゴウさんの試合が組まれます。試合なので殺し合いではありませんが……真剣勝負にはなりますよね?」
「ほぉう! がっはっはっは! そうか、そうか!」

 挑む調子のハインリッヒに、ライゴウはただ笑う。

「難しいことは分からんが、お前さんと戦えるってことだな!」

 そこだけはきっちり理解するんかい。
 辟易しながらも俺はツッコミを内心で入れた。いや、だって。
 早くも火花を散らせる二人。
 まぁ、《元》世界最強と《現》世界最強だ。何かしらの因縁の一つや二つはあるかもしれないな。

「あの、とりあえず……」

 流れが落ち着きそうになったところで、メイがおずおずと進言する。

「弁済からお願いしますね?」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ──ラテア──

 なるほど、な。
 私は《神眼》を解除して嘆息する。屋上に吹いてくる風はこの季節だけの冷たさで、どこか心を洗い流してくれるかのようだ。特に今のような、どろどろとしたものを見た後なら尚更だ。

 私は、この世界が嫌いだ。

 有象無象の思惑が駆け巡り、常に私を汚す。悲しいかな、私の脆弱な身体はそれに耐えきれず、常に傷付く。包帯で全身を守っているのはそのためだ。
 自分語りはこのていどで良い。
 所詮感傷は感傷ですらなく、慰めにもならない。

「この世界に完璧などないのにな」

 独りごちて、私は空を見上げる。そしてそのまま、屋上から身を投げた。
 最初にやってきたのは、風。そして浮遊感。やがてそれは急速な落下感覚に陥り、私は姿勢を維持したまま魔力を高める。

「《水の悲しみ》《水の嘆き》《泡沫の激情》」

 訥々と呪文を口にする。

「《今、整然と》《絶望を歌にせよ》《死はすべての優しさの始祖となるだろう》」

 地面に落下する寸前、私は魔法を発動する。

「《ペイン・ゲイン》」

 ぐしゃり。
 私の全てが地面に叩きつけられ、激痛を訴える。だが、それらは全て闇色の女神に吸いとられる。
 水と闇系の極大呪文だ。
 術者のダメージの全てを移すという、ろくでもない魔法だ。何せ術が発動する直前に受けたダメージしか吸いとってくれないからだ。

 闇色の女神が蠢き、近くに展開していたエージェントたちに息吹を掛けることでダメージを与えていく。
 悲鳴はない。
 ただ、屋上から落下した衝撃が唐突に襲いかかり、全員がへしゃげて血飛沫を飛ばしていく。

 死んだのは、帝国のエージェントたちだ。

 全員が密かに武装していて、おそらく生徒たちの誰かを強制的に拉致しようとしていたのか、それとも殺そうとしていたのか。どちらにせよ、学園祭には相応しくない。

「私に見付けられたのが運のツキだったな」

 皮肉を口にして、私は後ろを振り返る。
 気配、ではない。ただの女のカンだ。そしてそれは直撃していて、目の前には白髪を出鱈目に伸ばした少女がいた。否、もう少女と呼べる年齢ではないのだが。

「──……カトラス」

 そう呼ぶと、前髪で表情がうかがえないはずなのに、ニタァ、と笑った気がした。
 以前に増して禍禍しい気配を持つようになったな。

「お久しぶりですわね、ラテア様」
「久しいな」

 以前にあった時は、会話すらままならなかったはずだが。

「外の世界は相変わらず汚いですわね」
「そうだな。それだけは同意しよう」

 汚いのは嫌いだ。だが、私は綺麗なのはもっと嫌いだ。だから、この世界は嫌いだが、憎むものではない。
 結局、私は嫌われもので、嫌われることを望んでいるのだ。

 だが、カトラスは違う。そういった根元ではない。

「それで、何の用事だ? ここは貴様にとって、とくに訪れたくない場所のはずだが」
「ええ、そうですわ。確かにここは反吐がでる。ですが、だからこそ相応しいのです」

 カトラスが嗤う。

「陽向に、光に、終焉をもたらすために」

 それは間違いなく、宣戦布告だった。

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