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第百四十八話

「え、えと、お席にどうぞ」

 一人が戸惑いながら案内する。ライゴウは豪快に頷きながら従い、狭い椅子の前に立ちすくむ。明らかにサイズが違うので、慌ててメイが走り、丸太式の椅子を持ってきた。
 うーむ。デカいな。
 一応素知らぬ振りをしながら様子を伺っていると、ライゴウは可愛らしい文字で書かれたメニューを見て、たいそう渋い面を見せた。

「長いな。よし、とりあえず全部だ」
「え?」
「全部だ!」
「か、かしこまりましたっ!」

 威圧に吹き飛ばされそうになりながら、注文をきいたメイド風の──確かエッジの付き人だ──少女が厨房へ走っていく。
 これはヤバいだろうなあ。
 思いつつメイへ目配せすると、心得ているのだろう、メイは力強く頷いてから厨房へ向かった。メイが調理すればまず味で文句を付けられることはないはずだ。
 まぁ、ライゴウは単純で豪快な性格で有名だから、何かケチをつけるために来たワケじゃあないと思うけど。

 とりあえず様子見をしていると、メイが作ったであろうサラダたちが配膳された。
 おそらく女子が食べることを想定しているのだろう、色とりどりの野菜が少しずつ盛られている。
 もりもりマッチョマンと呼んでも差し支えない体格のライゴウからすれば、一口ぐらいしか量がないんじゃないだろうか。いや、ていうかマジで一口だったな、うん。
 皿をつまみ、たっぷりと開けた口へサラダを落とし込み、文字通り一口で平らげたライゴウを見て俺は顔をひきつらせた。

 それからも出てきたメニューの全てを一口で食べていくライゴウ。合間を縫ってだろう、俺にもパンケーキがやってきた。このふっくらした焼き加減はメイだな。
 乗せられたバターがとろっと溶けだしてて、そこにハチミツをかける。白と琥珀が綺麗に混ざり合いながらパンケーキに染み込んでいく。俺はちょうど良い時を狙ってナイフとフォークを入れて口へ運ぶ。

 うん。美味しい。

 パンケーキはふっくらとしていて柔らかく、絶妙な焼き加減だ。甘さが控えめなのも、ハチミツの甘さとバターのコクを活かすためだろう。うん、これは美味しい。
 コストの関係で高い材料ではないはずなのに、しっかりと素材の特徴を出してくるのだから、メイは料理人としても十分にやっていけるのではないだろうか。いや絶対いける。田舎村を復興して引退したら、ゆっくりと料理店を経営するのも良いなぁ。
 早くも将来のことを考えているうちに、ライゴウはあっさりと全メニューを制覇してみせた。

「うむ。美味いッッッ!!」

 そうライゴウが吼えた瞬間、ずんっ! と衝撃波を呼び、周囲に破壊をもたらした。って何やってんですかこのオッサンはっ!
 めくれあがって飛来してきたテーブルを躱し、俺はパンケーキの入った皿を庇いつつテーブルを倒し、盾にした。しっかりと《ベフィモナス》で強化したのだが、ミシミシとテーブルが悲鳴を上げる。

 おいおいおいおいおい。どんだけ強力なんだ!

 脅威を覚えていると、教室の壁がミシミシと軋みだした。
 ビリビリと空気が戦慄き、あ、これ、教室壊れるんじゃね? って思った時に、衝撃が止んだ。

「……はっ! しまった、やってしまったか? がっはっはっは!」

 いや豪快に笑ってる場合じゃないし。
 俺はテーブルからこっそり教室の惨劇を目の当たりにする。爆心地であるライゴウを中心として、教室のテーブルとイスは全て壁に打ち据えられて埋まり、床にも亀裂が何本も走っている。まるで爆発でも起こったかのような状態である。
 もし近くに生徒がいたら、かなり危険だっただろう。

 とはいえ、これはヤバいんじゃねぇか?
 フツーに考えて営業なんて出来ない。そればかりか、教室として使えるかどうかさえ怪しい。まぁここは確かもう使っていない教室だったはずだが……。

「ちょっと、なんてことをしてくれるんですか!」

 目を怒らせながらやってきたのは、メイだった。他の生徒たちはすっかり怯えて委縮して、厨房に逃げ込んでいる様子だが。確かにせっかくの学園祭だ。無茶苦茶にされて怒るのは分かる。
 しっかりと抗議を言えるあたり、成長したなぁ、とは思う。

 俺は感心しながらも、密かに魔力を高める。もしライゴウがそれで逆ギレしてメイに襲うようなことがあれば、即座に助けへ入るつもりだ。幾ら英雄だろうがなんだろうが、そんなことしたら俺は全力で戦う。
 メイは俺にとって大事なパートナーなんだ。

「お、おお、済まなかった。あまりに美味しくて、つい」
「つい、じゃありません! どうしてくれるんですか、この有様っ!」

 困ったように後頭部を抑えつつ、ライゴウはペコペコと謝る。しっかり罪悪感はあるらしい。だがそれで許すメイではなく、しっかりと弁済を求める姿勢だ。

「う、ううむ、現状回帰の魔法は使えないのだ……申し訳ないとしか……」

 現状回帰の魔法は超高等魔法だ。フィルニーアでも少し難しいとか言ってたくらいだからな。

「でも、これじゃあ営業が出来ないじゃないですか」
「そ、そうだな。本当に申し訳ない……どうしたものか……う、ううむ」
「それに机やイスは、私たちのクラスから持ってきたものです。こんなにしちゃって……もう!」
「すまん、済まなかった。それに関しては弁済する。それと、どこか他の場所で営業が出来ないか学園に掛け合ってみよう。それぐらいの顔ならきくぞ」

 もはやライゴウは平身低頭状態だ。とてもあの世界最強とは思えない。いや、ある意味誠実なので、世界最強らしいと言えばらしいか。
 思いつつ俺はテーブルの陰に隠れて置くことにした。
 それからメイはテキパキした手腕で弁済に関しての話を進めた。本当に強くなったなぁ。

「それにしても、お嬢ちゃん。ワシが怖くないのか?」
「怖い? どうしてですか?」
「ワシはこの身なりだ。それに世界最強という肩書も持って居ったからな。誰もが畏怖するのだぞ」
「……確かにそうかもしれませんけど、この店に入った以上は単なるお客さんです。肩書なんて関係ありません。だから、迷惑なことをしたならちゃんと抗議します」

 メイはまだ目を少し怒らせながらハッキリと言った。
 すると、ライゴウがいきなり立ち上がった。

「な、なんと見事な心構え……っ! 最近の若者には滅多にない気概じゃっ……!」
「は、はぁ……?」

 いきなりの豹変ぶりにメイが困惑し、少したじろぐ。

「気に入った! 惚れた! お嬢ちゃん、ワシの嫁にならんか!」
「…………はい?」

 は?

 メイが呆気にとられるのと共に、俺も唖然とした。
 いやちょっと待て。今、なんていったこのオッサン。え? 惚れた? 嫁? はぁ?

「お嬢さんなら立派な子供を産んでくれること間違いなしじゃ!」
「え? 子供? えっと?」
「さぁ、結婚じゃ! 今すぐに結婚じゃ!」
「え、ええと、嫌、です」
「どうしてじゃあああああああああああ!」

 本気で怯える様子を見せながらも、メイが断ると、ライゴウはいきなり涙目になりながらメイの両肩を掴んで迫る。あ、これヤバい。あんなのに揺さぶられたらメイが死ぬ!
 俺はテーブルを蹴とばし、敵意を出しながら地面を蹴った。
 瞬間、ライゴウがそれに気付くと、メイから離れて俺の前に立ちはだかる。その威圧は凄まじく、俺はとてつもない圧迫を受けて停止した。

「なんじゃ、貴様ァ」

 ドスのきいた低い声。ただそれだけだが、俺は委縮しそうになる。威圧に負けないよう魔力を高め、俺は真っすぐにライゴウを見返した。

「ご主人様!」
「メイ、俺の後ろに」

 指示に従い、メイがすぐに俺の後ろに回る。背中にしがみついてきて、その手は微妙に震えている。俺は落ち着かせてやるために頭を撫でてやる。

「見ての通り、この子は俺の付き人です。いきなり婚約とか許可出来ません」
「貴様……! ほぉう」

 明言してやると、ライゴウはいきなり好戦的な笑みを浮かべた。それだけのはずなのに、威圧が倍増した。

「そうか、付き人のために出てくるか。大した主人根性だ。それにこのワシを前にして怯まぬその姿勢。見事の一言に尽きるわい」
「それはどうも」
「気に入った、気に入ったぞォ! それだけ若いのに対峙出来るだけで大したものなのに、戦意を微塵とも失わないどころか高める始末! なんとも猛々しいことだ!」

 叫びながら、ライゴウは俺に標的をつけたようだ。

「よぉし、小僧、決闘だ。今すぐ決闘だ。そこの嬢ちゃんをかけてな!」

 ライゴウはそう猛々しく言い、俺に指を向けてくる。

「え、嫌ですけど?」

 そんなライゴウに向けて、俺はキッパリと言い切った。

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