第百四十五話
喧噪はすぐにやってきた。
俺たちの店舗は、幸いにも人通りが望める角地だ。呼び込みをしっかりすればまず客は捕まる。そしてそのための必殺の武器はもう用意してある。
「はーい、いらっしゃいませぇ」
まず先頭に立ったのは、セリナだった。
やや露出度の高いドレス風の服装だ。持ち前の美貌もあって絶対に目を引く。
そして、セリナだけではない。
クラスの女子にも控えめだがウェイトレス風の手作り服を用意し、同じように呼び込みをかけてもらう。極めつけは、アリアスだ。
「な、なんで、私が、こんな格好っ……!」
相変わらず気の強そうな表情だが、もう耳まで真っ赤にさせている。
アリアスに着せているのは、特注の服だ。絶妙な具合でボロボロになった鎧姿である。もちろん少しだけ露出させているが、鎧はしっかりと服に接合させているし、フツーに歩いても際どい所は出ていない。正直言って、アリアスが恥ずかしがっているだけである。
とはいえ、このコスは重要だ。
何故なら――
「な、なんだあの子……!」
「ボロボロで恥ずかしがってて……カワイイっ!」
「何故だ、何故こんなにひかれるんだっ……!?」
と、男どもが面白いぐらい釣れるからである。
ちなみに本来、アリアスにはフツーの服装で接客してもらう予定だった。だが、どういう理由でか、何かの賭けを行って負けて、あんな恰好をすることになったのだとか。
俺は最初難色を示したが、売り上げ一位を取るため、というのと、アリアスが自棄になって「やってやるわよっ!!」と豪語したので実現することになった。
わらわらと集まり出す男どもに囲まれ、アリアスは困った表情になるが、素早くウェイター役の男子たちがカバーに入って注文を捌いていく。こういうフォローも大事だ。
「角煮まん一つー!」
注文が入る。
俺は素早く饅頭にスリックマラムを挟み、分厚い肉を挟む。それだけに終わらせず、ハチミツで照りをつけたタレを少しかけておく。これで見た目完璧だ。
後は薄い紙で包んで(これも手作りだ)渡す。
「はい、おまちどう!」
「おお、なんか美味そう」
お客さん第一号は、どこにでもいそうな男だ。髭面なだけが特徴的な以外は、すべてノーマル。
そんな男は、はく、と角煮まんを齧る。
「んぉっ、うんまっ!?」
予想通り、驚愕に目を見開く。
その叫び声にも近い声に、周囲にいた客が視線を持ってくる。
「え、ヤバ、マジでうまいぞこれ」
「ありがとうございます!」
男はがっつくようにひたすらに食べ、ふぅ、と満足そうに息を吐いた。
もうそれだけで、充分だ。
「わ、私にも一つ!」
「俺にもだ!」
「こっちは二つちょうだい!」
後は殺到する注文を捌くだけである。
加えて、ここで俺は追加燃料を叩き込む。それは、角煮の鍋を店頭近くに配置するというものだ。これは匂いを周囲に撒き散らし、客を更に寄せ付けるためである。
「うまぁぁああっ!?」
「この生地、甘くて、タレを吸い込んでてっ……!」
「肉だよ肉っ! 柔らかくてホロホロなのに、しっとりしててっ……」
「トロトロしたタレが濃厚で堪らないわね……!」
「レタスもシャキシャキで良いアクセントだな、食感が楽しいし」
「っていうかこれ学園祭のクオリティじゃねぇぞ!」
口々に食レポが始まり、まさに天然の客寄せパンダになる。
スタートダッシュはこれで完璧だな。
早くもフル回転を始めた厨房を確認しながら、テーブルも埋まり始めていく。ランチにはまだ早いので、エビチリの出番はまだない。とはいえ、イートインスペースとして開放すれば、ドリンクとかも売れる。
「さーて、俺も頑張りますか」
俺は腕をまくり、調理にとりかかった。
「いらっしゃいませぇ」
「ちゅ、ちゅちゅちゅ、注文は何にするのよ早く言いなさいよこのバカっ!」
「こちらとかオススメですねぇ」
「あんたはこっちにしなさいっ!」
「お待たせしました。ありがとうございます。また来てくださいねぇ」
「ちょっと、一回しかこないなんて水臭いこと言わないでよ! ま、待ってるんだから!」
おしとやかに柔らかく接客するセリナ。
鬼めいた態度で接客? するアリアス。
うん、なんで男は引っかかるんだろうな。特にアリアス。
中には「豚と呼んでください!」「ぶひぃっ!」とかいう輩まで現れる始末で、しかしアリアスはいちいち律儀に「この豚!」「ぶひぶひ言うんじゃないわよ!」とか言ってあげていた。優しいヤツである。
そんなことを思いながら仕事をこなしていると、残弾が少なくなってくる。
俺は手早く指示を出して、予備の厨房で作らせていた角煮や生地を補充させる。
ちょっと予想よりも消費が多いので、俺は追加を多めに作るように言い渡しておく。
厨房に戻ると、もうランチが始まりだす時間だった。
ここで入ってくるのが、出前の注文だ。
出前の注文は、八割以上がもう一つの厨房で受け入れることになっている。こっちはイートインのランチをも捌かないといけないからだ。
こうなると、殺人的な忙しさがやってくる。
もう何も考えていられない。
ただひたすらに残弾を確認しつつ、注文を捌きながら追加を注文する。更にこっちでも調理をしていくのだが、ここまで忙しくなると雑になりがちなので、俺がしっかりと管理しないといけない。
今回の店舗は俺が提案したものばかりなので、どうしても俺が中心になる。特にこういうシステム系はどうしても一番理解してる人間が回すことになるからな。
「あれ、レタスがないぞ!」
そんな声が上がったのは、ランチも真っ盛りになる頃だった。
「嘘だろ? レタスはまだ木箱単位であったぞ」
「けど、ないよ」
俺が訝りながら言うが、そう返してきたのはニコラスだ。
どいうことだと俺が在庫のあるところへ行くと、確かにさっきまであったはずの木箱が無くなっていた。これは、まさか、盗まれたか?
俺が察する間にも注文は入ってくる。
「レタス、あとどれくらいある?」
「店内にあるやつだけなら、一時間、は持つかな? さっき数箱補充したし」
だが、ランチの時間全てを乗り切れるワケでもない、か。これはすぐに探さないとな。
思いながらも、注文は殺到してきている状態だ。これはマズいな。
そう思っていると、援軍がやってきた。アマンダだ。
「グラナダ、こっちは任せろ。追加注文のタイミングとか、見て覚えた」
「アマンダ!」
「イートインスペースは任せろ。なんとか捌ける」
「エッジか! 任せた」
二人の進言に俺は頷き、外に飛び出す。
素早く《アクティブ・ソナー》を放って学園全体を探知する。
こういうこともあろうかと、木箱には魔力感応の石をつけてある。ほどなくして、場所が見つかった。どうやら一か所に集まっているらしい。バラバラになってたら困ったけど、それは大丈夫そうだな。
思いながら、俺は身体能力強化魔法フィジカリングを使って加速し、人ごみをかき分けながらその場所へ向かう。
レタスが集められているのは、倉庫類がある場所だ。体育館裏と言っても良い。
最短ルートを選んで到着すると、そこには木箱を運ぶ生徒たちがいた。
「ちょっと、何してるんですかねぇ」
わざと地面を滑って音を立て、俺は警告の意味を込めて低い声を出す。
すると、生徒たちはようやく俺に気付いた。鈍感過ぎるだろ。
「あぁ? なんだ、もう気付いたのかよ」
声は上からだ。見上げると、倉庫の屋根の上でサボっていたらしい生徒がいた。いかにもガラが悪そうで、ゆっくりと伸びをしてから降りて来た。
立つと、かなりの体格だった。先輩なのは間違いないだろうが、ここまで偉丈夫は珍しい。
「一年坊主のクセに、随分とチョーシ乗ってるらしいじゃねぇか、ああ?」
「乗ってるつもりはないんですけど?」
「あぁ? 乗ってるだろ。売り上げ一位目指すとか何様だよ」
言いながら偉丈夫は俺を見下ろしてくる。
なんかメンドクセーな。
「やぁぁっと上の三年が離脱したと思ったら、弁えない一年が出てくるとか、ウザいにも程があるんだけどなま。っていうか俺ら超カワイソー?」
「は?」
俺は不機嫌に眉値を寄せた。
こいつら、二年の連中か。聞いたことある。今年の二年は不作の年だって言われてるってのを。
っていうことはあれか。今年くらいは良いとこ行きたいのに、俺たちが売り上げぶっちぎってるから妬んで絡んできたってとこか?
思わずため息が漏れる。
いやまぁ若気のいたりなんだろうけどさ、こういうのって。
けど情けないだろ。そう思わないのか、こいつら。
「というわけでさー、先輩が後輩に教えてやるっていってんだ。上を敬う仕来りってやつだ」
「そんなの聞いたことありませんけど」
俺は冷たく切り返す。
この学園は上下の繋がりが薄い。交流するイベントとかないからな、ほぼ。
「今ここで作ったんだよぉ! ここまで早く来たってことは
吠えながら偉丈夫が拳を振り上げる。
コイツは俺の《レアリティ》知らなくて、突っかかってきてるってんだな。よしよし、そうか。
確かに一年と二年なら、二年の方がレベル上だし、倒せると思っちゃうかも知れないな?
勘違い甚だしいけどな。
俺は鈍く振り下ろされてくる拳を睨みながら、決めた。
──お仕置きだ。