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第百四十四話

 さてここで考えて欲しい。
 限界に限界を重ね、文字通り満身創痍となってから気絶した後だ。ゆっくりと目が覚めたら、

「おはよう。さぁ、朝の訓練の時間だよ」

 と、非の打ち所がない完璧なイケメンスマイルで言い放たれたら、どう思うか。
 うん、無理。ふざけんな。寝かせて?
 と思っても無理はない。絶対に無理はない。むしろ当然だ。
 そう判断して俺はかけられていたシーツを頭まで持って来て被ろうとしたが、あっさりと剥ぎ取られてしまった。言うまでもなく、ハインリッヒの仕業である。
 常日頃から鬼とは思っているが、今回は最大級に鬼の所業だ。鬼畜という言葉がビビるくらいの鬼畜だ。
 結局、俺は訓練に出ることになった。当然、メイは良い顔をしなかったが、ハインリッヒは気付かないふりをして外に出た。

 メイは静かな怒りを湛えて「朝ごはんを作って待っていますね」と言っていた。これは覚悟しておいた方が良いだろうなぁ。
 言うまでもなくメイは料理上手である。ハッキリいってそこらのシェフでは相手にならない。つまりどうすれば美味しく調理出来るかを熟知しているのだ。言い換えれば、それこそ見た目を変えないでアホほどマズい料理だって自在に作れてしまうのだ。

 まぁ、メイがそんなことをするかどうかは知らないが。ちなみにやったとしても怒るつもりはない。

 とはいえ、ハインリッヒの気持ちも、俺には十分理解出来る。一刻も早く組織のことを聞きだしたいだろうからな。
 いつものように、俺たちは城壁の上をランニングする。
 湖畔の向こう側から、朝日が昇ってくる。暗い青が押しのけられ、新しい赤が広がって、その狭間から深い空色が見えてくる。まるで生まれ変わるような感じがして、やはり好きだった。
 ランニングのペースも、いつもよりかなり遅い。これはハインリッヒなりの配慮なのだろうか。

「うん、体調は問題なさそうだね」
「みたいですね。最初はちょっとダルかったけど、今はむしろ軽いくらいです」

 俺は腕を回しながら言う。身体が軽いのは本当だ。今までの蓄積されていた疲れが全部吹き飛んだ感じがする。
 まぁ、考えてみれば、ここ最近はずっとヅィルマの脅威に晒されていて、安心して外に出るってことが無かったことも大きいんだろう。良くも悪くも精神的に圧迫受けてたんだなぁ。

「君が意識を失った後、王都でも有数の癒し手に診てもらったからね」
「そうなんですか」
「ついでに色々とメンテナンスしてもらったけど。色々と疲労溜まってたみたいだしね?」

 指摘されて、俺は息を詰まらせる。
 確かに、ここ最近は外に出られないからって魔法の研究とかしてたし、徹夜とかもしてたしな……。
 などと考えていると、ハインリッヒがペースを落として俺と並走を始める。 

「それで、ヅィルマから聞き出したことなんだけど」

 声を潜めて訊ねられ、俺は全部話した。
 とはいえ、情報は少ないので、すぐに終わるのだが。

「秘密結社……ガルヴァルニア、か」
「知ってますか?」
「都市伝説級の噂で耳にする程度だね。存在するかどうかさえ疑われている類の話だよ」

 ハインリッヒは苦笑しながら答えた。

「とはいえ、組織の名前が分かれば、少しは調べられると思う。ありがとう」
「いえ。無理した甲斐がありました」
「ははは。じゃあお礼に僕からも情報を提供するよ。学園祭について」

 人差し指を立てながらいうハインリッヒのその表情に、俺は辟易した。
 絶対に良い情報じゃないだろ、それ。
 思わずジト目で睨むと、ハインリッヒは「カンが良いね」と笑った。あたりかよ。

「今回の学園祭、どうして僕等が呼び出されたか」
「ああ、歴代の高名な卒業生たちが来るんですよね」

 確か、学園祭のリーフレットには歴代の伝説たちが集合! って大々的に謳ってたな。
 記念周年でもあるし、盛り上げたいのだろうと俺は思っている。とにかく、客が入れば俺たちに有利だからな。

「うん。表向きはそれを客寄せパンダみたいにしてるけど、実情は違う」
「というと?」
「敵対している国家のエージェントに向けての警告なんだよ。今年は警備の次元が違う。余計なことをしたら排除するぞ、っていう意味のね」

 言い放たれた内容に、俺は納得した。
 確か、エージェントたちが裏でこそこそやりにくるって言ってたな。それを未然に防ぐためか。

「つまり僕たちは君たちのボディガードってワケだね」
「それまたどうして?」
「今年の新入生はSSR(エスエスレア)が豊富だからね。もし彼ら全員が卒業して王国に所属すれば、戦力は大幅にアップする。それは分かるよね?」
「そうなったら、他国との国力差がつくから、それを少しでも防ぎたい、ってことですか?」
「そういうこと。連中は確実に切り崩しを狙ってくるだろうね」

 その肯定に、俺は眉間に皺を寄せた。
 まったく、魔族に対抗しなきゃならないってのに、なんでこの世界の連中が互いに足を引っ張り合うかな。

「特に、ここ最近は帝国の動きが活発になっているからね」
「帝国? って、あの帝国?」
「そう。目下、この王国と一番折り合いの悪い大国だね。まぁその昔は結構戦争しててね、緩衝国を作るまでに至った歴史がある、あの帝国」

 ハインリッヒは丁寧に教えてくれたが、フィルニーアからもう聞いている知識だ。
 なるほど、確かに王国としては絶対に阻止したいだろうな。一番仲の悪いところに、SSR(エスエスエレア)が流れたら目も当てられない。

「そういう意味で、今年は特に警戒心が強いんだ」
「成る程。理解しました」
「ま、後はその関係で、国力を誇示するためにエキシビジョン・マッチまでするそうだよ」

 ハインリッヒが苦笑に戻る。どうやら乗り気ではなさそうだ。

「伝説同士が戦うってことですか?」
「みたいだね。まぁあくまでデモンストレーション的なものなんだろうけど、新参の僕としては肩身が狭いばかりだね」
「世界最強なのに?」
「だからだよ」

 ハインリッヒの苦笑がますます深くなった。
 どうやら色々とあるらしい。なんとも縁遠い世界の話だ。

「まぁそういうことだから、楽しんでおいで、学園祭」
「史上最強のボディガード付きですからね。楽しませてもらいますよ」

 そう言うと、ハインリッヒは「胃が痛いことだよ」と少しだけ辛そうにしていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 王立魔法剣師学園グリモワールの学園祭は、ちょっとしたフェスティバルだ。一部とはいえ、いつもは秘匿にされている学園が一般人にも解放されるのだ。
 楽団を読んだり、劇団の講演があったり、催しも行われる。サーカスがやってくるとも聞いてちょっと驚いた。というか、興味が引かれた。
 前世の頃はそんなイベント、一回もいったことないからな。

 ちょっと見てみたい、と思ったが、さすがに無理だ。

 何せこの学園祭、俺たちにとっては売上ナンバーワンを狙う戦争でもあるのだから。
 素材を集める、という点では、俺たちのクラスは優位に立っていると思う。
 何せ、俺が無料で手に入れたマデ・ツラックーコスの肉は言うまでもなく最高級品。さらに、ブログマン・ツツミの小麦粉はカタリーナ事件を何とかした謝礼でかなり安価で譲ってもらった上に強力粉まで融通してくれたのだ。
 間違いなく最高級品を手にいれたのだ。

 さらに、肉だけでは色合い的にも悪いので、瑞々しいスリックマラムというサニーレタスの一種を挟みこむようにしている。これで味も引き締まって、完成度は段違いだ。
 他にも、ランチセットとしてエビチリも用意した。ドリンクもお茶とフルーツドリンク(これも収穫してきた)を数種類確保し、デザートはボールドーナツにした。これなら揚げるだけで簡単だしな。
 更に、今回は店舗を一つに絞ることにした。

 理由は二つ。
 二つに分散させず、一つは店舗サイズを拡大させることで運営の効率化を図り、もう一つは予備の調理場として使うことになっている。これによって回転率を上げるのだ。
 さらに、俺は新しいシステムを提案した。

 調理班、接客班、そして、伺い班。
 これは各所に小さい場所を設け、注文を受け、配達するというシステムだ。これは昼時、様々な場所で昼食を取りたいという客のニーズに答えるためだ。わざわざ店に行く必要がないので、客の利用促進が促せるワケだ。
 ちなみに場所は一応指定してもらうが、魔力反応を持つ石を渡すことにしている。こうすれば、例え違う場所にいても、感知して反応を頼りにすれば確実に届けられる。

 これでフォローも完璧。後はただひたすら売り上げていくだけである。

「こ、ここまで本気を出してくるとは……」

 若干引いている担任だったが、俺たちからすれば旅行先がかかっているのである。ここは容赦なく全力で挑む所存だ。

 そして、午前一〇時。学園祭のゲートが解放され、戦争は始まった。

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